« 【アルト・ギター】 | トップページ | 気持ちいいー! 早朝ポタリング »

2020.08.22

【雑感】お祭り

コロナの影響で今年は日本全国お祭りが中止となっている。
越谷も「恒例」の阿波おどりが中止。
3年前、僕は東京海上連の一人として阿波おどりに参加していた。
内心ではなんで越谷で徳島の阿波おどりなんだよと思いながらも、生来のお祭り好きの血が騒いでいた。

そんな自分にブレーキをかけるためか、こんな文章を書いていた。

 

************************************************

2017年8月21日 記
.

このところそーらん節や北海盆歌などの由来や歴史についてあれこれ調べている。

世の中変わって土着の祭が廃れてきているように感じられてならないからということも、動機のひとつ。

歌の内容からそーらん節は鰊漁のワークソングとして歌われてきた。
北海盆歌は炭坑町で歌われてきた。
どちらも黎明期の北海道を支えてきた産業。
そして今ではすっかり廃れてしまった産業だ。


産業は廃れてしまったが歌だけが残った。
お盆祭や秋祭りで歌われるのみで人々の暮らしの実感からは遠いものになってしまった。
そしてそのお祭りも細々と続いている程度。
町おこしなどのためにイベント化され、商業化された巨大な「祭」に吸収されつつあるようだ。

暮らしの実感をすでに持たないのだからやむをえぬ流れなのかもしれない。
一抹の寂しさを禁じ得ない。

高校生の頃「学校祭」のファイアーストームで北海盆歌を歌うため、三橋美智也先生のお弟子さんのもとを訪ね教えを乞うたことがある。
函館に生まれ育った僕に北海盆歌は馴染みの薄いものだった。
(函館の祭は盆祭ではなく、港祭として独自の歴史を積み重ねてきた。このため北海盆歌で踊ることはなかった)

三橋美智也先生のレコードをちょうだいしたが、実はその歌詞は教育委員会などで子供にも聞かせられるような健全なものだった。
炭坑に勢いがあった頃、その歌詞は卑猥なものを含め生活実感のあるものだったという。
土地土地で特色があったり、アドリブででっち上げて歌ったりしていたそうだ。
(ちなみに北海盆歌の元歌は「べっちょ踊り歌」という道産子にはちょい赤面ものだった。)

そーらん節も同じように漁師町で即興的に歌われていたと聞く。
生活実感を失ったそーらん節は今リメイクされ、「よさこいそーらん」などと大々的、かつ全国的なものとなっている。
(なぜ土佐と北海道が結びつくのかいまだもって謎ではあるが)

ちなみに今日まで南越谷阿波おどりだった。
なぜ越谷で徳島の阿波おどりなのかいまだもって謎だ。
越谷にも昭和33年に作られた越谷音頭と町会ごとの盆祭がある。
イベント化され商業化された新しい「越谷の祭」が新たな歴史を積み重ねている。

自分が古い歌や民謡を歌うとき、せめてその歌の背後にある人々の歴史を学び、当時の生活実感を感じていたいものだ。

| |

« 【アルト・ギター】 | トップページ | 気持ちいいー! 早朝ポタリング »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 【アルト・ギター】 | トップページ | 気持ちいいー! 早朝ポタリング »