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2020.10.31

2020年11月 ライブ・音楽会予定

11月01日(日) 喫茶店JUNE たそがれ歌声音楽会 

時 間  16:00~18:00
場 所  喫茶店JUNE(tea room ジュン)
料 金  ¥1000

★昭和の香り漂う喫茶店。
 昭和を彷彿とさせる歌の数々を参加された方々と歌います。
 歌と切っても切り離せないのがおしゃべり。
 ひとつの歌から様々なおしゃべりが飛び出す井戸端音楽会です。

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11月01日(日) アビーのフォーク・ニューミュージック祭 

時 間  18:00~21:10
場 所  越谷アビーロード
      越谷市弥生町1-1 2階
      (東武スカイツリーライン 越谷駅東口 徒歩3分)
     18:00 オープン
     18:20~18:50 ルチル
     18:55~19:25 ケッペキーズ
     19:30~20:00 やまちゃんとまえちゃん
     20:05~20:35 Martin古池
     20:40~21:10 アリンス
チャージ 2500円(1ドリンク付き)

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11月22日(日) みんなで歌おう・弾こうフォークソング

時 間  14:00~17:00
場 所  Live cafe おーるどたいむ
      東武スカイツリーライン 北越谷 東口 徒歩10分

★体にしみこむフォークソングを中心に歌う歌声音楽会。
 参加される方々のおしゃべりが生命線(?)の井戸端音楽会でもあります。
 Martin古池は水先案内人を務めさせていただきます。

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12月06日(日) 喫茶店JUNE たそがれ歌声音楽会 

時 間  15:00~17:00

場 所  喫茶店JUNE(tea room ジュン)
料 金  ¥1000

★昭和の香り漂う喫茶店。
 昭和を彷彿とさせる歌の数々を参加された方々と歌います。
 歌と切っても切り離せないのがおしゃべり。
 ひとつの歌から様々なおしゃべりが飛び出す井戸端音楽会です。

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2020.10.30

初演 「元町 MOTOMACHI」

 

先日の「おーるどたいむ de ライブ 秋の陣」で初披露した時の演奏です。

  → https://youtu.be/kELTAYIFeck


小松崎健さんの美しいメロディに、子供のころこの街で過ごした想い出やイメージをのせて歌詞をつけさせていただきました。(健さんのライブ演奏を聴いてるうちに、その場で自然に歌詞がわいてきたのでした)

初演ということで緊張感バリバリ。
歌としてもこなれるまでにはまだまだ。
大切に歌い続け、少しずつ時間をかけて体にしみこませていきたいと思います。(まずはあさっての「アビーロード」でのステージで)

サポートのハンマーダルシマー(怜子さん)とニャンダル(一江さん)は健さんのお弟子さんたち。このところお二人には要所要所で「おーるどたいむライブ」をお手伝いいただいています。

写真を添付します。
歌詞のイメージの元となった景色。

 

 

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  長い坂を下りながら 見おろす港
  白い船が光ってる 潮風の中

二十間坂から見おろす函館港。

白い船は青函連絡船・摩周丸。

 

 

  長い坂をのぼりながら 見上げる山
  杜の緑 空に映える 流れゆく雲

残念ながら歌詞のような写真が手元になかったが、夕暮れの函館山に雲が流れていた。

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  長い坂を横切りながら 目をやる教会
  鐘の音が響いている いにしえの街

昭和30年代に父が撮影したカトリック元町教会。
毎日3回、鐘が鳴り響きます。
元町は幕末から明治維新にかけて箱館戦争の部隊になったところでもあります。その頃から教会や大使館など諸外国の施設がありました。
鎖国の扉を開き、北海道開拓の礎となったいにしえの街。

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  二人歩いた坂道 夢をえがいた日々
  遠い思い出の彼方 いつかは帰る街

生家のあった青柳町から元町にいたる道。
子供のころの僕たち兄弟を父が撮影した写真。
この同じ場所で30年後僕は息子たちの写真を撮った。
さらに30年を経た昨年、孫たちの撮った。

明日に向かって一歩ずつしっかりと歩いて行けという願いをこめて 19571-3

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2020.10.25

【元町(MOTOMCHI)】

     元町(MOTOMCHI

  長い坂をくだりながら 見おろす港
  白い船が光ってる 潮風の中
  長い坂をのぼりながら 見上げる山
  杜の緑空に映える 流れゆく雲
   ふたり歩いた坂道 夢をえがいた日々
   遠い思い出の彼方 いつかは帰る街
  長い坂を横切りながら 目をやる教会
  鐘の音が響いている いにしえの街
   ふたり歩いた坂道 夢をえがいた日々
   遠い思い出の彼方 いつかは帰るふるさと


    作曲:小松崎健 作詞:Martin古池

 

健さんのラジオ番組「アイアムダルシマン」で初めて聴いて触発されました。
なにしろメロディが美しい。
聴きながら函館の元町の景色が浮かび上がってきました。

FMいるかが開局した頃の番組「じろじろ大学」の歌として健さんが書き下ろした曲だそうです。
FMいるかは地方FM局の先駆けとなった函館のFM局です。
1992年の開局なのでかれこれ30年近く経つ放送局。

9月に「運河の紅かもめ」のライブでリクエストをして演奏してもらいました。
不思議なことに聴きながら歌詞の断片が浮かび上がり、数日後には仕上がりました。

函館の元町、大三坂あたりから眺める函館港や函館山、そしてカトリック元町教会の昔の景色をそのまま書き連ねました。
(まだ桟橋があり青函連絡船が往来していた子供の頃です)
生家のあった青柳町から元町教会の敷地にある白百合幼稚園まで弟と通った道であり、小学生になってからは幼なじみたちと遊びまわった町、それが元町でした。

健さんに尋ねると実はすでに「元町ファンタジー」という歌詞があり、ありまじろうさんの奥様が歌っているとのことでした。
(ありまさんご自身も歌っていらっしゃるとのこと)

作曲の健さんにローカル(ご当地)ソングとして歌う許可を得、先日の「おーるどたいむ de ライブ 秋の陣」で初めて歌いました。
ハンマーダルシマーとニャンダルのバッキングつきです。
(函館ご当地ソングのレパートリーは「函館物語」に続いてこれで2つ目)

一昨日の健さんのライブでも、健さんのハンマーダルシマー、田中真理さんのハープ伴奏で歌わせてもらいました。(なんて贅沢な!)
しかもなんとありまじろうさんがいらしていてキンチョーでした。
(ありまさんからは「元町ファンタジーならぬ、元町エレジー」としゃれた表現をいただいてしまいました)

まだ歌いまわしがこなれていないけれど、大切に歌っていければいいなと思っています。

今年の1月に「鐘の音」についてこんなことを書いていました。

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魅惑の魅惑のまりけんライブ@おーるどたいむ

一昨日、小松崎健(ハンマー・ダルシマー)さんと田中真理(アイリッシュ・ハープ)さんのライブに行きました。
健さんのライブは多種多様の他の楽器との組み合わせで拝見してきましたが、ハープとは初めて。
真理さんのハープはとてもリリカルで、音の余韻を感じさせる健さんのダルシマーとの相性が良いと感じました。

とりわけ「虎杖」(イタドリ)は三好紅さんのビオラとは違った魅力がありました。
紅さんのビオラはダルシマーの音を包み込む感じですが、真理さんのつま弾きをダルシマーの余韻が包み込んでいるという印象を受けました。

聴きなじんだ曲をさまざまなセットで聴くことができるのはいいもんですね。
とても贅沢なライブでした。

今度はどんな組み合わせで聴かせてくれるのかな。

ちなみに2部の頭に僕も1曲だけご一緒させてもらいました。
健さんが昔書いた「元町(MOTOMACHI)」という曲に僕が勝手に歌詞を付け、先週の「おーるどたいむ de ライブ」でやりました。
健さんにその歌詞で奏ろうとのお誘いを受けてのこと。
真理さんハープも入り、うれしい演奏となりました。
「元町」に関してはまた別に書こうと思います。
(写真は文代さんからいつものごとく勝手に頂戴しました)

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2020.10.20

旧・ぶどうの木のママさん

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「おーるどたいむ de ライブ」に、「ぶどうの木」のママさんが来てくださいました。ここ1年、毎回足を運んでくださいます。

「ぶどうの木」は30代半ば~40代半ばのおよそ10年間、レギュラーでライブをやっていたライブハウスです。
この10年は僕にとってとても大切な時でした。
ソロの歌い手として独り立ちさせてもらったのもここ。
2時間の枠を演じきる力をつけさせてもらったのもここ。

少しずつステップアップして、今の自分のスタイルの基礎を作ったのが「ぶどうの木」でした。

若いころの僕の歌やステージをつぶさに知っているママさんです。
(もちろんひどい演奏や、ひとりよがりな一面など恥ずかしい部分もね)

残念ながら「ぶどうの木」は20年前に店を閉めました。
当時のレギュラー陣の多くは越谷アビーロードに演奏の場を求めました。
僕は自力ライブの道を探りました。それはやがて「街角ライブ」へとつながり、現在にいたっています。

「ぶどうの木」のママさんの面前で演奏することは、うれしくも緊張します。
20年の歳月を経て、多少は大人になった自分をお見せしたいという気持ち。
そして若気のいたりで突っ走った時代の思い出。
いろんな思いが交錯します。

でも、「若気のいたり」というひとつの原点を思い起こし、
「初心忘るべからず」という戒めになっているのも事実。

僕が長いこと歌い続けてこられたのは、こういう方々に見守られてきたからなんでしょうね。

ソロの歌い手はけっこう孤独なものです。
ややもすると自分を客観視できなくなることもあります。
歌う意識を維持することが難しいこともあります。

そんな時に尻を叩いてくれたり、見守ってくれる方々に支えられてきました。
「ぶどうの木」のママさんはそんなお一人なのです。

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2020.10.19

楽しきかな! おーるどたいむ de ライブ 秋の陣 2020

 

今回の「おーるどたいむ de ライブ」は藤田ケンゾウエモン宴会部長のプロデュースでBGMのお二人をお招きしました。

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BGMとは初めての共演。
でもFBにアップされた演奏動画を拝見させていただいていたのである程度演奏される音楽の感じはわかっていました。オールドタイム音楽やブルーグラスを基礎にされていて、親近感を持っていました。

でも!
やはり動画とライブはまったくベツモノ。
いやそのステージが楽しい、楽しい。
バンジョーマンドリンのまるい音をギターの安定したバッキングがしっかり支えています。古いマーチンOOOはよく鳴っているし、タッチも素晴らしい。
ブルーグラス調のメロディにコミカルな歌詞がのっかり、思わずクスッとしてしまいます。
直美さんの歌は元気印そのもので一歩引いたところからチャーリーさんがコーラスで支えていく。

チャーリーさんの語りがまた面白い。
淡々訥々と語るのですが、そこはかとなくおかしみがある。
そこに直美さんが合いの手を入れていく。
さながら夫婦漫才のようでした。

やはり長年やってこられたベテランバンド。
息の合った楽しいステージでした。

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BGMのステージ最後は「おばあちゃんの腕時計」
僕とBGMがつながるきっかけとなった歌です。
それを取り持ってくれたのが藤田ケンゾウエモンさん。
4人で一緒に演奏しました。
https://youtu.be/vgSm87zwomo
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2部はMartin古池の出番。
今回のテーマは「離郷・望郷」。
先日同じテーマで若い人たちの中でライブをやりました。
違うのはお客さまがみな同年代。サハリンとか満蒙開拓団とかについて多くを語らずとも通じる点でやりやすかったかな。(もっとも他のことをたっぷりしゃべっちまった(^^ゞ)

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今回は親しくさせてもらっている好きなミュージシャンたちの曲をテーマに絡めて歌わせてもらいました。

「日暮れの思い出」
アメリカの古い歌にらんぶりんまっくさんが歌詞をつけた歌です。日本では昭和の始めに「谷間の灯」として東海林太郎さんが歌っています。やぎたこのお二人もカバーしています。
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「Moon Bow」
富安秀行さんの歌う名曲。
遠く故郷にいる人への虹の架橋ならぬ「月の架け橋」。
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「元町(MOTOMACHI)」
ハンマーダルシマー奏者・小松崎健さんの曲に、無理を言って歌詞をつけさせてもらいました。
函館の元町をテーマにした曲で、幼い頃の僕の遊び場だった町です。その頃の記憶は生々しく、坂道から眺める景色を織り込みました。
怜子ママのハンマーダルシマー、宮川さんのニャンダルの応援を得ての演奏でした。

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ついでに「カントリーロード」(故郷へ帰りたい)
ジョン・デンバーの名曲。ジブリやラグビーでも日本語詞で歌われています。
僕は原詩からイメージをふくらませた望郷ソングにしました。
こちらは藤田さんにもベースで参加してもらいました。

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「サハリンの灯は消えず」を序章に「離郷の歌」など故郷を離れる歌。
故郷棄てて旅に出て、今この街に流れ着き根をおろしている。
でも思い出すのは生まれ育ったあの町、あの人。
そんなタッチでお届けした最後の歌は「旅愁」。

  ふけゆく秋の夜 旅の空の

「旅の空」に人生の旅路を重ね、静かに静かに歌い始めます。
やがてお客さまも一緒に歌い始めます。何度もくり返すうちにちょっとしたうねりになリ・・・。

  ああ、いいライブになったなぁ

そう思いながら幕を下ろしました。

 

風は知らない

サハリンの灯は消えず

離郷の歌

日暮れの思い出~わらぶきの屋根

テネシームーン

Moon Bow

元町(MOTOMACHI)

カントリーロード

街~旅愁

 

 

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2020.10.18

古池=コイケの由来は愛知県にあった!

子供のころから気になっていました。
なんで古池をコイケと読むんだろうか、と。
初めてお会いする方からはフルイケさんとかコチさん、フルチさんとよばれることもけっこうありました。


  古い池ですよ。
  蛙飛び込む水の音
  ぽっちゃーんの
  コイケです

そう訂正することもしばしば。
そのたびに怪訝そうな顔で「小池でないんだ」と言われます。
たしかに「コイケ」というとほとんどは「小池」さんですもんね。
(オバQもラーメンの小池さんだった)
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ご先祖さまは愛知県だとは聞かされていました。
父が亡くなる数年前に、両親のお供をして愛知県知多半島を訪ねたこともあります。そこで初めて内地の従兄弟とつながることができました。
でもそれは祖母の方のつながり。
祖父の出身、すなわち古池の由来はわからずじまいでした。
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生前、母は過去帳を作っていました。
読んでいてわかったのは、祖父は愛知県江南市古知野町で生まれたことでした。
三男だった祖父は家督をつぐ立場ではなかった。
そのためか明治37年に分家し、北海道に移り住んでいます。
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古知野町に絞り込んで調べた結果、由来がやっとわかりました。

コチノ(古知野)は戦国時代、すでにそうよばれていたようです。別表記では「古池野」や「古地野」。
どうやら古知野の「古」を使って小池さんが古池に改姓したようです。(むむ、ややっこしい(°°;)

古知野に古くから住む小池さんが、新しくやって来た「大池」さんに対して改姓したとの伝があるとか。

  新入りのくせに大池なんざぁ生意気だ。
  こちとら古くから住む古池だぁっ!

てなあんばいで改姓したんでしょうかね。

愛知県の他に兵庫や岐阜にも古くから「古池」姓はあるようです。
でも祖父の生まれを考えると、僕の名字は愛知県江南市古知野に発するようです。

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明日の「おーるどたいむ de ライブ」では『離郷・望郷』にまつわる歌を取りそろえました。

津軽海峡を渡って19の春、北海道から内地にやって来た自分。
内地に暮らしながら故郷を思う自分。
そんな視点が中心になっています。

祖父母は逆に同じ19歳で愛知県を捨てて離郷し、北海道に骨を埋めました。
愛知県からの離郷の心境はどうだったのか、函館の地で愛知県を思うことはあったのか。
そんなことがとても気になり出しました。

明日のライブに直接反映することもないでしょうが、この先同じようなテーマでライブをやるときに新たな視点になるかもしれないなぁなどと思っています。
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(写真は70歳の頃の祖父と母に抱っこされている自分)

 

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2020.10.17

【あらためてお知らせ】 おーるどたいむ de ライブ 秋の陣 2020

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今週の日曜日、10月18日、14:00から
「秋の陣」を開催させていただきます。

今回はおーるどたいむ企画宴会部長・ケンゾウエモンさんのプロデュース。
ゲストプレーヤーにBGMのお二人をお迎えします。

BGMはブルーグラスやオールドタイミー・ミュージックをベースにオリジナル曲を演奏するユニットです。

そして、Martin古池。
今回は「離郷・望郷」をテーマにお届けします。
いつものように歌あり、おしゃべりありの井戸端ライブにできればいいなと思っています。

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10月18日(日)14:00 開演

Live cafe おーるどたいむ
 東武スカイツリーライン 北越谷駅 東口 徒歩10分
 048-971-1812

ケンゾウエモン 14:00頃~
BGM    14:15頃~
Martin古池  15:00頃~

木戸銭 ¥1500(1オーダーをお願いいたします)

★感染予防のため人数制限とさせていただきます。
 おそれいりますがお店にご一報いただくか、
 Martin古池までメッセージをいただければ幸いです。

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さんすまいる歌声音楽会 秋

 

デイサービスでの歌声音楽会でした。2ヶ月毎(偶数月)の開催なので季節の移り変わりがドラスティック。
前回は真夏のど真ん中、「夏の歌大特集」でした。
打って変わって今回はこの秋一番の冷え冷えした一日。
「秋の歌大特集」で臨みます。

変化があっておもしろい反面、けっこう準備が大変。
みんなで歌うことが主眼の音楽会だから、歌いつけた歌でも参加される方々のキーやテンポを考慮してアレンジし直します。
原曲の雰囲気を残しながら、できるだけシンプルに。

1時間枠の中での歌とおしゃべり。奏れるのはせいぜい10曲程度です。
でも何を歌うのかを決めるのは僕ではなく参加される
皆さん。選択肢を作るため(広げすぎないため?)30曲くらいは用意します。
大半は歌われることなく終わるんですが、それでもこの下準備はけっこう楽しいものです。

そんな中で今回皆さんに選ばれた栄えある歌たちです。

 ・リンゴ村から~夕焼けとんび(三橋美智也)
 ・与作~函館の女(北島三郎)
 ・ふるさと~千曲川(五木ひろし)
 ・学生時代(ペギー葉山)
 ・里の秋~紅葉~旅愁(童謡・唱歌)

これにリクエストが加わります。
 ・涙の操(殿様キングス)→女の道(ぴんからトリオ)
 ・高原列車は行く(岡本敦郎)

そしてエンディングテーマ「上を向いて歩こう」(坂本九)。

それにしても皆さん三橋美智也さんがお好きなご様子。目の輝きが違う。
歌うのは好きだけど不得手で、普段は小声で口ずさんでいるだけの方がいらっしゃいます。
その方が「リンゴ村」が始まった途端に目がキラキラ!調子っぱずれだけど大声で歌い出します。
他の方々もそれに合わせるかのようにボルテージが上がり、一気にヒートアップ!
その流れで「夕焼けとんび」の大合唱へ。

昭和30年代始めの歌です。
皆さん80代前半のお年頃。思春期~青春期の多感な頃にラジオから流れる三橋節に胸を熱くしてたんでしょうね。

ここで僕の仕掛けがひとつ入ります。
北島三郎さんの「与作」へ。
三橋美智也さんは上磯出身。北島三郎さんは知内(しりうち)出身。
お二人とも函館近郊の出。
話は千代の富士(渡島福島出身)にまで飛び火し、函館湾沿岸の産業・観光案内に。
もちろん〆は「函館の女」。

いやんや、今回も おもしょがったなぁ。(面白かったの北海道弁)

帰りしな、皆さんが手をキラキラキラッと回しながら見送ってくれます。


 「おいおい、ここは保育所ですかい!」


そうお応えしてデイサービス・さんすまいるを後にしました。

 

次回は12月14日(月)。
季節は冬。
冬の歌を準備しなきゃね。

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2020.10.12

洗濯ばば

函館シリーズ第4弾

 

「洗濯ばば」と呼ばれるばあさんが函館の西部地区を根城にしていました。
西部地区というのは元町、青柳町、谷地頭町、住吉町、宝来町、末広町といった函館山の麓の町々です。
今ではすっかり観光地となっていますが、昭和30年代~40年代は住宅地であり、商業の町であり、漁師町でした。

頭を剃り上げ、糸のような細い眼をしたばあさんをこれらの町々の公園やお寺、神社の境内でよく見かけました。
手にはバケツを持ち蝙蝠傘を杖代わり。背中にはいろいろ荷物をたすき掛け。
公園などの水飲み場でよく洗濯をしているところから「洗濯ばば」と呼ばれていたようです。

今でいうホームレス。
でも決して「ほいと」(乞食)ではありませんでした。
聞いた話では家々の洗濯や子守をして、代わりにいろいろ生活の資を得ていたようです。(生活の資といってもほとんどが食べ物やせいぜいだら銭(小銭)だったと思いますが)。
誇りが高き浮浪者で、決して物乞いはしなかったと聞きます。

普段は凛とした顔立ちをしていましたが、我々子供たちがちょっかいを出しからかうと細い眼をつりあげて怒ります。その顔はおっかなかった。

今思うと瀬戸内寂聴さんのような顔立ちだったような。。。
当時の大人たちが「洗濯ばば」のことをどう思っていたかは知りませんが、子供たちの間ではある種畏れのようなものを感じていた気がします。

大人になり、たまに「洗濯ばば」の生き方についてぼんやり思うことがあります。

浮浪者=波間に浮かび漂い生きる者。
決して群れることなく、己の思うがままに生きていた。
そこに確たる意思があったのか、はたまた風に吹かれて生きていただけなのか。
孤独だったかもしれない。されど失う何ものもない自由人。
社会からはみ出したところに居場所を見つけて生きていた。そんな「洗濯ばば」の暮らし。

何ともいえぬ潔さを感じます。

にしても、函館の寒く長い冬。
「洗濯ばば」どうやって過ごしていたのだろう。
いまだに謎です。

函館のご同輩、もしご存じでしたらお教えください。
「洗濯ばば」を記憶の中に埋もれさせてしまうのがなんとも惜しくてね。

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「いが、いがぁ~」

函館シリーズ 第3弾

子供のころ、漁師のじいさんが天秤棒にタライをぶら下げ、イカを売り歩いていました。
朝上がったイカはイキが良く、安かったので夏場にはよく食卓に上がっていました。
イカを千切りにしてショウガをどっさりのせ、醤油をどっぷりかける。そいつをグチャグチャにかき混ぜて暖かいご飯に乗っけてガバッと食らう。
最高のごちそうでした。というかごちそうとも思わずごく当たり前に食べていました。今思うとなんとも贅沢な。

イカ売りじいさんのかけ声は「いが、いがぁ」。イカがなまって「イガ」と言うのが「はごだで弁」。
じいさんの潮焼けしたガラガラ声は遠くからもよく聞こえてきて、おふくろによく買いに行かされました。
そばやうどんがいっぱい40円くらいの時代、50円も出せば家族分のイカ4~5杯は買えたんでなかったかな。

他にも煮豆屋のおじさんが天秤棒担いで「まぁめぇ~」と売りに来ていました。
僕と弟は豆売りじいさんのうしろにくっついて歩き、じいさんが「まぁめぇ~」というと間髪入れずに「おばけぇ~」と囃したててました。(もちろんじいさんには「こらぁ!」と怒られましたが、おかまいなしだったようです)

イカ売りじいさんも豆売りじいさんも今はなく、「いが、いがぁ~」「まぁめぇ~」の呼び出しは軽トラの拡声器に受け継がれているようです。

忘れ得ぬ風物詩です。

 

イカ売りの風景①

イカ売りの風景②(バリバリはごだで弁が聞けます)

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カトリック元町教会の鐘声

函館・元町シリーズ第2弾

函館の風物詩となっている教会の鐘の音。
カトリック元町教会では毎日3回(朝、昼、夕)打ち鳴らされています。

日曜日の朝にはこれに隣接するハリストス正教会(ガンガン寺)の鐘が加わります。やはり隣接する東本願寺の鐘の音も深く哀しく魅力的。

元町界隈は普段はひっそりと静謐であるのですが、教会やお寺の鐘の音が鳴り出すとなんともにぎやかな町に変貌。
僕が好きなのは鐘声(しょうせい)が終わった後の静寂の時です。この刹那の静かさはなんとも言えません。

カトリック教会がこの地に立てられたのは江戸時代の末期、開国5年後の1859年。
何度か焼失し今の聖堂は大正13年に建てられたそうです。

中学生の頃、鐘つきのお手伝いをしていたことがあります。
鐘楼から垂れ下がった太い縄にぶら下がり、弾みをつけて引っ張るわけですが、これがなかなか手ごわい。「アンジェラスの鐘」の旋律にするには熟練が必要なんでしょうね。
(今はタイマー付きの機械仕掛けだとか・・・)

久しぶりに元町の鐘声の中に身を置いてみたいものです。

カトリック元町教会の鐘の音

ロシア正教会(ガンガン寺)の鐘の音

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秋 函館 元町

ネットを見ていたら函館市元町の画像を見つけた。

函館は今頃いい季節だろうな。
ナナカマドやおんこの実がきれいな頃合いだろうな。
グスベリーは今も生えているんだろうか。

子供の頃ここいらは僕の遊び場だった。

毎日曜日通ったカトリック元町教会。
楽廊で歌う聖歌隊は僕にとって最初の音楽体験だった。
声楽家・山岸淑子さんの大きな口を飽きることなく眺めていたっけな。

友とつるみいたずらや悪さをして歩いたのもここいらだ。
時には隣の舟見中学との「決闘」騒ぎもあったっけ。
あの時の悪友たちは今頃どうしてるかなぁ。

東京に転校していった初恋の娘が住んでいたのもこの辺だった。
彼女に偶然出逢わないかと願いながら徘徊したのもここらの坂道だった。

少年時代の思い出がべったりしみついた街。

元町。

元町の景色

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2020.10.08

映画「風立ちぬ」

 

1976年(昭和51年)、山口百恵と三浦友和主演の映画「風立ちぬ」を観ました。
この映画が上映されたころ、気にはなりつつも見逃していました。(貧乏暮らしのどん底で映画を観るより米を買うというありさまだったので)
およそ40年ぶりにやっと見ることができました。

話は昭和17年。太平洋戦争の戦時下で結核のため富士見の療養所で治療を受ける節子(山口百恵)と大学生・達郎(三浦友和)の純愛物語。
当時結核は死の病と言われ、回復・治癒は困難と言われていたそうです。互いに惹かれ合いながら周囲の危惧や反対を押し切り婚約した二人。
達郎は大学を休学し療養所で節子に付き添います。
ところが大学生の徴兵免除が廃止され、達郎は学徒出陣、徴兵検査、出征を余儀なくされます。
出征の日、節子の病状は悪化し喀血による窒息で亡くなりました。
節子の死を知らぬまま出征した達郎が帰還した時、すでに節子の姿はなく。。。遠くを見つめながら歩く達郎の姿が印象に残ります。

「風立ちぬ」は堀辰雄が自らの実体験に基づいて、昭和11年に書いた小説です。まだ太平洋戦争以前の話で映画とは設定がずいぶん異なります。
原作は死に抗いながらも向き合っていく節子と、療養所で節子に向き合う達郎の抑制された愛情が描かれているように記憶しています。(もうずいぶん昔に読んだので詳細は忘れていますが)。清冽で透明感ある小説だったように思います。

映画はドラマチックな展開でなければ商業的にうまくないということで時代設定を変えて太平洋戦争、学徒出陣を組み込んだのでしょうか。
一見すると戦争によって引き裂かれた男と女を描いたようにも見えますが、実は「死」と向き合う者たちの純愛が本当のテーマかなと思います。その意味では原作のテーマを再現している。
山口百恵は節子のはかなさ、抑制された激しさをよく表現している。(山口百恵の隠れファンというひいき目抜きでね)

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本棚をひっかきまわし「風立ちぬ」の古い文庫本を探しました。大昔、父から譲り受けた文庫です。

僕の父は若いころ「風立ちぬ」を愛読したそうです。
父は学徒出陣で出征し、戦後やはり結核にかかりました。長いこと七重の療養所に入院していたそうです。
戦争~結核と自分の命、生死と向き合わざるを得なかった青春時代だったと思います。
加えて3歳上の姉を結核で亡くしています。
「風立ちぬ」を愛読したというのも今となるとうなづけます。

日に焼け、古ぼけた文庫本をあらためて読み返したいなと思います。(あまりに小さい書体、活版印刷のインキのにじんだ文字には難儀しそうですが)

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写真は七重の療養所の頃のものと思われます。
(おいおい、結核患者のくせに煙草吸ってていいのかい)

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2020.10.05

雑感 「喫茶店JUNE たそがれ歌声音楽会」を終えて

 

先月は真夏の猛暑残る中での音楽会でした。打って変わって今回は涼しい秋風の中の音楽会。季節は月替わりで移ろっていく。「たそがれ歌声音楽会」のたびに実感させられます。

今回は秋の歌を中心に進めました。
「里の秋」「旅愁」といった童謡・唱歌から始まり、「学生街の喫茶店」や「風」「白いブランコ」など秋を感じさせるフォークソングへ。
一転して「リンゴ村から」「夕焼けとんび」などの昭和30年代始めの流行歌へ。
かと思えば「ともしび」などの歌声喫茶でよく歌われたロシア民謡が飛び出します。

そして1曲歌うごとに歌にまつわる思い出やエピソードをおしゃべり。おしゃべりに触発され、いろんな歌に寄り道。

こんな脈絡のない流れにも関わらず(いやむしろ脈絡がないからこそか?)途切れることなく音楽会は続きます。
今回も予定の2時間を1時間近くもオーバー。
いつものことながらあっという間の3時間でした。

「たそがれ歌声音楽会」がいいのは「ジャンル」なんていう野暮なものに一切縛られないことかもしれません。

参加される方々はみな昭和20年代生まれの「戦後派」です。(僕はそのしんがりの29年生まれ)。生きてきた時代を瞬時のうちに共有することができます。

敗戦後の貧乏な時代に幼少期を過ごし、右肩上がりの高度経済成長期に青春時代を走り抜け、バブルがはじけたころに子育てに追われていた。やがて子供を巣立たせ、親を見送り。。。

唄ってのはそんな日常の暮らしの同伴者だったんだろうなと思います。

お茶の間に流れるラジオ(後にはテレビ)の三橋美智也や春日八郎。。。
親や近所のおっちゃんの鼻歌。
胸焦がしたグループサウンズやフォークソング。
街に流れるちょっとおしゃれな洋楽。

そんなものがごっちゃになって体の中にしみこんでいる。
そこにはジャンルもへったくれもないわけで。
個々人の「好きな歌」や「懐かしき思い出」が原動力の音楽会とでもいうのでしょうか。

体にしみ込んだ歌やそれにまつわるものを引き出すきっかけ作り。これが「水先案内人」としての僕の役割です。
ちょっと水を向けるだけで出てくる出てくる、どんどん出てくる。僕はそれに背中を押されながら歌い進めます。

「ライブ」と言われるものと「歌声音楽会」の違いはそこら辺にあるのかなという気がします。
能動的にステージを作っていくのが「ライブ」の面白さだとすれば、背中を押されて受動的に作っていくのが「歌声音楽会」の楽しさ。どっちもアリだなと思います。

今回感じたもう一つのこと。
それは昭和20年代生まれのお客様皆が年金暮らしだということです。(僕も昨年から年金暮らしに)
仕事をして給与を得られる身の上ならば行動範囲も広くしていられるし、好きなライブなどにも足しげく通うこともできるでしょう。
でも年金暮らしとなるとそうもいかない。自由に使える時間はあったとしても、自由に使えるお金はけっして多くはありません。日々の暮らしを切り詰めながら暮らしていかざるを得ないのがほとんどの年金生活者。
そんな方々が月に一度の「歌声音楽会」を心待ちにしてくださっている。僕の歌を聴きながら、大いに飲み、大いに食べ、一緒に歌いおしゃべりに花を咲かせる。
日々爪に火を点すように暮らしながら、「歌声音楽会」で大いにはじけていただいている。
ありがたいことだと思います。
それを思うとあだや手は抜けぬと思います。
水先案内人として最大限のパフォーマンスで楽しくしていただかなければと心底思います。

コロナのことがあって以来ライブの数は半減しています。
一方で年代別の「歌声音楽会」の比重は増えています。
今はそれぞれの「歌声音楽会」を充実させていくことに力を入れています。
そこで得たものは将来やると思われる「井戸端・老々ライブ」につながっていくのかなとぼんやり考えています。
(遠い将来か、遠くない将来か。それは不明ですが)

【追記1】
今回のマスターの「深読みコーナー」では井上陽水がテーマでした。時代や世相を絡めながら井上陽水についてマスターが語る。
それを受けて僕が歌う。
今回は「傘がない」「紙飛行機」「夢の中へ」を歌いました。
次回11月1日(日)はさだまさしを予定しています。

【追記2】
常連のおひとりが亡くなられました。
音楽会のおしまいは追悼の意を込めて、彼の好きだった「悲しい酒」でしんみりと幕を下ろしました。

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2020.10.03

楽しきかな! ハゲたくNight @アルマナックハウス

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ハゲちゃん(富安秀行さん)とお会いするのは半年ぶり。
3月、一緒にジョイントライブをやって以来。
でもフェイスブックで頻繁にからんでるせいか、お久しぶり感ゼロ。
アルマナックハウスに入るなり、「おお!Martin!!」とハゲちゃん。
こちらもすんなりとハゲちゃんワールドにはまる。

今回はタクちゃん(Tak Suzukiさん)との共演ライブ。
タクちゃんとは初めましてだが、なんとなく最初からふんわりいい感じ。タクちゃんの醸し出すあったかさのせいなんだろうな。
ステージにもそんなあったかさを感じる。

ハゲさんのステージはやはり楽しい。
同じ世代、同じような音楽を聴き、追いかけてきた僕にはドンピシャ。
彼もまたこちらのそんな琴線をチョコチョコとくすぐってくる。
さすがは「歌う幸せ行商人」だ。

ハゲちゃん&タクちゃんのステージはさながら漫才。
ハゲちゃんの突っ込みにタクちゃんがボケてみせる。
このボケがまた作為がないから感じいい。

お客さんがまたいい。
ハゲさんの歌に呼応し、手拍子したり口ずさんだり。
時に大合唱。
みなさん、ハゲちゃんライブがホントに好きなんだな。
ビオラ奏者の三好紅ちゃんの表情がまたステキだった。
ニコニコと見つめたり、時に目をつむって聴き入ったり。
ハゲちゃんライブを楽しんでるなぁ。
(ご自身の演奏する時の表情とはひと味ちがっていて、ますますファンになっちゃった)

お店の雰囲気がまたいい。
「アルマナック」
アメリカン・フォークの影響を受けた者にとってはたまらない響きだ。
(マイスターの頑固なこだわりのようなものがじんわりと感じられるお店!)

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まさに
「売り手良し、買い手良し、世間良し」だ。

こういうライブ、好きだな。

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2020.10.01

おつきみどろぼう

 

明日10月1日は今年の中秋の名月。
十五夜さんだ。

十五夜あたりになると毎年「絵本コンサート」を思い出す。
僕は印刷会社に勤務し数多くの印刷に関わらせてもらっていた。
その中でも忘れられないのが世界文化社の絵本印刷。
できあがった絵本をもとに絵本作家の先生の言葉にメロディを乗せて「絵本コンサート」をさせてもらっていた。
絵本作家、出版社、印刷会社のコラボレーションだ。さらに書店や幼稚園などの協力を得ることも不可欠だった。(寅さんに出てくる「とらや」のモデルになったお団子屋さんにも協力いただいた)
出版社の販促活動の一環とはいえ、出版・印刷業界としては希有な試みだった。

同時に歌い手としても得るものが多かった。
絵本コンサートの「お客さま」は子供たち。
子供たちのむき出しの反応にドギマギしたり、失敗したり。それに真っ正面から挑んで得ることのできた教訓だ。

    《当時の記録より》

  たくさんのことをいや本質的なことを
  子供たちから学ばせてもらった

  子供たちは決して「達」ではない
  ひとりひとりの子供なんだ

  当たり前の話なんだが、わかっていたはずなんだが
  本当にはわかっていなかったのかもしれない

  そして、それは大人相手のライブでも同じこと
  「お客さん」でくくってしまっちゃいけない
  ひとりひとりの集まりが「お客さん」だってことを
  肝に銘じた

  大人は自制心も備わっているし、
  全体的にものごとをつかめる「ゆとり」も備わっている
  でも子供たちはまず自分から始まるものだ

  つまらなければ情け容赦なくそっぽを向く
  ステージの進め方の問題点がモロ表面化し暴露される

   「子供相手のライブは難しい」

  多くの人がそう言う
  僕もまたそう思う

  人間社会の縮図が萌芽とはいえ、
  むき出しの状態でそこにあるからだ
  きれいごとが通用しない、情け容赦のない世界
  そう言えそうだ

  相手が子供だからこそ、全心全霊を傾け
  真正面から自分をぶつけなければならない

  「子供たち」にそのことを再認識させてもらった

10年ほど前の話だ。
印刷会社はすでに退職している。
子供たちを相手に歌うことはほとんど無くなった。

でもこの教訓、決して忘れてはなるまい。

 「全身全霊を傾け、真正面から自分をぶつける」

十五夜がやってくるたびに気持ちを新たにするここ数年だ。

 

 

帝釈天「おつきみどろぼう絵本コンサート」(2009年9月14日)
中秋の名月(2010年9月22日)
楽しくも手ごわかった「お月見泥棒コンサート」(2010年9月20日)
昨夜は十五夜 おつきみどろぼう(2011年9月13日)

 

 

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