日記・コラム・つぶやき

2022.11.13

ただそれだけのめぐりあい

早朝ポタリングの途上、ローソンの駐車場の縁石に腰を下ろし一服。
そこに入ってきた札幌ナンバーの車。
この辺でも時折札幌ナンバーを見かける。
それほど珍しくもない。
買い物を終えて一服し始めた運転手。
ちょっと目が合う。
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反射的に声をかけていた。
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  札幌の方ですか?
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いぶかしげな顔を見せつつも
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  はい、そうです(彼)
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  イヤ、札幌ナンバーだったんで懐かしくて、つい
  僕は函館なんです(僕)
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  僕も函館はよく行きますよ
  4年前にこっち移ったんだけど
  札幌ナンバー変えるのが惜しくてね(彼)
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  実家が厚別にあったんで
  僕もよく札幌には行きましたよ(僕)
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  大学は室蘭でした(彼)
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  ええっ!
  室蘭工大ですね
  実は僕は高校は室蘭でした
  工大から坂道を下る途中にあった東高校
  あなたの世代なら統合された今の東翔高校の方が分かるかな?(僕)
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  東翔とは何度かサッカーの練習試合をやりましたよ(彼)
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  いやんや、50年前に僕もサッカー部で
  室蘭工大とはよく試合やりました(僕)
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  室蘭もすっかりさびれちゃいましたね
  50年前はまだにぎわってたんですか?(彼)
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  まだ鉄鋼が全盛期でにぎやかでしたよ
  ちょうど石炭がダメになり廃坑になった炭鉱の人たちが
  室蘭に流れてきてたから、人口もグッと増えた頃でした(僕)
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  今は見る影もないですねぇ
  室蘭駅や輪西あたりも、中島あたりも閑散としてますよ(彼)
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  ワヤだねえ(僕)
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(以下ご当地ネタが続く)
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わずか10分ほどのやりとり。
挨拶を交わしそのまま別れたが、胸の中がほんわりとあったかくなった。
同じ道産子とはいえ知らない人と言葉を交わし、挨拶を交わし別れる。
多分もうお会いすることもないだろう。
でもほんの刹那のありがたい出会い。
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ふとよぎったメロディ。
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  会ったこともない人に会い
  会ったことがあるような気がしたの
  ただそれだけのことなのに
  その日はとてもいい日です
  ただそれだけのさすらいの
  ただそれだけのめぐりあい
  ただそれだけの人生の
  ただそれだけのめぐりあい

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2022.04.13

4月13日 父が逝き30年目の春

父が逝ったのは68歳の時だった。

退職後まもなく直腸に癌が発見された。

数年にわたる闘病生活と数回の手術をくりかえし、力尽きた。

僕は当時38歳だった。

あれから30年の歳月が流れ、まもなく僕も父の逝った68歳を迎えようとしている。

いわば「人生の一里塚」を迎えることになる。

ここから先は父の体験できなかった世界を過ごすことになる。

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このブログでも時折父・古池信夫のことを度々書いてきた。

「人生の一里塚」を迎えるにあたり、今一度読み返してみた。

その中からいくつかを再録(リンク添付)しようと思う。

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『父の命日 そしてMartinギター』(2009年)

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『一粒の麦』(2014年)

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『父という壁』(2015年)

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『父の命日』(2016年)

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『知らなかった話し2 握手 習慣の始まり始まり』(2014年)

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『我が家に長年続く握手という習慣』(2020年)

 

 

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2022.02.23

エンタ 7回目の命日



時の流れのあまりの早さにめまいすら覚える。
父方のイトコ・古池エンタ幸介が旅だってもう7年になる。
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幼少期を兄弟のように一緒に育った3歳年上のエンタだったが、
思春期に入ると僕にギターの手ほどきをしてくれた先生でもあった。

函館西高のビートルズ・コピーバンドではドラムをたたいていた。
文化祭などでは女子生徒の黄色い声を一身にあびていた。
そんなエンタは僕にとっては憧れでもあった。
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やがてエンタは東京へ。
そして僕は室蘭へ。
以降音信は途絶えていた。
風の便りで音楽を続けていることは知っていた。
ネジロにしているのは中央線であることもなんとなく知っていた。
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ネットで偶然、高円寺の「居酒屋エンタ巣」をみつけピンときた。
エンタに違いない!
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「居酒屋エンタ巣」を訪ね、戸を開けるとそこには仕込みに追われるエンタがいた。
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  エンちゃんかい?
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おそるおそる声をかけると
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  おお、マサ坊か
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およそ40年ぶりの再会だった。
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  マサ坊、おめぇ「ブエナ・ビスタ・ソーシャル・クラブ」知ってるか?
  オレ、今これにはまってる
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再会の挨拶も何もかもすっ飛ばして、いきなりストレートな音楽話しをするエンタ。
40年前のことがダブっておかしかった。
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  マサ坊、おめぇ「P.P.M」知ってっか?
  なまらカッコいいぞ!
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中学生だった僕がギターの弾き語りを始めるきっかけになった会話だった。
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僕の知らない40年の間、エンタも音楽を続けていた。
「南阿佐ヶ谷ブルースバンド」や「レイジー・キム・ブルース・バンド」でドラムをたたいていた。
「南阿佐ヶ谷ブルースバンド」時代にはB.B.キング来日コンサートで前座も経験したらしい。
そんなことはちっとも知らなかった。
ブルースバンド時代の音源はなく、聴くことができないのが残念だ。
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エンタが30代前半のころ「ENTA&gushi」というユニットで活動をしていた。
いろいろ音源を残したが、その中でもこの「僕の星まで」という歌は秀逸。
僕も好きな歌で、今でもライブなどでよく歌わせてもらっている。
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アップしたのはENTA&gushiのオリジナル音源。
1983年5月29日録音となっているから、エンタが33歳頃の若い声。
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そして最近の僕の音源。
(サポートギターはらんぶりん・まっくさん)
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相棒のgushiさんとはFacebookで今もやりとりをさせていただいている。
いつかMartin&gushiで一緒に「僕の星まで」を演奏することがふたりの夢だ。
(お互い遠隔地に住んでおりなかなかかなえられずにいるが、いつか必ず!)

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2022.01.01

飛翔

2022



2022年が幕を開けました。
旧年中は皆様には大変お世話になりました。
ありがとうございます。
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「コロナの時代」の真っただ中にあり、従来のように奔放に暮らすにはいささか厳しい1年でもありました。
そんな中にあり再び飛び上がるためにじっと身をかがめ、爪を研いでいたような気がします。
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今年はなんとか「飛翔」の年にしたいものです。
(研ぎすぎて爪がなくなる前にね)
最初は低空飛行が続くかもしれないけれど、飛ぶことが大事。
いずれぐっと天高く舞い上がりたい!
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加えて僕にとって今年は特別な意味のある年です。
この4月に68歳になります。
30年前に父が亡くなった時、彼は68歳でした。
その年に追いつくことになります。
健康で68歳を迎えることが目標でした。
年なりにあちこちガタは来ていますが、今のところ元気で日々を送ることができています。
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いわば人生の一里塚になる2022年。
「飛翔」の年にしていきたい。
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本年もご指導とご鞭撻を賜りますようにお願い申し上げます。
喪中につき、これをもって新年のご挨拶に変えさえていただきます。
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写真は今年の秋函館に帰省した際に写した「大森浜の夜明け」です。
海鳥が朝陽の中を飛翔していくように感じられ、シャッターを切った1枚です

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2021.09.29

日常は凡庸の連鎖

2021_09_29-7
昨朝はロードバイクにまたがり、ダンプに追い立てられながら必死に走った。
心身共にすっかり消耗しきった。
景色を眺める心のゆとりはかけらもなかった。
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今朝はまだ空けやらぬうちに家を出た。
ゆっくり足の向くままに歩こうと決めていた。
BGMもかけず、地面を踏みしめる感触だけを楽しみたかった。
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歩くに従いいろんな想念が沸いては消えていく。
今日は珍しくそんな想念が像を結んだので、スマホのメモに残した。
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日常は凡庸の連鎖。
凡庸とはいえ小さな波はたえず寄せては返す。
凡庸の波に身をまかせながら日々を過ごしてゆく。
時々は非日常の大波がやって来る。
それは特別な出来事。
  良いこと悪いこと。
  嬉しいこと、悲しいこと。
いずれにしろ有り難い特別な出来事。
だから特別な出来事はありがたく感受する。
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だがさざ波に揺られるような日々をどう過ごすのか。
多分人生の中でこのことが一番の肝要なことではないのか。
生きられる日々が残り少ない高齢者にとってはなおのことだ。
(高齢者? なんてお役所的な匂いのする言葉だろう。早い話が「年寄り」ってことだべっ?)
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ごくごく普通であたりまえの代わり映えない刹那。
そこにも美しいものが紛れ込んでいるはず。
驚きが潜んでいるはず。
だから心のアンテナは研ぎ澄ましていたい。
いつも何故かと問いを持ち続けたい。
美しい者に驚きを持ち続けたい。
そして心に感じる刹那のひとつひとつを、
僕は写真に切り取りたい。
僕は歌の中に込めたい。
僕は文章の形で織り込みたい。
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この歳になり、あらためて母校・函館市立潮見中学校の生徒信条をかみしめている。
★いつもなぜかと問いを持とう
★美しいものに驚きを持とう
全部で5箇条あったと思うが、この2箇条だけがいまだに心に残っている。
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潮見中学校は最近統廃合をして、青柳中学校と名を変えたらしい。
潮見中学校の名は歴史と記憶の彼方に消えたとて、この生徒信条は座右の銘としてずっと大切にしていきたい。
2021_09_29-6
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今日の1枚

2021_09_28-5
早朝、ロードバイクを走らせていた。
目指すは江戸川沿いの土手道。
先日は東京湾を目指して空腹と向かい風ののため途中断念。
今日は同じ野田橋から北に向かって利根川まで行こうと思っていた。
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ところが時間帯が通勤時間帯とぶつかり野田橋へ向かう道は車の往来が激しい。
狭い道を後ろからダンプが追いかけてくる。
できるだけ左側に自転車を寄せて走ったが、そこは路面がでこぼこだ。
ロードバイクのため土の農道に逃げることもできず、おっかなびっくりの状態で走り続けた。
あずましくない!(北海道弁であんばいわるいの意味)
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こんなに楽しくないポタリングはあまり体験したことがない。
野田橋近くの小公園で息も絶え絶えで一休み。
気力はすっかり萎えていた。
利根川はあきらめ、適当なところまで走って帰ろうか。
そう自問自答していた。
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とつぜん雲の切れ間から太陽が顔を出した。
陽の光が木立の間を抜けて差しこむ。
そして名も知らぬ草を浮かび上がらせた。
天然のスポットライトだ。
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条件反射のようにカメラを構えていた。
中間~シャドウを思いっきり落とし、草を浮き上がらせようと思った。
露出を1段ずつマイナスしながら何枚か撮ったうちの1枚がこの写真。
僕のOLYMPUS PENには撮影段階でトーンカーブをいじれる機能がついている。
シャドウや中間、そしてライトの領域ごとに調整することができる。
元印刷マンにとってこの機能は願ってもないものだ。
モニターを見ながらイメージに近づけていけるのがありがたい。
帰宅してから多少調整したが、イメージに近い1枚に仕上がった。
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え?
自転車はどうなったかって?
車が少なくなる時間帯になるまで江戸川の土手を北上したにはしたが、、、
利根川は、、、
まだはるか彼方だった。

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2021.09.20

早朝ポタリング 出逢った景色

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今日のポタリングはいつもよりゆっくり目に出発。
すでに陽が昇り始め、あたりはもう明るくなりかけている。
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走るコースはいつもの土手道から少し外してみた。
毎日土手道を走っていると、走ることだけに意識が向いてしまう。
そんなことが続くとちょっと気持ちが苦しくなってくる。
心を解放したくて走ってるのに、苦しくなったんじゃ本末転倒だ。
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畑の傍らに民家があるような、人の気配や暮らしの匂いがするような道をゆっくり走る。
雨戸を開ける音が聞こえてきたり、ご飯の炊ける匂いがただよってくる道を走るのは気持ちいい。
なんとなくほっとする。
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ゆっくり走ると、いつもならなかなか目に入らぬ小さな景色も見えてくる。
小さな景色を目の端に感じるたびに自転車を止め、カメラを向ける。
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寄り道、道草だらけのポタリング。
ポタリングって本来そういうもんだ。
あらためてそんなことを感じる。
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およそ4時間の小さな旅。
出会った小さな景色はたくさんある。
そのたびにシャッターを切る。
150枚以上も撮る。
人様に見ていただけそうなものはほんの数枚。
残りはみな自分だけのこの日の想い出。
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一日のいい始まりになった。

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2021.08.31

元荒川 お散歩写真

最近の散歩で撮りためた写真を幾枚か。

中央市民会館

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2021_08_272
2021_08_201
2021_08_2112-2_20210831104201
明け方そして夕暮

2021_08_273
2021_08_251-2

2021_08_274
モノクロ写真

2021_08_204
2021_08_295
2021_08_294
2021_08_293

2021_08_292
2021_08_291
その他

2021_08_173
2021_08_17
2021_08_202
2021_08_203

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2021.07.20

本日 コロナワクチン 2回目接種日


2021_07_20

午後からが接種予定。
明日、あさってはのんびり安静を要するかもしれない。
そう思い、早朝ロードバイクで少々追い込んだ。
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川沿いの路傍。
お天道様に向かって花開く向日葵。
花びらがまるで太陽のコロナみたい。
コロナに向かいて迎え撃つ向日葵。

オレもコロナを迎え撃つつもりで注射を打とう。
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にしても、高齢者枠でのワクチン接種。
まあ67才は高齢者に違いないんだけど、なんとなく違和感。
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考えてもみれば最近まわりには超高齢者の人口密度がとても高い。
デイサービスや喫茶店JUNEでの歌声音楽会の参加者の多くは後期高齢者だからね。
彼らと一緒にいると僕なんぞまだケツの青い「おにいちゃん」。
自分が高齢者に属しているなんて気分にはとうていなれませぇん。
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だいたい自分が高齢者かどうかを決めるのは自分自身であって、社会じゃない。
そう思いたいんだけどね。

喫茶店JUNEに集まる「後期高齢者」の皆さんだって、自分のことを年寄りだなんてちっとも思っちゃいない。

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.
  年をとったら 家の中で
  落ち着いていろよと 誰かが言うよ
  ところが おいらは 落ち着きもなく
  流行らぬ歌を 今日も歌ってる
  生きてゆくのさ 夏草のように
  しぶとく大地に 根をはりながら
.
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      「夏草のように」by 影法師

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2021.06.22

【中川を北へ行く】

2021_06_22
昨日お会いした「たいしたスゴイじいさん」に感化され、朝4時に家を出て走ろうと思ってた。
が、やはりそれは無理だった。
朝4時に出発するってことは、3時半には起きてなきゃならないものね。
昨夜は遠足前夜の小学生のようになかなか寝付けず、結局起きれなかった。
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それでもいつもよりはちょっと早起きして5時過ぎには自転車にまたがった。
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走るコースは昨日じいさんが歩いたと思われるコースをトレース。
中川にかかる吉川橋を渡り、左岸をひたすら北上。
昨日じいさんにお会いしたのは古利根川。
じいさんがどのへんから古利根川にトラバース(横方向移動)したのかわからなかった。
なので中川と古利根川が一番接近するあたりで西(左方向)にトラバース。
古利根川に出たところで今度は南下し帰路に入った。
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時間にするとおよそ2時間半。
自転車で走り抜ければなんということのない距離ではある。
だけどこの距離を身ひとつで歩くとなると、そりゃぁ簡単なことじゃない。
長い距離をたっぷり時間をかけて歩くことは決して嫌いではない。
でも半日かけて歩こうとはなかなか思わない。
80のじいさんが歩いてのけるってことはこりゃ大変なことだ。
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あらためて思った。
たいしたたまげたじいさんだ。
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いつもよりちょっと早起きしたおかげで、ドラスティックに変わる中川の空模様を楽しむことができた。

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