おーるどタイム de ライブ

2025.12.01

おーるどたいむ de ライブ 秋の陣 その2 Martin古池

1部の宍戸一賀さんの熱すぎるステージを受けての2部。
宍戸ステージの余韻がたっぷり残っていってお客様は声も出ず。
不思議な沈黙の中で2部をスタートさせましたた。(やりづらいったらありゃしない)
宍戸さんのステージが「動」ならば、こちらは「静」のステージでライブ全体のバランスをとることにしました。(予想されていたことでありますが)
さて今回のお題は「深夜放送で広まった歌の数々」。
お客様のほとんどが思春期・青春時代に深夜放送を聴いていた世代。深夜放送には甘酸っぱい思い出のある方も多いのでは。
そう考え、おなじみの歌だけをチョイス。
 ・ビター・スィート・サンバ(オールナイトニッポンのテーマ)
 ・セイ!ヤング!~夜明が来る前に(文化放送)
 ・水虫の唄(ザ・ズーとルビー:カメ&コウ)
 ・忘れたいのに(モコ・ビーバー・オリーブ)
 ・別れのサンバ(長谷川きよし)
 ・帰ってきたヨッパライ(ザ・フォーク・クルセダーズ)
 ・夜明のスキャット(由紀さおり)
 ・神田川(かぐや姫):椋野マスターのフィドルと
 ・「いちご白書」をもう一度(バンバン)
 ・スモーキン・ブギ(ダウンタウン・ブギウギ・バンド)
 ・ファイト(中島みゆき)
 ・今日までそして明日から(吉田拓郎):ピロちゃんがボーカル
唄うだけじゃぁ能がない。
深夜放送の歴史や当時の世相、若者だった自分のあれこれを随所に(1曲ごとに?)織り込みながら進めます。
あいかわらずの脱線に次ぐ脱線、寄り道だらけのステージ。
でもこれがおもしろい。
おしゃべり(ライブ・トーク)をしているうちについつい脱線、道草、寄り道をしてしまう。
もしかしたらこれがライブをより立体的にする隠し味になるのかもしれません。
今回のライブで心がけたのは深夜放送についての「語り部」になることでした。
1960年代後半から1970年代にかけて当時の若者たちの文化の発信源になった深夜放送。
それを歴史の中に位置づけてふりかえり総括したい。
そんな思いから事前の準備を入念に行いました。
歌の練習もさることながら、それ以上に歴史や世相についても細かく調べ上げて。
さらに深夜放送にまつわる当時の自分自身のできごとを思いだしながら、まとめ書き留める作業を重ねます。
ライブは歴史の授業ではない。
準備したもののほんの一部しか使われることはありません。
そのほんの一部を歌にからませながら膨らませていく。
語るために調べ上げる。そして伝えるためにすべては語らない。
これが「語り部」なんだろうと思います。
宍戸さんのステージは「動」。
自分自身の歴史を歌で表現するものでした。
その立脚点は「己」だったと思います。
だからこそあの熱量で歌いきることができる。
一方僕は一歩退いたところを立脚点に定め、「己」を極力消すようにしました。
語り部=「静」のステージです。
ライブ全体として見れば「動」と「静」がいい感じでバランスが取れ、良いライブになったんじゃないかなと思っています。
はたしてお客様はどう受け止めてくれたかな。
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おーるどたいむ de ライブ 秋の陣 その1 宍戸一賀

今回の「秋の陣」は宍戸一賀さんをお迎えしてのライブだった。
宍戸さんとはもう10年以上のおつきあい。
頻繁に顔を合わせているわけではない。
でもなぜか気になる存在。
彼のライブ活動の位置づけややり方が僕とかなり重なるためだろうか。
ここ数年の宍戸さんは居酒屋などで「300曲の中からあなたのリクエストにお応えします」という活動を中心にやっている。
「武者修行」の一環でお客様に寄り添う姿勢のステージだ。
何度か観させてもらったが、演奏スタイルは相変わらずホット。
でもお客様と親密な信頼関係を築きながら進めているのがとてもいいなと思っていた。
数あるオリジナル曲を封印してまでお客様に寄り添う姿勢は好ましく、親近感を覚えた。
「秋の陣」では本来のスタイルで自由にやってほしいと思っていた。
そんな意を汲んでくれたか、宍戸さんのステージはオリジナル曲を中心に「宍戸ワールド」全開だった。
身体全体から発する圧倒的な声量と音圧。
歌を支えるいさぎよいギターもまた圧倒的な音圧だった。
その激しさ、その熱さにお客様も最初は圧倒されていたようだ。
でも歌と歌をつなぐ真摯なトークもあいまり、宍戸ワールドに引き込まれていく。
あらためて感じた。
宍戸一賀のステージは「情熱」、「熱さ」が代名詞のようになっている。
でもそれは宍戸さんの真摯な生き方に裏打ちされてのことなんだろうな。
およそ1時間、宍戸一賀のホットなステージを堪能させてもらった。
(彼のステージを観ているとき、僕のスマートウォッチの心拍数は常時140を越えていた。平時は低い僕の心拍数が140まで跳ね上がることは稀だ。興奮してたんだろうな)
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2025.08.25

記録 おーるどたいむ de ライブ 夏の陣 2025

【滞りなく「夏の陣」終了しました】
清津峡仲間のtake-zさん(たけちゃん)とのジョイントライブ。
おーるどタイムでのライブがゲストプレイヤーをお呼びしてのジョイント形式になったのが13年前。
たけちゃんはその最初の出演者でした。
ツーマン・ジョイント・ライブといっても仲間たちもからんでのにぎやかで盛りだくさんのライブに。
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1部はtake-zステージ。
あいかわらず迫力満点のたけちゃんは全曲オリジナル。
僕には馴染みある唄から初めて聴く歌まで楽しませてもらいました。
お客様は最初はたけちゃんの大声量とド迫力に度肝を抜かれた感。
でもステージが進むにつれ慣れたか(慣らされたか)いい感じでなじんでいきます。
特にたけちゃんの故郷博多の唄では「よか、よか、よか、よか!」と大合唱に。
「よか、よか!」とは博多弁で「いいね」という意味。
沖縄弁の「なんくるないさぁ」と同じニュアンスとのことでした。
(この唄を聴いて僕も自分のステージで北海道弁で同じニュアンスの「いいんでないかい」を急遽歌うことに)
そしてtake-z最終コーナーで満を持してJACK ROWGUNGS(ジャック・ローガンズ)登場。
清津峡キャンプ場で生まれた年に一度のワンタイムバンドの演奏。
たけちゃんのボーカル、さすらいのギタリストさんのブルースハープ、そしてMartin古池のギター。
①Eのブルース「涙の北千住」
②たけちゃんの代表曲「ありのままに」
やはり「ありのままに」は会場を巻き込んでの熱演となりました。
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2部を受け持つ僕はたけちゃん大迫力ステージとバランスを取るためあえてゆったり目の静かな唄を多めに組みました。
テーマは夏の風物詩あれこれ。
①少年時代
②まぼろしの翼と共に
③想い出の渚(青空演奏隊・ピロちゃん参加)
④水虫の唄
⑤蚊の唄
⑥ハエ・ハエ・ハエ
⑦一本の樹(ピロちゃん=ウクレレ、玲子ママ=アイリッシュ・ハープで参加)
⑧海原:The water is wide (玲子ママ=アイリッシュ・ハープ)
⑨初恋:Sally Gardens (玲子ママ=アイリッシュ・ハープ)
⑩夏のワルツ(玲子ママ=ハンマー・ダルシマー)
⑪テネシーワルツ(さすらいのギタリスト=ブルースハープ)
⑫いいんでないかい
⑬日暮れの想い出
⑭通り過ぎる街(ピロちゃん=ウクレレ)
⑮Moon bow(ピロちゃん=ウクレレ)
⑯街
今回もピロちゃんや玲子ママに助けられ、じっくり歌うことができました。
ギター1本の弾き語りは完全に自由で思いのままにできる。でも反面ずっと独りぼっちはちとさびしいものです。
そんな時仲間たちのサポートがほんとうにありがたい。
今回はさすらいのギタリストさんが来てくれました。さすらいさんのハープも加わり予定外の「テネシーワルツ」も。
残念なのは毎回レギュラーでサポート出演してくれるらんぶりんまっくさんが病気療養中。そして椋野マスターもまた体調不良だったことです。
早期回復を祈るのみ。
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歌とおしゃべりがシームレスにつながり、お客様とのやりとりがおしゃべりの中に自然に取り込まれていくってのが僕のめざしているライブステージ。
今回は初めて来られたお客様も多かったので、それがうまくいくかなとちょっと心配しながらスタートさせました。
でもどうやらそれは杞憂だったようです。
常連の方々だけではなく初めての方々も反応が素晴らしかった。
おかげで多くを引き出してもらうことができました。
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次回「秋の陣」は11月16日(日)15:00空の予定です。
ゲストプレイヤーは宍戸一賀さん。
長く弾き語りライブを続けている方です。
ここ数年はご自身のオリジナル曲だけではなく、お客様のリクエストにお応えして歌うライブが多いようです。
僕とはライブのあり方、進め方にとても近いものがあります。
宍戸さんが前回おーるどたいむ de ライブに登場したのは2014年9月。
11年の年月を経た互いの「今」を確かめ合うのが楽しみです。
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2025.08.03

【お知らせ】 おーるどたいむ de ライブ 夏の陣 2025

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Live cafeおーるどタイムで最初にライブをやったのは2012年2月。
この時はソロの弾き語りライブだった。
第2回目以降は音楽を介してお近づきになった気心知れた仲間たちをひと組ずつゲストプレイヤーとしてお呼びするようになった。
「Martin古池ライブ with my friennds」と称していた。
「with my frieds」の第1回目を飾ってくれたのが今回ご一緒するtake-z(たけちゃん)だった。(2012年5月)
たけちゃんとは「へたくそ親父のギター弾き語り」(へた親)で知り合い、その後清津峡キャンプ場でも行動を共にするようになった。
清津峡仲間と一緒に作ったバンド「JACK ROWGUNGS」(ジャック・ローガンズ)でも時折共に演奏してきた。
13年の時を経ておーるどタイムで相まみえることになったたけちゃん。
年4回の季節ライブとしてすっかり定着した「おーるどたいむ de ライブ」だが、やっとひとまわりできたなと感じる。
ライブ当日には「JACK ROWGUNGS」のメンバーのひとり、さすらいのギタリストさんも来てくれるそうだ。
タイミングが合えばアキラッチも来てくれるかも。
「JACK ROWGUNGS」としても何曲か演奏することになりそうだ。

ここ数年はそれぞれの道を歩んできた我々だが、それぞれの歩みを確かめるという意味でもまた楽しみなライブだ。

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2025.01.27

記録 おーるどたいむ de ライブ 冬の陣

楽しみにしていた「髭とフレグランス」との共演。
「髭とフレグランス」は無精髭(?)のペグさんと爽やかボーカルのかおりさんによるおしどりユニット。
おーるどタイムで一緒にライブをやるのは10年ぶりのこと。
それぞれにそれぞれの道を歩んだ10年目。
どんな演奏を披露してくれるのかとても楽しみにしていた。
もっとも毎年「Live in 清津峡」でご一緒しているが、こちらでは20分ほどのステージ。
60分の長丁場をどういう演出をしてくれるのかが焦点だった。
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ペグさんの流れるようなフィンガーピッキング。
かおりさんのほんわかしたボーカル。
とっても心地のいい演奏だった。
選曲はかおりさんは昭和30年代の歌謡曲を中心に。
ペグさんは1960~70年代の洋楽を。
いいバランスで配していた。
そしてペグさんのギターにかかると歌謡曲が洋楽風の味付けに変わる。
骨っぽくもなり、おしゃれにもなる。
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おもしろかったのはペグさんの歴史講座(高座?)。
1曲ごとにその歌の流れた頃のできごとや世相を語る。
とても興味深く、懐かしく、心地の良いステージだった。
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もっともご本人たちにとっては緊張感たっぷりのステージだったようだ。(観てる側からするとそれがまたいいんだけどね)。
10年ぶりのおーるどタイム、60分という長尺ステージだから緊張するのも無理からぬところだけどね。
でも清津峡のキャンプ・音楽友達がたくさん来てくれていたので心強かったんじゃないかな。
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緊張感あふれる「髭とフレグランス」のステージを受けて、僕の演奏は始まった。
ステージの上には緊張の残り香(?)が充満していて、僕もいつになく緊張気味に歌い始めた。
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今回のテーマは「フォーク百花繚乱時代」をトレースすることだった。
前回「秋の陣」では「日本フォークの夜明け」と称して社会派フォークを跡づけた。
フォークルや高石友也、岡林信康らの世の中に目を向けた「社会派フォーク」が日本のフォークの黎明期だった。
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1970年に吉田拓郎が登場し、歌うテーマが「社会から個人へ」と移り変わっていった時代だった。
そんな中で様々なスタイルのフォークシンガーやグループが登場した。
その流れはユーミンが登場し、ニューミュージックと呼ばれ始めるまでのおよそ5年間だった。
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あまりにもたくさんの人たちが現れ、心に残るヒット曲が産まれた。
とても1ステージではトレースしきれるもんじゃない。
そこで僕にとっても思い入れの深い、青春時代に直結する唄を中心に選んだ。
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 ①雪(吉田拓郎)
 ②外は白い雪の夜(吉田拓郎)
 ③氷の世界(井上陽水)
 ④神田川(かぐや姫)
 ⑤白い冬(ふきのとう)
 ⑥さよなら(オフコース)
 ⑦さようなら(NSP)
 ⑧竹田の子守唄(赤い鳥)
 ⑨なごり雪(風・いるか)
 ⑩案山子(さだまさし)
 ⑪根雪(中島みゆき)
 ⑫ミルク32(中島みゆき)
 ⑬「いちご白書」をもう一度
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選びに選んだ、というか捨てに捨てて残った歌の数々だ。
ボリュームたっぷりの内容で、(いつもの如く)舌好調。
歌いに歌い、しゃべりにしゃべった。
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今回「髭とフレグランス」のおふたりと共演した歌は「Silver Wing」。
我々にとってのアイドルであり、師匠でもあるカントリー歌手のトミ藤山さんが好んで歌われるナンバーだ。
急な無茶ぶりだったが応えてくれたペグさんたちに感謝だ。
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おかげさまでお客様は大入りの満員。
皆さんじっくり耳をかたむけてくれたり、チャチャを入れてくれたり、一緒に歌ってくれたり。
ありがたいもんだ。
特に初めて足を運んでくれた中学時代の同級生・坂下君との再会はうれしかった。
彼は函館潮見中学のサッカー部に僕を引きずり込んだ張本人。
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  いやんや、たまげた!
  古池にこったら特技があったとは知らねがったゎ
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と目をくりくりさせていた。
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次回「春の陣」は5月25日(日)。
中川しんちゃん、ツカサと3人の清津峡仲間でお届けする予定です。
若いしんちゃん、もっと若いツカサにあおられ、70のジジイがどんなステージを展開するか。
今から楽しみ。

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2024.11.07

おーるどタイム de ライブ 秋の陣 その2 日本フォークソングの夜明け

「秋の陣」の2部は日本フォークソングの黎明期について歌い、語った。
黎明期とは1965年前後、アメリカのフォーク・リバイバルの影響を受けて始まった。
まず東京の大学生に広がり、やがて関西に飛び火した。
様々なフォークシンガーを輩出し、
そして1970年に吉田拓郎がアルバム「青春の詩」を発表し新時代につながっていく。
僕は「黎明期」=「フォークの夜明け」をそんな風に捉えている。
「黎明期」に登場したフォークシンガー達を1時間ほどの枠の仲で跡づける。
それはほとんど不可能だ。
お客様に黎明期の流れや雰囲気をなんとなく感じとっていただければいい。
個々の歌は知らなくてもステージ全体として楽しんでいただければいい。
そんな内容にしたかった。
①パフ
アメリカのPPM(ピーター・ポール&マリー)の有名な歌。
アメリカのフォーク・リバイバルのひとつ。
東京の大学生を中心に演奏スタイルがコピーされた。
「日本フォークの夜明け」のきっかけになったフォーク・リバイバルの1曲を歌う。
②若者たち
ブロード・サイド・フォーが歌って大ヒットした。
テレビドラマ、映画の主題歌として広まった。
フォーク・リバイバルの影響を受けた演奏として欠かせない唄のひとつ。
③この広い野原いっぱい
森山良子のデビュー曲。(1967年)
高校時代にジョーン・バエズのレコードを聴きフォークソングを歌い始めた。
★ここまでは東京中心のカレッジ・フォーク(キャンパス・フォーク)。
アメリカのフォークソング・リバイバルの演奏スタイルの踏襲だった。
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お客様にも馴染みの深い唄ばかりで皆さん一緒に口ずさむ。
やがてフォークブームは関西に飛び火する。
関西にはフォーク・リバイバルの思想的側面が受け継がれる。
フォーク・リバイバルでは古いアメリカの伝承歌に回帰するばかりではなかった。
当時のアメリカ社会の問題(公民権問題、ベトナム戦争など)を取り上げ、政治を批判するプロテスト・フォークも重要視されていた。
④帰ってきたヨッパライ
⑤イムジン河~悲しくてやりきれない
ともにフォーク・クルセダーズ。
コミカルソング、社会問題、日常生活の実感を歌ったフォークルの活動はフォークソングのひとつの規範になったように思う。
⑥受験生ブルース
ボブ・デュランの「North Country Blues」を元に中川五郎が作詞をした。メロディをカントリータッチに替えた高石友也が歌ってブレイクした。
1965年頃、受験戦争が激化し始める世相。
それをコミカルに笑い飛ばした。
⑦拝啓大統領殿
高石友也・加藤和彦
フランスのボリス・ヴィアンがド・ゴール大統領の徴兵制を批判した歌が元歌。
1954年、フランスはベトナムとの戦争に敗北。その後の処理をアメリカに託した。
その15年後、1968年に高石友也がこの歌を歌った。
背景にはアメリカによるベトナム戦争の泥沼化があったように思う。
⑧生活の柄
高田渡
社会の底辺に生きる浮浪者へ共感を込めた切なくも暖かい視線を感じる。
⑨山谷ブルース
岡林信康
日雇い労働者のドヤ(宿)暮らしの哀感、絶望感、かすかな希望を歌う。
岡林はこの後「流れ者」「ガイコツの唄」「それで自由になったのかい」「チューリップのアップリケ」など社会の腑に落ちない現実を批判を込めて歌にした。
⑩友よ
岡林信康
反戦運動などと結びつき、政治集会や新宿西口ゲリラなどで広まっていった「友よ」。
岡林は反体制の象徴=フォークの神様と呼ばれるようになる。
岡林自身はこの歌を賛美歌のようなものと捉えていたようだ。
絶望的に暗い世の中だからこそ火をつけて希望を見いだしたいという願いの唄。
⑪遠い世界に
五つの赤い風船
作者の西岡たかしはこの唄を「フォークソングに対するプロテストソング」と位置づけて作ったと語っている。
フォーク=反戦歌・プロテストソングでなければいけないという風潮に対する抵抗だったとのこと。
「友よ」~「遠い世界に」~「これがボクらの道なのか」は皆さんよくご存じ。
全員でのシングアウトになった。
★関西フォークは多くの若者の心を捉えた。
その背景には「社会の流動化」ということがあったように思う。
日本は昭和39年の東京オリンピックに象徴される高度経済成長を成し遂げた。
でもその影には高度経済成長の恩恵から振り落とされた多くの人たちもいた。
持てる者と持たざる者の格差が一気に広がった時代でもあった。
加えてアメリカのベトナム戦争への加担と泥沼化。日本もその片棒を担いでいた。
日本国内でもベ平連等によるベトナム反戦運動が盛り上がっていた。
そして日米安保条約への反対運動(70年安保闘争)へ集約していった。
関西フォークが作られ、歌われ、受け入れられていった背景にはそんな社会情勢があった。
⑪イメージの詩
吉田拓郎
反戦・反体制の空気が色濃かったフォークに一石を投じたのが吉田拓郎だった。
「青春の詩」で彼女と喫茶店に入ってコーヒーを注文することも、スポーツに熱中し泥と汗にまみれることも、フォークソングにしびれちゃって反戦歌を歌うことも、みなすべて「ああ それが青春」とちょっとシニカルな眼で歌う。
それまでフォーク=プロテストソングと絶対化されてきた風潮を相対化したのが吉田拓郎だと思う。
今回僕はアルバム「青春の詩」のなかから「イメージの詩」を歌った。
「古い舟を今動かせるのは古い水夫じゃないだろう」という拓郎のメッセージを強く意識しながら。
何十年ぶりかでハモニカフォルダをぶら下げ、およそ8分間の超大作に挑んだ。
★拓郎がフォークを相対化することによって、その後様々なタッチのフォークソングが歌われるようになる。
やがてそれはニューミュージックへとつながっていく。
(70年安保闘争の敗北によって社会の空気も大きく変わっていった)
実は今回「日本フォークの夜明け」をテーマに選ぶことで、僕自身が10代の頃強く影響を受けたフォークソングに対する総括をしようと思っていた。
親の庇護の元で頭でっかちに社会に向って牙をむいて歌っていたあんちゃんだった。
70歳になった今それをどう消化するのか。
そしてこの先どう昇華していくのか。
だから今回はやれなかった10曲や、選曲の最終候補に絞り込む過程で外れていったたくさんの古いフォークソングすべてを歌い込んだ。
多くの歌の背景にあるものや歌のメッセージをあらためて確かめ、跡づけた。
若い頃歌いつけた歌ばかりとはいえ、なかなかの準備作業となった。
今回歌わなかったたくさんの歌たちを後にぶら下げての今回のセットリストだ。
いわば重量級セットリスト。
①フォーク黎明期の流れをいかに伝えるか。
②内容は重量級ではあるが表現は軽量級に。
③その上でお客様が腑に落ち、楽しんでもらえるようなステージング。
これらのことに気を配ったが、はたして聴いてくださった方々にはどう映ったかな。

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おーるどたいむ de ライブ 秋の陣 その1 青空演奏の再現をめざして

ピロSugawara(ピロちゃん)とジョイントしての「秋の陣」。
おかげさまで満員のお客様に囲まれて、アットホームなライブになった。
ピロちゃんと僕とは毎週土曜の昼下がり、一緒に青空演奏をやってきたお仲間。
今回は青空演奏隊がおーるどタイムに大集結。
と言っても、お客様として来てくれた山田さん含めて3人だけどね。
でも青空演奏隊としてライブができたことがなによりうれしい。
青空演奏はそれぞれが演りたいものを、思いつくままに無節操に歌える自由がある。
基本的には人様に聞いてもらうことよりも、自分たちが楽しむという性格が強い。
いわば内向きの演奏だ。
演奏を耳にして、聴いてくださる方が現れた時に初めて外向きの演奏に切り替わる。
そんなゆる~い感じが売りの(?)青空演奏。
そんな青空演奏隊がおーるどタイムでお客様を前にして演奏し、聴いていただく。
100%の外向き演奏。
それが実現したことがなによりうれしいことだ。
内向きのゆる~い青空演奏の良さが完全外向きのライブでどこまで再現できるか。
これが「秋の陣」全体を通してのテーマだと思っていた。
①まず意識を「内から外へ」切り替えること。
②ライブ本番に照準を合わせてしっかり準備をすること。
③本番ではお客様と歌や演奏を肴にキャッチボールを交わせるか。(これこそが青空演奏の青空演奏たるところ)
.
.
1部はピロちゃんによるソロステージ。
さすがに最初は緊張している様子だった。
  気楽いこうよ 俺たちは♫
そう歌いながらも、緊張感がにじみ出る。
(そのアンバランスが良かったけど)
でも徐々に場の空気になじんできたようで、いつものピロちゃんに。
お客様からも暖かい視線が送られ、ピロちゃんのトークに応えてくれる。
そして演奏(歌とウクレレ伴奏)は完璧に外に向っていた。
ピロちゃんらしさ全開のいいステージだった。
極めつけは青空演奏で知り合ったパトリックさんとのコラボ。
ライブに来てくれたパトリックさんを巻き込み歌った「美しき狼たち」。
達者な日本語と粘りのあるパトリックさんの声がピロちゃんの力の抜けたウクレレにマッチする。
聴きながらなんだか涙が出てきたよ。
前記の①~③について、ピロちゃんと特段打ち合わせをしたわけではない。
でも毎週顔つき合せて3年以上も一緒に演ってきた仲。
以心伝心で共有できていたように思う。
返すがえすもいいステージだった。
ピロちゃんのステージの最後は僕とのコラボで「通り過ぎる街」~「想い出の渚」。
深い満足感を覚えながら演奏した。
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2部、僕のステージテーマは「日本フォークソングの夜明け」
これについてはまたあらためてしたためることにします。
すべてのリアクション:
吉田 嘉秀、蒲田 祐子、他45人

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断腸の思い

明日の「おーるどたいむ de ライブ 秋の陣」。
『日本フォークソングの夜明け』と題し、黎明期の1960年代後半~70年の歌を準備をしてきた。
この時代は僕も影響をたっぷり受け、歌い始めた頃だ。
思い入れの深い唄が玉手箱のようにつまっている時代。
選曲が難しくて難しくて。
あれもやりたい、これも外せないってやってたらあっという間に30曲近くに。
とても1時間の枠では収らない。
テーマがテーマだけに、しゃべり出すと止まらなくなる恐れがあるしね。
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選考ラインに登っている30曲ほどはすべて歌い込んだ。
そして「おこもりリハーサル」で最終的にふるいをかけた。
断腸の思いで削った10曲。
せめてここに記載しておいてやろう。(順不同)
①出発の歌(六文銭)
小室等さんはPPMフォロワーズがスタートなので流れとしては東京のカレッジフォークなのかもしれない。
でも六文銭では骨のある名曲をたくさん残している。
僕はこの歌を高校の卒業式で体育館の壇上を「占拠して」歌った。
②戦争しましょう ~ ③教訓Ⅰ(加川良)
僕の中ではワンセットになっている歌。東洋大学・社会問題研究会の先輩が愛した歌。
彼が「この歌はりっぱに反戦歌だよ」と言っていたのを忘れられない。
④翼をください ~ ⑤血まみれの鳩 ~⑥竹田の子守歌(赤い鳥)
赤い鳥はアメリカから伝えられたフォークソング・リバイバルの運動を正しく受け継いだグループだと思う。
フォークソング・リバイバルではアメリカの伝承歌や時事的な事柄もテーマにして歌っていた。
その色合いが鮮明だったのはPPMだった。(東京のカレッジフォークはそのスタイルを真似ていたが社会的な部分は希薄だった。
⑦死んだ男の残したものは(高石友也・他)
谷川俊太郎の詩、武満徹の曲。1965年、アメリカがベトナム戦争の泥沼にはまっていく頃に作られた。
60年の時が経過しているが、今なおなにひとつ変わっちゃいない世の中だ。きわめて現代的な意味をも持つ歌。
⑧私たちの望むものは(岡林信康)
日本フォークソングの黎明期。岡林信康は「フォークの神様」と呼ばれた。
彼自身牧師の息子であり、その風貌はキリストを連想させるものだった。かくして反戦歌、プロテストフォークの象徴とされた岡林だった。
その岡林が「フォークの神様」と呼ばれることが苦しくなり内心の葛藤をつづけた。
視点が社会(外面)から自分自身(内面)に向けられるようになる。
その転換点になったのが「私たちの望むものは」だったと思う。
岡林は第3回フォークジャンボリーではっぴぃえんどを従えてロックのサウンドとして歌った。
その表情は苦しげだったのではないかと想像している。
高校時代、同級生のアラヤ君と一緒にフォークバンドをやっていた。そのバンドには欠かせない歌だった。
⑨今日までそして明日から ~ ⑩青春の詩(吉田拓郎)
第3回フォークジャンボリーで岡林の歌うそばにあるサブステージでは拓郎は「人間なんて」を延々2時間歌い続けたそうだ。
後に「フォークの旗手」が岡林から拓郎に変わった瞬間とも言われた。
高校時代、クラスの中で拓郎派と高石・岡林派が激しく論争を交わしたのを想い出す。
社会派が絶対的価値観を持っていた時代に、拓郎はそれを相対化させたと思う。その第一声ともいえる歌が「青春の詩」だった。
拓郎は時代の転換点にいて、相対化された視点がニューミュージックにつながっていったものと僕は理解している。
⑪室蘭の空(高石友也「ベトナムの空」の替え歌。作詞は古池雅彦・隆彦)
⑫新・高校生ブルース(古池雅彦)高石友也の主婦のブルースに触発されて書いた歌。
フォーク黎明期の影響を強くうけ活動してきた次の世代を「フォーク第二世代」と松山千春は言っている。
それにならうならば僕もまた第二世代。
第一世代の影響のもとに駄作ながらいくつか書いた歌。
これらの歌はいつか機会があったら歌いたいと思う。
でもそういう機会はもう多くはないんだろうな。
自分の唄蔵の中にしまい込んでいた唄の数々。
何十年ぶりに向き合ったということに意味があったのかもしれない。

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2024.08.27

おーるどたいむ de ライブ 夏の陣 Martin古池の巻

ライブの1部ではらんぶりんまっくさんが安定のギターにのせて重たく、中身の濃ぉいステージを展開してくれた。
お客様も皆さんまっくさんの歌に真剣に耳をかたむけていた。
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そんな1部を受けての2部。
「夏だ! アツイぞ! グループサウンズ」
なんとまあ軽い演目だこと😅
でもいいのです。
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お客様のほとんどが同世代。
つまりは皆さんグループサウンズ世代。
ひととき思春期、青春期にタイムスリップできればそれでヨシとするつもりで臨んだ。
いつものようにテーマを設けたりストーリーを組んだりということは一切しなかった。
理屈抜きであの時代にタイムスリップしたい。
だから歌いたい歌だけ準備し、あとは出たとこ勝負の道草ステージに。
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そして歌を聴いていただくよりも、一緒に口ずさんでいただけることを目標にした。
そしてその「思惑」は1曲目からあっさりとクリアされた。
1曲目の「夕陽が泣いている」を歌い始めた途端、客席で口ずさむ声が聞こえ始める。
3曲目あたりから自然にみんなで歌える空気になれればいいと思っていたんだがな。
のっけから先導しながら歌うことになった。(最後までそれは続いたのだ!)
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こうなるとあとは勢いだけで最後まで走っちゃえと腹を決めた。
いちおう歌いながらのギターリフを練習してたんだけど、すっかりすっ飛んでしまった。
もう小細工はいっさい無しのシンプル演奏で流れに身を任せた。
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歌ったのは次の通り。
①夕陽が泣いている(スパイダース)
②ノー・ノー・ボーイ(スパイダース)
③想い出の渚(ワイルドワンズ)
④夕陽と共に(ワイルドワンズ)
⑤長い髪の少女(ゴースデン・カップス)
⑥愛する君に(ゴールデン・カップス)
⑦君に会いたい(ジャガーズ)
⑧好きさ 好きさ 好きさ(カーナビーツ)
⑨オーケイ!(カーナビーツ)
⑩サハリンの灯は消えず(ジェノバ)
⑪愛のリメンバー(寺内タケシとバニーズ)
⑫エメラルドの伝説(テンプターズ)
⑬花の首飾り(タイガース)
⑭僕のマリー(タイガース)
⑮君だけに愛を(タイガース)
⑯バラ色の雲(ビレッジ・シンガーズ)
⑰亜麻色の髪の乙女(ビレッジ・シンガーズ)
⑱ブルー・シャトー(ブルーコメッツ)
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ほとんどの歌を2分30秒以内にアレンジしたんで、余計なMCさえ入れなければ50分に治るはずだった。
でもそれは・・・あまかった。
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どの歌もお客様の心の中に根付いた歌ばかり。
歌だけで収ろうはずがない。
歌に対するお客様のリアクション、それに対する僕のリアクション。
リアクションの応酬で1時間などゆうに超えてしまった。
(「勝手にアンコール」を含めて60分に収めるのが当初予定)
結局いつも通りの道草ステージ。
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それでも流れを止めずに勢いで走り続けたこと、そしてなによりもお客様のノスタルジーをストレートにトレースできたのは良かった。
タイムスリップして「あの頃」に戻っても、一緒に歌うことで今に生々しく再現できる。
これもまた歌の持つ大きな力なんだろう。
全18曲を駆け抜ける。(しかも道草の通りすがりに「骨まで愛して」「月光仮面は誰でしょう」まで歌ってしまった)
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ここでエンディングコーナーの「街」~「さよならが云えない」になだれ込むのがいつものパターン。
でも今回は先日亡くなった高石ともやさんへ「十字架に帰ろう」を手向けた。
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終わってみると1時間半超の長丁場。
お客様も僕もよく歌い、よくしゃべった。
ステージと歌声音楽会が混じりあったようなライブだった。
ステージと客席が渾然一体となったこんなライブが僕には一番楽しく充足感がある。
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加えて青空演奏隊のピロちゃんと4曲共演することができた。
(「想い出の渚」「十字架に帰ろう」「街」「さよならが云えない」)。
これもまた大きな出来事だった。
なにしろ毎週土曜日、3年間一緒に青空演奏を共にしてきた盟友との共演だ。
青空演奏とは違った緊張感で音を合せるということは、得がたい体験だった。
ピロちゃんは11月3日予定の「秋の陣」で1部に出演してもらうことになった。
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帰りがけのお客様にうれしい言葉をかけていただいた。
 まっくさんとマーチンさんのステージの落差がいい
 ウクレレの音もいいアクセントになってましたね
 満足感たっぷりのライブでしたよ
最高の褒め言葉でうれしかった。
笑顔でおーるどタイムを後にするお客様の顔、顔、顔。
ほっともしたし、ありがたくもあった。

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おーるどたいむ de ライブ 夏の陣 らんぶりんまっくの巻

らんぶりんまっくさんをゲストプレイヤーにお招きして開催した「夏の陣」。
古いフォークソングやブルーグラス、カントリーソングを独自に解釈し、日本語で歌うまっくさんのステージ。
実はこの濃さを「おーるどたいむ de ライブ」に集うお客様に体感してもらいたかったんだ。
ほとんどのお客様は音楽好きだが、自ら演奏するという経験のない方々ばかり。
これまでの人生の歩みの中で心に残っている歌はポピュラーなフォークソングだったり、歌謡曲のような流行歌がお好きな方々。
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僕のステージはそういう方々に楽しんでいただけるような内容で長年やってきた。
まっくさんにはそこにコアな歌をぶつけて欲しいという思いがあった。
まっくさんが達者な弾き手であることはお客様には周知の事実。
毎回僕の歌のサポートをしてくれているからね。
でも「歌唄い・らんぶりんまっく」を皆さんにぜひとも聴いて欲しいと思っていたんだ。
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見事なステージだった。
バラッド形式の長い、重たいテーマの物語ソングを食い入るように見つめ、耳をそばだてているのが伝わってくる。
歌うまっくさん、聴き入るお客さん。
その双方を見つめながら、なんだかぐっときていた。
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僕もかつては自作を含めたコアな歌を歌っていた。
「ぶどうの木」というライブハウスで専属で歌っていた頃だ。
(もう30年も昔の話だけど)
「ぶどうの木」が店をたたんで以降、路上で歌ったりお好み焼き屋さんや市場、喫茶店などで歌ってきた。
そこではコアなフォークソングばかりではやっていけないという現実があった。
リクエストにお応えしながら、お客様に喜んでもらえるように配慮しなければならなかった。
そんなことを20年もやってきた。
その結果今のように「節操なしで、なんでもあり」の歌唄いになった。
これが今の僕のスタイルで、それはお客様と一緒に築いてきたものだ。
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一方まっくさんはご自身のスタイルにとことんこだわり、それを深めてきた方だ。
それを「市井」の方々にぶつけてもらい、どんな「化学変化」が起きるのか。
楽しみだった。
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まっくさんは面目躍如の見事なステージを展開してくれた。
そしてお客様はみな深く受け止めているようだった。
中身の濃い、いいライブだった。
1人、ギターの画像のようです

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