日記・コラム・つぶやき

2017.04.19

【感謝】 63回目の春を通過することができました

昨日、63回目の誕生日を迎えることができました。
思いもよらぬほどたくさんの方々からメッセージをいただきました。

忙しさにかまけて日頃不義理の極みを尽くしている自分にとりそれはありがたく、心あたたまるメッセージの数々でした。
心より御礼申し上げます。...
ありがとうございます。

「この日を迎えられる有難さ」を年々深く感じるようになっています。
特別なことがあった1年というわけではないけれど、
道草・寄り道を重ねながら歩いてきた日々をまた積み重ねることができたうれしさ。
明日からもまた歩いていける喜び。

たくさんの方々とのかかわりの中で、そういう日々はささえられているんだとあらためて感じています。

目的のある旅ではない、旅するための旅。
大切に生きれば充分に長い人生の旅路を
また一歩踏み出そうと思います。

今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

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     あすなろの歌

   
   雪よ 岩よ 雲よ
   川よ 谷よ 樹木よ
   長い道程を君は 
   歩いてきたんだね
   おもいだしておくれよ
   さまよい歩いた日々を
   ザックに夢をつめて
   はるか山の彼方
   あすなろ あすなろ 心の旅人
   あすなろ あすなろ 心の故郷

   風よ 鳥よ 空よ
   水よ 露よ 朝日よ
   いつまでこの道を君は
   歩き続けるのか
   何を求めて行くのか
   何かがそこにあるのか
   旅するための旅を
   また始めるのだろう
   あすなろ あすなろ 心の旅人
   あすなろ あすなろ 心の故郷

             (Martin古池雅彦)
   

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2017.01.14

高校生の頃

「高校生の頃」

この時代の出来事や感じたこと。
それらが今の自分を形作っている。
最近しみじみ、つくづく感じている。

若さにまかせ走りに走った頃。
背伸びに背伸びを重ねて生きていた頃。
サッカーや演劇や音楽、文学に傾倒していた頃。
70年安保闘争の残り火の中でイデオローグたちとの議論。
級友たちと徹夜で交わした人生論。
初めての恋と失恋。
etc.etc.

その後の人生の中で何度となく噛みしめ、何度となく否定してきた室蘭で過ごした数年間。

自分のそんな時代を否定することで大人になったような気がして・・・
でも結局またあの時代にたち戻っていた。

まるで牛が何度も何度も反芻するように、僕はあの時代を噛みしめながら生きてきた。

いつしかひとつひとつの出来事は跡形もないほどに噛み砕かれてしまった。
いっぱひとからげで「あの時代」として体内の底の底に沈殿している。
まるで宿便みたいなもんだ。
そして気のつかないところでいまだにくつくつ発酵を続けている。
そのガスはなんの前触れもなく忘れた頃にぽこっと沸いてくる。

ライブをしていると時に次々と記憶の表層に浮かび上がってくる。
きっかけはお客さんとのやり取りに触発されてのことだ。
いわば歌とおしゃべりを通してお客さんとの間で目に見えぬ化学変化を起こしているかのようだ。

室蘭で過ごしたあの時代が僕の原型となっている。
最近とみにそう感じている。

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2017.01.01

2016年 大晦日 お散歩点景

2016

すすきがしぶとく風にゆれている。
なんとはなしに寂しげな感じにゆれている。
風に抗するわけではない。
逆らわずゆれている。
でも己の根はしっかり大地にしがみついている。...
そのしたたかさに感じるものがある。

2016_2

2016年が夕陽と共に暮れてゆく。

ふと浮かんだ歌

夕陽赤く 地平のはて
今日もしずみ 時はゆく
はるか遠き 君住む街...
一人しのぶ 旅の日よ
心に秘めた恋 その名をよべば
むなしくかえるは こだまよ
君よ眠れ また逢う日を
夢見るような 星明かり

「夕陽は赤く」(加山雄三)

2016_3

夕暮れの富士山

陽が落ち、空の色がうつりかわってゆく。
茜色の空に富士がくっきりと浮かび上がった。

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2016.12.25

原風景 クリスマス

メリークリスマス!

毎年、この日が来るたびに僕は自分の原風景を思い出す。
幼い頃の記憶。
深夜、新雪を踏みしめながら向かう向かう教会への道のり。...
あたりは漆黒の闇、ほのかの電柱の明かりに降りしきる雪。
一面の雪が音という音を吸い込みどこまでも静寂。
新雪を踏みしめる音だけが響く。
あれは耳に聞こえるというより、体で音を感じていたんだろうな。

自分の原風景を書き留めた10年前のブログをまた今年も読み返した。
忘れちゃいけない、忘れられないイメージだ。

「原風景 クリスマス」
http://martinkoike.cocolog-nifty.com/blog/2005/12/post_7e52.html

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2016.11.12

芸人ってのは八百屋のリンゴ

「おまえな、芸人ってのは八百屋のリンゴと一緒だよ。
箱から出して店先に並べても、誰も買っちゃくんないよ。
ちゃぁんとみがいて並べなきゃ。」
「まぁず、蚊の鳴くような声をなんとかしろ。
屋上いって声だしてこい」
「客を見てどんどん変えてけなきゃ芸とは言わん」

芸人•石井均が新人•伊東四朗青年に送った叱咤激励。

「キャバレーは道場。お金をもらえる道場。
客は女給を口説きに来るんですから、ジャマなんですよ。芸人は。
そこでやるんだから道場ですよ。
そこでつかめたら大成功。つかめなかったら敗北ですよ」

伊東四朗•談

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お好み焼き屋さんや市場で歌う時、必ずしもうまくいくとは限らない。
むしろ敗北を感じることの方がはるかに多い。
そんな時思い出すこのエピソード。
敗北を積み重ねながら10年以上も歌い続けてきたお好み焼きの三貴や越谷市場。
僕にとって道場であり、戦場でもある。
この先も同じように敗北を重ねていくことだろう。
ここでの一喜一憂が自分の肥やしになっていくことを信じたい。

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2016.09.14

【再掲載】 函館~札幌 自転車で駆け抜けた日

北海道時代の友人と話した。

40歳の4月、父の3回忌と自分の40歳の誕生日のある4月。

何かをしないではいられなかった。

思いついたのは自転車で函館から室蘭経由で札幌まで走ることだった。

生まれ育った函館を出発し、青春時代を過ごした室蘭を経由し実家のある札幌まで走るという試みだった。

当時僕はJB'zという自転車チームの一員として長距離ロードレースを走っていたことから生まれた発想だった。

「人生の折り返し地点」が40歳だとするならば、何かをするのは今しかない。

今やっておかなきゃ、この先はないかもしれない。

そんな思いだった。

その時の記録を文章にし、小冊子を作った。

後にこのブログに再掲載をした。

久しぶりに読み返してみて、ちょっと感じるところがあったので、あらためてリンクを貼り直した。

⇒「函館~札幌 自転車で駆け抜けた日」

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2016.08.28

わが心の青柳町

 

★住む人もなく荒れ果てた生家

「わらぶきの屋根https://www.youtube.com/watch?v=-x7EjTa_OAM&index=39&list=PL50CkNDX0G8qTlh9oyFX1aJ-6OG4bc73E

 

 

Fb_img_1470705040567

今日から土地は自分のものになるんですね

無邪気な顔でそう確認する若き買主。

買う側にも、売る側にもそれぞれに思いがある。

28歳の美容師はこれから結婚し新しい家庭を築くという。その場所として函館の青柳町を選んだ。

彼のこの一言が僕の中の思いに火をつけた。一言語らずにはいられなかった。

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63年前、28歳だった父はあの土地を手に入れた。翌年結婚し、我が家の歴史が青柳町で始まった。

翌年僕が生まれ、さらに弟と妹がこの地で生まれる。

家族5人の暮らしは裕福とまでは言えなかったし、かならずしも順風満帆なことばかりでもなかった。少なからず様々な紆余曲折は踏んできたように思う。

それでもこの地で暮らした16年は、今につながる我が家の生き方の礎となった。

青柳町で過ごした16年。その後は室蘭に転出し、やがて札幌に生活の場を移す。

子供たちは成長し家を出て、それぞれの新しい家庭を築いた。

やがて父が亡くなる。

2人で始まった「オリジナル古池ファミリー」の歴史が母一人になって久しい。

今回、戸籍を見る機会があった。筆頭世帯主は母の名となっており、ほかにはもう誰も残っていない。

その母も人生の最後の時を静かに生きている。

多くを語りはしないがあの家で暮らした様々な思いが去来しているに違いない。

父と始めた暮らしの思い出
子供たちに手を焼いた思い出
舅・姑と暮らし、見送った思い出
一時は自分の母親や妹も同居していた

そうした思い出の地が人様の手に渡ることの寂しさ。

反面住む人のいない土地の管理や処分は気がかりだったはずだ。老いた自分にはいかんともしがたい歯がゆさがあったに違いない。そんな思いから解放された安堵感。

ひとつの家族の営みと歴史が刻まれた土地。

60余年の時を経て別の新しい家族の営みをはぐくんでいくことの不思議さ。

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話が聞けていかったです。

オレなりに自分の家族の歴史を青柳町で作ってきます

若者は笑顔でそう答えてくれた。

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2016年8月。

オリジナル古池ファミリーのよりどころであった(そしてお荷物でもあった)青柳町の家は人様の手に渡った。

あの場所で喫茶店をやるという父の夢。それをいつか引き継ぐという僕のほのかな夢もついえた。

したっけ
しょうがないべさ

そう思いながら駅への道をゆっくり歩く。

真夏の強い陽射しが目に痛かった。

真夏とはいえ北国。

一陣の風に秋の気配がすでにただよう。

赤とんぼがぼんやりゆれていた。

P8074104_2

【追記】

2006年初めて青柳町の家を売る話が出た時の文章

2011年秋。40年ぶりに生家に足を踏み入れた時の文章

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2016.07.08

懐かしい記事

たなばたさまについて過去書いた文章を読み直していて、懐かしい記事にであった。

「唄の驛」という音楽サークルで七夕をテーマにしてやった実験的演奏。

2012年7月7日だった。

遠く離れ、年に1度しか会えぬ二人の切ない恋をテーマにした。

やったのはたったの3曲。

①竹にたんざく七夕祭り~青葉城恋歌
②I'll Hold You In My Heart
③彗星

⇒過去記事

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2016.04.13

父の命日 2016

今日は父の命日。

203

亡くなってから24年だか、25年だか。
正確に思い出せぬほど遠い昔になってしまった。
68歳で逝ってしまった。...
僕がその年に追いつくまであと6年。

今の僕の年が61歳(あと1週間だが)。
61歳の頃、父は全く畑違いの仕事に転職して悪戦苦闘していた。
僕も同じ状況。畑違いの職種に転職してまる4年。
やはり同じように四苦八苦している。

当時の父がどんな思いや、考えで生きていたのか。
知りたいと思うことがある。
でも多分、今の自分と同じような思いで生きていたに違いないとも思う。

  目的のある旅ではない
  旅するための旅
  大切に生きれば充分に長い
  人生の旅路

父の好きな言葉だった。
多分、今に大切に生きていたに違いない
68年という人生。
当時はあまりにも短い人生だったと思っていた。
たとえ68年でも父にとっては十分に長い人生だったのではないか。
最近そんな風に感じるようになった。

父の命日前にして次男一家が遊びに来た。
命日の日長男一家とお好み焼屋さんで食事をした。
偶然とはいえ、僕には記念すべき父の命日となった。

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2016.04.05

さくら

 

20161

昨日から発熱中。体の節々が痛んでいる。

苦手な医者の帰り道、用水路に咲く桜の小さな景色を発見。

20162

先日亡くなった中学の同級生の奥さんから手紙が届いていた。 彼女もまた同級生。

函館に帰った時線香をあげに行った。

20163

手紙の一節。

「故人も現世では楽しいことだけではなかったと思います。

それでもうつしよに生を受けたことの有難さ。

ほんのわずかな可能性から人間として有ることの難しさを越えてこの世に生を受け、

億を超える人々の中で何かのご縁で皆様方と出会う難しさ、

有難いことに包まれての人生だったと思います」

ヤツの六十余年の人生の中で、オレが関わったのは中学時代のわずか2年間だけだった。

でもそれは多感な季節の濃密な2年間だった。

昨年夏の還暦同期会で45年ぶりの再会のありがたさが今になって身に染みる。

出合って、別れて、また出会い、そしてまた別れた。

桜はそろそろ葉桜。散り際の小さな景色。

カメラに収めながらなんとはなしに泣けてきた。

20164

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