あすなろ 森の音楽会
僕と吉田政美君が二郎小屋に到着したのは昼下がりだった
八ヶ岳の山麓には秋の陽射しが柔らかくさしていた
僕たちを迎えに小屋の中から懐かしい顔が次々出てくる
あすなろ山の会のメンバーたちだ
テラスに腰を下ろし、朝焼いたという山盛りのシシャモで乾杯
ゆったり時間が流れる
ほどなく、甲府のチャーリーさんが到着
チャーリーさんはブログ「街角の歌芸人」を読んでくださり、参加の運びとなった
僕と同年代のギター弾き語リストだ
若いころはバンド活動をやられていたそうだが、いつでもどこでも演奏できる良さを目指し弾き語りに方向転換されたそうだ
チャーリーさんのワゴン車には楽器はもちろんだが
鍋釜、寝袋といった生活用具一式を積み込んでいらっしゃる!
このワゴン車1台でどこにでも出かけれ、どこでも演奏できる
まさに、僕の理想とするスタイルを実践されている方だ
遠慮なさるのをなかば強引に出演をお願いした
夕方になり、もう一人の出演者・原田さん夫妻が到着
原田さんは僕の岩登りの先生
同時に山遊びの同志でもある
それぞれの子供たちが同じような年なので、その昔はお互い一緒に子連れ山旅をやった
ここ数年原田さんもギターの弾き語りをやっている
出演者がそろったところで、「あすなろ森の音楽会」の幕が切って落とされた
オーディエンスは山の会のメンバーを中心に十数名
彼らは一昨年までやっていた「森の音楽祭」10年間を影で支えてくれていた人たちだ
初めてちゃんとしたオーディエンスとして演奏を聴くことになる
今までは焼き鳥を焼きながら、豚汁を作りながら片耳で聞いていてくれたのだ
今回のステージは小屋のテラスの一角
思い思いに腰を下ろし、酒を飲みつつ談笑しつつ聴いてくれる
テラスの下には去年までの屋根付きの立派なステージ
ステージから一方通行の演奏するのではなく、演じ手と聴き手が渾然一体となりながら進める音楽会が今回の「森の音楽会」のねらい
それには音楽会の規模もコンパクトなものにしなければならない
つまり12年前にめざした原点に立ち返ったことになる
音楽会はMartin古池をメインに、原田さん、チャーリーさんと進められた
再び僕の順番になり、不思議なことに気がついた
歌声もギターの音もよく回るのだ
ノーマイクの音楽会
当然モニターなどあろうはずがない
なのに自分の出した音が微妙なズレで耳に入ってくる
それは微妙であり絶妙であった
まるでサラウンドスピーカーか、天然のリバーブのようだった
おそらく周囲の樹木の反響であり、小屋の木壁の反響のためだろう
天然リバーブは声を張るとわからない
むしろ音を抑えれば抑えるほど効果がある
PAを使用し、スピーカーから大音響を響かせた過去2回の森の音楽祭
僕たちは自然の音響効果のすばらしさに気がつかずにいたことになる
スピーカーから出直線的な大音量は微妙な波動を持つ天然リバーブを打ち消していたのだ
そのことに気がつき、僕はあえて声量を絞った
絞るためにあえてキーを落として歌った
ギターもピックをやめてフィンガーにした
普段の半分以下音量なのに、ちゃんとオーディエンスまで届けられている
なんと、小屋を挟んで20メートル先の道路にまで音は届けられているそうだ
目が洗われる思いだった
往々にして声を届けるため僕たちは大きな声を出そうとする
でも、もしかしたらそれは逆効果なのかもしれない
この点はもっと試してみなければ何ともいえないが、新しい発見に僕は有頂天になっていた
たっぷりと歌った後は吉田政美君にトリをつとめてもらった
政美君は童謡を中心に歌う
素直でストレートな声が森の中に吸い込まれていく
最後を締めくくるステージにふさわしい歌声だった
もちろんアンコールは「千の風にのって」~「夏の終わりのハーモニー」
二人のハーモニーは森の樹木にはねかえり、樹木の間を縫って返ってくる
気持ちのいいことこの上なし
オーディエンスのみなさんも心地よさそうに聴いている
スタンディングオベーションが鳴り止まぬうちに静かに歌は「あすなろの歌」
スタンディングオベーションは合唱に変わっていく
5時間の長丁場だった「森の音楽会」
最後は感動的な雰囲気の中で終えることができた
第11回森の音楽祭であり、第1回森の音楽会でもあった
来年がどういう形になるかはわからない
でも、必ずまたこの場に集まりたい
強く願ったエンディングだった
| 固定リンク | コメント (6) | トラックバック (0)






最近のコメント