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2024.06.17

駄洒落・こじつけ・連想・そして肉付け

昨日の「フォークの歌声音楽会@おーるどタイム」は日頃心がけている水先案内人の役割がいいあんばいでできたように思う。
ひとつの歌や参加者のリアクションから瞬時に駄洒落・こじつけが思い浮かび、連想を働かせ肉付けされていく。
それが次の歌に結びついていくという一連の流れだ。
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通常のライブの場合は事前にテーマやプログラムを準備しておく。
それをベースにしてライブを進めていく。
テーマやプログラムは羅針盤だ。
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一方「歌声音楽会」の場合はまったくの白紙状態でスタートする。
羅針盤のない状態で行き当りばったり、道草を食いながら音楽会は進んでいく。
道草を食むことで自然に道が拓かれ、それがやがて羅針盤になっていく。
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『水先案内人の役割』は羅針盤を作るための一連の流れとも云えそうだ。
参加者の心のタンスから記憶を引き出すために水を向ける。
浮かび上がった話の卵を割り、塩を加えたりコショーを振ったりバターを加えたりしながら料理の下準備をする。
この過程を参加者全員で仕上げる料理。
それが次に歌う唄だ。
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こういうことをくりかえしながら少しずついろんな料理を作る。
和食もあれば中華や洋食もある。
時にゲテモノ料理(?)に飛び火することだってある。
そして食後のスイーツ、エンディングテーマ『街』に結びつけていく。
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昨日の「フォークの歌声音楽会」は遠路ももっちさんがマンドリンで参加してくれた。
河辺さんのキーボードと相まって演奏に華を添えてくれた。
チノネさんや高橋さんのギター。
安定した歌声の武田さん。
朗々と歌い上げる大浦さん。
チャチャを入れるスーさん。
そしていつもながら突っ込み鋭い玲子ママ。
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参加者全員が心を合せて作り出す文字通り「みんなで歌おう・弾こうフォークソング」の集いとなった。
(今回の選曲の9割以上がフォークソングであったことは特筆すべきことだ。いつもは節操なしにいろんなジャンルの唄に飛び火するのにね)
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そしてあらためて実感した。
参加者みんなが心を開きあい、信頼感をもって臨んでいるからこその「駄洒落・こじつけ・連想・肉付け」なんだな、と。

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Shimoオープンマイク

久しぶりのオープンマイク出演だった。
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ソロライブとはひと味ちがった緊張感を楽しむことができた。
まずなにより20分という枠の中で起承転結を織り込んだ選曲をする難しさ。
僕のスタイル=「おしゃべりを軸にしたステージ進行」をするには時間が限られている難しさ。
そしてオーディエンスの多くが耳の肥えたミュージシャンであること。
他の出演者の皆さんがPA装置を通した音作りをされる中で、ナマ声・生ギターを埋没させぬパフォーマンスもまた必要。
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何から何まで普段の自分のスタイルとは違った条件下で歌うオープンマイクは難しく、緊張もし、そして楽しい。
そして他の出演者の演奏を聴くのもまたいい。
それぞれの方の音楽の好みやアプローチの仕方などを垣間見ることのできる楽しみはまた刺激にもなる。
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今回も僕はトップバッターを仰せつかった。
生音演奏が埋没せぬようにとの主催・Shimoさんが配慮してくれてのことだろう。
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選曲は以下の4曲。
①「いつも君がいた」
  起:若き日の故郷での恋物語への想い。
②「テネシー・ムーン」
  承:故郷捨てて旅に出た。夢を追いかけすべてを棄てたつもりではいたけれど、想い出すのは君のことばかり。
③「I'll Hold You In My Heart」
  転:遠く離れた君を星空を見上げ、夢の中で抱きしめる。
④「Take Me Home Country Roads」(故郷に帰りたい)
  結:おんぼろ車のカーラジオから流れるディスクジョッキーの故郷なまり。自分のいるべきところは生まれ育ったあの北の大地。帰りたい、でも帰れないと揺れる望郷の念。
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先日やった「おーるどたいむ de ライブ 春の陣」と同じテーマだったが、その中でも起承転結のあるコアになる歌で組んだ。
ストーリーがオーディエンスに伝わるのがベストではある。
でもそれは簡単なことではない。トークをギリギリまで抑え、歌だけでつなぐのだからなおのことだ。
それでも自分の中では歌う必然性は整理されている。
僕の場合、この「必然性」というのがとても大切なんだ。
ストーリーを組み、イメージを膨らませ、そして歌い込む。
準備を入念にやって本番に臨んだ。
本番では心を開き、捨て身になり、流れにまかせる。
さてさてその結果はオーディエンスにどのように届いただろうか。
10人の画像のようです

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つくろうカフェ@羽生MD Libraryで歌う

次男夫婦の関わる羽生の草の根活動の企画の一環で「歌声喫茶」の依頼があった。
小一時間の歌謡ショーとみんなで歌おうコーナー、あわせて1時間半の音楽会。
参加される方は認知症予防の方や、現に認知症になっている人たちとのことだった。
年齢層は60~80代で、蓋を開けてみなければ何人集まれるかわからないとのことだった。
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  雲をつかむような状況で悪いね
  でもオヤジなら大丈夫っしょ
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と、お気楽に言ってのける次男。
たしかにこれまでもいろんなシチュエーションで、なんとか形にしてきているのを見てきた次男は軽く言ってのける。
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とはいえ実際にはそんなに簡単じゃない。
本番でちゃんとした形にできるように、事前準備に力を入れた。
参加する年齢層に対応できるようにベースになるプログラムを3通り準備した。
①80代の方が多い時は昭和20年代~30年代の歌謡曲をメインのプログラム。
②70代が多いときは昭和30年代~40年代の歌謡曲を中心に。
③60代が多い場合はグループサウンズやフォークソングなどを多めに。
これに加えて50曲ほど選りすぐった歌のリストも作った。これは参加者にお渡しして、リクエストを頂戴するためのもの。
それぞれのプログラムや選りすぐりリストは長年歌い込んできたものばかりだから演奏に不安はない。
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問題は参加者と場の空気をどうやって共有していくかという現場力。
いざ蓋を開けてみれば今回の参加者は60代後半~70代前半。
僕とは同世代。
プログラム②と③をごちゃまぜにして歌い始める。
場の空気はほんの5分ほどで一気に温まった。
やはり同世代だと話が早い。
若い頃の世相や思い出話を織り交ぜながら音楽会は進んでいく。
歌詞カードなどを配ったわけではない。でも皆さんよく覚えておいでで一緒に口ずさむ。
やがて会はリクエスト中心になってくる。
「選りすぐりリスト」をお配りしておいたのが功を奏した。
最後の「みんなで歌おうコーナー」も含めてあっというまの1時間半だった。
本当に認知症なの?と思うほどだった。
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やはり歌ってのは忘れられた記憶を掘り起こす力があるんだな。
言ってみれば歌はタイムマシン。
一瞬のうちに「あの頃」にワープし、一瞬のうちに「今」に舞い戻って来ることができる。
瞬時の時間移動を可能にするために何ができるか
これが演者であり、水先案内人の役どころ。
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今回は初めての場所、初めての方々だったので普段以上に「オープンマインド」を心がけた。
こちらが心を開き、本音で語りかけ、歌う。
参加者のリアクションを受けながら、相手の心にストレートに飛び込んでいく。
自我を捨てる。捨て身になることが大事。
ごく自然にそれができたので、初めての方々といいあんばいでやりとりをすることができた。
互いに好感を持ちあって交感することができた。
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この企画は12月にも行われるとのこと。
早くもオファーを受け、参加者からも数曲のリクエストと宿題を頂戴した。
次回も楽しみだ。
2件以上
すべてのリアクション:
吉田 嘉秀、蒲田 祐子、他31人

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友 遠方より来たる

今日の「青空演奏」。
愛知県からフラットマンドリンを携えてOhnoさんがやってきた。
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Ohnoさんとは十数年来の友達。
1年に1度か3年に2度程度しか会うことはない。
その1度が今日だった。
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室蘭生まれのOhnoさん。
青春時代を室蘭で過ごした僕。
そんなこともあり長年いいお付き合いをさせてもらっている。
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今回はマンドリンを持ってきた。
で、ピロちゃんと3人の共通項ナターシャセブンの歌を片っぱしに演奏。
厚みある演奏は気持ちがいい。
ギャラリーの方々もにこにこしながら聴き入ってくれる。
お天気にも恵まれ最高のひとときを過ごすことができた。
3人、ギターの画像のようです

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あわてずに、ていねいに、ゆったりと

すでにカウントダウンが始まっている「老後」をどう生きるか。
「老後」という呼び方が適当かどうかは分からない。
何しろ今まさに「老い」の時代のまっただ中を生き始めてるんだからね。
最近そんなことを考えることが多い。
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残念ながら10年前に比べると体力は衰え、身体のあちこちに不具合も出始めている。
「老い」という現実から眼をそらすことはできないし、眼をそらしてもいけない。
真正面から「老い」を受け入れ、受け止めなければなるまい。
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幸いなことに気力は以前と変わらず充実している。
精神年齢もおそらく若い頃とさして変わらない。(というかどこかでストップしている)
気さえ充実していればこそ前向きに受け止めもできようというもんだ。
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子供の頃の自分はいたってマイペースだった。
あわてずに、ていねいに、ゆったりと日々を過ごしていた記憶だけが残っている。
.いつの頃からだろう。
生きることに急ぎ始めたのは。
「より早く、より高く、より遠くへ」がひとつの生きる指針のようになっていた。(オリンピックみたい)
どれほど多くの実体験ができるか、どれほど多くのことを同時にこなすことができるか。
一日24時間という限られた時間の中でより早く、より効率的に、より多くの果実を得ることが大切だと思ってきたところがある。
それは仕事の上でも、音楽活動の上でもだ。
(QC思考を仕事のみならず、プライベイトでも実践するほどだった)
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その結果ずいぶん無理を重ねてきた。
長年「仕事と音楽どちらも全力投球であること」を自分に科してきた。
睡眠時間を削るしか双方をこなすことはできなかった。
そして無理を重ねてでもやれる「若さ」があった。
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ここ数年無理を重ねることが難しくなってきている。
無論無理をすることはできないわけではないし、あいかわらず無理はしている。
でもその後の消耗を回復させるために倍以上もの時間を要するようになっている。(肉体的にも精神的にもね)
これが「老い」というものなのかと感じる日々だ。
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今思っていることは子供の頃のマイペースの自分に立ち戻ることだ。
急がない生き方。
あわてずに、ていねいに、ゆったりした精神状態を保つ生き方。
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これからはひとつひとつの具体的な事柄の中で、「急がない生き方」を暗中模索することになるんだろう。
人に等しく与えられた1日24時間という時間。
より多くをつめこむのではなく、よりていねいに接していくことが肝要かと思う。
そうすることでより充足感のある意味ある24時間になるんではないかな。
それが「今を生きる」ということにつながるんじゃないかな。
そう思いたい。

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市場のラーメン


久しぶりに美松食堂でラーメン餃子。

昔ながらの醤油ラーメン。
鶏ガラベースのあっさり味。
あっさりなんだけど深ぁい旨味。

時々モウレツに食べたくなる。
そうなると矢も楯も堪らなくなる。
でもこのスープが一番美味しいのは、開店してから1時間ほど。
仕込み終わったスープがなじみ、かつ煮しまらない一番いい状態。
スープがもっとも澄んだ時間帯が開店から1,2時間のこの辺りを狙ってくのがベスト。

越谷市場で「朝市コンサート」をやってた頃は、コンサート開始直前にラーメン餃子を食べていた。
いわば戦闘準備を美松のラーメン餃子でととのえて、出陣していた。

久しぶりのラーメン餃子。
あの日のままだった。
最後の一滴まで飲み干した。
旨かった!


















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