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2024.06.17

あわてずに、ていねいに、ゆったりと

すでにカウントダウンが始まっている「老後」をどう生きるか。
「老後」という呼び方が適当かどうかは分からない。
何しろ今まさに「老い」の時代のまっただ中を生き始めてるんだからね。
最近そんなことを考えることが多い。
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残念ながら10年前に比べると体力は衰え、身体のあちこちに不具合も出始めている。
「老い」という現実から眼をそらすことはできないし、眼をそらしてもいけない。
真正面から「老い」を受け入れ、受け止めなければなるまい。
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幸いなことに気力は以前と変わらず充実している。
精神年齢もおそらく若い頃とさして変わらない。(というかどこかでストップしている)
気さえ充実していればこそ前向きに受け止めもできようというもんだ。
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子供の頃の自分はいたってマイペースだった。
あわてずに、ていねいに、ゆったりと日々を過ごしていた記憶だけが残っている。
.いつの頃からだろう。
生きることに急ぎ始めたのは。
「より早く、より高く、より遠くへ」がひとつの生きる指針のようになっていた。(オリンピックみたい)
どれほど多くの実体験ができるか、どれほど多くのことを同時にこなすことができるか。
一日24時間という限られた時間の中でより早く、より効率的に、より多くの果実を得ることが大切だと思ってきたところがある。
それは仕事の上でも、音楽活動の上でもだ。
(QC思考を仕事のみならず、プライベイトでも実践するほどだった)
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その結果ずいぶん無理を重ねてきた。
長年「仕事と音楽どちらも全力投球であること」を自分に科してきた。
睡眠時間を削るしか双方をこなすことはできなかった。
そして無理を重ねてでもやれる「若さ」があった。
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ここ数年無理を重ねることが難しくなってきている。
無論無理をすることはできないわけではないし、あいかわらず無理はしている。
でもその後の消耗を回復させるために倍以上もの時間を要するようになっている。(肉体的にも精神的にもね)
これが「老い」というものなのかと感じる日々だ。
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今思っていることは子供の頃のマイペースの自分に立ち戻ることだ。
急がない生き方。
あわてずに、ていねいに、ゆったりした精神状態を保つ生き方。
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これからはひとつひとつの具体的な事柄の中で、「急がない生き方」を暗中模索することになるんだろう。
人に等しく与えられた1日24時間という時間。
より多くをつめこむのではなく、よりていねいに接していくことが肝要かと思う。
そうすることでより充足感のある意味ある24時間になるんではないかな。
それが「今を生きる」ということにつながるんじゃないかな。
そう思いたい。

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