三貴ライブ

2018.05.19

13年を終えた「お好み焼きの三貴ライブ」

「お好み焼きの三貴ライブ」

無事に13年目を終えることができました。
まったく「光陰矢のごとし」です。

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新越谷駅前で「街角ライブ」をやっていたころオファーを受け、1回だけのつもりでやったお好み焼き屋さんでのライブ。
1度が3度に度重なって、気がつけば13年。回数にすれば155回。声が出なくなり1回だけ中止ということもありましたが、なんとかこんとかここまで勤め上げることができました。(まったくなんとかこんとかでした)

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三貴のオーナーのコンセプトは「通常営業中のサプライズ・ライブ」というものでした。
つまりお客様がお好み焼きやもんじゃをつつき、一杯やりながらオダを上げる中での演奏が求められました。
『お客様の邪魔をしてはいけないこと。さりとて喧騒の中でしっかり存在感を出すこと』。
つまりお客様との共存をはかることが最低限求められることでした。

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前後半2時間の枠の中で共存をめざし、さらにそこから共感、共鳴へとつなげていくことがテーマでした。
実際にはそれは困難なことです。
お店には様々なお客様がいます。しっかり聴いていただける方も多いけれど、そうでない方はもっと多い。店内にはそんな方々が混在しているわけです。
雑多な反応のはざまでバランスを取りながら歌う。
どうしてよいかわからず五里霧中。さまざまな試行錯誤を毎回くりかえし、胃の痛くなるようなライブをやってきました。

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10年目を過ぎたあたりからやっと自分のペースでお客様との「共存」が自然にできるようになってきました。それに伴って「胃が痛くなるライブ」ではなく「ここちのいいライブ」に変わってきた昨今です。

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「おかげさまで」という言葉が今の心境にぴったりだと感じています。
決して良いとはいえぬライブ環境で13年間続けてきた自分の「あきらめの悪さ」もさることながら、「あきらめ」させてくれなかったお店のサポートにまず感謝です。
そしてその時々に足を運んでくれた多くの仲間たちに感謝です。
13年間ほとんど毎回足を運んでくれた共同印刷時代の友人M君にも感謝です。(M君のことを僕はMartin古池評論家とよんでいます)
こういう方々のサポートや応援を得、「おかげさまで」ここまでやってこれました。

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先月、同じく14年目を迎えることができた「朝市コンサート」と双璧をなす「お好み焼きの三貴ライブ」。大切な毎月のレギュラーライブです。
僕のライブ活動はこれらのレギュラーライブをベースに展開しています。

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「朝市コンサート」でアイデアを試し、「三貴ライブ」でそれを固める。それを同じくレギュラーライブの「喫茶店JUNE 日曜昼下がりライブ」で仕上げ、季節ごとにやっている「おーるどたいむ de ライブ」につなげていく。
多少の順序の入れかわりはあっても、このサイクルがとても気に入っています。

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昨夜の「三貴ライブ」ではまさに「おーるどたいむライブ」の予行演習でした。最終チェックと気を込めるライブにすることができました。

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今夜6時から「おーるどたいむ de ライブ」をやります。
1部では「大塚博堂の世界」をじっくり歌います。
2部では「歌声音楽会」風なアプローチでやりたいと思います。

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お近くの方、興味おありの方、お時間のある方。
ぜひともお運びくださいませ。

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2018.02.26

お好み焼きの三貴ライブ

めずらしくガランとした店内。
オリンピックにやられた❔今夜の「お好み焼きの三貴ライブ」。

お客様は子連れママ友三人衆。いや小さな子供たちも三人。元気でかしましい。そして生演奏に興味津々。

なにやら話し込むアベック。二人の世界に没入中。

二人の男性は仕事の話を延々とやっている。どうやら比較的若い方が親会社で年配の方は子会社という関係のようだ。

そしてニッカーポッカと作業着で身をかためたおにいちゃんときゃぴきゃぴねえちゃんのカップル。

くわえて常連・松村くん。

店内静かなり。
演奏も音量を下げ淡々と。

「今日は空気になろう」

そう決めて声も張らず、トークも入れずにおのれの存在を消すように歌う。

選曲は決めず思いのままに。
この1曲が全て、何十曲もの「3分間ドラマ」を積み重ね、まるで歌の玉手箱。

お好み焼き屋さんでお客様と共存するのにストーリー性は不要なのかもしれない。ただ1曲勝負あるのみ。

そう考えたらストーリーやテーマに縛られない分幅が出た。
普段出番のない歌や、20年ほど前「ぶどうの木」時代にやっていたちょっとマニアックな歌や自作曲まで飛び出した。

お客様からは目立った反応はない。これでいい。店の中の空気になって歌うとはこういうことだ。

ステージ席からは聴いていないようで聞いているのが手に取るように分かる。
ママ友三人衆も子会社のおじさんもチラチラこちらに視線を投げてくる。
子供たちはもっとストレート。
一番面白かったのはニッカーポッカのお兄ちゃん。にこりともせず、無論拍手など一切せずにじっとこちらをにらむように見つめている。
この視線は「うるせえ‼️やめろ‼️」というものではなく、じっくり聴いているもの。
お兄ちゃん、帰りがけに初めてニッと笑いかけてくれた。

子会社のおじさんも帰りがけに声をかけてくれる。
「よかったよぉ❗」
多分親会社の若いのに遠慮してたんだろう。

「これまで十数年、ここで古池さんの歌を聴いてきたけど、今日が一番良かったよ。
騒音の中で四苦八苦しながら何とかする古池さんもいいけどね。」

常連のMartin古池「評論家」、松村くんからはうれしい一言。彼はこの13年、通いつめてくれた。僕のいいところも、良くないところも全て体感している。「評論家」だけあって、耳に痛いこともつつみかくさず僕にぶつけてくる。
この一言は嬉しかった。

先月は喧騒の中で自分を見失い、失敗した。
今月は納得のいく「お好み焼きの三貴ライブ」となった。

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2017.07.22

ちょっと複雑な気分。大盛り上がりの「お好み焼きの三貴ライブ」

今回の「お好み焼きの三貴ライブ」はライブが始まる前から少々普通ではなかった。

店のドアを開けた瞬間音の渦が。

満員のお客様の話す声が束になり大きな音圧となって押し寄せてくる。

思わず後ずさり。

こりゃ今日は大変なライブになるなぁ

機材を搬入しながら覚悟を決める。

ここ数年、どんな状況でも淡々とライブを進めてくることができた。

今回は久しぶりにふんどしを絞めてかからねば音の渦に簡単に飲み込まれそうな雰囲気。

セッティングをしながら状況把握から始める。

7~8人の20代後半のグループが2組。勢いがある。
子供連れの家族が1組はステージ席の真ん前。
ステージ席の隣には若いカップル。
遠く窓際の席には上司と部下たちのグループ。
その隣に女性二人組がなにやら話し込んでいる。
テーブル席2つにはそれぞれカップル。
そして常連・松村君。

最初は若者グループの声が大きいのかと思っていた。

よくよく観察するとそれほど大声なわけではない。

他のグループやカップルも大声で話しているわけではない。

おそらくそれぞれのグループがやや高めのテンションで話していて、それが絡み合い店全体に音の渦が巻きあがっているのだと思われる。

これはやっかいな状況。

それぞれのグループが向き合ってがっつり話している状況で歌を共存させるのは難しい。

しかも世代的にお客さんと僕の歌がかぶるとは思えない。
(それはここ数年いつものことではあるが)

いつものようにオープニングテーマ「なんとなくなんとなく」で探りを入れてみる。

ギターもマイクも音量は普段よりやや上げぎみ。

声が音の渦に吸い込まれていくような錯覚。

歌い終え、やや間を置いて拍手が返ってくる。

唐突に歌声が聞こえ対応に戸惑っているようだ。

最初に反応してくれたのは目の前の家族連れのお母さんと隣のカップル。

やや遅れて2組の若者グループ。彼らは人数が多いため店全体にライブが始まったと告げる役割を果たしてくれる。

それでも半数のお客さんは無反応。

それはいつものことだ。歌い進める中で彼らと共存をはかれる状態に持っていければそれでいい。

梅雨も明けたことだし、今日の特集は「夏の歌・昭和の流行歌」編。

真っ赤な太陽~恋の季節・別れの季節~恋のバカンスとアップテンポでメドレー風に歌う。

これに片方の若者グループが食いつく。

この後アップテンポの歌をどんどんつないでいく。

もう一つの若者グループが他のグループに触発されるようにノッテ来る。

5~6曲アップテンポの後はバラードを2~3曲。

これで少し若い衆の熱気を冷まさなければ。

他のお客さんに不快な思いをさせてはいけない。

ところがこちらの思いをよそにどんどんノッテいく若者たち。

結局最後までハイテンションのまま走り切る。

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大変な盛り上がりのうちに2時間の三貴ライブは終わった。

通常営業中のお好み焼き屋さんでのサプライズ・ライブとしては稀有のできごとだった。

ライブを終えて二つの思いが交錯した。

ひとつは素直に楽しい・うれしいという気持ち。

もうひとつはライブをちゃんとコントロールできなかったという思い。

歌い手としてお客さんが喜んでくれることはこれ以上の喜びはない。

通常の形のライブであればそれでいい。

でも喜んでくれたのは多数ではあっても全体ではない。

最後まで窓を開いてくれず帰られたお客さんが何人かいたのも事実。
(彼らが不快感をおぼえたかどうかはわからないが)

通常営業中ライブの宿命とはいえ、最低限そういうお客さんとも共存をはかるための配慮をしなければならない。

そのためには盛り上がったお客さんの温度を下げることも必要なのが三貴ライブ。

つまりライブをコントロールするということだ。

昨日もコントロールが必要なポイントがいくつかあった。

あったけれどそれができず、若者たちのノリに僕自身ものりむしろあおってしまった。

「おーるどたいむライブ」などのように通常の形のライブでは「個」を前面に出してもいい。

でも「お好み焼きの三貴ライブ」や「朝市コンサート」のように通常営業中ライブや不特定多数の中でのライブでは「個」を極力抑え「空気になる」ことを是としてきた。

昨日は自分に課したそんな姿勢を自ら崩してしまった。

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大盛り上がりだった三貴ライブ。

嬉しさ半分、反省半分の複雑な気分だった。

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2017.06.22

「三貴ライブ」 5年前に考えていたこと。

5年前はこんなことを考えていたんだな。

通常営業中のサプライズライブ。
8年間、五里霧中、暗中模索を積み重ねてきた上での一定の結論にいたってる。

そこからさらに5年たち、より自然な気持ちで臨めるようになっている。

今の自分の立ち位置はこのころに固まってたんだな。
ちぃっと感無量。

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「お好み焼きの三貴ライブ」の記録と雑感

今月の三貴ライブはハードな状況だった。

店内はほぼ満席状況。
年齢層は20代~30代と比較的若め。

職場がらみの4~5人のグループが数組。
それぞれの卓に話の中心人物がいて話に花が咲いている。
飲むほどに酔うほどにボルテージは上がっていく。
意識は仲間内に向けられ、外へ向けられることなどない。
当然歌を聴いてもらえる状態には程遠い。
仮にAグループとしよう。

一方で食事を中心とした何組かのグループ。
2~3人のこじんまりとしたグループで、食事をしながらおしゃべり。
時に歌に反応し、微笑んだり拍手をくれたり。
こちらはBグループ。

そしてライブを目的に来てくれる常連さん数人。
Cグループ。

毎回ABCのグループが混在する中で三貴ライブは進む。
その時々でABC各グループの構成比が違い、それに応じてライブの状態は大きく変わる。

今回はAグループが多い。しかもボルテージはかなり高い。
ギターの音がかき消され、聞こえない。
むろんスピーカーの音量を上げれば済むことだ。
でもあえてそれは避け、微調整程度にとどめる。

「通常営業中のサプライズ・ライブ」が三貴ライブの位置づけ。

お客さんの邪魔にならないことをまず考えなければならない。
その上でお客さんとの共存をはかり、
さらに共感につなげていくべきものと考えている。

いたずらに音量を上げると「やかましい!」ということになり、
お客さんに不快感を与えることになる。

Bグループにもいいイメージを与えない。

食事客と共存するには適当な音量がある。
大きすぎると拒絶反応をまねき、小さすぎると埋没する。
埋没するとお客さんとの交歓が成立しない。
(自己満足だけに陥りやすい)

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歌い始めの数曲はAグループに圧倒された。
負けまいという思いが先行し、強めのパフォーマンスで入ってしまった。

徐々に軌道修正し、ターゲットをBグループにしぼる。

食事とおしゃべりの邪魔をせず、歌が自然に耳に入っていくという感じだ。

Aグループの圧倒的な喧噪のなかではそれもなかなか難しい。

平常心を保ちながら、1曲1曲をしっかり丁寧に歌うことを心がける。
(心が折れたら、その時点でライブは終わってしまう)

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1部は日本の歌アラカルト。

2部はカントリー・ソングを中心に洋楽を。

店内の喧噪はライブ終了まで変わることがなかった。

その意味では精神的にくたびれたけれど、随所でBグループからの反応をもらえた。

くわえてAグループのひとりからP.P.Mのリクエスト。

仲間うちでにぎわっていても、全く無視されているわけでもないんだと思えるうれしい瞬間。

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.20130315

【闘い済んで、つわものどもが夢のあと】

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「お好み焼きの三貴ライブ」はまもなく9年目に入る。

われながら毎月よく続いていると思う。

数年前までは武者修行・道場と思っていた。

聴く体勢にない人たちが多い中で歌うということは、それだけで猛烈なストレスだった。

「アウェイをホームに変える」と意気込んで臨んでいた。

「艱難汝を珠にする」だ。

反面で店に到着するまでの30分ほどの道のりはストレスで吐き気を覚えたり、胃が痛くなることもしばしばだった。
逃げ出したい衝動と闘いながらの道のりだった。

ライブが楽しいという感覚よりも、自分に課した修行という感覚の方が強かった。

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ここ1,2年、ライブへの臨み方に変化が出てきた。

三貴で歌うのがごくごく当たり前のことと受け止めるようになってきている。

見知らぬ人の前で、聴く体勢にない人も多い中で歌うこと

そのこと自体が自分のライブのスタイルだと思うようになっている。

「あたりまえの状態」

それはもう修行ではなく「日常」だ。

その時々の条件のもとで何ができて、何ができないのか

そんなふうに問題の立て方に変わっている。

慣れも多少はあるかとは思う。

でもこの意識の変化が何よりも大きいような気がする。

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今、三貴ライブが楽しいかと問われると答えに窮する。
(実際そう問われることがある)

でも苦しさが無くなったのは事実だ。

その状態をして「楽しさ」かといえば、ちょっと違うような気がする。

なにしろライブ中はある意味無我夢中。

楽しいと感じる余裕は正直ない。

ライブを終え人気のなくなった店でスタッフとお好み焼きをつつきながら、

ようやっとじわーっと充足感を感じている。

一所懸命やった結果、いい点も失敗もそっくりそのままありのままに受け止められる。

それが充足感につながり、時間差で「楽しさ」に変わっていくのかもしれない。

この先また心境の変化があるかもしれないが、
今はそんな気持ちで三貴ライブを続けている。

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最後にお店のスタッフの皆さんについて。

長年この場で歌い続けられたのはお店の支持・支援・ご協力・心くばりがあってのこと。

それがなければ8年も続けられるもんではない。

深く感謝するとともに、この先も二人三脚で少しでも長く続けられるように頑張りたい。

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2017.06.18

13年目の一里塚 「お好み焼きの三貴ライブ」

「お好み焼きの三貴ライブ」。

無事、13年目の一里塚を通り抜けることができました。

若者たちや若い家族連れそしてちょっとご年配の方々で超満員。
そして僕のギターメンテナンスのアドバイザー、楽器屋MACSのSさんとその仲間たち。(彼らはアルフィー・カバーバンドのメンバー)。加えてMartin古池評論家MATSUMURA君。
にぎやかな歓声あふれる中でスタート。

今回のギターはGibson J45 LimitedをBINGOのアンプにつなぎ、コンデンサーマイクを立ててのスタート。
アンプからの音が客席を直撃しないように前面をディフューズして歌い始めます。

最初は13年前よく歌っていたヤツを中心に。
やがて雨の歌など季節の歌を。
あいまにアルフィーの歌を挟んだり、家族連れを意識して父親と息子をテーマにした歌。
外人の方もいらしたのでカントリーソングも混ぜて。

13年の年月が頭をよぎります。
思い通りにいかず試行錯誤の連続だった「三貴ライブ」。
自分にとってのライブの在り方を絶えずつきつけられてきたこのライブ。
やっと最近ここでの自然なライブの在り方が見えてきて、それが定着してきました。

そんなことを考えるともなく考えながらの1部でした。

休憩をはさんで2部は大半のお客様はお帰りになり、打って変わって静かなステージ。
アンプを落として完全アコースティックのナマ音で。
ギターの特性がよく出ます。
ギブソンJ45特有の音に低音の深さと高音のシャリシャリ感。
気持ちよく淡々と歌いきることができました。

この先、いつまでここで歌い続けることができるのか。
できることなら来年も再来年も70歳を過ぎても続けていきたい。
そのためには心身ともに鍛え続けなければならないな。
思いを新たにした「お好み焼きの三貴ライブ」でした。

あらためてこの13年来てくださった方々や偶然居合わせた多くのお客様、そして何よりもお店のスタッフの皆様に感謝いたします。

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2016.12.30

今年最後の「お好み焼の三貴ライブ」

大入り超満員年の瀬の「お好み焼きの三貴ライブ」。
にぎやかで、なごやか。
各卓ごとに盛り上がりつつも、歌への反応も素晴らしかった。

前半はアンプを通して1時間半。リクエストも何曲かいただき、いい調子。

...

後半は団体客が帰り落ち着いたムード。
完全アンプラグドでじっくり歌う。
お客の減った2部の方が実はおもしろい。
お客が多いとサービス精神のスイッチが入る。お客さんに合わせた選曲が中心になる。
逆に客足が減ると自分の歌いたいヤツをじっくりやれる。
これがいい。
残ったお客さんには馴染みの薄い歌もじっくりやれば直撃できる。
濃ぉい反応が伝わってくる。

今回、久しぶりに楽器屋MACSのSさんが来てくれた。
僕の音楽嗜好や音の好みを知りつくすSさん。

加えて常連KP印刷の後輩M君。
彼は僕のライブ志向や性癖を知りつくす「Martin古池評論家」。

休憩中二人の手強い相手に挟まれて音楽談義。
すっかり丸裸にされてしまった。
でもこれはこれで楽しいものだ。

かくして今年最後の「お好み焼きの三貴ライブ」を気持ちよく終えることができた。

店がはね、ガランとした店内でスタッフたちとお好み焼きをつつく。
静寂の中につわものどもの夢のあとを感じる。

ああ、今年も無事務めあげることができた。
関わってくれたすべての人に感謝!

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2016.12.02

「お好み焼の三貴ライブ」 記録

「お好み焼きの三貴ライブ」で満腹になり、ただいま帰宅。
ライブ後の賄い飯でおなか満腹。
およそ2時間半を歌い通して心も満腹。

今日はお客さんの反応がイマイチ薄かった。...
グループ客が多く、おしゃべりに花が咲いてる。

今日は会話の邪魔にならぬように、場の空気とうまく共存することがスタート時点の目標。
挨拶もトークもなし。
声の表情を極力消し、抑揚を抑える。
その分1曲1曲を丁寧に淡々と歌い続ける。
いわばカクテル歌いニスト。

いい案配でお店の空気に溶け込み、なじめたようだ。

小休止をはさみ2部を始める頃にはお客さんは半減。
それでも20人はいた。
ちょっと迷ったが完全ナマ音のアンプラグドに切り替える。
これが良かったのか、薄かった反応が徐々に厚くなる。
それでもひたすら淡々歌い続ける。

やがてリクエストがかかりる。
美空ひばりさんの歌をとご所望を受ける。
「悲しい酒」から「東京キッド」。
これがきっかけでお客さんとの会話がはずむ。
リクエストアワーに変貌。
気づくともう11時半。
そろそろ〆なきゃ。

エンデイングはメドレーで「さよならがいえない」~「旅の途中」~「街」

矢継ぎ早の2時間半はあっという間の2時間半。
くたびれたぁ。

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2016.07.15

いざ、お好み焼きの三貴ライブ

本日これから「お好み焼きの三貴ライブ」。

仕事を終え、帰宅し準備をしている。~
準備と言っても今日のギターを選び、譜面を用意し、珈琲で一服。
それだけのこと。
淡々と過ごす時間が最大の準備。

ふと思い出した。
三貴ライブを始めて12年。
最初の数年は大量の譜面を用意していた。譜面バッグに目一杯。おそらく700~800曲分は用意したと思う。

お客さんからのリクエストにお応えすることをいつも想定していたからだ。
始めたばかりのライブで何が飛び出すのか想像がつかなかった不安感もあった。
なによりも数年続けてきた「街角ライブ」の延長として三貴ライブをとらえていたことが大きかった。

ライブハウスなどでの演奏をやめ、街に飛び出し不特定多数の人に聴いてもらう。そのためにはどんな状況にでも対応できるようにしておく必要が「街角ライブ」にはあった。
「三貴ライブ」や「朝市コンサート」も同じ発想で臨んでいた。

「三貴ライブ」がちょっと厳しかったのは街角や市場と違って逃げ場がないことだった。
演奏する僕にも逃げ場はないし、たまたま居合わせたお客さんもまた逃げ場がない閉ざされた空間だった。
(もちろん今も同じだが)
絶対に失敗は許されないと思っていた。

そのストレスのあまり「三貴ライブ」に出かける30分ほど前から、毎回胃が痛くなり、吐き気がして逃げ出したくなっていた。

   今ならまだ逃げられる

今回用意した譜面はその当時に比べると1割以下だ。
膨大な数の歌の歌詞をすべて覚えたというわけではない。
むしろ年と共に物忘れが激しくなっている。覚えるより忘れる方が多いくらいだ。

たぶん昔に比べ、閉ざされた場と共存するすべを覚えたためかもしれない。
その結果、以前に比べ今時分が歌いたい歌がやれるようになってきた。

12年の間に客層がずいぶん変わったということもある。
初期の頃多かった同年代は姿を消し、今の若者が主流になっている。
彼らの好む歌ははなからできやしない。


   まず、オレの世代の歌を聴いてけれや


そんな気持ちになっている。

なんにしろ自分にとっては大切なレギュラーライブ。
今なりのアプローチで全力投球するしかない。

珈琲をすすりながらそんなことを考えていた。

いざゆかん!
お好み焼きの三貴ライブ。

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2016.02.21

お好み焼の三貴ライブ 「冬の夜の弾き語り」

「お好み焼きの三貴ライブ」気持ちよく修了。
「終了」よりもこっちの文字の方が近い気がする。
今月もまたまた勉強させてもらった。

序盤はにぎやかだった。...
おしゃべりに花の咲くグループのジャマをせずに、共存モードで淡々と。
それでもちゃんと聴いてくれる人たちも多い。

にぎやかグループが帰った後は、マイクを切って完全生音で。
点滴の管が外れたように自由に歌える。
共存モードから徐々に空気を支配しはじめる。
体が左右に大きくふれてくる。スイングモードだ。
気分はデンプシーロールかレイ・チャールズ。
最高潮になった時、すかさず専太郎さんの「夢」を歌う。
歌に気持ちが乗り、密度の高い空気となって店内に流れていく。
ますますスイングが大きくなる。
声高に歌うわけではない、むしろ音量的には控えめ。
それでも体内の空気が圧縮されてゆったりとストレートに流れ出る。
若いお客さんが耳をそばだててその空気をつかまえようとしているのが見える。

そんな光景を友人M君が散文にしてくれた。
現代詩をたしなむM君だが、そんなことしてくれることはそうそうあることではない。
うれしかった。

20160219

 

「夢」に少しずつ魂が込められたような気がする。
稽古だけでは絶対にこめられないものが本番ではいともたやすくなされていく。
不思議なものだ。
お客さんとの共存の中で、化学変化をおこしていくとしか思えない。

来週のAgainライブまでにあと2回の本番がある。
もっとたたかれ、もっと鍛えらて臨めればいいな。

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2016.01.07

お好み焼の三貴さんへ年始のご挨拶に

仕事始めは予想外に穏やかだった。
例年休み明けは猛烈に忙しいのだが。

早めに上がり「お好み焼きの三貴」さんに新年のごあいさつ。
もんじゃをつつき、軽く一杯。...
オーナー深津さんとの談笑がはずむ。

いつも無理言ってごめんなさいね
古池さんを変な世界にひきづりこんでしまったね
     ほんとならちゃんとしたステージでやりたいとこでしょうが
     なんだかんだと10年も
     わたしのワガママを聞いてもらってる

     いやいや、僕にしてみると最高の学校
ミュージシャンにとってライブは自己表現の場
でも必ずしもいつもそうではないことを
僕はここで学びました
     ここでは自己表現を抑えることが必要なことが多いですもんね
     お店にいるお客さんは多種多様
     歌に盛り上る人もいれば、
おかまいなしに仲間うちではしゃぐ人もいる
     もちろんその中間層もいる
瞬間瞬間の空気を読みながら、
     演奏もお客さんもコントロールしなきゃならない
     こんな経験、よそじゃ積めないですよ

10年でライブのやり方もずいぶん変わりましたよね

11年、130回もやれば
毎回毎回自分の課題も見えてくるしね
今なにが求められているのかってのも     分かってきました
瞬時に切り替えることもできるようになりました
      ここで鍛えられたことは、他のライブで充分活かされてるしね
感謝以外のなにもありませんよ

10年の客層の変化も話題に。
初期の頃は同年代やちょっと年配の方。
そして当時20代の自分の子供世代が多かった。
若者たちの親が同年代。
歌が共有できた。
年配者や同年代は社会の第一線を退き、若者たちは家庭をもち次第に足が遠退いている。

変わってこの数年多いのは10代から20代の今の若者たち。
彼らと歌を共有することはむずかしい。

それでも僕は自分の好きな歌を中心に歌ってる。
歌の持つ雰囲気はそのままに、今の若者の心にアクセスできるようにと心がけている。
それはアレンジだったり、歌い方だったり、目力だったりする。

そういう挑戦をするチャンスを与えてもらっている自分はしあわせ者だと思う。

       古池さん
大変でしょうけど、好きなように歌い続けてくださいな

深津オーナーの最後の一言に深く頭を下げて店をあとにした。

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