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2020.06.23

おーるどたいむ de ライブ ~小さな小さな音楽会 with らんぶりんまっく

 

コロナ自粛期間が開けて、3ヶ月ぶりにおーるどたいむでライブができました。
懐かしい面々との久々の再会はほんとにうれしかった!


お客さまはみなマスク着用。入店寺の消毒。ステージにはアクリル板。適時の換気タイム。客席の配置の考慮。
自粛期間が終わったとはいえ新型コロナウィルスが消えて無くなったたわけではなく、しばらくはこういうスタイルでの音楽会スタイルになるんでしょうね。

たとえ今までのようにはいかなかったとしても、同じ空間で同じ時間を共有しながら歌えることのありがたさをしみじみ感じます。

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今回は久しぶりにゲストプレーヤーをお招きしました。
らんぶりんまっくさん。
4年ぶりの出演です。
年に数回しか会えない方ですが、僕には気になるミュージシャン。
多分、音楽のスタート地点が近いということが大きな理由なんだと思います。でもそれ以上に試行錯誤を重ねながら自分のスタイルを模索する、その仕方に惹かれるんだと思います。
今回も骨のあるステージを展開されていました。

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僕はオールデイズ(アメリカンポップス)を軸にしました。

初めての試みです。

小学生の頃からラジオで聴きなじみ体にしみこんでいるオールデイズですが、ステージでちゃんと歌ったことってあまりなかったんです。
先日の喫茶店JUNEライブで常連のおあ姐さまからいただいたリクエストがきっかけ。

人生の大先輩から「あんた、来月はロカビリーやってよ」と言われりゃ、やらんわけにはいかないっしょ。

そんなわけで序盤の「季節の歌シリーズ」に引き続き、中盤にポール・アンカやニール・セダカ、プラターズなんかを歌いました。
いやこれが最高に楽しかった。こんな楽しいなら1回こっきりで終わらせるのはもったいない。

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今回やれなかった歌もたくさんあるんで、いずれオールデイズだけでワンステージやってみるのもおもしろいなと調子こいています。

終盤はまっくさんやマスター、怜子ママのご協力も得ながらにぎやかにやらせていただきました。

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遠路はるばるやって来てくれたまっくさんに感謝。
外に出にくいご時世の中、足を運んでくださったお客さまに感謝。
そして様々なコロナ対策を講じて、お店を再開させてくれたマスター、ママさんに感謝。

何曲か動画のリンクを貼らせていただきます。
もしよろしければ音楽会の雰囲気をご覧いただければ幸いです。

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①季節の歌シリーズ「ほおずき」

 

②季節の歌シリーズ「色エンピツの花束」

 

③ダイアナ

 

④テネシー・ムーン

 

⑤パフ

 

⑥おばあちゃんの腕時計

 

⑦僕の星まで

 

⑧終われない(?)エンディング 悲しき雨音~ハエ・ハエ・ハエ~落陽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020.06.21

我が家に長年続く「握手」の習慣。

 

67年前の6月。
両親が始めた「握手」は子供や孫たちに受け継がれ、今ひ孫に受け継がれようとしている。
(もっとも孫たちには握手よりギューというバグの方が自然のようだが。)

僕が嬉しいのは函館で生まれた我が家の習慣が津軽海峡を渡って、この関東の地でも綿々と続いていることだ。
自分のルーツを忘れぬためにこの習慣はずっと続けていきたい。

シェアした記事は3年前の今日、甥っ子の結婚式に家族が全員集まった時のこと。
「握手の習慣」は健在であったことを確かめることができた。
うれしがった。

 

 

【握手の距離】

いい結婚式だった。

兄弟妹がみな集まった。それぞれの連れ合いと共に。

披露宴が終わり、参列してくださった方々を見送る。
古池家ご一党に握手を交わして別れを告げる。

多くは語らぬがそれぞれの思いを込めて手を握り返す。

60年間続くオリジナル古池ファミリーの習慣だ。
父と母が始めたこの習慣は我々子供たちに引き継がれた。
そしてそれはさらにその子供たちに受け継がれている。
弟や妹はもとよりめったに会うことのない甥っ子、姪っ子と握手を交わし、その手の温もりを感じそんな感慨を覚えた。

父の子供たちとの接し方はいつも一定の距離をおいていた。(その分母はうっとおしいほどであったが)
子供と距離をおくことで、父は子供の自主性や立ち位置を尊重してくれた。

家庭を持った我々子供たちも気がつくと父と同じやり方で子供たちと接していた。
距離をおくが放置や放任とは違っている。ちゃんと見守り繋がっていた。

握手をする時、この適度な距離と繋がりを感じる。
それは手を振るのとは違う。
接するだけのハイタッチとも違う。
手を握りあい互いの温もりを感じ合うことが大事なのだと思う。
かといってハグでは近すぎる。

たんに相対的な距離感に過ぎないことかもしれない。
でも僕には「握手の距離」が心地よく、安心感を覚える距離なのだ。

久しぶりに握手を交わし、そのことを確かめることのできた甥っ子の結婚式だった。

(上越新幹線にて)

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【朝散歩寸景】

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以前から気になっていた畑のど真ん中にあるこんもりした樹林。
道らしい道がないので近づけないでいた。

今朝のポタリングで思い立ち周辺に分け入ってみた。
やはり道はない。
畑との際は大木と竹が絡み合い足を踏み入れることもできない。
まるで人を拒んでいるかのように思える。

ぐるりと一周まわってみてやっとみつけた樹木のトンネル。
幅2メートルに充たないが、トラクターの通った痕跡がある。

2020_06_15_20200621084501

トンネルに踏み入る。
50メートルほどのトンネルを抜けると突然明るく開ける。
そこは四方が樹木に囲まれたこじんまりとした畑だった。
まだなにも植えられてはいないようだ。

この畑に行くためには件の樹木のトンネルを抜けるしかなさそうだ。農作業に行くだけでもなかなか大変そうな畑だ。

周囲の樹林を間伐すれば良い林になりそうだし、農作業のための移動も楽だろうにと思ったりする。

でも、あれだけ荒れ放題のまま何十年も放置されたような林。手入れするのも困難だろうな。
畑の規模を見るとどうも自給自足に毛の生えたような菜園のようだ。
ご先祖様から引き継いだ小さな畑を細々と守りながら年を重ね、今では荒れた樹林自体がひとつの風景としてあたりまえになってしまっているのかしら。

そんな妄想をしている内に、体中がかゆくなってきた。
どうやらヤブ蚊に献血をしてしまったようだ。

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【朝散歩寸景】

2020_06_12

元荒川と中川の出合うところに「荒川橋 竣工記念碑」がひっそりたたずんでいる。
昭和5年5月に元荒川と中川の出合いに架けられたそうだ。
「荒川橋」は今はすでになく、すぐ横に「中島橋」が架けられている。

「川の出合い」にたたずむと不思議な気持ちになる。
ここで出合った川を遡るとどんな風景につながっていくんだろう。

それぞれに異なった源流を持つ川たち。
この場所でそれぞれの長旅の末、出合っている。

元荒川ははるか先熊谷で荒川から分かれている。
大昔は荒川の本流だったらしい。

中川は利根川を源流に持っている。
この場所から少し北上すると古利根川に枝分かれする。
大昔はこの古利根川が利根川の本流だったらしい。

江戸時代から度重なる治水工事が行われ今のような流れになっている。

若いころマウンテンバイクで元荒川沿いに熊谷の始点まで走ったことがある。
川沿いの家々の暮らしを想像したり、歴史的なことなんかを想像しながら走る旅はおもしろかった。

まだ始点まで詰めたことのない中川や古利根川を遡りたい。
そんな思いにさせてくれる「川の出合い」。

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【朝散歩寸景】

 

いつもの時間、いつものコース。
自転車で散歩。
どこまでも一直線に続く人けのない川沿いの土手道。
はるか彼方に豆粒のような人影がふたつ。

二人のばあちゃんが身体を寄せ合うように近づいてくる。
同じような背格好。同じような背中の丸さ。
同じようないでたち。色あせた白い帽子に白マスク。くたびれた白いブラウスにベ-ジュのズボン。
それぞれに杖をつきながら。右側のばあちゃんは右手に杖を、左側のばあちゃんは左手に杖をついている。
たがいにもたれ合うようにして支え合いながら、ぼそぼそおしゃべり。
まるでやじろべえのよう。

ご近所さんどうしなのか、それとも姉妹なのか。
妄想がふくらむ。

毎朝すれちがうばあちゃんたち。
ほほえましい思いにさせてくれる。

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【父の撮った(?)写真】

 

「コロナ休暇」を利用してこの3ヶ月身辺整理をしてきました。
自分がこれまで書きためた文章はもとより、両親から受け継いだかなりの量の手紙、文章、写真もありなかなかの大作業でした。(北海道弁で言えば「やんや、ゆるぐながったわぁ」)

今日最後の写真をPCに取り込み、おおよその年代別に仕分けが終了。これで「身辺整理」もひと段落。

父が所有していた多くの写真は「家族の歴史」を物語っています。
実は父が写真を撮っている姿は記憶にあまりありません。
でも彼が親しくしていた写真屋さんのことや、愛用していたオリンパスペン(ハーフサイズフィルムのヤツ)の記憶は鮮明に残っています。

僕の写真好きは父のオリンパスペンを失敬したところから始まり今にいたります。中学生の頃でした。
父の残した写真を眺め、父の作風をあらためてじっくりながめました。随所に自分との共通点があるように感じます。
カメラアングルや主題の配し方などはとても近い。

そんな中でとても気にいった写真がこれです。
修道女の祈りのシーンかと思います。
シルエットにすることで祈るシーンの清新さや空気感が伝わってくるようで。

余分なもの排して単純化することで伝わってくるものがあります。シルエットは単純化の手法として優れているように思います。
僕自身も「引き算指向」と称してシルエットを多用する傾向があります。
だからとてもこの写真が気になった次第です。

モノクロフィルムではないのでそれほど古い時代の写真ではないと思われます。(昭和20年代~30年代まではすべてモノクロ写真でした)
プリントの色調描写を見るとカラーネガではなくリバーサル(ポジ)フィルムのように思えます。

父がリバーサルフィルムを使っていた記憶はありません。
ドットスコープで印刷物(複製品)でもないことが確認できました。
もしかしたら他の方が撮影した作品を貰ったのかもしれません。
でも大切に保管されていた写真なので、少なくとも父の琴線に触れたものだったことは間違いありません。

何十年かを経て、僕もまた琴線に触れる写真と出合うことができました。

 

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「アセチレンの光」

 

さだまさしの歌に「ほおずき」というのがある。
好きな歌でもう何十年もこの季節になると歌ってきた。

子供の頃のお祭りや夜店の想い出、若き日に当時好きだった娘と「ほおずき市」に出かけた想い出につながる。

「消えない花火があるならほしい・・・」というフレーズはいろんなイメージをかき立ててくれる。

これまで何気なく歌ってきた部分がある。
「アセチレンの光」というフレーズだ。

  あの日君にせがまれて
  出かけた小さなお祭り
  綿菓子の味 アセチレンの光
  きみは赤いほおずきを買った

今の夜店でアセチレンを燃やすカーバイドランプはすっかり廃れてしまった。裸電球や最近ではLEDがあたりまえだ。
近代化や安全性の点からもそういう流れになるのは自然の理。昭和50年代にはアセチレンは使われなくなったそうだ。

お祭り自体もずいぶん変わってきている。
巨大化し、光量も格段にあがりやたらめったら明るい。
拡声器から流れる音量、屋台ごとに使う発電機の騒音。
それをかき消すほどの人出と喧噪。

僕の暮らす越谷では市をあげての一大イベント「阿波踊り」が夏のお祭りになって久しい。昔ながらの町ごとの「小さなお祭り」はすっかり後景に追いやられてしまった。

年を重ねるにつれ大イベントが体になじまなくなってきたためか、やたらに「小さなお祭り」が恋しくなっている。
郷愁をかき立てる「小さなお祭り」や夜店の想い出に一役かっているのがアセチレンの光。

薄暗い闇にアセチレンの光であやしげにぼんやり浮かび上がる景色。
アセチレンを燃やす鼻をつく匂い。
お小遣いでもらった10円玉5枚を握りしめ冷やかす夜店。
子供心に日常とは違う「大人」の世界を垣間見ていたような気もする。

明日の「おーるどたいむ de ライブ」で今年も歌おう。
「ほおずき」を。

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2020.06.01

【お知らせ】 おーるどたいむ de ライブ 2020年6月

「おーるどたいむ de ライブ 2020年6月」の詳細をお知らせいたします。

De20206

前回「2020 冬の陣」から4ヶ月。
おーるどたいむで最後にやった富安さんとのジョイントライブからも早3ヶ月。
長いトンネルをやっと抜け、我がホームグランド「おーるどたいむ」で歌える喜び!

トンネルを抜けたとはいえ、この先まだまだ山あり谷あり鉄橋あり。もしかしたらスイッチバックも。
慎重に慎重に進めていきたいと思います。

そんな思いを込めて副タイトルを「小さな小さな音楽会」と銘打ちました。
このタイトルは若いころ手探り状態でライブ活動をしていたころに使っていました。
「コロナ時代」の演奏のあり方を手探りしながら歌います。

今回は久しぶりにらんぶりんまっくさんをお招きしてのジョイント音楽会。
らんぶりんまっくさんは長年「自分と音楽との関わり」に強いこだわりを持って活動されてきた方。
豊富な知識・体験に裏付けられた、含蓄あるステージをお楽しみいただけるかと思います。

皆様にお運びいただければ幸いです。

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