日記・コラム・つぶやき
2026.05.29
今朝はちょっと追い込みたい気分。
のんびり歩きと早歩きを交互に数セット。
心拍数が110~120オーバーを10分継続。
何セットもくりかえすと疲れる。
疲れるけど気持ちいい。
そして腹が減る。
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山岡家はいつもいつも長蛇の列。
ラーメン食べるのにわざわざ並びたかないんで、もう何年も素通りしてきた。
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今朝は珍しく並んでなかった。
オレの腹は家までとても、もちそうにない。
朝っぱらから味噌チャーシュー麺を注文。
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スープをすする。
ちょっとショッパイかな。
麺をすする。
お、歯ごたえいいじゃないか。
太麺に汁がからんでいいバランス。
チャーシューを頬張る。
お、味がしっかりついてる。
ちょっと甘めの煮汁で煮込んだのか。
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ちょっと気持ちが落ち着いた。
で、あらためてじっくり丼の中を見つめる。
油の層が表面をおおっている。多分ラードだろうな。
なんだか懐かしく感じる。
実家近くの新札幌駅で食べる味噌ラーメンは分厚いラードの層でおおわれていたっけな。
真冬の冷えた身体にはこれが最高だった。
そういえば山岡家は札幌が発祥の地だったっけ。
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泥縄式に古い記憶はよみがえる。
味覚や嗅覚って突然記憶をタイムスリップさせる。
不思議だ。
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高校生の頃、伊達紋別の自宅から学校のあった鷲別駅まで、1時間ほどかけて汽車通学をしていた。
サッカー部の練習を終えると結構いい時間になり、汽車の時刻に間に合わないこともしばしばあった。
1本逃すと2時間ほどは待たなければならない。
友人の家や担任の福田先生の家に転がりこみ、時間をつぶすこともしばしば。
話し込み、次の汽車を逃すことも時にはあった。
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ある時最終列車も逃してしまい、ダメ元で父の職場に電話をかけた。
運のいいことに父も帰り支度をしている時だった。
東室蘭のバスターミナルで拾ってもらうことになった。
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真冬の山道を父は慎重に車を走らせる。
腹へったな
ラーメン食ってくか
突然の父の提案に、異存のあるはずもない。
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山道の中腹にドライブインが当時あった。
ドライブインはトラックの運ちゃんたちで埋まっていた。
店の片隅にあったテーブルに向き合い、かわす言葉もなくひたすらラーメンをすする父子だった。
味噌ラーメンの味はまったり濃く、汁の表面には分厚いラードが層をなしていた。
汁の表面が真っ赤になるほど南蛮(一味唐辛子)をふりかけ、たっぷりおろしニンニクを入れて食べるラーメンは旨かった。
いや、味はもう覚えていない。
ただ父と二人ですするラーメンがやたらうれしかった。
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山岡家の味噌チャーシュー麺をすすりながら、記憶の底にしまい込まれていたものが次から次へと引きずり出されていた。(正に泥縄式にね)
もちろん表面が真っ赤になるほど南蛮をふりかけ、おろしニンニクをたっぷり入れてね。
最後の一滴を飲み干すのが惜しかった。
2026.04.02
大きな転機となった3月
自分にとって3月は大きな転機となった。
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ひとつは今月迎える72歳の誕生日を前に、長年足となって活躍してくれた車を手放したこと。
以前から70歳を過ぎたら運転を止めると決めていた。
車検を機にすっぱりと手放した。
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理由はふたつある。
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なんと言っても身体の衰えを感じ始めたことが大きい。
とりわけ目の衰えは激しく、視野が狭くなった上に動態視力も著しく落ちてきた。
特に夜道の運転は危険を感じるようになってきた。(ヒヤリ・ハットというヤツだ)
自動車保険会社で人身事故担当を長年担当していた。
高齢者の交通事故にあまた接してきた。
事故の多くは高齢化による衰えに起因している。
表面的には不注意事故といえるのだが、高齢化による衰えがその根底にある。
そして自分もいずれはそうなる。
被害者になるのももちろん嫌だが、加害者には絶対になりたくない。
そんな思いが植え付けられた。
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そして経済的な負担の重さ。
年金暮らしの身の上に車の維持費はあまりにも重すぎる。
さいわい越谷近辺は交通網が比較的便利。
電車を使えば都内にも埼玉の他所にも容易に行くことができる。
移動の交通費と車の維持費を天秤にかければ交通費に軍配が上がる。「便利さ」を我慢しさえすればいいだけの話。
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「特別な3月」のもうひとつの理由は白内障の手術を受けたこと。(通院治療は現在まだ継続中)
車を手放すきっかけとなった目の衰えはどうやら目のレンズが濁ってきたことに理由がありそうだ。
この際だから手術しちゃおうと思いたった。
はたして以前に比べて世の中は明るく見えてきた。
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3月に入り暮らし方は大きく変わった。
移動は徒歩と自転車に変わった。
これがなかなかいい。
目的地までの移動自体が楽しみに変わっている。
時間はかかるが、その時間を写真を撮りながらのんびり歩いている。
往復30㎞程度であれば無理なく自転車で移動できる。
そのかわり1日にふたつ以上の予定は入れない。(入れられない)
ライブ・音楽会等のダブルヘッターはこれまで普通にやっていた。
しかし「一日一番」に限定することでそれぞれのイベントをより大切することができる。
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人間誰しも年をとる。
年をとれば当然衰える。
よしんば衰えたとしても衰えたなりの生き方をすることが大事なんだろうと思う。
でも気をつけなくちゃ。
「年齢」を『しないこと・できないこと』の言い訳にしちゃいけない。
「年だからしょうがない」とついつい流れてしまいがちなのが人の常。
でもその前に何ができて何ができないのか、
どこまでできてどこからができないのか。
とことん試してみなきゃね。
人生を季節に例えれば「冬の時代」にさしかかっている自分。
「冬の時代」を少しでも豊かなものにしていきたい。
3月から始まっている「歩く暮らし」を通して、冬の時代の豊かな生き方を模索する昨今。
2026.02.25
蕎麦食いてぇ
昼過ぎ3時。
猛烈に腹が減った。
急に蕎麦が食いたくなった。
こんな時間、店を開けてくれている朝日屋さんはありがたい。
そしてこんな時はもりそばにかぎる。
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まずはそのままひと口。
旨し!
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蕎麦の香りが鼻腔をくすぐる。
次に塩をちょっとふってひと口。
旨し!
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塩が蕎麦の味を引き立てる。
さらに塩に加えワサビをちょっと。
旨し!
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ワサビが舌を刺激する。
お酒をなめながら食べられれば最高なんだが、あいにく今日は車。
ここまでが盛りそばの僕の儀式。
最後につゆにチョンとつけて。
旨し!
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つゆの甘みが口の中に広がる。
一気に蕎麦をすすり、たいらげる。
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〆はたっぷりの蕎麦湯。
旨し!
出汁の旨味で満足感が心に広がる。
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やっぱり
お蕎麦はいいねぇ。
2026.02.24
エッフイ!
今朝起きがけに大きな咳をした。
エッフイ!
咳き込んでみて思い出し、おもわず苦笑い。
あ、この咳はおじいちゃんの咳とおんなじでないかい
父方の祖父は咳き込むと「エッフイ!」とやっていた。
その咳は僕の耳に今もこびりついてる。
咳き込む時はもちろん、痰の切れをよくする時など盛大に「エッフイ!エッフイ!」とやってた。
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80歳で亡くなった祖父と同居していたのは祖父が70代の頃。
つまり今の僕と同じような年頃。
僕も気管支の通りを良くしようと咳をする歳になったってことか。
父は咳き込む時、「エッフイ!」とはやっていなかったようだ。
もっと弱々しい咳だったように覚えてる。
晩年を闘病生活に費やし、68歳で亡くなった。
「エッフイ!」と威勢のいい咳に到達する体力と時間がなかったんだろう。
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最近祖父の人生に思いを馳せることが多い。
明治17年に百姓の三男坊として愛知県に生を受けている。
明治36年、19歳でひとつ年下の呉服屋の娘と結婚し、愛知県を離れ北海道に移り住んだ。
三男坊では家督を継ぐことはできず、小作の百姓で生きるしかない時代だった。
時代は日露戦争が勃発し、生きづらい世の中だった。
「俺たちに明日はない」と思ったか、北海道に入植する道を選んだ。
この時祖母はすでに身ごもっていた。
愛知の港から船に乗り、波にゆられ函館にたどりつくのにひと月近くかかったと聞く。
北海道入植後の足取りはよくわからない。
でも大正4年には函館で商売を始めている。
最初は呉服の小売り。
後にご祝儀店、レンカ堂(廉価堂)を立ち上げた。
70歳で店を長男に譲り隠居、末っ子だった僕の父と同居を始める。
僕の知る祖父は隠居後の10年間。
若い頃の苦労話ひとつ話してはくれなかったが、孫の僕の目には「厳格でおっかないおじいちゃん」と映っていた。
でも時折見せる笑顔にはなんともいえない魅力があった。
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僕も「じいちゃん」と呼ばれるようになり10年が経った。
晩年の祖父と同じ年代に突入している。
祖父が故郷愛知県知多半島を捨て北海道に入植したのと同じ年齢(19歳)で、僕は故郷北海道を離れ内地にやってきた。
祖父が北海道の地を徒手空拳で生きてきたように、僕は僕なりにこの内地を徒手空拳で渡ってきた。
孫たちに僕がどんな「じいちゃん」と映っているかは知らない。
でも最近時々思う。
僕もなりたい あの人のように
やさしく たくましく
おじいさん ありがとう
さようなら
『おじいさんの古時計』(訳詞:高石ともや)
赤とんぼ
父の残した膨大な数の文章の中に戦争について記した数少ないひとつを発見した。
1989年(平成元年)9月24日に書かれたものだ。
この頃父は直腸に癌が発見され最初の入院をしていた頃と記憶している。年齢にすると65歳の頃。
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---以下抜粋---
『赤とんぼ』
四十四年前、四国の豊浜町を基地として、陸軍特別甲種幹部候補生船舶部隊の訓練が、毎日、激しく繰り返されていました。
敗戦間近のことであり、上陸用船艇による敵前上陸訓練というよより、マルレと名づけられる特攻艇による、敵艦爆沈訓練でした。
わたしが入隊した頃、一期上の上級生が毎日この訓練に明け暮れていました。
忘れることができません。昭和二十五年五月、彼らの卒業式を。見習士官となった彼らの卒業行進は、鉄砲を肩に担いでではなく、剣を立ててのもの。正に剣の林の行進でした。素晴らしい光景でした。
でも、それから二ヶ月もしない中に、彼らの大半はフィリピン・レイテ湾の藻屑となってしまいました。
我々はその後を追って、激しい特攻訓練を始めました。
そんな訓練を終えて、夕方、港に帰ってきた時、堤防の上で遊んでいたわらべの歌っていたのが、『赤とんぼ』でした。
死ぬということの意味を、一生懸命自分に納得させていた時に、『赤とんぼ』の歌の中に、生きることの素晴らしさを感じ取り、忘我のひとときに自分をおいたあの頃の自分を、四十年たった今でも忘れることができません。
---以上カトリック小野幌教会誌『森の声』より---
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癌の宣告を受け、「生きる」ことの意味を再び突きつけられた父の記憶に蘇ったシーンだったのではないかと想像する。
僕は父がこの文章を書いた年齢を遙かに超え、今70代を生きている。68歳で帰天した父が生きることのできなかった年齢を今謳歌している。
同時に「人生の旅路」を思うことも多くなった。
「生きることの素晴らしさ」とはなんなのか、
「生きること」そして「死ぬこと」の意味はなんなのか。
どのように生き、どのように死んでいきたいのか。
大切に生きれば充分に長い旅。
到達するためではなく、旅するための人生の旅路
(父の口癖だったゲーテの言葉)
僕にとっては示唆に富む文章に出逢えた思いだ。
読後感 『大義の末』城山三郎・著
『大義』という遺稿集が戦前、昭和13年に刊行された。
日中戦争で戦死した杉本五郎陸軍中佐(歩兵第11連隊・第2中隊長)が息子に残した膨大な数の遺書だ。
この遺書を秘蔵することを惜しんだ同志たちの手によって遺稿集として刊行された。
遺稿集は160万部の重版・増刷を重ねた。
日中戦争から太平洋戦争という戦時下であまたの若者たちに読まれ、心酔した若者たちを戦争へと駆り立てたという。
『大義』の内容は徹底した皇国主義・国粋主義に貫かれていた。
「天皇」を神として崇め、己を犠牲にしてすべてを皇国のために捧げるといった内容。
僕はまだ抜粋しか読んでいないが、その凄まじいまでの自己抑制と皇国主義は読む者の魂を揺さぶる力を感じる。
実際に杉本は中華民国での戦闘で胸に銃弾を受け、かつ手榴弾の爆風を受けながら皇居のある方向に向かって挙手敬礼をしたまま絶命したという。
軍神・杉本中佐の武勇伝と共に『大義』は戦時下の若者たちの魂を揺さぶった。
城山三郎もまた『大義』に感化され、昭和20年に17歳で予科練へ志願入隊した。特攻部隊である伏龍部隊に配属され、訓練中に敗戦を迎える。
『大義の末』は自身の予科練体験と戦後日本を主人公・柿見に重ね合わせ、心情を吐露している。
思想書『大義』の理想に燃え入隊した予科練ではあったが、現実とはあまりにもかけ離れていた。
「天皇陛下」の名のもとに滅私だけが強要される。
尋常ではない訓練。
訓練について行けぬ者へのこれまた尋常ならぬ罰。
菊のご紋の彫られた銃をかばうために、己の身は傷つく。
それがもとで命を落とす戦友。
耐えきれず自ら命を断つ戦友も現れる。
それでも大義のため受け入れる多くの若者たち。
国家・天皇に命を捧げることも辞さない空気。
そしてあっけなく迎えた敗戦。
昨日まで「神」であった天皇は今は「人」だという。
己の価値観が根底から覆され、途方に暮れる主人公・柿見。
戦後になり「象徴天皇」を政治に利用しようとする国家と人々の変節に対する激しい憤り。
かつての大義はなんだったのか?
大義をつくした天皇とは何か?
鋭く問いかける『大義の末』。
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『大義の末』を読みながら、僕は苦しさを禁じ得なかった。
ここに描かれていることはかつて父とさんざん議論したことと同じ内容だった。
若かった僕は「戦争知らない子供たち」を自認し、反戦平和運動に身を投じていた。
戦争を体験した父は僕に賛意を示しながらも、その一面性を鋭く指摘してきた。
戦争は二度と起こしてはならない。でも同時にあの戦争に身を投じた若者たちの青春やその生き方までも否定してはならない。
そんな論点だった。
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城山三郎より3歳年長の父は予科練ではなく、学徒出陣だった。
やはり昭和20年に海軍に入隊し、訓練中に敗戦を迎えた。
父が『大義』を読んだかどうかはわからない。
読んだとしてもその影響を受けたかどうかはわからない。
少なくとも函館中学時代(現函館中部高校)に戦争一色の中で「学生はペンを持て」と語りボコボコにされたという「武勇伝」(?)を持っている。
その父が大学に進学してまもなく学徒出陣に応じたわけだ。
もしかしたらそこに心境の変化があったやもしれない。
読書家だった父のことだから『大義』を読んでいたとしても不思議ではない。
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父の兄は昭和13年に日中戦争で頭に銃弾を受け戦死している。
『大義』の著者・杉本五郎中佐が戦死して3ヶ月後のことだった。
階級こそ中尉であったが杉本と同じ歩兵部隊中隊長だった。
函館の町では新聞一面に「軍神・古池中尉」と書かれ、多くの弔問客が訪ねて来たと聞く。
周囲の父に対する期待は大きかったと想像する。
「軍神の弟がその仇討ちをする」というようなことも言われていたらしい。
父がどんな心境で入隊したか、今では想像するしかできない。
しかし問題は父にもまた『大義の末』があったことだ。
敗戦によりすべてが根底から覆され、すべてを失った。
信ずるものを失い、精神的に追い込まれた。
加えて栄養失調が一因となり肺結核を患う。
七飯の療養所で過ごした長きにわたる無為の時。
精神的にも社会的にも己を取り戻し「復帰」できるまでに何年もの時を要さざるをえなかった。
.
杉本五郎の『大義』。
城山三郎の『大義の末』。
そして戦死した叔父や若き日の父。
そのどれにもそれぞれの真実があろう。
思いを巡らすと苦しくなってくる。
城山三郎が口癖のように言っていたという言葉が何度も何度も頭の中をよぎっている
戦争はすべてを失わせる。
戦争で得たものは憲法だけだ。
(談:佐高信)
2026.01.06
【謹賀新年】
6回目の年男となります。
写真の彫り物は還暦の時にお寺さんの夜店で買い求めた物。
その時は還暦を迎えたとはいえ、まだまだひとっ走りと思っていました。
ひとまわりして今思うことは
大地を踏みしめ、日々の一歩をゆっくりしっかり歩きたいということ。
急がず、慌てず、かみしめてってところでしょうか。
ふるさと北海道には道産子と呼ばれる馬がいます。
江戸時代に内地の南部馬が海を渡り、全道に広がった馬です。
開拓の時代、畑を耕し荷を運び、開墾の力となった馬。
人々の日々の暮らしを支え、共に歩んできた馬。
それが道産子です。
サラブレットのような競走馬と違い速く走ることはできません。
でも重い荷を担ぎ、荒れた大地を力強く進んでいく姿に感動を禁じ得ません。
ふりかえり自分のことを思う時、残念ながら若い頃のようには速くは走れません。
今から孤高の競走馬のようにはなれないし、なりたいとも思いません。
むしろ道産子のように一歩一歩を力を込めてゆっくりと歩きたいと思います。
今年も1年、どうぞよろしくお願い申し上げます。
そして皆様のご多幸をお祈り申し上げます。
2025.12.18
キンカン塗って~また塗って~
昨日のお話。
7弦ギターコンサートの予約をしに「のんの」に出向く。
てんこママの作るレモネードが好きで、注文するとあてに金柑の甘露煮を出してくれた。
これもママさんの手作り。
適度な甘さと柑橘の酸味や苦みがほどよく美味しかった。
もしかしたら、金柑を口にするのは初めてかもしれない。(知らずに口にしたことはあるかもしれないが)
生まれ育った北海道では金柑は作られていない。(今はどうかわからないが)
金柑を食べるという習慣もなかったと思う。
ふと思い出したのは、真冬に手足の指先がよくしもやけになっていたことだった。
母親によく言われた。
あんた、掻くんでないよ
金柑塗っときなさい
当時の道民には金柑というとかゆみ止めだったんだ。
そういえば祖母が何かを焼酎に漬け込んでいるのを何度か見たことがある。
そんな記憶がよみがえり、てんこママに「北海道では金柑は焼酎に漬け込んでかゆみ止めにしていたんだよと伝えた。
帰宅後、なんか違うよなと思い記憶の糸をあらためてたぐってみた。
金柑が採れない北海道で金柑を焼酎に漬け込むなんてことあるはずがないよね。
子供の頃「キンカン塗って~また塗って~」というコマーシャルソングを口ずさんでたぐらいだから、しもやけに塗っていたのは医薬品として売られていた「キンカン」という商品だろうな。
てんこママにはいい加減なことを言ってしまった。
後で訂正しなきゃな。
でもおばあちゃんが焼酎に漬け込んでたものはなんだったんだろう?
またまた記憶の糸をたぐっていった。
そうだ!あれはトチの実だ。
トチの実はその辺にゴロゴロ転がっている。
容易に焼酎漬けを作ることができる。
「とち水」(焼酎漬けをそう呼んでいた記憶がある)はどんな時に塗ってたんだろう。記憶が定かじゃない。
調べてみた。
トチ水の効用は打撲・筋肉痛・肩こり・関節痛などの痛みに塗る湿布代わりや、虫刺され・疲労回復・冷え性改善だそうだ。
そうか頻繁にケガをしていた僕は、湿布がわりにトチ水を塗られていたんだろうな。
おばあちゃんはいろんなものを手作りしていた。
真っ黒に変色した専用のアルミやかんでハブ茶を煮出していた。
こちらは目の健康維持(疲れ目、充血)、便秘改善、高血圧予防、コレステロール値低下、肝機能サポート、疲労回復に効能があるらしい。
味や香りもなかなか良くて子供の頃は僕も愛飲していた。
今思うと昔の人たちは身近なものを使って民間薬にしていたんだなとあらためて感心している。
内地に移り住み半世紀となり、しもやけになることも今ではもうない。
「キンカン」のお世話になることもなくなった。
それでもあの懐かしい「キンカン塗って~また塗って~」のフレーズを忘れることはないだろうな。
子供の頃のおぼろな記憶とともにね。
インターバル・ウォーキング
昨日から毎日の散歩にインターバル・ウォーキングを取り入れている。
3分間追い込むくらいの速歩きをし、次の3分間は普通の早さでゆったり歩く。
これを1セットにして5セットくりかえす。
時間にするとちょうど30分。
結構疲れるが、終わった後は爽快。
やっとインターバルができる体の状態に回復した。
今はそれがうれしい。
今年の正月、「スクッと立ち、スクッと歩く」ことを1年の計とした。
大地に直立した形で立ち、その状態を維持しながら前へ歩く。
言葉を換えれば足の裏から腰、頭へと一直線であることを科した。
当然これでは速くは進めない。
ゆっくりでも大地を踏みしめて一歩ずつ進むことが大事だと思った。(しばらく体調を崩していて「一歩ずつゆっくり」せざるをえなかった)
そしてこれは散歩だけではなく、普段の暮らしや音楽生活もまた同様と思っていた。
今年は背伸びすることなく、できることをひとつずつゆっくりと進めていこうと思っていた。
およそ1年が経過した。
順調に「スクッと立ち、スクッと」歩けるようになった矢先、殺人的な夏の暑さにすっかりやられた。熱中症だ。
10月半ばまで倦怠感のため歩くのもかったるかった。
「スクッと」どころか、足を引きずるようにしか歩けなかった。
自転車も同様でスピードも距離もさっぱり回復しなかった。
それでもできる範囲でできることを続けられたのが良かったんだろう。
徐々に体調回復の兆しが見え始めた。
相変わらずのカタツムリのような歩みだが、少しずつ距離を伸ばすことができるようになった。
ゆっくり長く歩き距離を踏む、L.S.D.(Long Slow Distance)に徹した。
距離も少しずつ伸びてきたことだし、ここらで一発身体にカツを入れよう。
そう思いインターバル・ウォーキングをしてみた。
数年ぶりのインターバルだったが、速く進もうと気持ちが先行しフォームはだいぶ崩れていたと思う。
ここは原点に立ち返り、スクッと立った状態からの速歩を試みようと思っている。
とはいえ、今はふたたびインターバル・ウォーキングに挑戦できるようになったことがなによりうれしい。
『一粒の麦』より
[砂上の楼閣]
孜々として
築き上げ来し楼閣も
一夜の風に倒れ行く
唯、手を拱きて唖然たり
我が血と汗の結晶の
噫脆かりき今は亡く
然れども
風徒に吹かざりき
砂上に立てし楼閣は
倒るべきこそ運命なれ
固き大地に根を据ヘて
新しき塔を築きゆかん
風徒に吹かざりき
昭和21年8月4日 コイケヤーノフ・ノブオンスキー
父は若い頃から万年文学青年・情緒過多症を自認していた。
膨大な数の文章をコイケヤーノフ・ノブオンスキーの名で書き残している。
父の死後、母と子供たちでそれらの文章を整理し『一粒の麦』
という遺稿集を作った。
B5版120ページの並製本にはとうていすべてを収めることができず苦労した。
そこで自分のフィルターを通し父から引き継がれているもの、また引き継ぎたいと思う文章を選んだ。
上記の詩歌は終戦後、復員し函館の街を歩き回っていた頃に認めたもの。
『一粒の麦』の巻頭を飾った。
父の文章としては最も古いもののひとつであり、その後の人生の出発点になったように思えた。
昭和20年の「敗戦」が父に与えた衝撃は心身共に甚大なものだった。
一夜にして信じ込んできた価値観が一変するもの、それが「敗戦」だった。
孜々(しし)として築き上げてきた大日本帝国は玉音放送を以ってすべて崩れ落ちる砂上の楼閣だった。
一命を取り留めて復員した父は崩れ落ちることのない「新しき塔」を探し、作り上げることが自分の生きる意味ではないかと考えたものと思われる。
この1年後、肺結核で数年にわたる療養所暮らしをし死と向き合うことになる。(当時肺病は「死の病」と呼ばれていたそうだ)
戦争で特別攻撃隊員として「死」に向き合い、数年後肺病持ちとしてふたたび「死」と向き合わざるを得なかった。
「新しき塔」への希求は特別な思いがあったに違いない。
僕にはそのように思えてしょうがない。
幸か不幸か父のごとき苛烈な人生経験を僕は持ってはいない。
しかし父の紡ぎ出した文章から垣間見られる彼の生き方をあらためて跡づけたいと思っている。
そうすることで父・古池信夫を自分の中に消化し、自分自身の血肉にしたいと思っている。
写真は昭和23年、肺結核のため七飯療養所にいた頃の父
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- 【あの日のこと】 2021.03.10
- 次男とアドリブ・セッション 2021.02.27
- エンタが逝って6年目の春 2021.02.27
- 春が来た 2021.02.27
- 【港が見える丘】 2021.02.05
- 【紅い花】 2021.02.05
- 紅とんぼ 2021.02.02
- ひとつの時代の終わり 2021.01.23
- 我が家の雑煮 2021.01.04
- 「ゆで豚」の思い出 2020.12.31
- 東京オリンピック・ファンファーレ&マーチ 2020.11.09
- 初演 「元町 MOTOMACHI」 2020.10.30
- 古池=コイケの由来は愛知県にあった! 2020.10.18
- 【「日日是好日」 よみがえる記憶】 2020.09.24
- 松下幸之助の言葉 2020.09.17
- 母と戦争 その2 薙刀 2020.08.27
- 母と戦争 その1 2020.08.26
- 気持ちいいー! 早朝ポタリング 2020.08.23
- 【雑感】お祭り 2020.08.22
- 【アルト・ギター】 2020.08.21
- 祝❗ 30歳‼️ ロードバイク・レッドアロー号 2020.08.17
- 75年目のヒロシマ 2020.08.10
- 【季節の歌】 2020.07.12
- 信州の名工 百瀬恭夫さんとお会いする 2020.07.09
- 我が家に長年続く「握手」の習慣。 2020.06.21
- 【朝散歩寸景】 2020.06.21
- 【朝散歩寸景】 2020.06.21
- 【朝散歩寸景】 2020.06.21
- 【父の撮った(?)写真】 2020.06.21
- 「アセチレンの光」 2020.06.21
- 「本日の整理写真」 『絵本コンサート おつきみどろぼう』(2010年9月) 2020.05.31
- 【母の日】 失ってはじめて分かる親の恩 2020.05.10
- 「チューインガムひとつ」 ~コロナ休暇の狭間で 2020.05.04
- コロナ休暇 1か月を経て 2020.04.29
- 身辺整理のはざまで 2020.04.13
- 【身辺整理】古い手紙編 中学~高校時代 2020.04.10
- 【身辺整理 その4】古い手紙 2 2020.04.10
- 【身辺整理品 その2】室蘭東高校・校歌の譜面 2020.04.10
- 【身辺整理】50年前の高校卒業記念「精魂皿」を発見 2020.04.10
- 身辺整理 2020.04.04
- 夢 2020.02.28
- 「When You Kneel At Mother's Grave」(母のお墓) 2020.01.28
- めでたさも ちうくらいなり おらが春 2020.01.04
- 台風から学んだこと by 古池隆彦 2019.10.09
- カントと散歩 2019.09.26
- 父母の納骨を終えて 2019.09.11
- 人生浪人の旅が始まる 2019.07.01
- 中島みゆき「夜会工場vol.2」を観て 2019.05.05
- 「想苑」 2019.04.20
- リブサンドポークとロッテリアの想い出。 2019.04.20
- 帰天する母を送る 2019.03.21
- 函館日記 2019年3月 2019.03.11
- 1969年 2018.06.05
- 「本のエンドロール」 2018.05.18
- 叔母の記憶 2018.05.14
- マイ自転車 レッドアロー号 マイナーチェンジ 2018.04.12
- あの日のこと 3 2018.03.11
- あの日のこと 2 2018.03.10
- あの日の自分 3月11日 その1 2018.03.10
- 遠い日の恋 2018.03.09
- 母の陣中見舞い 2018.03.03
- 蒲生の街を歩く 2018.01.31
- 過行く2017年をふりかえる 2017.12.31
- アウトプットとインプット 2017.11.21
- 1か月 現役引退後をふりかえる 2017.07.30
- リフレッシュ休暇 2017.06.22
- 老母のメンタルケアについて 2017.06.18
- 父と子 2017.04.26
- 【感謝】 63回目の春を通過することができました 2017.04.19
- 高校生の頃 2017.01.14
- 2016年 大晦日 お散歩点景 2017.01.01
- 原風景 クリスマス 2016.12.25
- 芸人ってのは八百屋のリンゴ 2016.11.12
- 【再掲載】 函館~札幌 自転車で駆け抜けた日 2016.09.14
- わが心の青柳町 2016.08.28
- 懐かしい記事 2016.07.08
- 父の命日 2016 2016.04.13
- さくら 2016.04.05
- 4月1日 天下御免の素浪人時代 2016.04.02
- 3年目の今日 4月1日 2016.04.02
- 北海道新幹線 2016.03.27
- 忘れぬために。3年前の文章。 2016.03.10
- 夕陽が沈む 友が逝く 2016.03.01
- 2014チッチとサリー 「小さな恋の物語」 2016.02.15
- 「夢」 by Love Music Together 2016.02.01
- 小松菜雑煮と我が家の歴史 2016.01.12
- あけましておめでとうございました 2016.01.07
- ふりかえり 60年 2016.01.02
- 小松菜雑煮 2016年始まりに思う 2016.01.01
- 電話定期便 ふるさとへ 2015.11.14
- 福祉村を歩く 久しぶりに追い込んだ 2015.11.08
- 父という壁 2015.04.14
- 古池エンタ幸介が旅立っていった 2015.02.25
- 今年もよろしくおねがいいたします。 2015.01.03
- 2014年の音楽活動をふりかえって 2014.12.29
- 死んでも年はとる? 2014.09.02
- 「一粒の麦」 2014.04.13
- 再会 2014.03.23
- 懐かしきトランジスタ・ラジオ 2014.02.15
- 60年を足早にふりかえる 4 「秋の時代」編 2 朝市コンサートと三貴ライブ 2014.01.02
- 60年を足早にふりかえる 3 「秋の時代」編 1 街角ライブの頃 2014.01.01
- 60年を足早にふりかえる 2 「夏の時代」編 2014.01.01
- 60年をあしばやにふりかえる 1 「春の時代」編 2014.01.01
- たまにはお散歩の記事でも 2013.10.31
- 金田拓三さんの朗読会に参加して 2013.10.26
- 20年ぶりにばったり! 友と再会をはたせた本日の早朝散歩。 2013.06.02
- ありがとうございます。そしてさようなら。 2013.04.10
- 桜の並木道を歩く 見沼田んぼ 2013.03.31
- 1年が過ぎて 2013.03.30
- 五目焼きそば 2013.03.13
- ひとつの別れ 「喫茶いずみ」にて 2013.01.30
- 正月雑感 2013.01.03
- 新しい年が良い年になりますように 2013.01.01
- 竹ぇにたんざく七夕まつり 2012.07.07
- 「一生懸命」 という言葉。 〜父との思い出 2012.04.08
- 夢を見た 2012.04.03
- 四季折々の風景 ~天下御免の素浪人 2012.04.01
- 【ご報告】 人生浪人の幕をおろし、新しい仕事につきます 2012.03.31
- 日記 あの日 2012.03.11
- 雪のおもいで 2012.01.20
- 1枚の年賀状 2012.01.07
- 今年がすべての人に平和な年でありますように 2012.01.01
- ギター今昔物語 山形のじいちゃんのちょっといい話 2011.11.30
- 夏が過ぎ、秋風とともに 2011.10.05
- 風のとおり径 2011.06.28
- 定期券 2011.04.03
- がんばれ! 「喫茶 いずみ」 2010.12.23
- 【雑感】 中秋の名月 2010.09.22
- 台風一過 秋突入 2010.09.09
- 若乃花 2010.09.02
- 次男からの要請 2010.08.12
- 竹に短冊 七夕まつり 2010.07.07
- なまらうめぇ! 新・函館市場 2010.06.14
- 憧れの街 YOKOHAMA 2010.06.07
- 印刷立会い・・・ 「印刷道場」 2010.05.13
- 【56歳の夢物語】 井戸端ライブ 2010.04.21
- はつかり5号 2010.03.24
- 馬糞風 2010.03.05
- 明けまして おめでとうございます 2010.01.01
- 肩関節周囲症・・・? 2009.07.22
- ふたたび 札幌へ 2009.07.01
- 青春の匂いがしみこむ街 巣鴨 2009.07.01
- 眼の力 2009.07.01
- 水に漂いながら 2009.05.14
- 父の命日 そしてMartinギター 2009.04.25
- 東京・中日新聞に取材記事が掲載される 2009.01.21
- ひとりごと 全身全霊で歌いたい 2008.11.11
- 黄金週間は・・・ 2008.05.06
- 充電日 2008.04.06
- 桜の小径 一期一会 2008.04.06
- 越谷のゴミ 持ち込むべからず 2008.03.23
- 衣替え・・・My Room編 2008.03.23
- 肺の輪切り…CTスキャン 2008.01.18
- ゆく年 来る年 2008.01.01
- 咳が止まらない… 喉の医者へ 2007.12.29
- 夏の終わり 2007.09.06
- 今年の夏休みは… 2007.08.11
- 本日発令 人事異動… 2007.08.02
- 会社の大先輩・大往生!! 2007.07.30
- 野仏…? 2007.07.23
- 古い音楽仲間の死 2007.07.09
- スタンレー・ブラザースを聞きながら散歩 2007.06.18
- アジサイは雨上がりが似合う 2007.06.10
- 長男よ おまえもか・・・ 2007.06.06
- ヤバイ!腰が… 2007.05.30
- さいなら…マイ・トッポBJ 2007.05.21
- そろそろ 気持ちを切り替えなきゃね 2007.05.17
- そよかぜさんを訪ねる 2007.05.05
- 福祉村にいりびたり 2007.05.05
- 次男と深夜の四畳半セッション 2007.04.30
- 鯉のから騒ぎ 2007.04.24
- 鴻巣へ…免許更新 2007.04.20
- 友の墓前で… 2007.04.15
- ローカル線の旅 黒部~魚津 2007.04.13
- 高岡市…古い街並みに癒される 2007.04.13
- 富山市…桜満開なれど風強し 2007.04.12
- 急な出張で富山県に 2007.04.12
- 結婚式にデモテープで参加 2007.04.05
- 植木等追悼番組をふたつ 2007.04.02
- 卒業証書 2007.03.30
- 突然の電話! 懐かしの「ぶどうの木」のママさんから 2007.03.27
- 人の顔 2007.03.21
- 抹茶アイスがめっちゃウマい! 2007.03.04
- 友 遠方より来る 今宵酒を酌み交わす 2007.02.28
- 「秋の時代」 2007.02.27
- 初体験…献血 2007.02.26
- 歩く!福祉村の夕暮れ 2007.02.10
- ちょっと一服まわり道 2007.02.06
- 脱 「ながら族」 2007.02.02
- 初体験 岩盤浴 2007.01.09
- 初めまして! 2007 年 2007.01.01
- 北の国から母が渡り鳥カーサンが飛んできた 2006.12.30
- 嗚呼… ジェイムス・ブラウン!! 2006.12.26
- 年賀状のシーズンですね 苦闘中! 2006.12.20
- 冬木立凛として 2006.12.11
- 新秋津駅懐かしの総菜屋さん 2006.12.11
- 職場対抗野球決勝は西武球場で 2006.12.10
- 懐かしのラーメン屋いまだ健在 2006.11.28
- 【骨折り日記】 骨を折ったおかげです 広がる夢 2006.10.13
- 15年ぶりに長男と泳ぐ 2006.10.13
- プールで知り合ったご老人 2006.10.09
- 福祉村 どんちゃん騒ぎ 2006.10.09
- 早かった…この1週間 2006.09.08
- お墓参り 2006.08.29
- 爺と孫 長井市花の湯 2006.08.27
- 山形朝日町 太郎亭の肉そば 2006.08.27
- 【骨折り日記】…あいもかわらず 2006.08.22
- ああ… 負けちゃった 駒大苫小牧 2006.08.21
- 本日再試合! 駒沢苫小牧… 2006.08.21
- 今年の夏も・・・ タンパロンルック 2006.08.09
- 夜霧の第一国道 2006.08.06
- 【骨折り日記】 自転車通勤 再開! 2006.08.01
- 超!混雑! 浦和vsバイエルン 2006.07.31
- 越谷の花火 2006.07.31
- ハンモック試運転! 2006.07.30
- 【骨折り日記】 骨 いまだ付かず… 2006.07.18
- 浅草寺のほおずき市 2006.07.10
- 福祉村で充電中 2006.07.09
- 5年ぶり 白山ラーメン 2006.07.08
- 七夕 2006.07.07
- 入谷鬼子母神 朝顔市 2006.07.06
- 深夜の福祉村 2006.07.05
- 【骨折り日記】 やっと取れた… 松葉杖 でも… 2006.07.05
- 武蔵野線に閉じこめられてます! 2006.07.05
- 今日もまた プール三昧 2006.07.03
- 【骨折り日記】 松葉杖を忘れた! 2006.06.30
- 【骨折り日記】 プール三昧 2006.06.25
- 【骨折り日記】 ムムム… 骨がまだついてない 2006.06.20
- 10年前の鎮魂歌 我が足 「二作車」 2006.06.16
- 【骨折り日記】 プールでリハビリ 勝手に開始! 2006.06.15
- 【骨折り日記】 4週間目に突入! 2006.06.12
- 【骨折り日記】 カテゴリーに追加しました 2006.06.06
- 【骨折り日記】 ギンギンギラギラ 変なオバちゃん 2006.06.05
- 【骨折り日記】 さすがに疲れてきたなぁ 2006.06.05
- 【骨折り日記】 うれしい見舞い 2006.05.31
- 【骨折り日記】 サンダル・ギブスで少しだけ自由に 2006.05.30
- 【骨折り日記】 ロー アンド ロー 2006.05.29
- 【骨折り日記】 日長 雨見て… 2006.05.27
- 【骨折り日記】 人の情けが身にしみる 2006.05.26
- 【骨折り日記】 さわやかな朝 2006.05.25
- 【骨折り日記】 怪我をして… 2006.05.24
- 【骨折り日記】 やっちゃった… 骨折 2006.05.23
- 中学生の頃の足跡が送られてきた! 2006.05.21
- 嵐のあとの夕暮れ 2006.05.21
- フォーク第2世代 2006.05.17
- 僕の 「フォーク事始め」 1969年 2006.05.17
- あんた 泣いてんのね? 松山恵子さん逝く 2006.05.09
- 継続は力なり!! 2006.04.24
- 命のバトンリレー 2006.04.19
- 出会いの朝 2006.04.19
- 今日は石川啄木の命日 2006.04.13
- 「俺の定年は俺が決める!」 2006.04.13
- 雨の日のつれづれに… 2006.04.12
- 好きさ… 好きさ… 好きさ… お前のすべてが!!! 2006.04.04
- 「燐寸」と書き「マッチ」と読ませる… 2006.03.30
- さくらの季節 2006.03.27
- またひとり 昭和の巨星が逝く 2006.03.22
- 嗚呼…またやってしまった 駒大苫小牧 2006.03.07
- 春がきた 春がきた どこにきた… 2006.03.07
- 『人生讃歌』 久世光彦氏逝く… 2006.03.03
- 転機の日 2006.03.01
- 友遠方より来たる また楽しからずや 2006.02.28
- ソニー Hi-MD をゲット! 2006.02.20
- 懐かしの味 「べこ餅」 2006.02.16
- 今年も「建国記念日」が来た 2006.02.11
- 【ひとりごと】 今日は節分 2006.02.03
- 『みかんの花咲く丘』の川田正子さん逝く 2006.01.24
- せっかくの冬の晴れ間なのに… 2006.01.22
- 赤尾敏について 2006.01.16
- う~ぅぅ… こ…腰が… 2006.01.16
- 新年初コンサートの打ち合わせで・・・ 2006.01.12
- ロボッ床屋…? 2006.01.12
- 忠犬ハチ公 & グータラ犬ポン太 2006.01.11
- 2006年 初日の出 2006.01.01
- 渡り鳥 母が北の国から飛んできた 2005.12.31
- 原風景 クリスマス 2005.12.25
- デジタル化に波に取り残され消えゆくアナログ… 2005.12.20
- 自転車チーム JB‘z 忘年会 2005.12.19
- 夕暮れ 廃墟… 2005.12.15
- 凛とした朝 2005.12.15
- 枯れ落ちた…イチョウ 2005.12.13
- 芝居 「重層空間」を見る 2005.12.11
- さよなら…ブルーサファイア号 2005.12.09
- やっと…黄色のじゅうたんに! 2005.12.01
- だいぶ色づいたイチョウの葉 2005.11.28
- ロードレーサー「レッドアロー号」 現役復帰をめざして長期入院 2005.11.27
- 夕暮れ… 表参道にひとり 2005.11.25
- これから色づくイチョウの葉… 2005.11.25
- 黄昏の… 「きっちゃ やました」 2005.11.21
- 晩秋… 2005.11.16
- 朝霧 2005.10.28
- ケーナを持ってサイクリング 2005.10.23
- どうせなら 2005.10.23
- サッカー部のオールドメンバーで飲む 2005.10.12
- 今年の秋も山形に来ています 2005.10.09
- 疲れたのかなぁ・・・ 2005.09.26
- 今年の夏も もう終わり さよなら…タンパロンルック 2005.09.16
- 嗚呼… 駒大苫小牧 2005.08.23
- 恒例のENTA巣コラム 駒大苫小牧連覇! 2005.08.22
- 祝!! 駒大苫小牧 夏2連覇 2005.08.21
- 今年の夏は一人旅 清津峡キャンプ 2005.08.17
- 織江の唄 山崎ハコ 2005.08.09
- 「青春の門」(五木寛之)を読み終えて 2005.08.08
- 「函館港おどり」 歌詞 2005.08.04
- 函館音頭 2005.08.03
- 今日から函館「港まつり」なんですね 2005.08.01
- 「土用の丑の日」 ちと せちがらい・・・ 2005.07.29
- 台風一過 2005.07.27
- 函館の洗濯ババ 2005.07.20
- あの!藤井センセを見ちゃった 2005.07.15
- 50を過ぎたときの生き方って? 「Goro・とおく」より 2005.07.11
- 今年の七夕 2005.07.08
- 越谷のラベンダー畑 2005.07.04
- サヨナラ 長年つれそったPHS 2005.07.03
- 夏だ! 解禁! タンパロン・ルック・・・? 2005.06.29
- 一週間遅れの父の日 2005.06.28
- 朝のあずま屋 2005.06.28
- 長男よ おまえもか?! 2005.06.06
- 古池や かわずの子はかわず? 2005.05.30
- ずぶぬれだぁ! 2005.05.23
- 旧友再会 登別のジョン・レノン風 2005.05.06
- ショック~!!!!! ホームページのデータを消しちまったぁ・・・・・・ 2005.05.05
- 初めての経験 フットサル 2005.04.27
- 死に急ぐ年ってあるんだろうか…? 2005.04.17
- エンチャンからの手紙 -寡黙で、しかし饒舌で- 2005.04.12
- さくら 2005.04.10
- 一年ぶりに蹴るボール 2005.04.05
- 花粉症の猛威を初めて実感しました! 2005.04.04
- 名もなき人の死 2005.04.01
- 負けちゃった… 駒大苫小牧 2005.03.30
- 「明日」 平原綾香 ; しっとり… 2005.03.23
- 今月いっぱい? 「談話室 滝沢」 2005.03.18
- 嵐山おがわ温泉 花和楽の湯 2005.03.16
- 今日は「ホワイトデー」 2005.03.14
- あ! お元気でしたか 2005.03.07
- 今日晴れ 2005.03.06
- 一転して 今日は雪 2005.03.04
- 今年もまた 春のいぶきが 2005.03.03
- 今日は「ビキニデー」 2005.03.01
- 人気の道徳講師は路上ライブ出身、命テーマに心動かす(読売新聞) 2005.02.18
- 建国記念の日 に思う 2005.02.11
- インフルエンザにやられた! 2005.02.11
- 『イムジン河』 2005.02.01
- 買い食い 2005.01.31
- 織歌座でジャズを聴く 2005.01.31
- 若いふたり」歌手の北原謙二さんが死去(読売新聞) 2005.01.27
- 『ENTA巣』のホームページから 2005.01.16
- 霜 寒い朝 2005.01.12
- 母と過ごした正月休み 2005.01.05
- 人生劇場 2004.12.22
- 六本木ヒルズのイルミネーション 2004.12.17
- いちょう吹雪とからっ風 2004.12.17
- 蒸気機関車が姿を消した日 2004.12.14
- 落ち葉 2004.12.08
- 今年もいちょうの季節 2004.12.08
- 買っちゃった! 2004.11.27
- 三島由紀夫割腹自殺から34年 2004.11.25
- 秋 夕暮れ 2004.11.23
- 秋の空気 2004.11.21
- 半年ぶりの歯医者さん 2004.11.21
- ぶきみなかかし 2004.11.21
- 買い出しサイクリング 2004.11.21
- 朝霧 2004.11.20
- 朝 秋空 2004.10.29
- 思い出の白山祭 2004.10.23
- 台風に走る 2004.10.21
- 雨の墓情 ? 2004.10.19
- やっと・・・秋空 2004.10.15
- 山形 芋煮会 2004.10.12
- ちいさな一人旅 風と自転車 2004.08.31
- 焼きいも 2004.08.30
- 道産子 けっぱれ! 2004.08.21
- 普通の人生をチャンと生きてるヒトに、「金メダル!」 2004.08.17
- 清津峡ミニライブ 2004.08.14
- 会話(⇒怪話、⇒快話)話し合い(⇒放し合い、⇒離し合い) 2004.08.06
- 日本語の誤用調査 2004.08.03
- 今日は「はちみつの日」 2004.08.03
- われは海の子 2004.07.21
- 猫君の里親を探しています 2004.07.17
- 竹に短冊 七夕祭り 2004.07.07
- 『街角ライブ』報告 6月26日(土) 2004.06.28
- トマト 2004.06.24
- ドーナツパン 2004.06.23
- そのうち 2004.06.07
- 紫陽花 2004.06.07
- 初夏? 2004.06.04
- 時間の流れる速さが変わるとき 2004.05.20
- シロツメクサとアカツメクサ 2004.05.17
- 雨上がりの朝は とてもきれいさ 2004.05.14
- 春爛漫 2004.03.28
- 夕陽のバーミアン 2004.03.22
- 夕闇近し 2004.02.29
- 電車と携帯 2004.02.25
- 夜明け前 2004.02.20
- 菜の花 2004.02.18
- 恵命我神散 2004.02.10
- 指 2004.02.09
- 雨上がりの夜 2004.02.02
- 裂けたジーパン 2004.01.30
- 春のいぶき 2004.01.29
- 喉がイガイガ 2004.01.28
- 歯医者さん 2004.01.25
- ちいさないのち 2004.01.24
- ギターを抱いたホームレス? 2004.01.23
- はじめまして 2004.01.21
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