日記・コラム・つぶやき

2021.09.20

早朝ポタリング 出逢った景色

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今日のポタリングはいつもよりゆっくり目に出発。
すでに陽が昇り始め、あたりはもう明るくなりかけている。
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走るコースはいつもの土手道から少し外してみた。
毎日土手道を走っていると、走ることだけに意識が向いてしまう。
そんなことが続くとちょっと気持ちが苦しくなってくる。
心を解放したくて走ってるのに、苦しくなったんじゃ本末転倒だ。
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畑の傍らに民家があるような、人の気配や暮らしの匂いがするような道をゆっくり走る。
雨戸を開ける音が聞こえてきたり、ご飯の炊ける匂いがただよってくる道を走るのは気持ちいい。
なんとなくほっとする。
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ゆっくり走ると、いつもならなかなか目に入らぬ小さな景色も見えてくる。
小さな景色を目の端に感じるたびに自転車を止め、カメラを向ける。
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寄り道、道草だらけのポタリング。
ポタリングって本来そういうもんだ。
あらためてそんなことを感じる。
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およそ4時間の小さな旅。
出会った小さな景色はたくさんある。
そのたびにシャッターを切る。
150枚以上も撮る。
人様に見ていただけそうなものはほんの数枚。
残りはみな自分だけのこの日の想い出。
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一日のいい始まりになった。

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2021.08.31

元荒川 お散歩写真

最近の散歩で撮りためた写真を幾枚か。

中央市民会館

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明け方そして夕暮

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モノクロ写真

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その他

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2021.07.20

本日 コロナワクチン 2回目接種日


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午後からが接種予定。
明日、あさってはのんびり安静を要するかもしれない。
そう思い、早朝ロードバイクで少々追い込んだ。
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川沿いの路傍。
お天道様に向かって花開く向日葵。
花びらがまるで太陽のコロナみたい。
コロナに向かいて迎え撃つ向日葵。

オレもコロナを迎え撃つつもりで注射を打とう。
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にしても、高齢者枠でのワクチン接種。
まあ67才は高齢者に違いないんだけど、なんとなく違和感。
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考えてもみれば最近まわりには超高齢者の人口密度がとても高い。
デイサービスや喫茶店JUNEでの歌声音楽会の参加者の多くは後期高齢者だからね。
彼らと一緒にいると僕なんぞまだケツの青い「おにいちゃん」。
自分が高齢者に属しているなんて気分にはとうていなれませぇん。
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だいたい自分が高齢者かどうかを決めるのは自分自身であって、社会じゃない。
そう思いたいんだけどね。

喫茶店JUNEに集まる「後期高齢者」の皆さんだって、自分のことを年寄りだなんてちっとも思っちゃいない。

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  年をとったら 家の中で
  落ち着いていろよと 誰かが言うよ
  ところが おいらは 落ち着きもなく
  流行らぬ歌を 今日も歌ってる
  生きてゆくのさ 夏草のように
  しぶとく大地に 根をはりながら
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      「夏草のように」by 影法師

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2021.06.22

【中川を北へ行く】

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昨日お会いした「たいしたスゴイじいさん」に感化され、朝4時に家を出て走ろうと思ってた。
が、やはりそれは無理だった。
朝4時に出発するってことは、3時半には起きてなきゃならないものね。
昨夜は遠足前夜の小学生のようになかなか寝付けず、結局起きれなかった。
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それでもいつもよりはちょっと早起きして5時過ぎには自転車にまたがった。
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走るコースは昨日じいさんが歩いたと思われるコースをトレース。
中川にかかる吉川橋を渡り、左岸をひたすら北上。
昨日じいさんにお会いしたのは古利根川。
じいさんがどのへんから古利根川にトラバース(横方向移動)したのかわからなかった。
なので中川と古利根川が一番接近するあたりで西(左方向)にトラバース。
古利根川に出たところで今度は南下し帰路に入った。
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時間にするとおよそ2時間半。
自転車で走り抜ければなんということのない距離ではある。
だけどこの距離を身ひとつで歩くとなると、そりゃぁ簡単なことじゃない。
長い距離をたっぷり時間をかけて歩くことは決して嫌いではない。
でも半日かけて歩こうとはなかなか思わない。
80のじいさんが歩いてのけるってことはこりゃ大変なことだ。
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あらためて思った。
たいしたたまげたじいさんだ。
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いつもよりちょっと早起きしたおかげで、ドラスティックに変わる中川の空模様を楽しむことができた。

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【すごいじいさんがいたもんだ!】

2021_06_211
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早朝自転車散歩。
自宅から20キロ付近で一服つけながら、空を眺めてました。
いい感じの青空が広がり、雲も動きのない心地いい朝。
でも腹だけはしっかり減ったぁ!
折り返して帰宅するか、もう少し足を伸ばすか。
ぼんやり考えてたら、見知らぬじいさんに声をかけられました。
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  いい自転車だね
  ボクのとは大分ちがう
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真っ黒に日焼けした顔。
野球帽とマスクの間から笑う柔和の目。
タンクのようにずんぐりした体つきだけど、短パン姿の足は筋肉隆々。
聞くとドロップハンドルのランドナーをお持ちとのこと。
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  最近長い時間乗ってるとお尻が痛くなってね
  ちょっと前までは東京湾まで川沿いによく走ってたけど
  今はもっぱら歩き専門になっちまった
  夢は電動自転車を買って、日光まで走ることなんだが・・・
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見た目からしてボクより年上であることは間違いない。
でもせいぜい4~5才かなと思い、尋ねました。
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  ボクは昭和16年生まれの80歳ですわ
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目が点になりました。
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  今朝は北越谷の家を4時に出て、中川沿いに春日部まで行き
  古利根川沿いに歩いてきたんだけどね
  これから新方川まで行き、キャンベルタウンを経由して
  北越谷まで戻る予定
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おいおい、そのコースならば軽く50キロは超えちまう
ふつう80歳のじいさんが歩く距離じゃないよ。
朝の血圧が安定した日はこうして歩いているそうです。
いやあ、たいしたたまげた!
4時といえばこの季節でもまだ暗い時分から歩き始めてるワケで、
「早朝散歩」などと語ってる自分がなんだか恥ずかしくなっちまいました。
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  あんたさんはこの先まだ走るんですか
  これから暑くなるから、お互い気をつけて行きましょう
  まあボクはあとは帰るだけだけどね
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帰るだけってあんた、まだゆうに2時間はかかる距離でしょ。
折り返して帰宅するとは、とても言えなくなりました。
結果、そこからさらに10キロ距離を伸ばし総走行距離60キロとあいなった本日の「早朝」ポタリングでした。
それにしてもたいしたじいさんがいたもんだ!

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2021.06.15

【妄想 「哀愁列車」】

本日の早朝散歩も「哀愁列車」を口ずさみながら歩いていた。
歌いながらこぶしのまわし方をいろいろ試してみる。
声を鼻に抜きながら、鼻の奥でこぶしをまわすのは思っていたよりもむずかしいもんだ。
三橋美智也のキー。
当然高い音は出せない。出せないところはファルセットで。
ファルセットになるところがちょうどこぶしの部分。
ファルセットを鼻に抜くとこぶしのいい練習になることがわかった。
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散歩の後半は「哀愁列車」の歌詞を吟味しながら、イメージをふくらませていった。
1行の歌詞のイメージは脳内で一枚の絵になっていく。
幾葉もの「絵」が重なり、妄想はふくらんでいく。
そうして自分なりの物語「哀愁列車」ができあがっていく。
ある程度できあがった物語は芝居の台本のようにまとめる。
台本(シナリオ)を作ることで妄想に形が与えられる。
ライブなどでシナリオのト書きが日の目を見ることはないが、歌詞という文字の羅列に息吹が与えられる感じになる。
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こういう妄想をふくらませる作業は好きでよくやっている。
何枚かの「絵」=イメージができるだけで、妄想にいたらないことも多い。
それでもライブや音楽会で歌う時にはいい材料になってくる。
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「哀愁列車」は唄がヒットした翌年、映画にもなっている。
残念ながらこれまで観る機会はなかったが、それでよかったとも思う。
観てしまうと固定観念に縛られてしまう。
「自分なりの物語」を構築することが大切なんだと思う。
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こんなことをしながら歩いているうちにあっという間に2時間が経過する。
腹が減り早々と家路についた。
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【足寄より】

松山千春のコンサートの録画を観た。
すっかり釘付けになってしまった。
不覚にもほろっときてしまった。
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千春の個性は僕にはあまりなじまない。
僕には千春のようなべらんめえなステージトークはできないし、したいとも思わない。
千春のように声量にまかせて歌い上げることも今は好まない。
また歌いまわしで過剰とも思えるほどにためる歌い方も好みではないし、したくはない。
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でも、千春の「フォークシンガー」としての矜持には共感するものがある。
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「愛」を歌うと千春は言う。
彼の言う愛とは男と女のことだけではなく、とうさん・かあさんのこと、兄弟のこと、友人のこと。
北海道に流れる時間と空気。そして森の青さと空の青さ。海の青さと雪の白さ。
それらすべてに対する愛情だ。
そして何より北海道に対する限りない愛情。
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その思いを包み隠さず、千春はストレートに表現する。
自分の歩んできた道のりをなんのてらいもなくステージで表していく。
どこまでもどこまでも直球勝負だ。
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そのスタンスや思い、僕のやってきたステージもまた同じだ。(規模はまったくちがうけどね)
自分の体験を肴にしてやってきた(多少デフォルメしつつも)。
そして直球勝負。
たまにはナックルボールも投げてみたいなとは思う。思うけれどもそれができない。
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千春がフォークソングに傾倒していくきっかけは小学生の頃、4才年長の姉さんにPPMなどのアメリカンフォークを教えてもらったことだそうだ。
中学生になり岡林信康、高田渡、加川良などの影響を受けたという。
そして高校の学校祭。
前夜祭の暗闇のなかで「私たちの望むものは」を歌った。
これがきっかけでフォークソングにのめり込んでいく。
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僕もまた3才年長のイトコ・エンタにPPMを教えてもらったのが始まりだった。
中学生の頃、函館労音での高石友也リサイタルで魂がふるえた。
高石友也、岡林信康に強い影響を受けた。
そして高校の学校祭。
同級生・新谷君と組み「私たちの望むものは」を歌った。
たくさんの人を前にして初めて歌った衝撃。
これは大きかった。
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フォークソングと関わるきっかけが同じ。
同じ北海道の田舎町でのスタートだった。
年齢も千春は僕の1学年下の昭和30年生まれ。同世代だ。
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「フォーク第2世代」
かつて千春は自分のことをそうよんでいた。
先人(岡林さんら第1世代)たちの影響を受けて歌い始めたフォークシンガーという意味だ。
そして僕もまた「フォーク第2世代」のひとりだ。
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でありながら、僕は若い頃「千春は好きでねぇ」と言い続けていた。
「千春はナマイキだけど、千春の書いた歌はいい」などと言っていた。
それは多分「近親憎悪」というヤツなのかもしれない。
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また北海道に対する強いこだわりを持つ点で千春と変わりはない。
でも千春は北海道に住み、そこに根を張って歌っている。
一方僕は北海道を棄て、内地にやって来た。
そこから来る気後れのようなものもあったかもしれない。
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加えて商業的に成功し、全国区の千春。
対してこちらは場末の唄歌い。
ひがみ・やっかみがなかったといえば嘘になる。
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コンサートで「足寄より」を歌う千春が映し出される。
 「オレだらそんな風には歌わねぇぞ」
 「もっと力抜いて歌ってけれや」
内心そう毒づきながら、目頭が熱くなってる自分がいた。
  オレ、
  もしかしたら、、、
  ほんとは松山千春ってヤツが好きなのかもしれない。
  そう思える歳になったてことなのかな
なんてことをひとりごちでいた。
、「足寄より 戻っておいでよ この町に 都会の暮らしに 疲れたら あいかわらずの いなか町 それでもおまえの 故郷だろう 誰にも言わずに 出てったけれど 俺にはすぐに わかったよ 小さな時から いなかはいやだ そんなこと言ってた おまえが浮かぶ 家の人たちに 連絡したか おまえの父さん心配 してたよ おまえの妹 高校3年 俺の嫁さんに とってしまうぞ おまえの手紙に おまえの手紙に書いてあるのは 楽しいことだけ そんなにいいのかい 意地を張らないで 話してくれよ 俺とおまえは 友達 だろう 戻っておいでよ この町に 他の仲間たちも 気にしてたよ ついこの間 も みんな集まり おまえのうわさも 出ていたんだ あいかわらずの いなか町 それでもおまえの 故郷 だろう それでもおまえの 故郷 だろう」というテキストの画像のようです

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2021.06.02

【朝のおつとめ】

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陽が長くなり「サマータイム」と定めてからひと月ほどになる。
夜明けとともに起きて、「朝のおつとめ」とばかりに家を飛び出す。
30分ほどかけて充分に身体を温め、2~3時間散歩をする。
その日の気分と体調で自転車に乗るか、歩きにするかを決める。
たいがいは交互になるのだが、風の強さによっては歩きを重ねることもある。
雨の日は録画してあった映画を見たり、本を読んで終日過ごす。たまの雨はいい休養日となる。
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そんな暮らしがすっかり定着した。
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今朝は普通に歩いてのお散歩。
このところの散歩はストックを持ってのノルディックウォーキングばかりだった。
手に何も持たない開放感はいいもんだ。
足に体重がすべてかかるんで、あまり距離は踏めない。
でも何も持たぬ気軽さは心の開放感にもつながる。
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努めてがんばらない歩きに徹した。
歩幅を広くしようとか、ピッチを上げようとか、腕を振ろうとか考えると歩きがどこかギクシャクしてしまう。
イメージするのは大地を踏みしめ、重力に対して身体が一直線のまま体重移動をするという状態。
腕を振り子のように前後にスイングさせ、それに合わせて足を前に出しながら体重移動していく。
これが気持ちいい。そして楽に歩ける。
いつまでも、どこまでも歩いて行けそうな気になる。
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今日の発見は「振り子のような腕の動き」。
やじろべえや柱時計のように最小限の力で腕はスイングしてくれる。
軽く曲げた肘を後ろに弾く。
そうする反動で勝手に前にスイングしていくし、勝手に後ろに戻っていく。そのくりかえし。
ほとんど力を使うことなくえんえんとくりかえされていく。
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自分が古い印刷機になったような錯覚を覚えた。
今の印刷機は1時間に15000回転(rph)以上の高速回転で回る。
紙を印刷機の中に送り込む作業(自動給紙)は回転するシリンダー部分に3カ所くらいの用紙を咥える爪竿装置が付いている。
円運動するシリンダーのおかげで高速で印刷をすることができる。ロータリーエンジンみたいなもんだ。
僕が見習いだった頃の印刷機は5000回転(rph)くらいしかスピードが出なかった。
フィーダー(自動給紙装置)から印刷機への紙の送りはシリンダーではなく、「スイング」という装置だった。
「スイング」はなぎなたの刃のような形をしていて、それが印刷機の回転に合わせて振り子のように行ったり来たりする。
今日の腕の動きとまったく同じ。
何千回と腕を振り子のように動かしているうちに、自分の腕が古い印刷機の「スイング」装置になったような気がした。
ちなみに「スイング」装置に爪竿装置は1本しか付いていない。
印刷機の速度が上がるに従って「スイング」では追いつかなくなり、ロータリー式のシリンダー装置に変わっていったんだろう。
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スピードを上げて歩くことのできぬロートルにはこのスイング運動がお似合いなんだろうな。
そんなことを考えながら歩いていた。
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【ウィンドスプリント】

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曇り空の夜明け過ぎ、歩き始めた。
一昨日は空身でゆったり歩いた。
軽く肘を曲げて腕をスイングするように歩くのが気持ちよかった。
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今日は両腕にストックを握りノルディックウォーキング。
同じようにゆったりとした動きを意識して歩いた。
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ストックを持っているので腕の動かし方が一昨日とはちがってくる。
腕を大きく前に出し、それに連動するように腰~首と乗っけていく。身体が前方に移動すると自動的に腕は後方に残っていく。
なめらかなピストン運動がノルディックウォーキングの勘所のようだ。
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小一時間も歩くうちにピストン運動とそれに連なる身体の動きがスムーズに。
気持ちもよくなる。
ちょっと肌寒い風がここちいい。
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ちょっと欲が出た。
久しぶりにウィンドスプリントを入れてみた。
歩く形はそのままにスピードを上げていく。
ピストン運動をくりかえす腕の動きがまるで蒸気機関車のピストンのように感じられる。
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  いいぞ、いいぞ。いい調子!
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ウィンドスプリントとは風を感じながら走るというランニングのトレーニング方法。
若い頃マラソンの練習によく取り入れていた。
LSD(Long Slow Distance)長く・ゆっくり・距離を踏む走りの最後に10分くらいスピードを少しあげて刺激を与える練習方法だ。
ジョグが40~50%ほどの力だとすればウィンドスプリント70~80%程度。
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このやり方をノルディックウォーキングに取り入れてみた。
これがなかなかの快感。
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折り返し地点の小公園で大休憩。
あじさいがきれい。
あじさいは曇りや雨混じりの天気が似合う。
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帰り道はショートカットコースを6キロほど。
さらに欲が出て自宅までロングウィンドスプリントを試みた。
久しぶりに歩きに徹する早朝散歩だった。
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2021.05.29

【追悼 チャコちゃん】



僕と同じ日に生まれのチャコちゃんが天に召された。
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ショックだ。
悲しい。
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チャコちゃんと最後に共演したのは2020年3月22日。
富安秀行(ハゲ)さんとのジョイント・ライブ。
僕のステージで「テネシー・ムーン」を一緒に歌った。
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この後1回目の緊急事態宣言が出された。
ホームの「Live cafe おーるどたいむ」も休業を余儀なくされた。
宣言が開けお店が再開した後、チャコちゃんとは連絡が取れなくなった。
持病との闘いで、苦しんでいたとのことだ。
そして昨年の11月に旅立たれたそうだ。
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そのことは、ちっとも知らなかった。
今日初めてその知らせを聞いた。
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僕のライブには必ず足を運び、華を添えてくれたチャコちゃん。
「みんなで歌おう・弾こうフォークソング@おーるどたいむ」ではいつも元気に歌ってくれたチャコちゃん。
妙にウマがあったチャコちゃん。
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同じ日に生まれたあなたを同志のように思っていました。
まさかこんなに突然、こんなに早く、先に行くとは思ってもいなかったよ。
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