朝市コンサート

2020.04.10

4年前の「朝市コンサート」の模様


しっとりとした、濃密なコンサートだった。

 

.

.


休憩中、前回に引き続き松本さんが来てくれた。
ありがたいものだ。

友人が来てくれると、ギアが1段上がる。
普段は市場の空気と同化するため、意識的に抑えぎみ。スピードよりもトルクを重視している。

.

終盤、今日2回目の「夢」を歌ってると小さな女の子連れの若夫婦が通りかかる。
女の子と目が合う。興味深そうな目でこちらを見る。
その様子に気がついた母親がベンチに腰を下ろす。
女の子はにこにこしながら僕を見つめてくれる。僕も歌いながら微笑みかける。
その様子を母親はあたたかく見守っている。
ほのぼのとしたいい空気が流れる。

歌の内容もマッチしている。

こんな夢を見ました
あなたはとても若く
まだ幼い 小さな私を
あたたかく抱きしめて
春の光の中で
朝の風に吹かれて
愛すること 許すことの
意味を教えてくれた
長い時の 旅を終えて
今静かに眠りにつく
命をかけ 産んでくれた
その勇気を 忘れないと
さよなら ありがとう
二度と戻らぬ季節
朝の夢に 消える影が
後ろ手に手をふった
(小田 専太郎 俊明)

歌詞の一節ごとに目に見えないキャッチボールが交わされる。

.

僕はこの親子にロックオン。
気がつけばギアはトップに入っている。
おだやかで静かながら、濃密な空間に。

.

そんな様子をちょっと引いた位置から眺めていた父親が二人に寄っていく。
最初はおずおずと、やがてにこにこと。

この空気感のままに最後は「あ・り・が・と・う・の歌」。

産んでくれて ありがとう
育ててくれて ありがとう
遊んでくれて ありがとう
叱ってくれて ありがとう

歌いながらいろんな思いが去来する。

この子にとって、今はあたりまえのことだろう。
でもいつかそう感じる時がくるだろう。

この若い夫婦もわが子を思うとき、それが自分達の親御さんにつながっていくことに気がつくことだろうな。

家族の歴史のありがたさ。
それを感じることのしあわせ。

.

60歳を過ぎてから、僕は人生の一番いい季節をただよっているのかもしれない。
祖父母の代から始まって孫につながる親子五代の家族の歴史。
気の遠くなる時の流れの中で60代の僕は今ちょうどその中間ポジションにいる。

これは有難いことだと思う。

わずか数分の歌を歌いながら、僕はそこに60年という歳月と自分につながる家族の歴史を感じていた。

| | コメント (0)

2020.04.01

自粛モード漂う「朝市コンサート」

自粛モードの「朝市コンサート」。

越谷市場に到着すると、開口一番「今日はボリュームを抑えてくださいな。役所からイベント自粛要請が来てるんです」とのこと。

「じゃ、生音でやりましょう」ということで演奏許可を得る。
普段から音量はさほど大きくはない。ギター音を補助的に拾うくらい。

生音演奏でもやることはいつもとあまり変わらない。
いつも通りに歌い、ちょっとだけギターを強く弾く程度。
普段は音の届く範囲を入り口のある30メートル先に置いているが、今日は景品交換所の先まで20メートルくらいを意識した。

コロナの外出自粛モードのためか、いつにもまして閑散としている市場。
今日は冷凍マグロを切るチェーンソーの音もしない。

歌の神様に淡々と歌いなさいと言われているような今日の市場。
じっくり、まったりと歌った1時間半。
福引きコーナーも今日は早めに終わったので、こちらもいつもよりはちょっと早じまい。

丁寧に歌えたのでこれでヨシとしよう。

帰りがけに言われた。
「マイク使っても、使わなくてもあまり変わらないね」

「そりゃ、普段から完全生音でライブやってるからね」

でかかった言葉を飲み込み、にこりと笑って会場を後にした。

| | コメント (0)

2020.03.15

「朝市コンサート」

 

いつにもまして閑散たる越谷市場です。
冷たい雨のためか、コロナのためか。
それでもお馴染みの顔ぶれが買い出しに精を出しています。

.

今日はフラットピックを用いた奏法を封印しました。というのは最近ピックと弦のアタック音が耳に障るようになっているからです。
ギターの役割は歌を活かすためのわき役。あまり自己主張してもね。

.

喫茶店JUNEのような場所で演奏する時はピックを使ってもやわらかなタッチで弾くことができます。それはこじんまりとした場所のため音が逃げずに回って返ってくるからです。
ところがだだっ広い市場だと音が広い空間に吸われ逃げでしまうからです。どうしてもピッキングが強くなってしまいます。要らぬ力が入ってしまうんでしょうね。

.

でも指の腹を使ったフィンガーピッキングでは音量が足りなくなります。
そこでライン使用の封印を解きました。(普段は生音演奏にこだわり、ラインを使わないことを旨としているのです)
基本は1本立てたコンデンサーマイクでボーカルとギター音を拾います。ラインからの入力は補助的に音量補正として使いました。

指弾きにすることで、普段の市場とはひと味違った演奏ができ、うれしかった。

.

今日は選曲もいつもとは大きく変えました。
普段市場ではポピュラリティのある歌が中心となります。それは客層に合わせてのことです。
お客様本位の選曲。
今回は完全に自分本位のわがまま選曲。
先月の「おーるどたいむライブ」でやった歌や来週の富安さんとの「音もダチライブ」でやろうと思っている歌等々。

.

8時から9時半までの90分、一本勝負。
気持ちよく歌うことができた本日の「朝市コンサート」でした。

 

| | コメント (0)

2020.02.08

6年前の今日も「朝市コンサート」をやっていた。

6年前の今日も「朝市コンサート」だったんだ。

この時も寒く、越谷に雪が降っていた。

そして、市場でのセッティングを初めてコンデンサーマイク1本で臨んだ日だった。

当時は商売中のお店と共存するための苦肉の策だった。
なにしろラインを通したギター音量や、それに合わせたボーカル音量は大きかった。
それが商売の邪魔になると苦情があったりした頃だった。

体から出る自然な声。
生ギター から出る自然な音。
これらをほんのちょっとだけ増幅するという発想だった。
ボーカルとギターの音量バランスがいいあんばいになるポイントを探すのに腐心した頃だった。

今ではこのセッティングがすっかり定着した。

 

【以下、当時の記録 2014年2月8日】

.

雪降りしきる越谷。
閑散とした市場。
前回はインフルエンザで休んだんで気合い入ってたが……。
本日のセッティングはコンデンサーマイクを1本立て、ギターの音を主に拾うようにした。
広い市場ではギターの音が吸われる。ラインで繋いでもこの閑散ではやかましい。
いっそ生声で歌い、ギターの音量だけを補った方がいいと思った。

大正解!

ボーカルの過音量を気にせず自由にのびのび歌える。
音量も過ぎれば壁を作るものだ。

本日外の雪を眺めながら冬歌を。
雪見歌ってのもオツなもんだ。

| | コメント (0)

底冷えの「朝市コンサート」

風はのれんをばたばたなかせ
丼につかまりながらすする拉麺。
疲れたんで油揚の肉詰めを追加。

2020_02_08

寒かった今日の「朝市コンサート」。
久しぶりに底冷え。
足元から冷気が上がってくるは、ストロークをくりかえす指先はかじかむは。

.

気管支の不調の「後遺症」はいまだ残っている。
突如として気管支の中で暴れ、声がかすれる。
ごまかしながら歌い続けたけど、気持ちいいもんではない。

.

前半は知名度の高い昭和の流行歌を中心に進める。
歌いなれたはずの歌だがどうも本調子ではない。

.

後半に入り、新曲のオンパレード。
23日の「おーるどたいむライブ」でやる予定のものだ。
このうち何曲かは初めて人様の前で歌う歌。
この間自宅にこもり徹底的に歌い込んだ歌達だ。
でも、練習と人様の前で歌うのとではまったく別物。
声の出し方とギターのバランスにちょっと戸惑った。
でもまあ、なんとかいいあんばいに納めることができた。
この先ライブ本番まで3~4回は人様の前で歌うチャンスがある。
歌を鍛えなきゃね。

.

ライブを終え撤収しているときお客様に声をかけていただいた。
70がらみのおじさんとその娘。
娘さんは40過ぎくらいかな。
おじさんは杖をつき、娘の肩を借りてそろそろと歩いている。

.

  寒いのにいつもご苦労さんだね

.

これだけの一言が嬉しい。

.

このおじさん、10年ほど前は元気に市場を闊歩していた。
姿が見えなくなったなと思っていたら、1年ほどたって突然杖をついて登場した。娘の肩を借りて。
毎回のように買い出しに来ている。
もちろん荷物は娘さんが持っている。
もう何年もそれが続いている。

カタツムリのような歩みだが、
市場の活気に触れることはおじさんにとって大切なリハビリなんだろうな。

.

そんなことを思いながら、本日の「朝市コンサート」は終了。

| | コメント (0)

2020.01.25

リハビリ的「朝市コンサート」

1月最後の「朝市コンサート」終了。

.

今回もまたリハビリ的演奏。
やんや、まぁず今回の風邪は長引くわぁ。
もうすでに一ヶ月半。
咳き込むことは無くなったけどね。
思い通りに声をコントロールできない。
特に高音域はまだおっかなびっくり。

.

だだっぴろい市場では高めのキーで声を張り気味の方が案配いい。
高めに不安があるんでやむなくキーを下げた。
その方が歌自体は安定するけど、いかんせん勢いがでない。

.

たった1音下げるだけなのに、ギターの弾き方も変えなきゃならない。
声とのバランスがあるからね。
勢いの出ない歌に勢いある伴奏じゃうまくない。
かといって90分フィンガーピッキングに終始したんじゃ、ますます勢いが無くなる。
柔らかいタッチのシンプルなダウンストロークで通すことにした。多少のメリハリを意識しつつね。
「外角低めをていねいにつく」球威の劣るピッチャーの心境だ。

.

でもまあいい勉強にはなった。
ダメなときはダメなりに。
リハビリ的演奏の時はそれに見合った演奏方法で。
状況に合った最適、最大限の演奏方法を試行錯誤することは学びになるってえもんだ。
それにこういう試行錯誤も案外楽しいもんだ。
長年やってこれたおかげで、暗中模索・五里霧中というわけでもないしね。

.

これからも「冬の時代」に向かって年を重ねていくわけで。。。
いつもいつも体調絶好調というわけにいかない。
そんなシーンが増えるだろう。
そのリハーサルとなった今朝の「朝市コンサート」だったかな。

| | コメント (0)

2020.01.14

年のはじめの「朝市コンサート」

新年始めの「朝市コンサート」。
晦日の賑わいとは裏腹に、静かな静かな越谷市場。
演奏もそれに合わせて静かに静かに。

.

年末来の気管支の不調はなかなか良くならず、相変わらず咳き込む毎日。
静かな市場はそんな僕には都合がいい。
なにしろ声を張ると咳が出る。

.

コンデンサーマイクを一本立て、静かにじっくりしっとりと。
歌うは冬の歌大特集。
お馴染みの歌に加え、普段あまりやらないものもたくさん入れた。

.

「朝市コンサート」は実験的試みをやりやすいのがいい。
ここで試して結果が良ければ他のライブでもやれる。その時はもう少し洒落たアレンジにしたりする。
今朝もそんな何曲が生まれた。

.

今日のような静かな市場に来るお客さんは馴染みの方がほとんど。
声をかけていただいたり、会釈を交わしたり、ニコッと笑って通りすぎてゆく。
嬉しいものだ。

.

時々買い物に来て、ベンチに腰を下ろししばらく歌を聴いてくださるおばあさんがいる。
いつもはひと休みしてそのまますーっと帰っていく。
今日は帰りがけ、ベンチでなにやらごそごそやっている。腕に抱えた買い物袋が地面に落ちる。
それを拾い上げながら僕の方に近寄って来る。
歌いながら「ん、なんだろう?」と思ってると譜面台の上にく千円札を置いて立ち去ろうと背を向ける。
歌の合間に「いつも聴いてくれてありがとうございます」とお礼を一言。
ふりかえった顔は笑顔でくしゃくしゃ。

.

譜面台の上の千円札は折り畳んでくしゃくしゃのを伸ばしたものだろう。
そうかごそごそやってたのは、お札を手でしごいて伸ばしていたんだ。

.

合点がいくと共に哀しく切なくなり、そしてうれしかった。
裕福そうな身なりの方ではない。
髪も手が入いらずぼさぼさ。
それを毛糸の帽子でおさえている。
生活の香りを漂わす、このおばあさん。
もしかしたら年金を頼りに細々と暮らしているのかもしれない。

.

くしゃくしゃの千円札を眺めながら、ちょっと泣けてきた。
大切な大切なカンパ。
ありがたく頂戴した。

.

思うところのある年の始めの「朝市コンサート」だった。

| | コメント (0)

2019.11.09

「朝市コンサート」 音楽実験の場

「朝市コンサート」ではいろんな音楽的な実験ができる。

今日はギターをラインに繋げて演奏する実験をした。

僕は8割ほどは生音によるライブをやっている。お客様との間に少しでも必要のない壁やベールを作りたくないという思いからだ。息づかいをダイレクトに伝えるには生音に勝るものはないと思う。
そのために歌もギターも「生」でもちゃんと伝えらることを想定した稽古を長年やってきた。

とはいえ市場のようなだだっ広く、喧騒の真っ只中で歌うのは「生」では難しいことも多い。
そこで次善の策としてコンデンサーマイクを1本立ててギターと歌を拾うようにしてきた。声とギターの音がほどよく混じり合うところの音をコンデンサーマイクで拾う。
この場合演奏方法は生音演奏とほぼ同じ。生音をまるごと拾って増幅するという考え方だ。

今日の実験はギターの出音をラインで直接アンプに送ることがポイント。多くの人にとっては当たり前にやっていることだ。でも僕にとっては(未知ではないが)あまりなじみのあることではない。

ライン使用では軽いピッキングタッチでもけっこうの音量となる。また指やピックの弦への接触音がまず強調されるようだ。ボディ鳴りの余韻音は後から付いてくる感じだった。
あまり好きな音ではない。
そこでピッキングのタッチをやわらかめにした。
またアンプのトーン調整で中低音をブーストさせないようにした。
これで比較的生音の方向に近づいた。(電気音が緩和された)

それでも音量はかなり大きい。ギター音量に合わせてボーカルマイクの位置を口に近づけた。
(普段はオフマイクぎみにしている)
この状態でいつものように歌うと音が膨らみすぎてやかましい感じになる。
そこでキーや歌い方を変えてみた。いつもより1音下げ、歌い方も声をあまり張らないようにした。
張る部分はマイクから少し離れて発声して位置調整をした。

これでギター音量とボーカルの音量のバランスはとれた。
ところがギターのカッティングがやかましくまた平板に感じられる。ダウンストロークとアップストロークの差が少なく、メリハリが感じられない。
アップストロークをやめてみた。1コーラスのつなぎめで必要な部分だけ入れてみた。これでいい感じに落ち着くことが分かった。

このやり方を見つけるのに10曲くらいは費やした。でも後半は違和感なく演奏できほっとする。

同じ弾き語りでも完全生音とギターラインどりでは奏法や歌唱法がまったく違うということを実感する。

安定して演奏できるようになった後半、ちょうどいいタイミングで時々聴きに来てくださるグループがやってきた。ベンチに腰を落ち着かせしっかり聴いてくれる。(しかも時に涙を浮かべながら!)
うれしいグループだ。

彼らの中の1人りは函館出身。
「函館物語」はもちろん、今金のお寺のご住職の歌「まだかね今金」などもやる。
そして次から次へと来るリクエストにお応えしながらあっという間に2時間は過ぎ去った。

本日はいい実験もできた。いいお客様にも恵まれた。
秋晴れのいい「朝市コンサート」だった。

| | コメント (0)

2019.09.03

朝市コンサート 記録

「朝市コンサート」
本日も恙なく終了しました。
ひところの殺人的暑さもも落ち着き、快適に歌い抜けることができました。

今晩の「おーるどたいむライブ」の予行演習も兼ねて全曲歌いました。
あ、市場という場所柄『蚊の歌』、『ハエ・ハエ・ハエ』は割愛😓

1部~2部合わせてトーク抜きで80分。いいところかな?
問題はおしゃべりがどれくらいになるか、予想が…。。。
今回は定年退職、北海道ひとり旅と話題に事欠かなくてね。

市場で歌って手応えを感じたのは汽車の歌、3部作でした。
汽車ぽっぽ~Old Black Choo Choo~退職の日。

特にOld black choo chooは高石さんの訳詞をベースにして、日本最後の営業運転についてつけ加えました。

おいらの最後の旅は北の国
室蘭から岩見沢の冬の道
雪をかき分けて走るおいら
最後のお勤めなのさ昭和50年

昭和48年まで毎日室蘭本線に乗って通学していた記憶。
この夏の炭鉱町巡り旅で見た古い駅舎。
そんなことが頭をよぎり気合いが入ります。

この歌、やぎたこが原語で軽快に歌ってます。城田じゅんじさんは淡々と歌ってます。どちらも好きなアレンジ。
でも僕は雪をかき分け、あえぎながら峠を登るイメージが強くて。

なんだ坂 こんな坂
なんだ坂 こんな坂
トンネル 鉄橋
トントントントン
トンネル 鉄橋
トントントントン
トンネル トンネル
トントントントンと
登りゆく

そんなイメージで歌うことにしてます。

そして『退職の日』。

公園のD51は退職した後
ほんのわずかばかりの
レールをもらって
もう動かなくなった

幕を下ろした蒸気機関車と30年前に退職した父親の姿と自分とを重ね合わせて歌いました。
おそらくこの組み合わせで『退職の日』を歌えるのは、今夜の「おーるどたいむライブ」が最後だろうなと思いながら。

「朝市コンサート」での予行演習。
歌やギターの精度を上げるといった技術的なものではなく、むしろ気持ちの部分を今一度確かめるものになりました。

| | コメント (0)

2019.08.05

汗まみれの「朝市コンサート」


前回は札幌ラッキーフェスに行ってたのでお休みでした。
まる1ヶ月で季節はすっかりまわり、夏‼️
暑さと湿気でのっけから大汗。

今回も課題をひとつ持って臨みました。

実は先週のお好み焼き屋さんでのライブを録音していました。
それを聴いて自分のボーカルが理想とするイメージとずいぶんかけ離れてしまったことに気がついたのでした。
それは歌い始めの最初の母音が寝ぼけていること。2音目以降は滑舌よく発音できてるけど1音目が良くない。
多分息継ぎをした後の初音をコントロールできていないためだと思います。
これまでさんざんトレーニングしてきた息継ぎですが、いつの間にかゆるくなっていたんだと思います。
ブレス後の初音をはっきりさせるためにはブレス後間髪入れずに口を大きく開ける。
ところがこいつがなかなかうまくいきません。力が入らないと弛くなる。力が入りすぎると喉が閉まってしまい声がつぶれる。
ほどよいところをさがしだすのに苦労しました。

解決してくれたのはお客さんでした。
ライブ後半2組の夫婦がベンチに陣取り、ガッチリ聴いてくれました。
僕の中でなにかがはじけ、スイッチが入ります。
そうなるとごく自然な力の入り方になり、初音からはっきりと出せるようになります。
まったく不思議なもんです。

時には自分の歌を録音することも悪くはないな。
そんなことを思いながら歌い進めた今日の朝市コンサートでした。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

「唄の駅」 『街角ライヴ』 あすなろ山の会 おすすめ記事 おーるどタイム おーるどタイム de ライブ さんすまいるコンサート すみれコンサート へたくそ親父のギター弾き語り ウェブログ・ココログ関連 オカリナ・アンサンブル かざぐるま グルメ・クッキング サッカー スポーツ デスペラード・ライブ トミ藤山 ニュース ハックルベリー・カントリー・ライブ ババ猫ミーちゃんの糖尿生活 パソコン・インターネット モスライブ ライブ ライブ at JUNE ライブ・イン・ぶうけ ライブ・コンサート暦 三貴ライブ 僕を通り過ぎた歌たち 函館帰省日記 2005秋 函館帰省日記 2006春 函館帰省日記 2007春 函館帰省日記 2008冬 函館帰省日記 2010 冬 函館日記 函館日記2014 夏 函館日記 2011秋 函館日記 2012初冬 函館日記 2012夏 函館日記 2014夏 函館日記 2014年冬 函館日記 2015 夏 北海道 北海道 音楽旅日記 2009 印刷 室蘭 寿コンサート 小さな旅 心に引っかかる言葉 文化・芸術 旅行・地域 日記・コラム・つぶやき 旭丘の家コンサート 映画・テレビ 書籍・雑誌 朝市コンサート 札幌日記 2005秋 札幌日記 2008 秋 森の音楽祭 清津峡 無国籍堂ライブ 絵本コンサート 自転車 見沼たんぼ 音楽 音楽雑感 骨折り日記