室蘭

2015.10.28

還暦+1同期会 「室蘭東高校 第8回生」 室蘭に集まる

Pa242299

涙が出るほどうれしかった。

多感なる青春期。同じ時代を同じ場所で過ごした友との再会。

それも母校から離れた札幌ではなく、舞台は青春時代と同じ室蘭。

時々顔を合わせる友も何人かいる。でもほとんどは久しぶり。

昔の面影を残しながらも、当時とはまた違った味が刻み込まれた表情。

それぞれに60年の人生を歩いてきた道のりが刻まれているような気がした。

いい時も、悪い時もあったに違いない。

みんなひとつひとつを飲み込みながら歩いてきた。

笑顔の影に見えかくれする深い表情。

僕にはそれが愛しく感じられる。

みんな60年間頑張って生きてきたんだなぁ
いよっ!ご同輩!

言葉なんかじゃ言い表すことのできぬそれぞれの人生。

笑顔の中で感じあうことができればそれでいいじゃないか。

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僕たちが高校生になったのは1970年。

70年安保が自動延長になった年だ。

学内には学生運動の影響を受けた活動家の先輩たちも多くいた。

1年生の時、卒業式はそんな先輩たちによって「占拠」「粉砕」された。

卒業式は「政治討論集会」に。教室に戻るようにうながす先生たち。

「粉砕」に驚きと違和感を覚えた。いったい何が起こっているのか、それを確かめたくてその場に残った者も多かった。(僕もその一人だった)

翌年の卒業式は厳重な警戒体制のもとに、きわめて短時間で終わった。占拠する時間すらなかった。

生徒会執行部も活動家が多く、どこかとげとげしい雰囲気があった。

我々の卒業式は平穏無事に行われた。

1973年。学生運動は収束に向かっていた。

個人主義、自由主義が芽生えてきていた。

両極の雰囲気が不思議な共存をする、そんな時代に僕たちは高校生活を送ってきた。

当時よく言われたのは「ぬるま湯」的な空気という言葉だった。

一般には否定的に使われる「ぬるま湯」状態。

でもこのぬるま湯はある意味で積極的な意思表示でもあった。

以前のとげとげしい雰囲気へのアンチテーゼだったようにも思う。

僕たちは自由に高校生活を謳歌した。

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同期会で「メロディ」を歌った。どうしてもこの歌が歌いたかったんだ。

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あんなにも好きだった 君がいたこの街に
今もまだ 大好きな あの歌は聞こえてるよ
いつもやさしくて 少しさみしくて
あのころは なにもなくて
それだって楽しくやったよ
メロディ 泣きながら
僕たちは幸せを 見つめてたよ

なつかしいこの店の すみっこに置いてある

寄せ書きのはじのほう 君と書いたピースマーク
みんな集まって 泣いて歌ってたね
あのころは なにもなくて
それだって楽しくやったよ
メロディ いつのまに
大切なものなくした

君のこと忘れないよ
いつだって楽しくやったよ
メロディ 泣かないで
あの歌は 心から… 聞こえてるよ…

    (玉置浩二)

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鉄と風の街 室蘭

Pa242261

鉄の街として有名な室蘭。

もう一つの顔、「風の街 室蘭」。

函館から室蘭に転校してきた時感じた違和感のワケが40年を経てやっとわかったような気がする。

街全体が鉄に依存している室蘭。

ドックがあったり漁業があったり、観光があったりする函館と。

そこではぐくまれる文化の違いがあるのはたぶん間違いないことだろう。

でももう一つ大きな違いは「風」の強さにあるのではないか。

同じ半島。似たような作りの室蘭と函館。

でも函館はその昔アイヌたちにウスケシ=入江の奥とよばれたように、外海から守られた半島。

海風は決して弱くはないがどこか暖かく優しい。

対して室蘭は太平洋の強風をもろに受ける半島。

身をじっと丸め風に抗する強さ、厳しさがあるような気がする。

風の違いが文化の違いの底流にある。

それは考えすぎだろうか。

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函館青柳小学校の校歌にこんな一節がある。

臥牛の緑空に生え
宇賀の潮路や遠光る

対して室蘭東高校の校歌はこうだ。

雲紫に晴れ渡る
太平洋の波はるか

青柳小学校の校歌がどこかのどかな感じがするのに対して、室蘭東高校の校歌はどこか凛とした厳しさを感じる。

子供時代から思春期にかけてのどかな函館で過ごせたこと。

多感な青春期に室蘭の厳しさの中で過ごせたこと。

僕にとっては大きな財産になったとあらためて感じる。

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この日も夕方から朝にかけて室蘭には強く、冷たい風が吹きつけていた。

気を抜くと風にあおられ、よろけそうになるほどだった。

強風に抗し、夜道を歩きながら初めて室蘭に帰ってきたことを実感した。

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2015.10.27

「先生」

還暦同期会にお二人の先生が出席してくださった。
担任の歴史教師・福田先生。そして英語教師・佐藤マンボウ先生。
多くの先生方が亡くなられた中で、このお二人はいまだ健在。...
健在どころかいまだに現役の教師として活躍していらっしゃる。

福田隆三先生。80歳。
佐藤マンボウ先生。85歳。(下の名前は思い出せないがマンボウ先生で親しまれていた)

マンボウ先生は塾の講師として英語の教鞭をとるかたわら、室蘭東高校の同窓生(4回生)と年に一度の温泉旅行を楽しまれている。
「明日は4回生たちと奥飛騨まで2泊の旅行に行くから今日は早く帰る」と言いながら2次会も遅くまでつきあい飲んで歌っての大騒ぎだった。
お元気の秘訣を伺う。

  秘訣なんてないよ。
  自分で勉強し、自分で納得の行く生き方をするのが一番。
  ワタシは1日2食を続けているし、部屋もわざと2階にしている。
  1日13回登り降りする。それだけだな。
  それとあれだ、君らみたいな若い連中とつきあい続ける。
  わたしゃ今でも淡い恋心を抱くくらいだ。
  がっはっは😁

福田先生は札幌市民講座の教師として講演会を頻繁になさっている。
福田先生のすごいところは長い教師生活の中で蓄積した知識という貯蓄に決して胡坐をかかないことだ。
これまでのご自分の積み上げてこられたものを講演会の準備のためにたえず見直し、整理しなおして臨まれる。
道内でも有名な郷土史研究家だが、決して学究肌というわけではなく自分の足で検証していかれる先生だ。
先生の真摯な姿勢は生徒たちに大きな影響を与えてくださった。

  私はね80歳の節目で自分の教員生活をふりかえり、ひとつの言葉を作ったんだゎ。
  「教育財産」
  卒業して40何年経つのにいまだにこうしてみんなと集まれる。
  それは私にとってはひとつの「教育財産」なんだゎ。

御年80歳と85歳のお二人から見ると我々はまだまだ若者だと言われる。
このお二人を見ていると全くその通り、いまだ甘ちゃんと思えてしまう。

とはいえ我々も齢60を超えている。
それぞれのステージでそれぞれの道(生き方)を極めていかねばならぬ年頃だ。
いつか自分の「教育財産」を作り出していけるようにしたいもんだ。

福ちゃん、マンボウさんの話を聞きながら思い出した言葉。

   青年よ大志を抱け
   老人であるこの私が
   そうであるように

     (クラーク博士)

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旧・室蘭東高校を訪ねる

室蘭東高校・第8期生の同期会に出席のため20年ぶりに室蘭に帰った。

これまでは交通の便がいい札幌で開かれてきた。多くの同級生たちは室蘭を出て札幌などに根を下ろしている。僕のように内地で暮らすものにとっては札幌は都合がよかった。

もしかしたら、
この先室蘭に足を踏み入れることは
もうないかもしれない

そんな思いに突き動かされながら、学校のある鷲別駅で下車した。

生まれ育った函館や札幌にはこの先も行くことが多いだろう。

でも室蘭はなかなかそうはいかない。

だから何としても今回の同期会には出席したかった。

..

Photo

我が母校、旧・室蘭東高校。

学校の名前も変わった。
校舎も建て替えられた。

...

あの日の面影は微塵もない。
今では他人の学校。

室蘭東高校は想い出の中だけに生きている。

寂しい思いで校庭に足を踏み入れる。
ここだけはあの日のまま。
いや、石ころだらけだったグランドはすっかり整備されている。
この土ならキーパー練習もおっかなくないだろうな。

ゴール前にたたずみ校庭を見つめる。
あの日の情景が甦る。
気がつくとゴールマウスの前でサイドステップを刻んでいた。
数えきれぬほどくりかえしたこの動き。
体は覚えてる。(重くて緩慢ではあるけどね)

Photo_2

ふと室蘭工大との試合の1シーンが甦る。あの試合はゴールキーパーとして一番納得のいく試合だった。
大学生の打つシュートをことごとく止めることができた。
いいイメージだけが残ってる。

次から次へとわいてくる思い出に身をまかす。

なにもかも変わってしまった。

けれど、思い出だけはあの日のまま。

汗を流した校庭
下手なギターを弾きながら歌った中庭
部室代わりに使っていたおんぼろバスに泊まりこんだ学校祭
汽車の時間に間に合わず、友人や先生の家に上がり込み話し込んだ日々
いたずらや悪さの数々
そして恋をしたあまずっぱく切ない思い出

我が心の「ガシ高」は不滅なり。

.Pa242246

誰もいない教室で泣いてたあの子

今ごろどこの空で 泣いているだろう

思い出を色でぬれば 明るい緑

思い出を絵にかけば 丘の上の校舎

  (丘の上の校舎)

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