旭丘の家コンサート

2015.06.04

「旭丘の家コンサート 2015 初夏」 

P5310110

特別養護老人ホーム(特養)のロビーで3回目のコンサート。

去年までの10年間は同じ老人ホーム「旭が丘の家」でも自立したご老人たちが暮らす「レジダント」で歌ってきた。

母の介護度がいよいよ高くなりレジダントから特養に移った昨年夏。

「旭が丘の家コンサート」の場所も特養のロビーに移動した。

場所が変わっただけではない。

人も変わった。

レジダントでは身体がしっかりしたご老人たちで、ご自分の意志でコンサートに参加してくださった。

特養の入居者の大半は車椅子暮らし。

自分の意志だけではいかんせん暮らしが成り立たない。

介護が必要となる。

くわえて認知症の方も多い。

同じ老人ホームでの演奏でも、やる側にとっては大きな環境変化だった。

初めて特養で演った時は戸惑いが大きかった。

たくさんの方が来てくださるが無表情の方も多い。

それは病気がなせるわざ。

楽しんでくれて、大喜びしてくださる方のそのすぐ隣に表情のない方がすわってる。

演じる側としてはどういう顔をして歌い、どんなトーンで語ればよいものか迷う。

むろん演奏が始まればいつも通りのことをいつも通りのようにやるだけ。

つまり聴いてくださる方々の反応に合わせて「変幻自在」に進めていく。オーディエンスの反応を読みながら進めていくのが僕のライブの生命線。

過去2回はいい反応をたくさんもらい、「大盛況」のいいステージにさせてもらった。

それでも迷いは残る。

反応のない人、表情の乏しい人の目が記憶に突きささる。

最後まで「読めない」人がいる。

このことは一種の敗北感に似た気分を残す。

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気がついたことがある。

表情がないことイコール拒絶ではかならずしもない。また無関心でもないということだ。

演奏にたいしてなにか感じるところはあっても、それを表すことができない。そんなことがどうやらありそうだ。

それは失われた体力や病気のためとも云えそうだ。

3回目の今回、それを確かめたいと思って臨んだ。

いつも以上にアンテナをはりめぐらした。ほんのわずかな反応も見逃すまいと思った。

無表情な方々の表情の裏にあるものを感じようと思った。

ロビーから20メートルほど離れたところで遠巻きにしながら座っている人たちの反応を見逃すまいと思った。
(10人ばかりのこの人たちは体がしっかりしていて、介護度が比較的低い人たちのようだ)

テーマは「函館につながりうる古き良き時代の歌」。

演目も歌いなれたものばかりにし、港町・故郷を感じさせるものを選んだ。

ご老人たちにとっては青春時代の歌ばかり。

「銀座カンカン娘」~「リンゴの木の下で」をオープニングして様子をうかがう。

悪くはない。

銀座をスタート。りんごの青森を経由して津軽海峡へ。終着は函館という設定。(こじつけ!)

「津軽海峡冬景色」(「はつかり5号」車内放送のナレーションバージョン)から「函館の女」。

この辺りから座が一気に暖まっていく。(「函館の女」で早くもシングアウト状態)

「港の見える丘」~「舟唄」~「涙の連絡船」とつなぐ。

さらに函館出身の北島三郎さんの「与作」。三橋美智也さんの「夕焼けとんび」。

歌詞をさりげなく先導するとほとんどの方が一緒に歌いだす。

「表情なき人たち」の表情は相変わらず動きがない。

でも、体が微妙に揺れている。

遠巻きにしていた人たちはいつのまにか体の向きがステージに向かって移動している。

ラストソング「見上げてごらん夜の星を」を静かに歌う。

静かな合唱になっていく。

アンコール1曲目は「上を向いて歩こう」。

じいちゃん、ばあちゃんのシングアウト。

2曲目は「テネシーワルツ」(江利ちえみバージョン)は一転してじっくり耳を傾けてくれる。

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コンサートを終え、みなさんそれぞれの部屋に戻っていく。

「夕焼けとんび」聴いてて、故郷の青森を思い出した

と津軽弁丸出しのおばあさん。

(戦争から)引き揚げてきた時、
初めて聴き覚えた歌は「テネシーワルツ」
なつかしくて、切なくて涙でてきたヮ

と別のおばあさん。

オレ、函館野外劇の黒子やってるんです
歌聴いてて、なんだか知らないけど泣けてきて
なんだか知らないけど力わいてきました
今年もやります「野外劇」!

おばあちゃんの付添で来ていた若者が目を真っ赤にしてそう言ってくれる。

青春時代を思い出す

なつかしく、大切な思い出をよみがえらせてもらった

何人もの人が車椅子でやってきて、そんな感想を述べてくださる。

ありがたく、うれしいことだ。

始まりは表情をあらわにしなかった方々も徐々に(微妙にだが)目がゆるんでいた。

でも最後まで無表情だった方がお二人いた。最後まで反応を読むことができなかった。

かたくなに歌を拒んでいるのだろうか。そこだけが気になる。

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特養のスタッフに言われた。

どうすればあんなに惹きつけられるんでしょう
どうすればあんなに伝わるんでしょうか
普段から入居者さんを見ているからよくわかるけど
まちがいなく全員が楽しんでましたよ
表情には出ないけど、それは出せないだけ
歌やおしゃべりは心の糸をくすぐってましたよ
私がやっても、とてもああはいかない
焼きもち、焼いちゃいますヨ

最後まで顔色ひとつ変えない方もいましたけどね

あの方々はどんな音楽会でも最後までもたないんですよ
途中で寝ちゃうの
今日は最後までしっかり起きてました
それどころか指でかすかに調子をとってましたよ

うれしい一言だった。

それにしてもさすがにプロの介護士。ご老人たちをつぶさに観察されている。

見るところが違う。

感心しきりの一幕だった。

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2012.09.15

【函館日記 2012夏】 老人ホーム・旭ヶ丘の家で歌う

母の暮らす旭ヶ丘の家。
ここで歌うのは何回目だろう。帰省のたびに歌ってきました。

いつも暖かく聴いてくれました。
子ども時代の僕を知る老人も少なくないわけで。
(僕の方といえばとんと覚えていないのですが…)

この夏も小一時間のコンサートをやりました。
そして今回もまたしっとりしたいい時間を過ごさせてもらいました。

顔ぶれが毎年少しずつ変わっていくのが、なんともやりきれない思いにかられました。
最初にここでコンサートやった時の顔ぶれが、今回はもうあまり残っていない。
新しい、知らない顔の方が多くなっています。

天に召されたか、特養に移り住んだか、ということです。

それを「天のさだめ」「人の世の摂理」と言ってしまうにはちょっとやりきれない。
母もいずれは同じ道を歩むことになります。

その時、僕はどんな思いで歌うのでしょうか。
それとももうここで歌うことはなくなるのでしょうか。

歌を聴いてくださったご老人たちの好評を博せば博するほど…、
また来てくれと言われれば、言われるほど…、
やるせない気分になった今年の「旭ヶ丘の家コンサート」でした。

先週、地元越谷の老人会で「寿コンサート」をやりました。
元気なご老人たちでした。
今回もまた楽しいコンサートをさせてもらいました。
歌いながら「旭ヶ丘の家コンサート」のことが頭の中をかすめていました。

     たとえ母が倒れたとて
     たとえ特養に移り、動くことがままならなくなったとて
     たとえいつの日か天に召される日がきたとて
     たとえ故郷荒れ果てて、昔の思い出消えたとて
     必ず会いに行こう
     父も眠る、あの旭ヶ丘の家で歌い続けたい

2004年5月、音楽友達と旭ヶ丘の家コンサートの記録

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