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2020.11.28

【場末のフォークシンガー】

5年前、仕事帰りに立ち寄ったラーメン屋で感じたことを投稿していました。

当時の僕は転職後、やっと自分なりの仕事の仕方が見え始めた頃でした。
日々「新規案件」や「アフターフォロー」に追い立てられ、尻に火がついたような状態でした。
二足のわらじで長年続けてきた音楽活動も文字通り必死にやっていました。

「場末のフォークシンガー」という言葉は歌うたいとして自分はかくありたいというイメージです。
生活の場に根ざし、市井の人たちと想いを共有する歌い手でありたい。そんな願いから来るイメージでした。

ところが追い込まれる日々の中でそんなイメージも忘却の彼方となっていたのです。
古いラーメン屋で薄れていたイメージがふと蘇った瞬間でした。

コロナ下で自分の歌うたいとしての立ち位置を見直す昨今です。
原点にある「場末のフォークシンガー」のイメージを再確認することも悪くはないかな。
そう思い再録しました。

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2015年11月27日

今週もなんとか切り抜けた。
寒空に背を丸めてとぼとぼ。
ふらっと足を踏み入れる古ぼけた中華屋。

ラーメンの湯気と煙草の煙。
あったかい空気と満員のお客のしゃべり声。
濃密。

お客はけっこう年配のおっさんだらけ。
料理人もおっさんなら、接客も白髪パンチパーマのおっさん。
紅一点の皿洗いもオバサン。

そこかしこでオダをあげるおっさんたち。
多分定年過ぎて、第一線を退いた70にちょっと手のかかるおっさんたち。

「仕事の仕方」談義に唾を飛ばしてる。
でもどこか実態のない論議がちょっと哀しい。

一線を退いても、戦ってきた日々をどこかにまだ引きずっているのかも。
社会や家庭や仲間内の中にあって自分の存在を確かめたいのかも。

あと何年かすると、自分もまた仲間入りするだろうお年頃。
どこか哀しく、どこか親しみを覚えるのは自分もそこに近づいているから?

みんな何十年もこの店にかよいオダをあげてきたんだろうな。

壁には巨人軍の松原選手と駒田選手に寄贈された硝子。年月を感じる。
長い年月かけっぱなしの札が油で茶に薄汚れている。
ラーメン 350円也

餃子とかた焼きそばをつつきながら疲れが少しずつ薄れていくのを感じる。

ふと思う。
オレが一番歌いたいのはこんなおっさんたちになんだよな。

場末の片隅でひっそりと、おっさんたちやオバサンたちに囲まれて。
何とはなしに人生を語りあいながら歌い、時を同じくする。

そんな歌うたいにオレはなりたいんだと思う。

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