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2021.05.27

【街角ライブ その1】

15年ぶりに「街角ライブ」を復活させようと思っている。
長引くコロナ時代のあおりを受け、ほぼ壊滅状態のレギュラー・ライブ。
ライブ勘を錆びつかせないことが当面の目的。
いつかレギュラーライブを再開させる時にちゃんとステージができるようにしとかなきゃね。
今の状況で自分にできる最大限の取り組みが「街角ライブ」。
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なにしろ屋外で歌うわけだから、演奏条件としては密閉・密集・密接の点で比較的安全だものね。
それに青空・生音ライブでは小細工抜きのストレートな演奏でなければ伝わっていかない。
この際いったん歌うこと、弾くことの原点に立ち返るのも悪くはないかなと思う。
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ただ、やみくもに外で歌い始めるってのも芸がない。
以前やっていた「街角ライブ」をふりかえり、自分の中に位置づけておかなければなるまい。
いつもながらまったくめんどくさい性癖だ。
でも長年こんなやり方でやってきたわけで、今更変えることもできない。
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そんなわけで、これまでやってきた「街角ライブ」の総括めいたことを2回に分けて跡づけてみたいと思う。
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歌い始めてかれこれ50年になるが、大きく分けて二つの時期に「街角ライブ」をやってきた。
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一つは10代~20代の頃。
当時僕はフォークゲリラの影響を少なからず受けていた。
新宿西口広場のフォークゲリラを実際には見たことはなかった。体感したことがないから、逆に妄想で脳裏ははち切れそうだった。
最初にフォークゲリラ的な街角ライブをやったのは東室蘭駅の東口だった。(当時は「街角ライブ」などとはいってなかったけどね)
自分の思い・若者の主張を声量にまかせて歌いあげていた。
東京に出てきてからもそこかしこで同じように歌っていた。
自己主張だけの一方通行の「ライブ」だった。
とても「ライブ」などと呼べるシロモノではなかった。
当然のことながら道行く人は歌う僕を避けて、遠回りして去って行った。
ひとりよがりのライブだったことに気づき、打ちのめされた。
そしていつしか挫折していった。
(この後数年、まったく歌えなくなってしまった)
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もう一つは48歳~52歳までの4年間だ。
土曜日の夜、7時頃から終電のなくなる12時半頃まで新越谷駅前で歌っていた。
当時の記録によると「出勤率」97%だったから、ほぼ欠かさず毎週歌っていたことになる。
この4年間の「街角ライブ」はその後の自分のライブ・スタンスに大きく影響を及ぼした。
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今回「街角ライブ」を再開するにあたり、ふりかえらなければならないのはこの時期の活動。
今の自分のスタイルに直結する季節だから。
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この点についてはまた後日書きたいと思う。

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