北海道

2009.07.01

小樽運河 出会いと音楽

小樽の街を訪ねた

この街に来るのは18年ぶりだろうか
父が末期ガンと闘っているころ訪ねたことがある
父と旅した最期の地が小樽だった

当時はまだ漁師町の面影を色濃く残していた
故郷、函館と同じニオイのする街だった



久しぶりに降りる小樽の街はすっかり観光の街と化していた
イメージがすっかり変わってしまっている
札幌に近いということが、大きなアドバンテージなんだろう
そして都はるみさんのヒット曲「小樽運河」のおかげも大いにありそうだ


父との最後の旅を思い出しながら、歩き回わったが…
残念ながら面影を見つけだすことはできなかった



小樽運河を歩いていると、遠くからかすかに音楽が聞こえる
吸い寄せられるように近づく

大きなオートハープのような楽器を金属製のバチでたたいて音を奏でる一人のミュージシャンがいた

美しい音色にしばし聴き入っていた


  なんという楽器ですか?


話しかける


  ハンマーダルシマーっていうんですよ



  へー、オートハープに似てますね (ボク)



  これは弦がダブルなんですよ
  


そんな会話を交わしながら、一緒に演奏させてもらうことになる
聞くとアイルランドの民謡がお好きのようだ
バンジョーもお弾きになるようでブルーグラスもやられるとか


彼が奏でるダニーボーイやケンタッキーワルツに合わせてギターを弾きながらうっすらと歌う

ハンマーダルシマーとブルーリッジギターの音が絡み合う

気持ちのいい時間だった

わずか数曲の「セッション」だったが、心が洗われるような時間だった

足を止めて聴いてくださったお客様にお願いして、動画を
撮影してもらった

後で聴いた話だが、この方は小松崎健さんとおっしゃる有名なミュージシャンだそうだ


旅先でふとした出会いから一緒に音楽を奏でる
うれしいものだ


その後場所を変えて1時間ほど「街角ライブ」をやる
観光地ということもあり人の反応はよかった
気持ちよく歌わせてもらう


天気はピーカン
乾いた空気が心地よい
気分はサイコー

街角のちっぽけなジンギスカン屋を見つけ
飲んだビールがおいしかった

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ふたたび 札幌へ

先月に引き続き、ふたたび札幌の土を踏んだ

高校時代の恩師が3月に現役の教員を引退し、ライフワークの研究生活に入っている


母校・室蘭東高校のクラスメートが集まり「先生に引導を渡す会」を開催したのだ


今年72歳の恩師
僕たちは先生が30代前半のイキのいいときに教えを請うたことになる


72歳の今にいたるまで現場の教師にこだわり続けた人だ
道内各地の校長を歴任し、行政でも指導部長にまで登りつめながら
最後は現場復帰を求めてクラスを持った特異の人だ




「引導を渡すクラス会」には17人もの同級生たちが集まった
みんないいおっさん、おばさんになっている
中には35年ぶりに顔を出した友もいる


ひとりひとりが「近況報告」をおこなった
しかし、近況報告で終わらなかった
ひとりひとりが先生との関わりを語りだしたのだ

それは、
今話しておかなければ、
この先話すチャンスはもうないという思いだったかもしれない



僕たちが高校生だったころ
それはちょうど時代が動いたときだった

入学の年は70年安保をめぐって学生運動の波が母校にまで押し寄せていた
先輩の中には新左翼セクトの一員として活動している人たちもいた
(1年の時の卒業式は彼らによって「粉砕」された)

一方僕たちの世代は左翼活動に対し距離を置く風潮が強かった

上級生との間の摩擦が絶えなかった

そんな状況の中でそれぞれに様々な問題を抱えながら青春時代をすごしていた

ひとりひとりの悩みを先生は真摯に対応しアドバイスしていた




三十有余年をへて「17の事実」が解き明かされたのだ

初めて知る話が「近況報告」の中で語られていく


そしてあらためて
先生の存在の大きさが浮き彫りにされていった


僕たちは先生との関わりを語ることによって、今の自分を確認しているようだった

先生はにこにこしながらその話に補足をくわえていった


先生に引導を渡すどころか、
ふたたび教えられている気分になった


「あの頃」と変わることなく・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.06.15

人生の先輩たちへ 感謝を込めた応援歌

函館でははたぼーさんとのオフ会以外に目的がもうひとつあった

老人ホーム 「旭が丘の家」でのコンサートだ

このカトリック系の老人ホームはフランス人神父、フィリップ・グロード師によって創設された

グロード神父は函館人より函館人と言われる人だ
御年85才
カトリック元町教会の神父として60年もの間、函館に根を張って住み着いていらっしゃる
また20年近くも続いている函館野外劇の仕掛け人としても有名


僕の母は5年ほど前から「旭が丘の家」の住人になっている

85才の母は他の老人たちとともに「家」で共同生活を営みつつ、人生の「冬の時代」を謳歌している




3年前に帰省した時、「旭が丘の家」でソロコンサートをやった
この時は「入居者の息子」の立場で演奏させてもらった
僕を子供の頃から知る方もたくさんいた

人生の先達たちに見守られながら、やさしい時間の流れるコンサートだった

3年の間にコンサートを聴いてくださった方が何人もこの世を旅立たれたそうだ

その話を聞いた時、僕は「一期一会」という言葉を強く意識した


一期一会とは
人と出会い共に過ごすこの瞬間が再び帰らないものとして、心して大切に接するという言葉だ
出会ったものすべてに感謝の念を抱き、心を砕いて大切にもてなすという意味だそうだ
それは今出会えた喜びと、別れなければならない切なさとがついてくるものであり…


次また聴いていただけるかどうかわからない、
人生の先達の皆さんに、全身全霊をかけて歌いたい

僕たち若い世代を産み、育ててくれた先達たちに心からの感謝を込めて歌いたい

そして人生の「冬の時代」を平安のうちに、心のままに生き抜いてほしい

そんな願いを込めて歌おう


そう決意していた


今回はたけちゃん、すめちゃんも一緒だ

選曲で心がけたことがある

  決して「お年寄り」に迎合しないこと
  彼らにとっては子供の世代にあたる僕たちから
  親の世代へ向けたメッセージにしたい


核になる歌はたけちゃんの新曲「幼き日々」
あの歌には子供から親への感謝がストレートに込められている
僕の心情がすべて織り込まれている

なんとしても、たけちゃんに歌ってほしかった


でも問題がある

老人たちは新しいもの、知らないものはなかなか受け取ってはくれないものだ

自作自演の「幼き日々」を受け取ってもらうためには、別の仕掛けが必要だと思っていた

それはすめちゃんが歌う「蘇州夜曲」だった

まさにご老人たちが青春時代に口ずさんだ歌だ

すめちゃんは以前からこの歌を大切に歌っていた
昨日今日とってつけたように歌うのとはワケが違う
すめちゃんが歌う「蘇州夜曲」には彼の心が入っている
だからどうしても歌ってほしかった


苦い経験が僕にはある

以前、埼玉の老人ホームで歌わせてもらったことがある
僕にとって初めての老人ホームコンサートだった
選曲に悩んだすえ童謡や戦後の歌謡曲を選んだ
コンサートは順調に終わった
老人たちも喜んで聴いてくれていた
コンサート終了後、ホッとしながらくつろいでいた
あるご老人が歩み寄ってこられた

  にいさん
  いい歌をありがとう
  でも無理して我々に合わせることはない
  にいさんがよく知らない歌を歌われてもなぁ…

柔和に話しかけてくれたご老人の笑顔の裏には、
年寄り相手だからといって安易に童謡だ戦後歌謡だなんて歌うんじゃないよ
という批判が込められているように感じ、深く恥じた


****************************


40人からのご老人たちが集まってくれた
夕食前のひとときだった

ホームのスタッフの紹介を受ける
アドレナリンが急激に沸騰する

僕の役割は地ならしをして場の空気を作ること

自分の音楽の生い立ちを話しながら歌い始める


  父はクラッシック音楽が好きで、
  毎日ラジオでクラシック番組を流していたそうです
  でも僕はいっこうに反応を示さず…
  ある日、ラジオから流れてきたエノケンの歌に反応して
  身体を揺すりだしたとか


そんなエピソードを語りながら、エノケンを数曲
「知らないまに恋をして」「私の青空」「月光値千金」

その流れで「リンゴの木の下で」


  若い頃、夢を追いかけて北海道を脱出しました
  親が子供を思うほどには、子供は親を思わないもの
  そのことを身にしみて感じるのは、
  自分も親になり、子供が家を出て行ったときでした
  家を飛び出した子供を思う父親の歌です

  「案山子」


会場はすっかり歌の世界に引き込まれたようだ

トークと歌に対する反応がビンビン返ってくる
それに煽られるようにこちらの気迫も急上昇していく
双方の気が充満し、相乗作用を引き起こす


このタイミングしかない
予定よりちょっと早めにたけちゃんにバトンタッチ


「幼き日々」はたけちゃん自作の歌で、若かった頃の両親を思い出し熱い思いをぶつける歌

たけちゃんはそれまでの流れに乗って、アツくでも淡々と歌う

歌が進むに連れ、目頭を押さえている人も現れ…



たけちゃんの後を取り、熱を冷ますように静かに歌った
(曲は忘れたが、昭和歌謡だったと思う)

そしてすめちゃんにバトンを渡す

「蘇州夜曲」を繊細な声で歌うすめちゃん
かんぜんにすめワールドになっている

遠い目をしてほほえんでいるおばあちゃんが何人もいる
一緒に歌っている人も

最後は「ジャニーギター」と「テネシーワルツ」でしめた




3人ともすべてを出し切ることができた
すめちゃんもたけちゃんも1曲にすべてをそそぎ込むことができたんじゃないかと思う

時間にして45分のコンサートだった
でも密度は高かった

我々も燃焼できたし、その熱は人生の先達たちにも届けられたんじゃないかと思いたい

| | コメント (0) | トラックバック (0)

もうひとつのオフ会 函館編

「へた親」札幌オフ会の翌日、すめちゃん、たけちゃんと函館に向かった

特急スーパー北斗で3時間半、およそ320キロの旅

札幌オフ会の余韻にどっぷり浸っていた
でも函館での演奏のために気持ちを切り替えなければならない

車窓を眺めながら少しずつ気持ちを函館にシフトしていく
汽車旅の3時間半は必要なものだったように思う


函館では「へた親」新メンバーのはたぼーさんが待っていてくれる

半年ほど前からネット上でのおつきあいが始まった函館のミュージシャンだ
札幌オフ会の企画を知り、函館での開催を熱望された


  はたぼーさんの熱意に応えたい


そんな思いで函館に向かった



***************************


「函館オフ会」の会場は「サウンドインS」というライブスナック

潮見中学の同級生、工藤しんちゃんがこの場で長年経営している
「函館物語」の作者であり、優れたミュージシャンでもある

店のドアを開けるとはたぼーさんはすでに来て演奏していた


  パワフル!


思わずたけちゃんの顔を見る
たけちゃんと同じニオイを感じたのだ


  歌うのが好きでたまらない
  ギターを弾くのが好きでたまらない


そんな熱を感じる

一発で気に入ってしまう

クラプトンの「アンプラグド」のカバーを中心に洋楽専門の演奏をしているそうだ


はたぼーさんのヤケドしそうなアツい歌を聴いていて、我慢できなくなったたけちゃんが2番手で登場

函館と福岡の激アツ男どうしのバトルは実に見応えがあった


後を受けてすめちゃん登場
「ひとりぼやき漫談」が受ける
オーディエンスのあゆさんがその一言一言に反応する

すめちゃんも自信のみなぎった、いい演奏を聴かせてくれる


すめちゃんにそのまま残ってもらい、ロンリートゥギャザーとシルバーウィングを歌いう
僕の一巡目はカントリーコーナーにした


サプライズがあった

マスターのしんちゃんが松前の町を歌った新曲を披露してくれる
さらに、オリジナル「函館物語」を


相変わらず味わい深い声だ

すめちゃんは感無量の面もちで聴き入っている
(彼が函館まで足を延ばすきっかけは「函館物語」をこの店で歌いたいがためだった)


各自の演奏は2順目に突入
ますますヒートアップしていく

オフ会の最後は僕のステージ
今度は日本語の歌を中心に「語り弾き」の神髄=ステージングの魅力をぶつけるつもりで歌い、語る

あのスタイルははたぼーさんには新鮮に映ったと思う




楽しかった
とにかく楽しかった

音楽をやりたい
人に聴いてもらいたい

小難しい理屈は抜きにして、音楽やりたい衝動、本能のままに演奏しぶつけあったオフ会だった

まさに音楽の根源のような時間

思いのままに、あるがままに歌う

もう一度言おう


楽しかった




僕の生まれ育った函館の街に
すべてを音楽活動にぶつけ、悩みあがき、それでも歌い続けようとする強い個性がある

今回は参加できなかった函館のミュージシャンたちにも会いたい

北のはずれの偏狭な街だからこそ、音楽に対する強いあこがれと情熱を持ちうるのか?

はたぼーさんの姿に若い頃の自分を重ね合わせていた

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ジェニーズ

2年ほど前、mixiのやりとりの中で生まれた「まぼろしのバンド」

さすらいのギタリストさん、Martin古池、そして北海道在住のららちゃんのトリオからなる「バンド」

それがジェニーズだ


コンセプトもなにもありゃしない

ただただ大好きな音楽を、一緒に奏でたい!
いつかどこかで一緒に奏でたい!

ただその一心で「結成」されたバンドだった

その夢は夢のまま終わるかもしれない夢だった
幻のまま終わるバンドだったかもしれない

が…

「へた親」札幌オフ会で
三人そろって演奏する夢がかなった!


半年も前から選曲を始めた
3人が共に知っていて、それぞれの個性が反映された3曲だ

 空も飛べるはず (スピッツ)
 矢切の渡し (細川たかし)
 砂に消えた涙 (ミーナ)

各自が共通の譜面と、オリジナル音源を頼りに練習を進めた

音合わせをすることができないのはもどかしい反面、楽しみでもあった

  さすらいさんならこう歌うだろう

  ららちゃんの声ならこんなイメージだろう
  ハーモニーをこんな風につけてくれそうだな

などと、妄想たくましく想像しながらアレンジを考えるのは楽しかった

さすらいさんとは1回だけだが実際にお会いして音合わせができた
この時の合わせがジェニーズのアレンジの基礎になった

ららちゃんがこれにどう絡んでくれるか
それは本番直前に決まる
いくつかの伴奏パターンを用意して、僕はそれに対応しようと思っていた





****************************


会場の設営、PAのセッティングを終え一息つける

北国の春の陽射しが窓からやわらかくさしこむ
外は冷たい風が吹き荒れていたが、会場はむしろ暑いくらい

まだ誰もいない会場
窓に向かい、ならんで腰を下ろす

深く息をはき、ららちゃんと初めての音だしを始める
基本的な打ち合わせをしただけで、自由に音を重ねていく
不思議なほど音がフィットする

ららちゃんの声にあわせ、抑え目の声をかぶせていく

気持ちがいい

穏やかな時間が部屋の中を流れていく



突然背後のドアが開いた

ふりむくと…

さすらいのギタリストさんが立っていた

瞬間、何かがスパークしたように感じた

  やっと、
  やっとそろったよ
  ジェニーズが!

(まるで里見八犬伝みたい)


ドアの前に立ち笑っているさすらいさんが、やけにかっこよく見える
後光がさしているみたい


ららちゃんと挨拶もそこそこに、
ジェニーズフルメンバーで初めての音あわせ

2年越しの夢がやっとかなった

興奮している
事前に考えていたアレンジも吹っ飛んでしまう

ただただ、3人で音を重ねることのうれしさに酔っていた

| | コメント (0) | トラックバック (0)

北の大地から帰還

4日間にわたる故郷・北海道の旅から先ほど帰還しました

盛りだくさんの旅であり、中味の濃い旅でもありました

それぞれの記録はゆっくりアップしたいなとは思っています

でも、なかなか頭と心の整理がつかず

今しばらくは余韻の中を泳いでいるような気がします


5月29日(金)  ★札幌入り 
  ①中島公園でミニ街角ライブ
  ②父の墓参り 墓の前で30分ほど演奏



5月30日(土)  ★「へた親」札幌オフ会 ららを訪ねて三千里



5月31日(日)  ★函館に移動
  ①老人ホーム「旭が丘の家」でコンサート
  ②「へた親」函館ミニオフ会 (サウンドインS)



6月1日(月)    ★函館公園ミニ練習会
           ★東京帰還


ざっと、こんな按配でした

心に整理がついたら、いくつかは日記にしたためてみます



★すめちゃんがアルバムを作ってくれました★


①札幌オフ会

②函館日記

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「へた親」札幌オフ会 ららを訪ねて三千里

長い一日だった
でも充実した楽しい一日だった

朝の10時に会場の札幌コンサートホールKITARAに到着
ららちゃんと待ち合わせ、会場のセッティングをしながらメンバーの到着を待つ

それにしてもいい部屋だ
10人用のリハーサル室とはいえ、予想よりはるかに大きい
グランドピアノが設置されているところはさすがにコンサートホールだ
音のまわりも申し分ない
音楽をやるのにこれ以上の環境はない


三々五々と集まってくるメンバー
不思議な気分だった
見慣れた顔なのに、ここは関東ではなく札幌
みんなの顔が新鮮に感じられた

みんなも初めて会うはずのららちゃんともまるで長年の友のように打ち解けあっていく


いい雰囲気の中でのオフ会はだった


オフ会の模様はまた後で報告する
いまだ余韻に浸っており、なかなか心の整理がつかない


ららちゃんのうれしそうな顔、みんなの笑顔
それを見ているだけで幸せな気持ちになる


隊長が言っていた


   願い続ければ、思いは必ずかなうもの


本当にそう思う



「へた親」札幌オフ会 -ららを訪ねて三千里

余韻を胸に秘めて、これから函館に向かう

そこには「へた親」函館メンバー はたぼーさんが待っていてくれる

旅の道連れはすめちゃんとたけちゃん


いざ、故郷・函館へ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.06.12

もうすぐ 「へた親」札幌オフ会、そして函館オフ会

今週末には北海道に

半年前に立ち上げた夢のイベント「へた親」札幌オフ会がやっと実現する
(夢にまで見たイベントという方が正確か)

北海道は僕にとっては故郷でもある
その故郷で、「へた親」オフ会をやる

もうそれだけで興奮してくる

札幌オフ会の翌日、生まれ育った函館に足を伸ばす
音楽仲間3人で

そこには函館の「へた親」メンバー・はたぼーさんが、「函館オフ会」をセッティングしてくれている

「函館オフ会」の会場は五稜郭付近にある「魂のフォーク・亀しょう」という店

函館のミュージシャンとも交流がはかれそうだ

函館では他にももくろんでいることがある

1.中学の同級生が営む「サウンドインS」というライブスポットで演奏(彼は「函館物語」の作者)

2.母が暮らしている老人ホーム「旭丘の家」での音楽会
  (ここで以前もコンサートをやったことがある)

3.函館公園(生家の近くにある大きな公園)での演奏
  (この公園が中学時代の僕の練習場所でもあった)

4.五稜郭公園での演奏

どこまで実現できるか分からないが、貪欲に遊ぼうと思っている

楽しみだ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

北海道 音楽旅日記

先日、3泊4日の北海道音楽旅を楽しんできた

音楽コミュ「へたくそ親父のギター弾き語り」(へた親)の札幌オフ会が開かれたためだ

札幌近郊在住の「へた親」メンバー、ららちゃんを訪ねる
そして北の大地・札幌で音楽オフ会を開催する

そんな音楽ツアーを半年ほど前から準備を進めてきた

うれしいことになんと10名もの仲間たちが賛同し、北を目指した

僕は「札幌オフ会」に加え、故郷・函館まで足を延ばした
(函館には他に2名の仲間も同行してくれた)

あれから2週間になるがいまだに余韻にひたっている

以下、何回かに分けてmixiに書いた日記を転載する

題して「北海道 音楽旅日記」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.15

ENTA巣

疲れていた

身体も心も壊れかかっている感じだった

ハードワークが慢性的に続いている


「今日の疲れはその日のうちに!」


職場に貼られたそんな標語がむなしく感じる

チームのメンバーはくたくたの身体で負けん気で強気なジョークを飛ばす

今週の仕事を終え、重い身体を引きずりながら会社を後にする

どうしても足が自宅に向かわず、反対方向に歩いてしまう

早く帰って風呂に入り眠ってしまうのが一番だと思いながらも
家からどんどん遠ざかる

たぶん心が疲れているんだろう







高円寺・ENTA巣

いとこが営むちっぽけな居酒屋のカウンターに腰を下ろす
店内は数組の客の話し声で充満している

ビールを飲みながら音楽ビデオを眺める
いとこのエンちゃんは客の注文を受けながら忙しそうに仕事をしている
そのあいまにカウンターの客と音楽談義
相変わらずの早口な函館弁

そんなやり取りを聞きながら、ぼんやり身をゆだねる


 雑然とした空気
 流れる音楽
 耳をかすめる函館なまり


心地よい時間が流れる
心のしこりが徐々に解きほぐされていく





軽い酔いもてつだって
エンちゃんとカウンター客(彼はベーシストのようだ)の話にからんでいく


  ああ、もう大丈夫だな
  復活できそう


なんて思いながら

終電間際
重い腰を上げ、ENTA巣を後にする


  来てみてよかった


自宅からは遠すぎて、たまにしか足を運ばないENTA巣
でも、ここは故郷・函館につながる大切な場所


来てみてよかった





  ⇒ENNTA巣

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.08.12

戦い終わり、今なお熱き甲子園

北海道勢が早くも姿を消した甲子園

帝京に完膚なきまでに打ちのめされた駒大岩見沢

そして・・・

まさかまさかの逆転劇で敗れ去った駒大苫小牧

僕の甲子園はこれで終わりそうになった

でも

健闘を続ける東北勢

青森、福島の熱い戦いを見てあらためて火がついた

野球もサッカーもずーっとミソッカス扱いだった東北、北海道勢が

ここ数年ちゃんと戦えるまでになったんだな

彼らの戦いぶりを見てそんな気がした

感動した

駒大苫小牧のここ数年間の戦いぶりはもちろんアッパレ!

でも本当の意味は、長い間ミソッカスだった北国野球が通用するようになったことを証明できたこと

北国勢の露払いをできたことだったような気がする

まだ、夏は終わってはいない!

続きを読む "戦い終わり、今なお熱き甲子園"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.28

今年もまた会えた仲間たち

今年もまた、ムロタの家でやっちゃんやムロタの奥さんみき子ちゃんと再会することができた

昨年30年ぶりの再会を果たしたムロタ夫妻の好意に甘え訪ねたのだ

昨年はみき子ちゃんの手料理でもてなしてくれたが、今年はムロタ主催(?)の餃子パーティ

ムロタの娘さんも同席し和気あいあいと旧情を暖めることができた

娘さんはムロタの亡きご母堂をほうふつとさせ、ちょっと胸がつまる思いだった

ギョーザパーティの後、
例によって持参のギターでミニミニ・ホームコンサート

心温まる、いい時間を過ごさせてもらった

⇒昨年ムロタ家を訪ねたときの記事

| | コメント (0) | トラックバック (0)

函館のおぢさんを訪ねる

Dscn3153 今回の函館旅行の目的の一つに函館のおぢさんにお会いすることがあった

おぢさんとはネット上で知り合い、以降親しくしていただいている方だ

まだお会いしたことがなく、楽しみにしていた

おぢさんは函館の大門に根を生やし地元の古い写真を発掘されている方Dscn3146_2

発掘された写真はブログで公開したり、パネルにして掲示したりということをしている

今回訪ねたとき偶然お仲間の方が見え、函館の現状を聞かせていただいた

Dscn3147_1 函館の僕にとっては昔と今をつなぐ貴重なパイプのような方

幸い僕の手元にも父が残した古い写真がたくさんある

画像データにして送る形で協力させてもらうことにした Dscn3148

続きを読む "函館のおぢさんを訪ねる"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.05.26

大沼公園

Dscn3113_1

母と二人で大沼公園に車を走らせた

函館から約20㌔

国道5号線を北上したところにある大沼公園は

僕が親離れを画策して、たびたび旅に出た思い出の場所

小学生の高学年のころから中学生にかけて、僕は何度となく自転車で小さな旅に出た

目的地がこの大沼公園だった

(当時は親から独立した気になっていたが、実は僕に気づかれないように父が車で尾行していたという話は後に知った)

続きを読む "大沼公園"

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2007.05.25

函館物語

北国の白いチャペルの街角Dscn3167
坂道を登るあなたと出逢った
ふりむくあなたはよその街の人
雪が解けるころ消えていく人
あなたと歩いた元町公園
外人墓地も二人を見てる
函館山から見おろす夜景が
漁り火と溶け合い涙と流れる
あなただけのため 
生きてゆきたいわ
そんな気になるの 
函館物語
.
腕組み歩いた夜の大門
幸せそうな私がいたの
酔ってあまえた雨の五稜郭
窓から見つめる夜明けの砂浜
あなただけのため 
生きてゆきたいわ
そんな気になるの 
函館物語
.
粉雪降っても木枯らし吹いても
二人の思い出消せはしないわ
二度と帰らぬあなただとしても
私は待ってるあなたを忘れない
あなただけのため 
生きてゆきたいわ
そんな気になるの 
函館物語
       作詞・作曲  工藤信也

続きを読む "函館物語"

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007.05.24

海峡ラーメン

海峡ラーメン
名前に惹かれて入った海峡ラーメン

海峡

情緒ある響きだよね

今はなき青函連絡船・摩周丸で出していたラーメンだとか
作ってるのは当時の乗組員ってのが泣かせるじゃないですか

狭い店の中では2人の白髪のおじさんが、ゆったりとラーメンを作っていました

味は…?
もちろん
んめがったよ

函館駅を出て右側のビルの一階
歴史的ラーメンを
ぜひご賞味あれ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ガラナシャンパン

ガラナシャンパン
埼玉ではあまり見かけないガラナシャンパン

函館駅のホームで見かけたのはキリンガラナだった

子供の頃好きだった
羽衣ガラナシャンパン
今はもうないんだべか

なんでも道南地方でしか売ってなかったらしい…

忘れられない味と
忘れたくない名前

羽衣ガラナシャンパン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.23

家族の足跡をたどる旅

家族の足跡をたどる旅
母を伴い3日にわたって
家族の足跡をたどってきた

まずは父の実家の本家を訪ねた本家の先代亡き後、家は長男が継いでいる
先代とは父の兄で、僕にとっては叔父になる
それぞれの家長亡き後も嫁たちは実に達者に暮らしている

写真は齢92の叔母と81の母である
二人の嫁たちはことあるごとに顔を合わせては
昔話を何度も何度も繰り返して暮らしている

続きを読む "家族の足跡をたどる旅"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

初めての試み・レンタカーで走る

今回の函館の旅はレンタカーを足にした

レンタカーは初めての試み

昨年までは自分の足でひたすら歩きまわった

自分の原点の街を行くのに、車では速すぎる
一歩ずつ自分の足で確かめながら歩きたい

そう思っていた

当時、母が骨折して入院していたため可能だったともいえる

今年は回復した母と行動を共にすることになる
歩いての移動は考えられなかった

続きを読む "初めての試み・レンタカーで走る"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

函館から汽車に乗って内地に帰る

函館から汽車に乗って内地に帰る
内地に向かう汽車は快調に走り続けています

窓の向こうは海が広がり、
海の向こうに臥牛山(がぎゅうさん)がぽっかり浮かんでいます

臥牛山とは函館山の別称
まるで牛が臥せているようなのでこう呼ばれています

汽車がカーブをまがり、山影に函館山が消える
しばらくして再び姿を現す函館山
そのたびに遠く小さくなっていく函館山

はげしく
後ろ髪が引かれ、胸がしめつけられる

そこには少年時代の思い出がべったりと張り付いています

今回飛行機ではなく、汽車で帰ることにしたのは正解だったと思います
飛行機では気持ちの整理ができそうにありません

小さくなるく函館山を眺め、引き裂かれそうな思いを味わい…故郷の街に別れを告げる
津軽海峡を渡り東北の山々を眺めながら関東平野に入る

この8時間の列車の旅が気持ちの切り替に必要な気がします

続きを読む "函館から汽車に乗って内地に帰る"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

泪
寂しさに耐えながらも
笑いながら生きる人を見るとき…
流れ出る涙をこらえることができない

うれし涙でも
くやし涙でも
寂しさの涙でもない

この涙を流した僕を観て、その人は…
笑った

続きを読む "泪"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

久しぶりにジンギスカン

久しぶりにジンギスカン
今回の函館帰省の目的の一つ

現地でないば、なかなか食べられないものを食う
(函館弁がなんぼか混じるけどご勘弁を)

そのひとつが

ジン・ジン・ジンギスカン

松尾のジンギスカンが歴史的に有名なんだけど
今回は時間もあんまりないから、観光地にある大型店羊羊亭に
子供の頃食べた肉より遥かに高級そう
しかも肉厚

つまりは羊肉の味がストレートに楽しめるんだゎ

ンメエ!

したっけ薄いマトンで慣れた舌にはちょっと物足りないんだな…

なにが足りないんだべか?
そうか
タレだべな

昔のは肉が薄かったし、マトンが主流だったから
タレの味が前にで飛んだゎ
マトンの臭みを消すために

多分ね…

今の生ラムは高級すぎて逆に物足りないんだべな…

まあ
ナマラ(ものすごく)うめがったのは間違いないけどね

堪能!

本日のジンギスカン
星、二つ半!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.02

去年の今ごろは函館だった  今年は…

今年も北海道に帰る予定でした

高校時代の恩師・福田先生が病気から奇跡の復活をされ

快気祝いをかねてクラス会が予定されているのでした

でも…

諸般の事情から帰れなくなり…

今日
泣く泣く、友人たちにメールを送りました

北海道は…

やっぱり遠い…

続きを読む "去年の今ごろは函館だった  今年は…"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.02.28

友 遠方より来る 今宵酒を酌み交わす

室蘭東高校時代の同級生I君が今日上京します
それにあわせて、長野県に住む同級生M君も上京
関東在住のT君と僕
合わせて4人で「同窓会」をやります

新宿で落ち合って、その後は未定

2年前に札幌で開かれた同窓会以来なので、楽しみにしています

続きを読む "友 遠方より来る 今宵酒を酌み交わす"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.01.22

日本最古 函館公園の観覧車

beatpopsさんの「函館望郷ブログ」に興味ある記事がアップされました

函館の青柳町にある函館公園

その中に小さな遊園地があります

何十年も同じ乗物、同じ風景をとどめている遊園地の観覧車が

実は日本に現存する最古のものだそうです

続きを読む "日本最古 函館公園の観覧車"

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.10.27

日本ハム優勝 北海道新聞 社説

すんません

また北海道新聞・日本ハムファイターズもので…

道新(北海道新聞)の社説が今回の優勝劇について的確に代弁してくれてると思うのでご紹介します

続きを読む "日本ハム優勝 北海道新聞 社説"

| | コメント (0) | トラックバック (4)

なまら…泣けた 北海道日本ハムファイターズ 優勝!

やった やった!

なまら泣けた!!

優勝!!!!!!

北海道日本ハム

続きを読む "なまら…泣けた 北海道日本ハムファイターズ 優勝!"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.24

雪虫のたより

友から雪虫の便りが届いた

北海道に雪虫が飛ぶと初雪は近い

子供のころの情景が浮かんできた

初雪を前にして、北海道は静かに季節が進む

でも人々は目の前にせまった冬に備えて大忙し

石炭や薪の準備に追われる
雪が降る前に、タクワン用の大根が軒につるされる
大根を洗うのは子供たちの仕事だった
手がかじかんで、嫌なお手伝いだった

子供たちは雪虫の中を走りまわる
体中にまとわりつく雪虫は、まさに雪そのものだった

今はもうそんな情緒も失われたんだろうな

続きを読む "雪虫のたより"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.08.23

師 池田先生の死

Img351 小中学校時代の友人AKIRA君からのメールで

我々の共通の師 池田先生が亡くなったことを知った。

中学生のころ寺小屋のような「予習塾」に通っていた。

その塾を池田先生は一人で切り盛りしていた。

当時で30代の後半と思うが、
気の若さと厚化粧のせいでほんとの年齢は分からなかった。

(写真は池田先生とAKIRA君=右、と僕。左端は…名前が思い出せない…)

続きを読む "師 池田先生の死"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.08.21

ああ… 負けちゃった 駒大苫小牧

昨日の余韻を引きずったまま仕事に。
気持ちはどちらにも頑張ってほしい…
でも最後は苫小牧に勝ってほしい

だって道産子だし
例の不祥事で春の選抜を辞退してるわけで…
そこからはいあがってきた道産子たちに勝ってほしいってのが
郷土愛

仕事中なんでテレビ観戦ってワケにいかないけど
随時情報は伝わってくる

続きを読む "ああ… 負けちゃった 駒大苫小牧"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

本日再試合! 駒沢苫小牧…

三連覇をねらう駒沢苫小牧ですが

今年の夏は苦しんで、苦しんでやっと決勝にこぎつけましたね

昨日の早稲田実業との決勝は胸が張り裂けそうになりましたよ

続きを読む "本日再試合! 駒沢苫小牧…"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.08.01

今日から! 函館港まつり

函館の夏の一大イベント
港まつり

いよいよ今日から始まります

僕のブログへのこんな検索ワードでのアクセスが急に増えています

  • 函館港まつり
    函館音頭
    花火大会
    函館港おどり
    北島三郎
    いか踊り
      ……

続きを読む "今日から! 函館港まつり"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.07.28

友の一言で…よみがえった幼年時代の記憶

関西に住む藤原君から久しぶりのメールが届きました。
彼は小学校、中学校時代の同級生
多感な季節を共に過ごした友

僕のブログを読んでいてその中の一節が気になったようです

  古池の中学時代の片思いの子って誰?
  まさかミキ子ちゃんでは?

ミキ子ちゃんってのは、当時の仲間の一人室田君のカミさん
今年の春、函館に帰った時30年ぶりの再会をはたしました34

続きを読む "友の一言で…よみがえった幼年時代の記憶"

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.07.07

七夕

ここ数年、子供のころの習慣や思い出が心をよぎるようになった

正確に言うと、自分の子供が幼い頃もそんなことが多かった
自分の子供と自分が子供だったころを重ね合わせて思い出していたのだろう
30代~40代の頃だ
人生の「夏の時代」だった

50代 「秋の時代」に入った
子供も成長し、それぞれの「春の時代」を満喫している
こちらは父親の顔から、男の顔に再び戻っている
自分の原体験への回帰の気分が高まっている

古きを訪ねて、新しきを知る
温故知新ってやつだ

子供のころの原風景を何度も何度も思い出し…
反芻している

続きを読む "七夕"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.22

生家がなくなる日

函館に暮らす母から電話があった

あんたさ!
青柳町の家を売ってほしいって人が現れたんだよ
誰だと思う?
かずひこ君さ!!
あんたどう思う?

ショックだった…
まさに 青天のヘキレキ
       寝耳に水

生まれ育ったあの家が人手に渡る…
自分をはぐくんだ、原点とも言うべきあの場所が…

続きを読む "生家がなくなる日"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.21

中学生の頃の足跡が送られてきた!

先日何十年ぶりかで連絡が取り合えた藤原朗君。Img338

小学校、中学校と同級生で、人生の多感な季節を共有した友だちです。

そのアキラ君から中学時代作った『読書会速報』『新世界』が送られてきました。

涙が出るほど懐かしかった!!

B4判のわら半紙(苫ザラ)に、ガリ版印刷した手作りの新聞です。

続きを読む "中学生の頃の足跡が送られてきた!"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.17

フォーク第2世代

こういったのは松山千春。

フォークの第1世代が昭和20年代前半の生まれ、
つまり団塊の世代がになっていたわけです。

それに対して昭和30年生まれの松山千春は、
岡林信康や加川良など先人の影響を受けて
フォークソングを歌いだした世代です。

続きを読む "フォーク第2世代"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

僕の 「フォーク事始め」 1969年

フォークソングに開眼したのは中学3年のときでした。
同級生のやっちゃんに誘われて函館労音の「高石友也フォークリサイタル」を行ったのがきっかけです。

それまではベンチャーズやグループサウンズ、それに加山雄三の物まねをしていました。
フォークルなんかもコピーしてましたが、フォークソングというより流行歌の一種というとらえ方だったように思います。

生でみる高石友也の演奏は田舎の中学生にはショッキングなできごとでした。

続きを読む "僕の 「フォーク事始め」 1969年"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.05.14

アイヌ民族初の国会議員 萱野茂氏 自然に還る

萱野茂

アイヌについて調べるとき、避けて通れない人です。

先日パーキンソン病で亡くなったそうです。

アイヌ的に言うと、神々の自然に還るということなんでしょうね。

ショックでした。

続きを読む "アイヌ民族初の国会議員 萱野茂氏 自然に還る"

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.05.09

函館~札幌 自転車で駆け抜けた日

生まれ育った函館をスタートして

高校時代をすごした室蘭経由で

実家のある札幌へ…

40歳の誕生日に400キロの道のりをImg320

2日がかりでチャレンジしました。

父の1周忌に参列するためです。

相棒はロード・レーサーの「レッド・アロー号」。

12年前の話です。

函館帰郷日記の最後は、

この時小冊子にした記録を

そのまま掲載してしめることとします。

続きを読む "函館~札幌 自転車で駆け抜けた日"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

定点撮影 世代を超えて…

函館の日銀官舎。Img155

毎週日曜日の朝、

僕たち一家はカトリック元町教会に向かってこの道を歩いた。

50年近くも、昔々の…話だ。

父は僕たち兄弟の後姿を撮影してくれた。

47年前の弟と僕

Img315_1

  

続きを読む "定点撮影 世代を超えて…"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.07

山登りの原点 函館山を行く

Dscn2370 僕の山登りの原点 、函館山に登ること

これが帰郷の目的のひとつでした。

高さにすると300メートルたらずの小さな山です。

ロープウェイだと10分もあれば山頂の御殿山に着いちゃうわけで…

けれど、この山は函館の象徴であり、僕が山歩きをするようになったスタート地点にある山なのです。

津軽海峡から見るとまるで牛が寝そべっているように見えるため、臥牛山(がぎゅうざん)とも呼ばれています。

海抜0メートルから歩き始め、山頂を目指す。

山頂から稜線を歩き、千畳敷へ、そこから七曲という尾根道伝いに立待岬に下りる。

これが原点発見の山旅プランです。

続きを読む "山登りの原点 函館山を行く"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.06

中学の同級生とセッション 

やっちゃんに連れられて函館市本町のライブハウスに入った。

Dscn2354 そこは中学の同級生・工藤君がやってる

サウンド・イン・S

という店だ。

続きを読む "中学の同級生とセッション "

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「想苑」  大人の空間…

想苑 大人の空間

子供のころ父に連れられて入った「想苑」

  薄暗い空間
  流れるJAZZ…
  煙草の煙…
  珈琲の香…Dscn2413

大人の空間だった

あこがれだった…

あの大人の世界に

  40年の時間を経てタイムスリップ

続きを読む "「想苑」  大人の空間…"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.02

男同士じゃないか 昔のように話し明かそうよ

やっちゃんと連れ立って、ムロタの家へ。Dscn2351_1

ムロタは奥さんと笑顔で僕を迎えてくれました。

ムロタとは30年ぶりの再会。

柔道家の精悍な顔つきはあの日のままでした。

でも、あのころよりも目には柔和な光が…

ついでながら…頭にも光が

年月を感じさせてくれました。

続きを読む "男同士じゃないか 昔のように話し明かそうよ"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.01

原点 僕の生まれ育った家

原点 僕の生まれ育った家

53年の風雪に耐え、今も函館山の麓にたたずむ生家
あんなに大きく感じた家がこんなにちっぽけだったとは…
思い出がはちきれそうなほど詰まったこの家
永久保存したいんだけど…
ムリな願いだべな
やっぱり…Dscn2415

| | コメント (0) | トラックバック (0)

函館のおぢさんのお店

函館のおじさんのお店

ネットを通してお知り合いになった「函館のおぢさん」
お店を訪ねてみたけどいなかった…
僕よりちょっと先輩
古い函館を紹介してくれるブログが魅力
お会いしたかったけど…
残念!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

あこがれの運転席 ちんちん電車

あこがれの運転席 ちんちん電車

あこがれだった
電車の運転手さん
たった一人でお客を乗せてぐんぐん走ってく
子供心におもってた
カッコいい!
僕もなりたい…
運転手Dscn2328

路面電車 (函館望郷ブログより)

続きを読む "あこがれの運転席 ちんちん電車"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

とれたてのヤリイカ

とれたてのヤリイカ

函館「自由市場」の自由亭
昨夜とれたイカの刺身を食うDscn2425
うまい!
子供のころてんびん棒をかついだイカ売りの爺さんを思い出した
弟と二人で爺さんの後にくっついて歩いたことを思い出していた
イガ イガ〜!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.30

懐かしの函館公園ふかし豆

懐かしの函館公園ふかし豆

昨日始まった函館公園の花見祭り
桜はまだだがいってみた
結構露店が大賑わい
子供のころ好きだったふかし豆を発見
思わず買う!
金300円なり!
たっけぇ
昔は5円だったぜ
んなんじゃ、子供は買えねえべさ

| | コメント (0) | トラックバック (2)

函館の塩ラーメン

函館の塩ラーメン

五稜郭公園に近い、普通のラーメン屋さんDscn2348
なんの変哲もない普通の塩ラーメン
なにげにうまい
普通にうまい
あっさりしてるのに味が深い
満足!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

一番殺風景な季節

一番殺風景な季節

函館の4月は1年で一番殺風景な季節かも…
雪でもあれば白い世界が絵にもなるDscn2376
花がいっせいに咲きほころぶのは5月…
今はまだ何もない
あと1週間遅く来れば満開の桜にお目見えできたのに…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.29

深夜の大門 で珈琲を一杯

深夜の大門 で珈琲を一杯

珈琲という文字が似合う雰囲気
薄く流れるジャズ
濃いめに落とした珈琲
薄暗いカウンターに貫禄のママさん
函館弁でまくしたてる中年の常連客

ああ…
ここは函館なんだな…
珈琲のかおりに心安らぐ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.27

は〜るばる来たぜ 函館

は〜るばる来たぜ 函館

函館空港から母の住む「旭が丘の家」まではタクシーで15分。

2000円の道のりです。

大腿部骨折で入院していた母が今日一時帰宅でもどったので

それにあわせて、僕も帰郷したわけです。

「旭が丘の家」で管理者の方にあいさつを済ませ、母と明日の大掃除の段取り…

ピコピコピーン

携帯が鳴り出しました。

中学時代の友人、やっちゃんが車で僕をむかえにきたのです。

親孝行はとりあえず明日十分することにして、

やっちゃんと夜の函館にくりだしました。

続きを読む "は〜るばる来たぜ 函館"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.21

来週、函館に帰るんですが…

今、頭の中の80%を占めているのは…

来週予定している帰郷のこと。

四泊五日の旅。

もう切符も手配したし、泊まるところも確保したし…

問題はテーマを決めかねてるんです。

続きを読む "来週、函館に帰るんですが…"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

来週、函館に帰るんですが…

今、頭の中の80%を占めているのは…

来週予定している帰郷のこと。

四泊五日の旅。

もう切符も手配したし、泊まるところも確保したし…

問題はテーマを決めかねてるんです。

続きを読む "来週、函館に帰るんですが…"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.13

今日は石川啄木の命日

明治45年に啄木が息を引き取ったのは小石川久堅町

僕の職場から歩いて3分のところです。

石川啄木という人に親近感をおぼえるのは

啄木が僕のふるさと函館に住んでいたためです。

わずか1年に満たない短い日々ですが、啄木は函館の青柳町に住まい

この地を愛したそうです。

続きを読む "今日は石川啄木の命日"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.04.04

母校 室蘭東高校の校歌のCDが届けられました

母校 室蘭東高校が4月から室蘭商業高校と統合されました。Img304

新しい名前は東翔高校だそうです。

校舎はそのまま残りますが、

校歌はもう歌われることがありません。

その校歌の譜面とピアノ伴奏CDが

今、母校から送られてきました。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

続きを読む "母校 室蘭東高校の校歌のCDが届けられました"

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006.03.07

嗚呼…またやってしまった 駒大苫小牧

高野連が駒大苫小牧の選抜出場辞退を受理したそうです。

それにしても、苦い思いが残ります。

・卒業式を終えた生徒たちが飲み屋で打ち上げをしたこと

・まわりにいた大人が、通報したこと
  それもごていねいに野球部員だということを確認してから

・それを受けて、学校側が連帯責任を取ったこと
  ①部長・監督の辞任
  ②校長の辞意表明
  ③春の選抜 出場辞退

それぞれに、考えさせられる内容を含んでいます…

続きを読む "嗚呼…またやってしまった 駒大苫小牧"

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006.03.02

母校・室蘭東高校で最後の卒業式

母校・ 室蘭東高校 が今日を最後に…

なくなります………

今日最後の卒業式が行われ、43年の歴史に幕をおろしました

室蘭商業と統合されるとか…

以下、「北海道新聞」から…

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

続きを読む "母校・室蘭東高校で最後の卒業式"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.02.28

友遠方より来たる また楽しからずや

雪におおわれた北海道の山奥から、高校時代の同級生がやってきました。

虎杖浜のShimi  (コジョウハマと読みます)

恩師・福田先生の兄弟弟子の一人です。

息子のアパートをベースキャンプに東京近辺を歩きまわる旅だとか…

突然電話がかかってき…

30年前とぜんぜん変わらぬけたたましい声で…

古池君!元気だったかい?

かくかくしかじかでさ!

東京見物に連れってくんないかい?

ぃやぃや ワタシはなにしろ東京なんて

ぜんぜん分かんないっしょ!

どこでもいいんだワァ!

あ、したけど…怪しいとこはダメだからね

てなわけで、東京デート・珍道中とあいなりました。

続きを読む "友遠方より来たる また楽しからずや"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.02.16

懐かしの味  「べこ餅」

仕事の帰り道、北海道物産展でひっかかった。
故郷の懐かしい味が積み上げられている。
目移りしながら物色してると、べコ餅を見つけた。

子供のころ大好きだった…
衝動買い!
素朴な味が口の中に広がった…200602162155.jpg

続きを読む "懐かしの味  「べこ餅」"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.01.19

函館旭丘の家がテレビで紹介されます

3年前から母が移り住んでいる 函館の老人ホーム「旭丘の家」 

今晩 NHK教育テレビで紹介されます。

1月19日(木) 20:00~20:30 NHK教育テレビ

福祉ネットワーク 「老いは人生最大のバカンス」

続きを読む "函館旭丘の家がテレビで紹介されます"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.01.13

日本一寒い刑務所 旭川刑務所の年越し

なにげに「報道ステーション」を見ていたら・・・

旭川刑務所の年越しの密着取材を放映しました。

気温、氷点下20度。

日本一寒い刑務所だそうです。

続きを読む "日本一寒い刑務所 旭川刑務所の年越し"

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2005.12.31

渡り鳥 母が北の国から飛んできた

毎年この季節になると…

寒い北海道から暖かい関東平野に、まるで渡り鳥のように母が飛んできます。

正月を3人の子供たちの家で過ごすためです。

80歳にもなり10年以上も続く母の南の国への旅。

年々少しずつよたよた飛んでくるようになったけど…

いつまで続けられるのか…

続きを読む "渡り鳥 母が北の国から飛んできた"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.25

原風景 クリスマス

きゅっ きゅっ きゅっ

雪がしんしんと降り続く真夜中の道。

まだ幼かった僕たち兄弟は両親に連れられて、教会への道を歩いていた。

45年ほど昔の函館の元町。yukiyo_kato01t

クリスマス・イヴの深夜。

降りしきる雪がすべてを飲み込み…

闇と静寂が僕たちをつつみこむ。

新雪を踏みしめる音だけが足の裏を通して脳裏にこだまする。

きゅっ きゅっ きゅっ

やがて、教会堂がゴシックのシルエットを闇夜に浮かび上がらせる。

続きを読む "原風景 クリスマス"

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2005.11.13

【札幌日記】 福田先生へのメール

【函館帰郷日記】【札幌日記】もいよいよ最終章になりました。

今回の帰郷は内容の濃い、いろんなことを考えさせられる旅でした。

今、内地にもどり「時差ぼけ」に苦しめられながらも、日常の生活にもどりつつあります。

「時差ぼけ」ってのは、心の中を流れる時間のスピードや密度のちがい!

北海道帰郷。

旅の最後は、福田先生に書いたメールでしめたいと思います。

続きを読む "【札幌日記】 福田先生へのメール"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.12

【札幌日記】 大通公園・テレビ塔下 「街角ゲリラ・ライブ」

05110611 札幌での最後の時間を「街角ゲリラ・ライブ」にしようと計画を立てていた。

大通公園に着いたのは4時。まだ薄明るい。

北風はかなり強い! 寒い…

テレビ塔の下で演奏しようと思っていたが、意外と人通りは少ない。

でもこの「ゲリラ・ライブ」は、この札幌の地で演奏すること自体に意味がある。

そう思い、おもむろに演奏を始めた。

続きを読む "【札幌日記】 大通公園・テレビ塔下 「街角ゲリラ・ライブ」"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【札幌日記】 あふれる涙… 父の墓前にて

父が亡くなって12年。

10年近くもの間墓参りこれず、親不孝を重ねてきました。05110607

今回の帰道の目的のひとつは、墓に参り父との再会をはたすことでした。

父の墓は札幌・カトリック月寒教会の納骨堂にあります。

父の生前の望みは、故郷函館の立待岬に散骨をすることでした…

続きを読む "【札幌日記】 あふれる涙… 父の墓前にて"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【札幌日記】 室蘭東高校第8会生 同窓会

「卒業写真」

悲しいことがあると  開く革の表紙
卒業写真のあの人は  やさしい目をしてる
町で見かけたとき   何も言えなかった
卒業写真の面影が   そのままだったから
人ごみに流されて   変わって行く私を
あなたは 時々遠くで叱って

話しかけるように   ゆれる柳の下を
通った道さえ今はもう 電車から見るだけ
あの頃の生き方を   あなたは忘れないで
あなたは 私の青春そのもの

      荒井由実作詞・作曲/昭和50年

同窓会の最後に、「卒業写真」を歌う。 05110514
同級生の前で歌うのはちょっと照れくさい。
でも万感の思いをこめる。
同い年のユーミンのこの歌が…
僕らの同窓会にはぴったりに思えたんだ…

続きを読む "【札幌日記】 室蘭東高校第8会生 同窓会"

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005.11.08

【札幌日記】 大通公園での「街角ゲリラ・ライブ」

大通公園に着いたのは夕方4時でした。

まずは様子をうかがうため、公園をあちこち歩き回り人通りが比較的あるところでセッティング。

幅広の公園の反対側ではあんちゃん、姉ちゃんの4人組が演奏しています。
声もギターもほとんど聞こえない。タンバリンのリズムだけがかすかに聞こえる…

大通公園駅の地下からの出口のそばで、同窓会の会場にも近い場所。
演奏中に同級生が通りかかったら面白いなと思う反面、
でも…それはちょっと恥ずかしい。

複雑な心境で演奏を始めました。

続きを読む "【札幌日記】 大通公園での「街角ゲリラ・ライブ」"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【札幌日記】 カントリー・ロードを教えてくれたエミールさん

Country roads, take me home
To the place I belon
West Virginia, mountain momma
Take me home, country roads

青春を徹底的に謳歌した高校時代のツケで、1年間ラジオ講座がたよりの自宅浪人(宅浪)をすることになった。
19の春である。

家にいたんでは勉強がはかどらないという口実で、近くの伊達カトリック教会の別館=伝道館に住みついた。
伝道館のことを「馬小屋」とよんで、朝から晩まで勉学にいそしんでいた…?

教会にはエミール・デュマスという30代の若い神父さんがいて、僕は3食をエミールさんとともにしていた。

続きを読む "【札幌日記】 カントリー・ロードを教えてくれたエミールさん"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【札幌日記】 大沼団子

ただいま車内販売で「大沼団子」をもって、05110504
皆様のお席へ向かわせていただいています。

なに! 大沼団子?
グエー! 懐かしい!
そういえば、あったよな…

ここは札幌に向かう、特急北斗の車内。
場所は函館から20キロ、大沼公園の近く。
車窓には紅葉の大沼と駒ケ岳…

続きを読む "【札幌日記】 大沼団子"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.11.07

【函館帰郷日記】 レジダントでミニコンサート

レジダントでは時折コンサートを企画しているそうです。

僕の知り合いも結構演奏に来ているようで…

まず、いとこの娘ひろ子。胡弓コンサートのピアノ伴奏できたことがあるそうです。

それと幼稚園から中学校まで同級だった実希子ちゃん。
彼女は中学時代の親友の嫁さんになっています。
ピアノ演奏に来たことがあるとか…

こうしてみると函館の街は狭いんだなと思いますね。

続きを読む "【函館帰郷日記】 レジダントでミニコンサート"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【函館帰郷日記】 「レジダント」でのミサ

「旭が丘の家」はカトリック系の老人ホームです。05110402

だから入居者も信者さんが結構いるようで、毎日ホーム内の聖堂でミサを立てているそうです。

函館は鎖国から最も早く門戸を開放した街です。そのせいもあってか、クリスチャンが多い街なのです。(教会がたくさんある元町界隈は異国情緒ただよう場所として観光名所にもなっています)

老人ホームのミサに初めて出たのですが、独特の雰囲気につつまれていました。30人くらいの信者さんはみなご老人。(当然ですが…)

続きを読む "【函館帰郷日記】 「レジダント」でのミサ"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【函館帰郷シリーズ】 本家のおばをたずねる

ギターをかついで本家の店の戸をあけると、おばちゃんは背中を丸くして笑っていました。
(本家は「レンカ堂」という、函館では老舗の冠婚葬祭屋さんなのです)

今年90歳。
このおばちゃん、素敵な人で何年ぶりかで顔を合わせても昨日会ったような調子で話が始まってしまいます。

あんた、エンちゃんと会ったんだってね。
いかった いかった。

「よく来たね」とか「しばらく」とか何もなく、いきなり始まっちゃうんですよ。だから空白の時間を埋める必要なんてぜんぜんないんで…

大婆二人に予備軍一人05110407

続きを読む "【函館帰郷シリーズ】 本家のおばをたずねる"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.06

【函館帰郷日記】 小学校時代の恩師 石山幸太郎先生と再会!

いや いや いや いや や!05110405
まぁず、元気そうで 何よりだわ!
あんたから電話もらってさ、大急ぎで昭和38年の写真探したんだわ…
したっけ、ナンセ教員生活40年になると いろんな生徒が重なってさ、
ワケわかんなくなるんだわ。
してさ、あんた来たら、写真見て名前の分かる生徒を書いてってもらおうと思ってさ!
昨日ぜーんぶこれ 拡大コピーしたんだわ

40年前とちっとも変わらない函館弁丸出しの石山先生だった。

続きを読む "【函館帰郷日記】 小学校時代の恩師 石山幸太郎先生と再会!"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.05

【函館帰郷日記】 函館「旭が丘の家」

高校の同窓会が札幌であるため、2年ぶりの帰郷。

札幌に行く前に、函館の母のところによることにしました。

なにしろ、北海道に帰れるチャンスはなかなかないですからね…

てなわけで、北海道での報告をノートパソコンから随時お送りします。

もっとも飲んだくれてぜんぜん書けないかもしれないけど・・・

それと、ところどころ函館弁が混じるかもしれませんけど…

そこんとこよろしく!

続きを読む "【函館帰郷日記】 函館「旭が丘の家」"

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.11.04

函館大門横丁

昨日から函館に帰ってます。2年ぶりの帰郷。
先月大門にオープンしたばかりの屋台村でイクラ・ウニ丼!
うまかった!
値段も良心的!
でも…
昔の大門の面影がすっかり消えて…
ちょと淋しい…200511041327.jpg

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.09.19

40年ぶり 小学校時代の恩師と電話で話す

受話器の向こうから威勢のいい函館便が耳につきささった。

いや・や・や・や!

あんた昭和38年のときの生徒だったかい?

いまさ、赤川の水源地に

遠足行った時の写真出して見てんだけど…

どれがあんただったかな?

そうかい!40年たったかい。

ワダシはサ・・・

もう引退して、フリーターだ!

フリーターだばおかしいか?

したらフリーマンだわ!

40年前となんにも変わんない声だった。

続きを読む "40年ぶり 小学校時代の恩師と電話で話す"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.09.11

Get! 「函館港まつり曲集」のCD

函館在住のキトラさんに「函館港まつり」のCDを送っていただきました。

img076 もう、うれしくて うれしくて…

ソク!かけてみました。

「函館港まつりの唄」が流れると体が自然に踊っていました。

「函館音頭」に曲が変わると、北島サブちゃんに合わせていっしょに歌ってしまいました!!

続きを読む "Get! 「函館港まつり曲集」のCD"

| | コメント (23) | トラックバック (0)

2005.08.23

嗚呼… 駒大苫小牧

嗚呼……

としか、言いようがないよ…

部長による暴力行為で、2年連覇がパーになるかも………

続きを読む "嗚呼… 駒大苫小牧"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【ちょっといい話】 恩師にコンサートをプレゼント

水を飲む時、掘った人を忘れてはならない

中国のことわざです。
革命の途上で犠牲になった人たちのことを忘れてはいけない、というところから生まれた言葉だとか…。

高校生だったころ吹奏楽部でジャズを教えてくれた恩師に、教え子たちがジャズのビッグバンドを結成してコンサートをプレゼントしたという記事を目にしました。35年ぶりの恩返し。

⇒記事はこちら

続きを読む "【ちょっといい話】 恩師にコンサートをプレゼント"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.22

恒例のENTA巣コラム 駒大苫小牧連覇!

いとこのエンちゃんのHPから今年もご紹介

そうです。駒大苫小牧連覇!道産子賛歌です!!

去年のコラムはこちら

ねぇねぇ、ねったら、聴いてくださいよ~!

また、駒大苫小牧が 夏の甲子園を制覇しちゃったんですよ~!

まさかの連覇ですよ~。

続きを読む "恒例のENTA巣コラム 駒大苫小牧連覇!"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.21

祝!! 駒大苫小牧 夏2連覇

カーラジオから流れる駒大苫小牧の2連覇の瞬間

今年は冷静に受け止めていました。

一夜明けてジワジワとうれしさがこみあげてきてます。

ああ、これで北海道の球児たちも、

内地のチームとやっと対等になったな・・・

続きを読む "祝!! 駒大苫小牧 夏2連覇"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.04

「函館港おどり」 歌詞

minatoodori  今日もまた、函館ネタ。

函館市役所観光課の池田さんから、「港おどり」の歌詞も送られてきました。

「函館音頭」の歌詞を送っていただいたお礼メールに「港おどり」のことにふれたら、ご丁寧に送ってくださったのです。

本当にありがたいことです。

「港おどり」の踊り方はこちら!

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2005.08.03

函館音頭

hakodateondo_jake 「函館音頭」の歌詞とレコードジャケットの画像です。

函館市役所の観光課にメールしておねだりしたら、親切にお手紙まで添えて送ってくれたのです。

hakodateondo

続きを読む "函館音頭"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.01

今日から函館「港まつり」なんですね

またしても函館ネタです。

「港まつり」が今日から始まります。

今年は開港146周年記念だとか・・・。

特に今晩は花火大会があるんだワ。函館港にせりだした桟橋から打ち上げられる花火。見上げても綺麗。

したっけ、函館山ふもとの高台から目線の高さに開く花火がまたナンマラ綺麗なんだワ!港に花火が反射してなんとも言えないんだな・・・。

(思わず函館弁モードになってしまいました。ナンマラ=ものすごくの意)

続きを読む "今日から函館「港まつり」なんですね"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.20

函館の洗濯ババ

子供のころ、函館に洗濯ばばと呼ばれるばあさんの乞食がいました。

函館では乞食のことをホイトと言ってました。

ぼろをつなぎ合わせた服を身にまとい、持ち物といえば洗濯たらいと風呂敷包み、それにこうもり傘くらいしかなかったように思います。このこうもりはある時は傘になり、ある時は杖になり、そしてある時は荷物をぶら下げる天秤棒になったりという按配でした。

続きを読む "函館の洗濯ババ"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.07.12

辻仁成 「函館物語」

hakodatemonogatari 辻仁成の本を読むチャンスがこれまでありませんでした。

僕のふるさと函館をモチーフにした作品を書いてるってことは知っていました。
彼が函館潮見中学の5年後輩だということも知っていました。

でもなんとなく手をのばす気になれないでいました。

昨年、函館に住む母から小さなダンボール箱が送られてきました。
中をあけると古びた文庫本が10冊ばかりと1枚の走り書きが…。

「お父さんが死ぬ前、病院で読んでいた本です」

続きを読む "辻仁成 「函館物語」"

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.07.08

今年の七夕

街を歩いても、七夕様の空気が感じられない。

なんだか淋しいなぁ・・・

”彩のくに”埼玉は8月が七夕祭りなのかな?
と思い調べてみると、そんなこともなさそうだし…
北越谷駅あたりでは、なにかイベントが開かれたみたいだし…

星を眺めるなんてことも久しくないな

なんて思いながら夜空を見上げていました。

でも星が見えないんですよね。

やや曇りのせいなのか…
地上が明るくなりすぎたのか…
それとも加齢により僕の目がかすんでいるためか…

子供のころは七夕様が待ち遠しかったな。

続きを読む "今年の七夕"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.30

負けちゃった… 駒大苫小牧

残念春夏連覇はなりませんでした…。

神戸国際に抑えこまれちゃったみたいですね。

でも道産子球児として胸をはって帰道してください。
がんばったんだから。

夏また巻き返してほしいね。

でも他の学校も甲子園めざしてがんばってほしいな…

特に我が母校 室蘭東高校。
がんばれ

 →駒大苫小牧の敗戦を告げる 「北海道新聞」の号外。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.24

まず1勝 駒大苫小牧

よっしゃぁ!!

昨日は雨で流れたが、まずは初戦突破
首尾よく春夏連覇できればいいなぁ……

いや、贅沢は言わない。勝ち進めるとこまで行ってくれぇい

いい試合を期待してるよぉ……!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.01.23

『北の零年』 見てきました

3代にわたる蝦夷っ子だった僕としては、ぜひ見たかった映画でした。
僕のじいさんの代の人たちが内地から北海道に渡ってきてどんな思いで人生をやり直したのか?

北海道から内地に移り住んではや30年の僕としては興味のあるテーマでした。

僕のじいさんは商人でした。
果たして渡道して最初から商売をやっていたのか?
それとも土地を開墾してそこから身を起こしたのか?
今となってはわからないことだらけなのですが、少なくとも『北の零年』の中に当時の状況の一端が描かれているのではないかと思っていました。

今はまだ評価を下せる段階ではありませんが、そんな興味を満足させてくれる内容の映画でした。

内地で生まれ育った方はもちろん、北海道に住む方もぜひご覧になられることをお勧めします。

⇒『北の零年』オフィシャルサイト

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.12.14

蒸気機関車が姿を消した日

室蘭本線で最後のSL旅客列車運行 1975年12月14日 

今日は蒸気機関車が日本の鉄道から姿を消した日だそうです。
昭和50年(1975年)。今からおよそ30年前のこと。

最後までSLが頑張っていたのは北海道の室蘭本線。長万部から岩見沢までを煙を撒き散らしながら走っていました。


室蘭本線から蒸気機関車が消えるというニュースを聞いたのは東京の大学にいっているころです。汽車が記憶の片隅に押しやられてしまったような気がして…。あの時の喪失感は今でも忘れられません。
石炭を燃す匂い、蒸気を発散する音、トンネル手前の汽笛の音。そして汽車通につきものの淡い恋の記憶。高校のころ室蘭本線の伊達紋別から東室蘭まで汽車通学していた僕にはすべて身体にしみついていたものです。


そういえば さだまさしの歌に『退職の日』 というのがあります。
公園に飾られたD-51と、退職する父親をダブらせて展開するちょっと切ない歌でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.10.12

TAKUYA君の函館帰省紀

函館青柳小学校時代の同級生、TAKUYA君が先月帰省した。
彼のホームページにその写真が掲載されている。
前回は僕たちが幼年時代をすごした町並みがメインだったが、今年は彼のおじいさんが昔暮らしていたという柏木町や僕の母校函館東高校近辺がメインになっていた。
昨年の青柳町や宝来町なども懐かしいが、今回の帰省紀も僕にとっては懐かしいものだった。
東高校はもちろんだが柏木町は僕の母方の実家があり幼年時代時たま遊びにきていた街だった。今は舗装されきれいになっているが40年前は電車通りから1本中に入ると土の道だった。

TAKUYA君も書いていたが我々が生まれた昭和29年未曾有の大型台風「洞爺丸台風」が駆け抜けた。青柳町の僕の家は台風に持っていかれたそうだ。多分この時「柏木町のおじいちゃん」の家に避難したのではないかと思われる。ちなみに青柳小学校で1.2年時代の押澤しげたか校長先生も洞爺丸から自力で生還した数少ない一人だったと聞いたことがある。

そんなことを考えながらTKUYA君の函館帰省紀に目を通していた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.10.08

函館八幡宮のサクラが切られる寸前に開花 !

「函八のサクラが切られる寸前に開花 」 eHAKO 地域ニュース :-)

函八のサクラが切られる寸前に開花
update 2004/9/29 10:11
 「切らないで」―。函館市谷地頭町の函館八幡宮(中島敏幸宮司)の一角に植えられている樹齢100年(推定)のオオヤマザクラが、28日までに季節外れの花を咲かせた。台風18号の暴風で太い幹が途中から折れ、近日中に切り倒される予定だったが、サクラの小さな声が奇跡を呼び、一転して保存されることになった。

 同八幡宮によると、このサクラは1918(大正7)年に完成した現社殿建設中の15年(同4)年に植えられた。高さ約10メートル、幹の直径は約40センチという古木で、毎年春ともなればピンク色の花を咲かせていた。

 しかし、8日に接近した台風18号の暴風のあおりを受け、3分の2を残して幹の上部が折れてしまった。もともと木自体は腐りかけ、幹の内部が空洞化していたこともあり、今回の被害を機に根元から切り倒すことにした。

 だが、28日の午前中に神職の1人が折れた部分の脇から出た3本の枝先に8輪ほどの花が咲いているのを発見。「あした(29日)にでも切ろうかと思い、何げなく見たら花が咲いていた。本当にびっくりした」という。花のほかにも、約20個のつぼみがピンク色に染まり、春のような光景が広がっている。

 この奇跡を前に、同八幡宮では切り倒すことを思いとどまり、空洞の部分の手入れも含めて保護することにした。「ただの季節外れの開花とは思えない。この八幡宮を90年間ずっと見守ってきた木が、切られる寸前に花を咲かせたとなればなくすわけにはいかない。自然に朽ち果てるまで育てていく」と感慨深げだ。

 サクラに詳しい道教育大函館校非常勤講師の浅利政俊さんは、「オオヤマザクラは気温に敏感。台風で葉が落ちた後の寒暖差で冬を越し春が来たと勘違いしたのでは」と説明するが、開花のタイミングについては「実に神秘的でロマンチックな話」と同調している。
(池田比佐史)

提供 -- 函館新聞社

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2004.10.05

日本ハム元年*躍進支えた道民の応援

日本ハム元年*躍進支えた道民の応援 (10月5日)

 札幌ドームに本拠地を移した北海道日本ハムファイターズの初年の日程が終了した。リーグ三位と四年ぶりのAクラス入りを果たし、観客数も大幅に伸ばした。移転元年にふさわしい、順調な一年を道民みんなで喜びたい。
 プレーオフ三連戦、日ハムは西武を相手に大接戦を演じた。惜しくも決勝ステージ進出はならなかったが、道民からは「よくやった」「元気をもらった」と賛辞が絶えなかった。
 プレーオフ進出をかけたシーズン終盤の試合もすごかった。九月二十一日の札幌ドーム最終戦、平日のナイターが四万三千人で埋まった。地鳴りのように響く大歓声に応え、日ハムは首位ダイエーを連破した。

(全文はこちらをクリックしてください)北海道新聞 社説


故郷 北海道にプロ野球チームが誕生して1年。
巨人ファンが多い北海道に他球団それもパリーグのチームが根付くだろうかとちょっと不安だった。
『コンサドーレ札幌』の時もそうだった。(コンサドーレのホームグランドは当初実家から歩いて10分だった)

戦い終えてみると『北海道日本ハムファイターズ』は道民を興奮の渦に放り込んだようだ。
野球ファンとは決していえない僕も最後の数試合はハラハラドキドキしながらテレビ観戦していた。プレイオフ進出を決めたゲームなどは訳もなく涙がこぼれてきた。
道民の興奮が来年も再来年も続くことを祈りたい。

『コンサドーレ札幌』。早くJ1に上がっておくれ!
ファイターズに続いておくれ!


| | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.08.25

道産子の「内地」観は変わった?

MSN-Mainichi INTERACTIVE 憂楽帳


★北海道民の意識の変化についてのコラムです。


 夏の甲子園。駒大苫小牧(南北海道)が優勝し、春夏通じて初めて優勝旗が北海道に渡った。ベンチ入りの18人全員が道産子だ。北海道出身者としては、うれしい限りだ。野球技術もさることながら、若者たちには「内地」(北海道で中高年の本州の呼び方)との心理的な距離も全くないのだろう。

 北海道で過ごした高校時代、京都への修学旅行は列車、青函連絡船を乗り継いで8泊9日の行程だった。修学旅行直前、担任が「内地に行ったことのある者は」と聞くと、クラスで2、3人しかいなかった。飛行機の利用はまだ少なく、心理的にも津軽海峡は北海道と本州を大きく隔てていた。

 道産子の先祖の多くは「内地」から渡ってきた。私の先代は明治時代、茨城県の鹿島灘を望む寒村から北方領土の択捉島に向かい、北海道にたどりついた。貧しさゆえに古里を捨てた負い目と新天地に向かう進取の気性が交錯し、どこか屈折した先代のDNAを「内地」世代までは受け継いでいたように思える。ところが、球児の快音は、私の「内地」観を完全に吹き飛ばした。【清宮克良】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.08.24

駒大苫小牧 いとこのentaのコメント

居酒屋 ENTA巣

大変なコトが、起こっちゃいましたよ~!オリンピックかって?違いますよ!高校野球ですよ。みんな見てくれましたか~?
 な、なんと、北海道の高校が、いつの間にか決勝まで行っちゃったと思ったら、....なんとなんと、優勝しちゃったんですよ~!

いつも、いつも、いつも、いつも、いつも、いつも、いつも、いつも、いつも、.......結局負けちゃう道産子だったんですよ。
「おお、2回戦行ったか。」
「ふ~ん、ベスト16ね....。」
「へ~、ベスト8に入ったか、珍しい~。」
そろそろ、負けちゃうんだろな~と思ってたら、
「....準決勝ッ~!?」
「勝った~!? 決勝進出、ホントに!?」...スッゲエ~~!!!!!!

決勝戦だって、始まる前からTVの前でかまえちゃいたけど「相手も決勝まで来た強豪だからな~。......善戦すればな.....。」
てな感じで居たんですよ。........ところが、ところが、
「よし、打ったぞ!」 「オッ、やるジャン」 「よ~し、タイムリーだ!」
そのうちに、「......勝てるかも」 「.......勝つかも」 「.......がんばれ!」 「......勝ちそう」 「勝つぞ、勝て~!」って叫んでたら

「............ヤッタ~~~ヤッタ~~~~ヤッタ~~~~~!!!!!」 
「.....勝った~~~勝った~~~勝ったぞ~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!」

......なんちゅうか、北海道出身者にとっては、これは「特大金メダル」ですよ。「夢がかなった」「奇跡が起きた瞬間」なんですよ。

負けた済美の選手も、勝った苫小牧の選手も、監督も、あんまり泣くから、よけいに、私も涙がとまらなくなっちゃって............。

打撃戦だったんで、長い試合で終わらないし....、目はれちゃってるし....、もう店へ行って準備しなきゃ.......。ダッシュダッシュ~!

.....自分も、もっともっと、がんばろうと思います。今、思うだけじゃなく、ず~っと頑張ろう。「世界一の居酒屋」目指して。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

駒大苫小牧優勝

北海道新聞 卓上四季
社説

歴史的な勝利である。夏の甲子園で済美に打ち勝って全国の頂点に立った駒大苫小牧ナインに「おめでとう」、そして「ありがとう」と言いたい。悲願だった深紅の大優勝旗が初めて北海道に来た。

思えば一九二○年(大正九年)の第六回大会に北海中が初出場してから八十五年目で、北海道のチームがやっと手にした優勝旗である。雪国のハンディを指摘されたこともある。もうそれはない。北海道だからといじけることはない。

甲子園は一種の祝祭だ。郷里の代表に夢を託し、その奮闘から地域の人々が希望や生きる力を得ようとする。球場やテレビの前で駒大苫小牧に声援を送った多くの人々も、北海道に明るい光が当たることを望んでいたのではないか

その夢はかなえられた。北海道だってやれる。祝祭の後は、道民それぞれが奮闘する番だ。


(コラム『卓上四季』。全文はこちら)


 『オカリナ・アンサンブル かざぐるま』の練習と決勝戦の時間が重なった。他のメンバーには申し訳ないと思いつつも僕は1500円のラジオを買い求め稽古場に入った。右耳にイヤホンをはめ、左耳でオカリナの音を追った。メンバーもなかばあきらめ顔。

回を追うごとに次第に興奮が高まっていく。ハラハラ、ドキドキしながら気など抜くことができない展開が続く。画像が見えないから空想がかきたてられ余計興奮する。

優勝が決まった瞬間、何故か僕は自分の高校時代を思い出していた。もう30年以上も前の。

雪でびっちり覆われた校庭を僕たちは走り回っていた。1時間近くも鬼ごっこをくりかえす。雪に足をとられすぐ転ぶ。全身雪まみれになりながら僕らは笑っていた。校舎に入ると廊下や階段でうさぎ跳び。汗とサロメチールの臭い。体力練習をしながら体育館が空くのを待っていた。

道産子が津軽海峡を越えて全国で名をなすということはひとかどの苦労ではなかったと思う。甲子園をねらえる学校は昔と違い室内練習場くらい持っているだろうが、それでも冬場の練習は大変だったと思う。

優勝が決まった瞬間。じわじわとこみ上げてくるものを禁じえなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.08.21

道産子 けっぱれ!

夏の甲子園で、駒大苫小牧が76年ぶりの決勝進出を決めた。
7点のリードを2点差にまでつめよられたときはどうなるかと思ったが、がんばりとおした。
もうこれだけで充分すぎるほどうれしいが、ここまできたのだから春の覇者済美を破り優勝してほしい。

雪で閉ざされ満足な練習もできなかった北海道の高校野球。
どこまで勝ち残れるかという観点でしか語られることがなかった歴史。
サッカーでは室蘭大谷が準優勝の経験があるが、野球では初めて!
試合を見ていて同じ道産子として目頭が熱くなったが、うれし涙は明日までとっておこう。

駒大苫小牧のキャプテンが試合終了後のインタビューで
  「道産子らしく、思い切ってやります!」
と答えていた。

けっぱれ道産子!!

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.07.07

竹に短冊 七夕祭り

   竹に短冊 七夕祭り
   
   覆いはいやよ
   
   ろうそく1本ちょうだいな
   
   くれなきゃ かっちゃぐぞ

今日は七夕。
齢50を重ねるとやたら子供の頃のことが思い出される。

夕方、函館公園のすり鉢山に陽が落ちる頃
僕たちは噴水の前に三々五々と集まる。
手には提灯をぶら下げたり、自作の『カンテラ』を持って。
『カンテラ』というのは海苔やお菓子の缶にくぎを打ち付けろうそくを立て、木っ端の取っ手を取り付けたやつ。
中には浴衣に三尺をひきずってる子もいる。
(ついでに鼻水もひきずって)

薄暗くなりかけた街を僕たちは一軒一軒まわり玄関先で大声で歌う。

   タケ~ニタンザク タナバタマツリ

オオイハイヤヨォ

ロ~ソク イッポンチョーダイナ

ク~レナキャ カッチャグゾォ

意味などわかりもせず、まるで呪文のように歌う。
今にしてみると「オオイハイヤヨ」というのは
「大いに祝おう」だったり、「多いはいやよ」だったのかとも思う。
でも僕は長い間「覆いはいやよ」だと信じ込んできた。
居留守を使っちゃダメだよという意味だと思ってきた。
「カッチャグ」というのは引っかくという意味。

すると玄関をあけておばさんが出てきて僕たちにろうそくを配ってくれる。
ろうそくをもらうと僕たちは急いでビニール袋に入れて次の家の玄関先に・・・

  タケ~ニタンザク タナバタマツリ・・・

あきもせずに同じことを繰り返す。

こうして9時まで町内を練り歩くのだ。

ふだん夜遊び、火遊びを許されない小学生にとって
七夕の夜のこの“儀式”には、怪しげで特別の魅力があった。

ビニール袋一杯のろうそくがどのように使われたかはさっぱり覚えていない。長い間机の引出しに眠っていたようにも思うし、親にせびってお菓子とバグッた(交換する)ような気もする。

深夜の便所(トイレではない)でろうそくに火をともし怪しくゆれる炎を見つめながらそのまま眠ってしまったことがある。危うくぼやを起こしそうになりひどく叱られた。
当時の便所はどの家もボットン便所で、40ワットの裸電球だった。
それだけでも充分怪しげではあったが、カンテラの中で揺れるろうそくの炎は魔術的ですっかり魅せられていた。

年に一度の七夕のこの“儀式”は全国でも珍しく、函館周辺でしか行なわれていと聞く。

それも近年はろうそくの変わりにお菓子をもらうのが普通になったという。子供の火遊びを懸念してとのこと。
子供にほいと(物乞い)の真似をさせるのはどんなもんかという批判もあるらしい。
お菓子を用意するほうも結構大変だ。
そういう風潮を反映してか、この“儀式”を無視する家もかなり増えたそうだ。“儀式”に参加する家は玄関先に竹飾りを用意し、子供たちは竹飾りの家を目指してお菓子をもらい歩くのが今風の七夕さん?
驚いたことに子供たちに母親が同伴することもあると聞いた。

友達同士暗い夜道を提灯の灯りを頼りに、怪しい体験を共有する。
大人たちは「竹に短冊」を歌いながら訪問する子供たちにろうそくをあげつつ見守る。
江戸時代に御先祖様の魂の通り道を照らすことに始まり、100年以上にわたって伝えられてきたこんな風習はもう風化してしまったんだろうか。

「七夕」と聞くと反射的にあのシーンがよみがえり、
「タケェニ タンザク」が心をかすめる。
無条件で目頭が熱くなる体験をこれからの子供たちにも残してやりたいものだ・・・。

今晩『街角ライブ』で七夕特集をやろう。
もちろん、歌いマッス!

  竹に短冊 七夕祭り・・・・・・
  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.06.30

我が心の 『函館市立青柳小学校』 旧校歌

       安保  徳輔 作詞
       工藤富次郎 作曲


1.臥牛の緑空に映え

  宇賀の潮路や遠光る

  ああゆく末も幸多き

  学びの窓にいそしまん   


2.みよや巴に青柳の

  誉をになうそのしるし
 
  四方にしきふる天つ日の

  くしき光をさながらに   


3.現し宝とうまれたる
  
  ああ清若の我等いま

  この学舎にいそしみて

  清き世たてんいざもろともに

http://www.h2.dion.ne.jp/~sakaeda/aoyagi2.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)