函館

2020.10.12

洗濯ばば

函館シリーズ第4弾

 

「洗濯ばば」と呼ばれるばあさんが函館の西部地区を根城にしていました。
西部地区というのは元町、青柳町、谷地頭町、住吉町、宝来町、末広町といった函館山の麓の町々です。
今ではすっかり観光地となっていますが、昭和30年代~40年代は住宅地であり、商業の町であり、漁師町でした。

頭を剃り上げ、糸のような細い眼をしたばあさんをこれらの町々の公園やお寺、神社の境内でよく見かけました。
手にはバケツを持ち蝙蝠傘を杖代わり。背中にはいろいろ荷物をたすき掛け。
公園などの水飲み場でよく洗濯をしているところから「洗濯ばば」と呼ばれていたようです。

今でいうホームレス。
でも決して「ほいと」(乞食)ではありませんでした。
聞いた話では家々の洗濯や子守をして、代わりにいろいろ生活の資を得ていたようです。(生活の資といってもほとんどが食べ物やせいぜいだら銭(小銭)だったと思いますが)。
誇りが高き浮浪者で、決して物乞いはしなかったと聞きます。

普段は凛とした顔立ちをしていましたが、我々子供たちがちょっかいを出しからかうと細い眼をつりあげて怒ります。その顔はおっかなかった。

今思うと瀬戸内寂聴さんのような顔立ちだったような。。。
当時の大人たちが「洗濯ばば」のことをどう思っていたかは知りませんが、子供たちの間ではある種畏れのようなものを感じていた気がします。

大人になり、たまに「洗濯ばば」の生き方についてぼんやり思うことがあります。

浮浪者=波間に浮かび漂い生きる者。
決して群れることなく、己の思うがままに生きていた。
そこに確たる意思があったのか、はたまた風に吹かれて生きていただけなのか。
孤独だったかもしれない。されど失う何ものもない自由人。
社会からはみ出したところに居場所を見つけて生きていた。そんな「洗濯ばば」の暮らし。

何ともいえぬ潔さを感じます。

にしても、函館の寒く長い冬。
「洗濯ばば」どうやって過ごしていたのだろう。
いまだに謎です。

函館のご同輩、もしご存じでしたらお教えください。
「洗濯ばば」を記憶の中に埋もれさせてしまうのがなんとも惜しくてね。

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カトリック元町教会の鐘声

函館・元町シリーズ第2弾

函館の風物詩となっている教会の鐘の音。
カトリック元町教会では毎日3回(朝、昼、夕)打ち鳴らされています。

日曜日の朝にはこれに隣接するハリストス正教会(ガンガン寺)の鐘が加わります。やはり隣接する東本願寺の鐘の音も深く哀しく魅力的。

元町界隈は普段はひっそりと静謐であるのですが、教会やお寺の鐘の音が鳴り出すとなんともにぎやかな町に変貌。
僕が好きなのは鐘声(しょうせい)が終わった後の静寂の時です。この刹那の静かさはなんとも言えません。

カトリック教会がこの地に立てられたのは江戸時代の末期、開国5年後の1859年。
何度か焼失し今の聖堂は大正13年に建てられたそうです。

中学生の頃、鐘つきのお手伝いをしていたことがあります。
鐘楼から垂れ下がった太い縄にぶら下がり、弾みをつけて引っ張るわけですが、これがなかなか手ごわい。「アンジェラスの鐘」の旋律にするには熟練が必要なんでしょうね。
(今はタイマー付きの機械仕掛けだとか・・・)

久しぶりに元町の鐘声の中に身を置いてみたいものです。

カトリック元町教会の鐘の音

ロシア正教会(ガンガン寺)の鐘の音

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秋 函館 元町

ネットを見ていたら函館市元町の画像を見つけた。

函館は今頃いい季節だろうな。
ナナカマドやおんこの実がきれいな頃合いだろうな。
グスベリーは今も生えているんだろうか。

子供の頃ここいらは僕の遊び場だった。

毎日曜日通ったカトリック元町教会。
楽廊で歌う聖歌隊は僕にとって最初の音楽体験だった。
声楽家・山岸淑子さんの大きな口を飽きることなく眺めていたっけな。

友とつるみいたずらや悪さをして歩いたのもここいらだ。
時には隣の舟見中学との「決闘」騒ぎもあったっけ。
あの時の悪友たちは今頃どうしてるかなぁ。

東京に転校していった初恋の娘が住んでいたのもこの辺だった。
彼女に偶然出逢わないかと願いながら徘徊したのもここらの坂道だった。

少年時代の思い出がべったりしみついた街。

元町。

元町の景色

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2020.08.10

【函館氷(五稜郭氷)】

チコちゃんが教えてくれた。

中川嘉平衞によって日本で初めて氷の塊が商品化されたのは明治2年だそうだ。
それまで高価な高価なボストン産の氷を半年かけて輸入していたらしい。
国内でなんとか生産できないかと各地をまわった中川が最後に行き着いた場所が函館。それも五稜郭のお堀だったという。
五稜郭のお堀の水は近くを流れる亀田川から水を引いていた。
清廉な水、函館の寒気、蒸気船による海路輸送。
氷製造と輸送に函館が最適だったという。

函館の農民には冬場の農閑期の貴重な収入となり、
雪降って一緒に「ジェンコ降ってきた」と喜んだそうだ。
(ジェンコ=ゼンコ=銭こ)

それにしても明治2年といえば、5月に「箱館戦争」のあった年だ。榎本武揚率いる「蝦夷共和国」が五稜郭を拠点に薩長新政府軍と壮絶な闘いをくりひろげ、破れた年だ。
同じ年の冬には「函館氷」が作られ始めたワケだ。

初めて知った氷の話。
チコちゃんが教えてくれた。

余談だが函館ではかき氷のことを「氷水(こおりみず)」とよんでいた。
僕が内地に出てきた初めての夏、広島から長崎、そして佐世保を旅した。
道産子が経験する初めての猛暑。刺すような陽ざしにたまらず広島の喫茶店に飛び込んだ。
「氷水ちょうだい!」と注文した(つもりだった)
ウェイトレスのお姉ちゃんはちょっと怪訝そうな顔。
グラスに山盛りの氷、水をなみなみ注いでテーブルに置いた。
「ご注文は?」
その時初めて知った。内地では「氷水(こおりみず)」のことを「かき氷」とよぶんだということを。

函館では(北海道では)今でも「こおりみず」とよんでいるんだろうか。
ご同輩の皆様。どなたかお教え願います。

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