「燃えよ剣」を再読する
司馬遼太郎の「燃えよ剣」を再読した。
若いころは単なる歴史小説としか読めなかった小説だった。
昨年来箱館戦争とそれに連なる戊辰戦争について多くの本を読んできた。
それを背景に読む「燃えよ剣」は生々しく僕に迫ってきた。
.
司馬遼太郎は土方歳三を天賦の喧嘩師として表現している。
子供の頃から孤高の喧嘩坊主。
人とつるむのではなく、人を信じず己の才覚で生きて来た。
その土方歳三が同郷の近藤勇という盟友を得、新撰組の立ち上げを行う。
百姓の小せがれが武士になるための闘いでもあった。
.
近藤勇は山っ気があり、新撰組の台頭とともに政治家然と振る舞った。
対して土方歳三はあくまでも孤高の剣士たらんとした根っからの喧嘩師を貫いた。
それは箱館戦争で討ち死にするまで貫かれた。
.
土方歳三の喧嘩の仕方は綿密な準備から始まる。
自らも斥候を重ね、勝機を計算する。
そして勝てない喧嘩はしない。
(剣の実力は人並み外れて強かったにもかかわらず)
.
負けない喧嘩をしない歳三が負けると分かっている箱館戦争に身を投じる皮肉が土方歳三に魅力を感じさせる部分かもしれない。
それはおそらく薩長新政府の世ではもはや戦はなく、喧嘩の場が生まれないだろうという読みと諦観があったのではないか。
喧嘩師として生き、喧嘩師として死ぬるその最後の場面が箱館戦争だと考えたのだろう。
.
孤高の喧嘩師土方歳三の物語に花を添えたのはお雪との恋。
亭主を亡くした下級武士の妻お雪に土方歳三は心のやすらぎを見いだす。
それは記憶におぼろな自分の母の面影を見たつもりでいた。
だから江戸での二人の逢瀬はプラトニックなものだった。
京に登り、幕府側の立場から朝廷の警護にあたった新撰組の転機がおとずれる。
鳥羽伏見の戦いだ。
開戦前夜お雪は江戸から京に歳三を追いかけやって来た。
歳三はこの時母の面影とともにお雪に女としての愛情を確認する。
そして二人は結ばれる。
やがて歳三は江戸~東北と転戦し、榎本武揚と共に箱館に入る。
鋼鉄艦を擁し箱館に迫る官軍。
開陽を失い圧倒的な戦力不足に陥る榎本軍。
そこに再び表れるお雪。
歳三とお雪はそこで最後の逢瀬を重ねる。
.
負け戦を知りながら闘いに身を投じる歳三。
歳三とともに英国商船で逃げようとは言い出せず、黙って歳三を送り出すお雪。
.
後に歳三の葬られた寺に供養料を渡しに箱館にやって来たひとりの女がいた。
それはお雪だろう。
お雪は後年横浜でその生涯を閉じたとある。
歳三を見送り、ひとりで生きたお雪の心の中には死ぬまで土方歳三が生きていたのではないか。
.
.
ふと思い出した。
昭和13年に日中戦争のさなか、頭に銃弾をもらい戦死した叔父。
帰らぬ遺骨を待ち続け、生涯をひとりで生きたその許嫁。
許嫁は後年僕の父に宛てた手紙の中で記している。
.
戦死を伝えられて9年。
待って待って待ち続けて疲れ果てました。
でも私はあの方と過ごした短いけれど濃密な時間がある。
それだけで生きられます。
今も、そしてこれからも。
.
この許嫁の方とお雪さんがかぶり、泣けてきた。
| 固定リンク | 0
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- にっぽんブルース史と古池エンタ幸介(2024.07.01)
- 五代目 柳家小さんのこと(2023.01.28)
- 眠れぬ夜に古き本(2023.01.22)
- 「燃えよ剣」を再読する(2020.08.18)
- 【7日間ブックカバーチャレンジ 7】 「函館 昭和ノスタルジー」(2020.05.27)
コメント