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2021.06.01

【街角ライブ 4 これから】

2021_05_31
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昨年の3月、富安ハゲさんとのジョイントライブを最後に1年以上も演奏機会に恵まれない状況が続いている。
毎月のレギュラーライブと位置づけているものが中止せざるを得なかったからだ。
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やむを得ない状況と判断し、それならば当面は普段できないことをやろうと思った。
充電期間にあてようと思った。
さいわい喫茶店JUNEでの「たそがれ歌声音楽会」は毎月継続することができることになった。
「自粛はすれど萎縮はするな」を合い言葉に、可能な限りの感染予防対策をとり音楽会の継続に踏み切った。
マスターの英断には感謝しかない。
「たそがれ歌声音楽会」の下準備や練習に全力を傾けた。
時々やった他のライブ等ではそれをベースにして対応してきた。
この充電期間は得がたい勉強になっている。
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でもまさかコロナ「自粛」期間がこれほど長く続くことになるとは思いもしなかった。
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「これ以上はもう待てない」というのが正直な気持ちだ。
充電期間もあまりに長く続くと過充電になる。
頭でっかちになり、ライブでのフットワークが損なわれていく。
「ライブ勘」が失われることをなによりも恐れる。
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さりとてコロナ状況は当分改善が見込めそうにない。
ワクチン摂取がある程度行き渡れば世の中は大分落ち着くのだろうけど、まだしばらく先のことになりそうだ。
「朝市コンサート」や「お好み焼きの三貴ライブ」などのレギュラーライブの再開もまだまだできそうにない。
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このところ意識して家を飛び出し外で歌っている。
越谷市内のあちこちの公園が舞台だ。
公園で憩う人たちの中で2~3時間歌う。
公園には読書をする人、ひなたぼっこをする人、昼寝をする人、おしゃべりに興じる人、物思いにふける人、散歩する老人、そして子連れの家族。
様々な人がいる。
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彼らの邪魔をしない程度の距離を保つ。
距離にすると10~20メートルだろうか。
歌声やギター音がそれらの人を直撃せず、でもそこはかとなく届く距離だ。
歌い方や弾き方もまずはソフトタッチから。
その場の空気に同化するように歌う。
(お好み焼き屋さんや市場で15年以上かけて身につけさせてもらったやり方だ)
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反応は様々だし、毎回ちがう。
 黙殺する人もいる。
 知らん顔してじっくり聴いてくれる人もいる。
 積極的に反応してくれる人もいる。
  (差し入れまでしてくれてね)
 話しかけてくる人もいる。
  (マスクを着用のうえでね)
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場の空気が変わってきたら、それに合わせて選曲・歌い方・弾き方を少しずつ変えていく。
場の空気に同化するところから始め、その空気を自分の空気感に変えていければヨシとしている。
うまくいく時もあれば、そうでない時もある。
今のところまだ五分五分といったところだけど、回数を重ねるうちにもう少しよくなるだろう。
もっともそれはその場にいる人たちとの関係で決まってくるものだ。自分にできることは、その関係を築くために心を開いて歌うことだけのように思う。
むろん本気モードで、1曲1曲をしっかりと歌いきることが大前提だけどね。
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やむにやまれず、背に腹は代えられず始めた公園等での生演奏だが、けっこう気に入っている。
公園は人々が心を解放しにくるところだ。
日々の暮らしのひとコマ。
「暮らしの中で歌う」という長年の僕のテーマにもなじむものだ。
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これまでやった街角ライブとは性格がちょっと違うように思う。
青年時代の路上演奏は世の中の矛盾を訴えるというものだった。
中年時代の「街角ライブ」は行き交う人に自分の歌をアピールするものだった。
いずれも「自己表現」という性格が前面に出ていた。
自己顕示欲の強烈な発露ともいえる。
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「老境」にさしかかった今、やりたいと思っている屋外生演奏。
それはむしろ一歩引いたところから、同化や共感が醸し出されるような空間を作り出すこと。
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  「その場の空気のようになりたい」
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市場やお好み焼き屋さんでやってきたスタンスを屋外でも実現できればいいんだがな。
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(「街角ライブ」シリーズ 最終版)

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