さんすまいるコンサート

2018.08.04

「さんすまいる熟年歌声音楽会」

「さんすまいる熟年歌声音楽会」

真っ赤な太陽照りつける土曜の午前中。デイサービス「さんすまいる」。

いつものご老人たちは待ちかまえていた。

僕は今日やる歌の歌集を作っていたため、いつもより少し遅めの到着。

 「暑さにやられて、今日はお休みするのかと思ったよ」

と、じいちゃん・ばあちゃんたちに迎えられる。

いや、まったく元気なご老人たちだ。

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最初の30分は夏の流行歌特集。
真赤な太陽~恋のバカンス~恋の季節~お嫁においで~夜空の星~蒼い星くず~夜空を仰いで。
一気に駆け抜ける。

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昭和40年代の流行歌だ。このころボクは思春期。ご老人たちは青春時代真っただ中。みなさん歌詞をほとんどそらんじている。(もちろんボクもだ)

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次の30分は夏にまつわる唱歌を集めた。
ボクが童謡・唱歌をやることは少ない。

以前から「老人には童謡・唱歌がいい」という発想に対する漠とした反発があった。
だから老人施設での演奏は自分とご老人たちが生きた共通の時代を基礎に選曲をするのが常だった。歌を共有するとともに時代を共有したいためだ。おのずと選曲は昭和30年~40年代の流行歌が多くなる。(唱歌の多くは戦前、戦後に作られたものが多い。童謡に至ってはそのはるか昔だ。)

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今回はこれまでのやり方をいったん横に置いて、真正面から唱歌に取り組むことにした。(今朝作った歌集はこの唱歌集だ)

夏は来ぬ~夏の思い出~海:3題~浜辺の歌~みかんの花咲く丘

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これらの歌ひとつひとつに皆さんとのおしゃべり。これが面白い。時代背景について語ったり、皆さんの思い出はなしが出てきたり、歌の解釈について思い思いにおしゃべりの花が開く。

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特に面白かった話題は「浜辺の歌」の解釈について。

  明日(ゆうべ)浜辺を彷徨えば 昔のことぞ忍ばるる

1番も2番も冒頭は「昔のことを思い出している」
昔のことってどんなことなんだろうね。
恋歌なのかね。別れた人を思い出しているのかね。
いやいや、3番の歌詞に「病みしわれは すべて癒えて 浜の真砂 まなご今は」ってあるから「まなご」は我が子だから恋歌でもないよね。

この人は病気だったんだね。それが治って浜辺を彷徨いながら我が子のことを思ってるんだ。

そういえばこの歌、大正時代の歌。病気ってもしかしたら結核かもね。このころ「肺病」は死の病だったわけでしょ?

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妄想をたくましくしたらこんなことかなぁ。
肺病を患った女性が離縁され、浜辺の療養所に隔離されていた。幸いにも病は癒えたものの離縁された以上我が子に会うことも許されぬ。そんな哀しみがこの歌の背景に流れてるのかもね。

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各歌にこんな内容のおしゃべりをしながらの唱歌特集だった。

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最後に「19の春」のリクエストが入り、いつものように「上を向いて歩こう」で熟年音楽会は終了した。あっという間の1時間20分だった。
「上を向いて歩こう」はどんなにさみしく悲しい歌を歌っても最後は上を向いて歩いていこうという思いを込めている。
「みなさんお元気で。2か月後にここでまたお会いしましょう!」というごあいさつだ。

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音楽会終了後、三上所長から言われた一言がうれしかった。
「マーチンさん。今回はいつにもましてよかったですね。歌もよかったし、おしゃべりも中味が濃かった。みなさんの表情がイキイキしてました」

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長年背を向けてきた童謡・唱歌に正面から向き合えてよかったと思う。これからは自然体で歌えるような気がする。
次回は10月。秋の童謡唱歌も同じようにやってみようかしら。

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2018.04.28

さんすまいる歌声音楽会

デイサービス・さんすまいる歌声音楽会。

2ヶ月毎に10人ほどの参加者と歌ってしゃべって1時間。このスタイルがすっかり定着しました。

何を歌うかを決めるのは僕ではなくご老人たち。僕は水先案内人でちょっと水を向けるだけ。
キーはご老人たちが歌いやすい低めの設定。
歌もしっかりと、さりとて目立たぬようにガイドライン的に歌う。
1524903991759.jpg

元歌の雰囲気を壊さぬように、さりとて不要な装飾は極力省く。

ひとつの歌から膨らむおしゃべり。
おしゃべりの中から次の歌が浮かび上がる。

水先案内人の僕、ご老人たち、そしてスタッフの皆さん、参加するすべての人が作っていく道草だらけの歌声音楽会。
道草だらけではあるが最後は「上を向いて歩こう」に収束するように流れを持っていく。
水先案内人の腕の見せ所?

今回は特に興味深い展開になりました。

始まりはいつものように季節の歌。
「港の見える丘」「花」「おぼろ月夜」「北国の春」と和気あいあいと進む。
おしゃべり混じりだからこれだけで30分は軽く経過。

今回の宿題曲「スーダラ節」で大笑いした後、話題が北朝鮮と韓国の会談へ。
すかさず「イムジン河」を披露する。
さすがにご老人たちは聞いたことがある程度とのこと。でもスタッフの皆さんは僕と同世代。皆で静かにゆっくりと歌う。

「イムジン河」に込められたものを話す。
とたんに食いつくご老人たち。
朝鮮戦争の頃弾薬製造をしていたじいさんは特需で通常の3倍儲けたと語りだす。

誰が祖国を分けてしまったの

この歌詞からアメリカとソ連の代理戦争が話題になり、ベトナム戦争に飛び火。
さらに太平洋戦争の話へとつながっていきます。

語る老人たち。語る僕。
後半はさながら政治討論会の様相。

「星の流れに」(こんな女に誰がした)につながる。

あるおばあさんがポツリと一言。

「戦争の話は、若い人にしてあげなきゃ駄目だわよねぇ」

この一言が今日の音楽会のすべてを〆ました。

いつもよりもテンポを落とし「上を向いて歩こう」を静かに歌う。
しみる。
ご老人たちのこもごもが込められているように思えます。

水先案内人の腕などではなく、おばあさんの万感の思いが音楽会を〆てくれたのでした。

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2018.02.04

筋書きのない音楽会

「筋書きのない音楽会」

デイサービス・さんすまいるで2カ月ごとにやっている歌声音楽会は、そんな言葉がとてもよく似合ってる。

今日もそんな思いを深くする音楽会になった。
70~80代のお馴染みの先達たちはいつも首を長くして、朝早くから僕を待ってくれている。

「明けましておめでとう❗今年初めてだよねぇ」

笑顔で迎えてくれる方々と軽口を交わしながら、準備にかかる。
もうこの時からすでに音楽会は始まっている。
会話の中から選曲のヒントをいただく。

「ああ、今日はこんな歌が歌いたいんだな。
じゃあこの歌を軸にしてあの歌につなげるか」
「久しぶりにみえたおじさん。北海道の炭鉱町出身だったな。月光仮面の歌が好きだった。じゃあ作詞の川内康範のことも話題にしよう。」

頭の中でイメージが広がっていく。
軽口の中からいくつかのミニストーリーができていく。

ストーリーに沿っていざ歌い始める。
思いがけない反応が返ってくる。
それにつられて軌道修正。
ひとつの道草がストーリーを思いがけない方向に導いてくれる。

一方で準備しながらわいていた別のストーリーに繋げていくのもまた楽しい。
繋ぎの歌を瞬時に決めて挟む。
方向はガラリと変わっていく。

それに乗っかるご老人たち。
ところがここでもまたまた思いがけない反応をしてくれる。
さらに道草が始まる。

お決まりのエンディングソングは「上を向いて歩こう」。
どんなに道草を喰っても最後はこの歌に収束するようにストーリーを展開していく面白さ。

一見するとなんの脈絡もない選曲。
例えばグループサウンズの歌の次はいきなりド演歌になったり、その後はシャンソンになったりする。
それでも底辺にはゆるやかなストーリーが流れている。

ストーリー=筋書きのないところから始まり、終わってみるとそこに一本の筋書きができている。
この筋書きは僕とご老人たちの間で生まれる「化学変化」によって作られていく。

こういうのをライブっていうんだなと思う。
その場で生まれ、その場で完結し、その場で消えていく。
作っていくのは一緒に歌い、一緒に語る参加者全員。
一方通行ではなく相互通行、いや全方向通行だ。

井戸端ライブの極致を今日も体験させてもらえた。

ちなみに今回いただいていた宿題。
「女の操」「女の道」も組み込むことができた。
次回の宿題は「スーダラ節」。
ちょっとハードルが高いな。

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2017.04.06

「さんすまいる・マーチン古池コンサート」

 

Photo

今回が19回目になるそうだ。
隔月、年に6回だから4年目に入るわけだ。
もうそんなになるかというのが実感。

...

最初の1年半ほどは「マーチン古池の歌謡ショー」という音楽会だった。
ご老人たちとのおしゃべりを通して僕が一方的に歌うという形だった。
皆さんしっかり耳を傾けてくださり、それはそれで楽しんでいただけたとは思う。
いわゆる「井戸端コンサート」だった。

いつの頃からか、僕の歌に合わせて皆さん口ずさんでくれるようになった。
ならばと、さらに水を向けるようにした。
どんどん一緒に歌ってくださるようになった。

音楽会は聴くだけのものではない。
自らが参加し歌うことで真に音を楽しむ会になるということを学んだ。
当たり前のことなんだが、演者の側に立つと案外気がつかないものだ。

回を重ねるに従い音楽会の性格が歌声音楽会として定着していった。
歌集もでき、その内容は毎回充実していく。
キーも僕のキーではなくご老人が無理なく歌えるキーに変わってきた。

ほぼ完全なる相互通行のひとときになって久しい。
「井戸端コンサート」から「井戸端ライブ」に変貌した。
僕の役割も歌い手から水先案内人に変わった。
こういう音楽会が本当に楽しく、ありがたい。

おそらくデイサービスという比較的若く元気なご老人たちだからこそなんだと思う。

これがさらに高い年齢層の、そして多くの病気を抱え、介助の欠かせない特別養護老人ホームではどうか。
おそらく同じような井戸端ライブは成立しにくい。

毎年数回やっている函館の特養「旭ヶ丘の家」では、歌謡ショーというスタイルだ。
デイサービスと特養での演奏の違いについてはまたいずれしたためるつもり。

4年目に足を踏み入れた今日の歌声音楽会。
楽しく、おかしく、気持ちよく進めることができた。

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2016.12.30

今年最後のデイサービス「さんすまいる歌声音楽会」

昨日のさんすまいる歌声音楽会の一幕。

1時間を超える音楽会の締めくくりはいつも「上を向いて歩こう」。
いわばじいちゃん、ばあちゃんたちとのフーテナニーのシングアウト。
つとめて明るく歌うようにしている。

...

作詞の永六輔さんは高石ともやにこう言ったそうだ。

  高石君、なぜ皆はこの歌を明るく笑いながら歌うの
  この歌の詩は12歳の少年がつらくて涙が止まらない
  思春期の悲しい詩なのに

永さんが少年時代、信州に疎開していた時の詩だそうだ。
空を見上げながら少年は淋しさ、悲しさをじっと耐えていた情景が目に浮かぶ。

それでも老人ホームなどで歌うとき、僕は明るく陽気に歌いたい。だって淋しさ、悲しさを乗り越えながら歩き続けてきた人生の先輩たちだもの。

シングアウト「上を向いて歩こう」
https://www.youtube.com/watch?v=PHDN1pYnR94

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2016.12.18

「上を向いて歩こう」 デイサービス「さんすまいる歌声音楽会」での一幕

昨日のさんすまいる歌声音楽会の一幕。

1時間を超える音楽会の締めくくりはいつも「上を向いて歩こう」。

いわばじいちゃん、ばあちゃんたちとのフーテナニーのシングアウト。

つとめて明るく歌うようにしている。

...

作詞の永六輔さんは高石ともやにこう言ったそうだ。

高石君、なぜ皆はこの歌を明るく笑いながら歌うの
この歌の詩は12歳の少年がつらくて涙が止まらない
思春期の悲しい詩なのに

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永さんが少年時代、信州に疎開していた時の詩だそうだ。

空を見上げながら少年は淋しさ、悲しさをじっと耐えていた情景が目に浮かぶ。

それでも老人ホームなどで歌うとき、僕は明るく陽気に歌いたい。

だって淋しさ、悲しさを乗り越えながら歩き続けてきた人生の先輩たちだもの。

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2016.08.23

歌声音楽会  聴く楽しみと歌う楽しみ

このところ「歌声音楽会」が楽しくてしょうがない。

先週末にやったふたつの「歌声音楽会」

ひとつはデイサービス・さんすまいるコンサート。

80歳前後のご老人たちと一緒に歌いながらひとときを過ごした。

2か月ごとのこのコンサートを初めて2年以上になる。

最初は僕の歌を聴いてもらうという「ショー」的色彩の強いコンサートだった。

楽しげではあるがみなさんかしこまって聞いてくださった。

こちらもサービス精神全開。歌ってしゃべっての「歌謡ショー」だった。

1年くらいたったころから僕の歌に合わせてみなさん口ずさむようになってきた。

音楽には聴く楽しみ同様、自ら歌う楽しみがある。

このごく当たり前のことに気づかされた。

そこから少しずつ「歌声音楽会」に形を変え始め、現在にいたっている。

一緒に歌うことでご老人たちの満足度がグンとはねあがったように思う。

こちらの演奏スタンスにも大きな変化が生まれた。

ご老人たちの歌いやすいキーやテンポを選んだり、ギター伴奏もシンプルになっていった。

僕の役割は歌い手ではなく、歌声音楽会の水先案内人に変わった。

「歌謡ショー」でやっていた頃よりもさらりと歌えるようになった。

その方がご老人たちは歌いやすい。

すっかり肩の力が抜けて、歌とおしゃべりでたわむれることが楽しくてしょうがない。

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今年からホーム・グランド「おーるどたいむ」で「みんなで歌おうフォークソング」という歌声音楽会の水先案内人を務めさせてもらっている。

こちらは50代~60代の同年代の方が主な参加者。

選曲はフォークソングが中心。

「さんすまいるコンサート」の経験がここで活きている。

同じ時代を生きてきた方々とのおしゃべりに触発されて一緒に歌うひとときもまた楽しい。

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長年僕のやってきたライブは「聴いてもらう」というショー的要素が強かった。

聴いていただくための工夫や稽古には余念がなかった。

準備はじっくりと。本番は流れにまかせ奔放に。

そんな考えでやってきたが基本的に発信元は自分だった。

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「歌声音楽会」の楽しさはそこに居合わせた人たちとのおしゃべりの中で音楽会を作り上げていくところにあるように思う。

あらためて思う。

音楽の楽しみは聴くことだけにあらず。

共に歌うこともまた音楽の大切な楽しさにつながる。

「音楽」という材料を通して、時間や空間や時代までをも共有していく。

そんな「歌声音楽会」をこれからも続けて行ければいいな。

それは多分ショー的なライブにも反映されていくのではないかと思う。

さんすまいるコンサート1:https://youtu.be/hv3Ohiot_Ow

さんすまいるコンサート2:https://youtu.be/3vWaGfL85Cc

さんすまいるコンサート3:https://youtu.be/_JL8brvMBLg

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2016.04.17

歌声音楽会 デイサービス「さんすまいるコンサート」

20160419

2か月のごぶさたでした。
     今日も来ました、Martin古池。
     歌は世につれ、世は歌につれ。
あの頃の、あの歌を
今日もご一緒に歌いませう

...

こんなご挨拶でスタートする「さんすまいるコンサート」。

毎回心待ちにしてくださる、往年の大先輩方。
しわくちゃ顔をますますしわくちゃに。
まるで女子高生のように嬉々としてはしゃぐばあちゃんたち。
往年のプレイボーイの片鱗を覗かせるじいちゃんたち。

昭和の歌謡曲を中心にした歌声音楽会として、すっかり定着した。
今回が12回目だそうだ。もうまる2年になる勘定だ。
ここでは歌とおしゃべりが渾然一体となった、いい空間。

おしゃべりの流れによって何曲かはきっちり聴いていただくが、ほとんどがみんなで一緒に歌う音楽会。
じいちゃん、ばあちゃんたちとスイングアウト。

1時間ちょいのコンサートだけど、けっこう中味のつまった濃厚な音楽会だ。

2ヶ月毎のコンサートを心待ちにしてるのは、実は自分もそうだった。
あらためてそう感じることができた。

次回は6月。
昭和40年代の歌謡曲を特集することになった。
ああ、たのしみだ。

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「歌声音楽会」とよぶのがこのコンサートには似合っているような気がする。

2年前、コンサートを始めたころは「Martin古池の歌謡ショー」だった。

ご老人たちと自分が共有できる、時代が重なるところの歌をピックアップしてショー仕立てで歌っていた。

そのうちリクエストされた歌も歌うようになる。

回を重ねるとともにリクエスト曲の方が増えていく。

皆さんも一緒に口ずさむようになる。

このころスタッフさんのご尽力で、これまで歌ってきた歌の「歌集」ができた。

僕の歌に合わせて口ずさむところからさらに一歩進んで、歌集を見ながら一緒に歌うようになった。

歌集は毎回少しずつ更新されていった。

歌のキーもご老人たちに合わせて少しずつ変えていった。

「参加型」のコンサートが定着するにつれ、「おしゃべり」が大切な要素になっていった。

僕とご老人たちのおしゃべり。ご老人同士のおしゃべり。

それは同心円を描くように広がり、共有されていく。

そのおしゃべりを受ける形で次の歌につながっていく。

もしかしたら理想的な「井戸端ライブ」の形になっているのかもしれない。

「井戸端ライブ」の根幹にあるのはライブの主役はそこに集まったすべての人ということだ。

お客さんも演者もおしゃべりを重ねながら進んでいく「井戸端ライブ」が僕の理想。

演者である自分は「水先案内人」。

さんすまいるコンサートは回を重ねるうちにそんな風になってきている。

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実は、「おーるどたいむ」で始めている「みんなで歌おうフォークソング」という企画の目指す形は「さんすまいるコンサート」。

参加者とおしゃべりを積み重ねながらみんなで歌う「井戸端ライブ」の同年代版とでもいうか。

まだ3回めだが、少しずつそんな形になり始めている。

人生の先輩方との井戸端ライブ。

同年代との井戸端ライブ。

この二つの「歌声音楽会」が定着していくのは、想像するだけで楽しいなぁ。

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2016.02.21

デイサービス「さんすまいるコンサート」 2016年2月 修了

デイサービス「さんすまいるコンサート」
今回で12回目だそうだ。
隔月で続けて早2年。
あっという間だったなぁ。

...

ここでのスタイルもすっかり定着した。
おしゃべりを交わしながら、その流れに沿ってみんなで歌う。
僕は水先案内人。

じいちゃん、ばあちゃんたちは毎回心待にしてくれている。歌を楽しみながらも、皆さん真剣。
それが伝わってくるから、僕も手を抜いたりおざなりにはできない。(そんなことしはしないけどね)
ちゃんと仕上げて臨む。

今回は星にまつわる歌を特集したコーナーをもうけたり、「毎月1曲子守唄コーナー」を新設した。
これに「宿題コーナー」を加えると1時間なんてあっという間。

終盤、「生命」(いのち)~「夢」を歌った。

産まれた我が子にできるものならこの子の命を最後まで見届けたいと願う、若き父親。

後ろ手をふりながら去っていく親を見送る子。

「命の連鎖」を意識して歌う。

それまでの和やかな空気は一変。
はりつめた空気が流れる。
真剣に聞いてくれているのが伝わってくる。

歌が「夢」に移るころから、なにかが降りてきたような感覚になる。(最近こんな感覚になることが多い)
それに呼応するかのように、無意識のうちに体が揺れていく。
右に左にスイングし、やがて前に後ろにローリング。

最後の1音はEのハーモニクス。
音の余韻が消えるまで続く、息のつまるような緊張感。

ややあってため息をはく声とともに拍手。

どのように伝わり、どのように感じてくれたかはわからない。
けれど間違いなく何らかの感情をひきおこしたように思う。

最後の歌はお約束の「上を向いて歩こう」

何事もなかったかのように、再び和気あいあいと歌に興じるご老人たち。

濃密な1時間15分だった。

また来てよ
楽しみにしてるからね

そう見送ってくれる人たちに手をふりながら「さんすまいる」をあとにした。

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