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2020.04.13

身辺整理のはざまで

 

4月に入ってこのかた身辺整理に精を出している。
ため込まれた「古いもの」はいくつもの段ボールに収められている。
古い手紙だったり、古い写真だったり、あちこちに書いた雑文だったり。
自分のものだけならまだしも、これに両親の保有していたものも大量にある。
父の死後、母に託されたものだ。
当然母が亡くなり彼女のものもこれに加わった。

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いつかは整理しようと思いながら納戸の中で長年眠っていたものだ。
4月の音楽活動をすべて中止にしたので、今がその時と思い始めた。
手紙や写真、雑文の類はスキャンしてPCに取り込み現物は丁重に破棄させてもらっている。

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昨晩で両親の「古いもの」はあらかた整理を終えた。

なかでもとりわけ父が友人たちと交わした手紙のやり取りは面白く興味深かった。
 戦後復員後の友とのやり取り。
 小学校、中学校の親友たちとのやり取り。
 結婚前後の恩師・島田神父との膨大なやり取り。
 日中戦争で戦死した兄のいいなずけとの文通。
 室蘭に単身赴任していた頃の母との文通。
 そして晩年の闘病生活のころの様々な方から頂戴した手紙の数々。
自分の知らない父の姿・心情が彷彿するお宝だった。

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父がどのような返信をしたのか。
それを想像しながら文字を追う。
昔の方々はあまりに達筆でそれを読み解くのはなかなか難しい。
でも時間をかけて「解読」していくのもまた楽しく、胸に沁みるものがある。
まるで時が止まったかのような毎日は得難いものだ。

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さてそんな手紙のひとつに戦友からのものがあった。
余市の方でペンネームを「ゲレッパ」と記していた。
ゲレッパとは北海道言葉でびりっけつの意味だ。
ゲレッパさんはおそらく自分の表す詩や文章は下の下と謙遜してそう名づけたのだろうと思われる。
(父のペンネームはコイケヤーノフ・ノブオンスキーだった)

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二人とも学徒出陣。

部隊は違えど海軍の特別攻撃隊員の生き残りだった。
おそらく二人とも己の生きる意味、そして死ぬ意味を問いながら「その時」を生きていたのだろうと思う。

ゲレッパさんは父が亡くなった1993年の秋に幾葉かの詩と共に道新(北海道新聞)のコラム「卓上四季」を母あてに送ってきた。
その内容が僕の胸をとらえた。

19939


特攻前夜、二人の今生の別れにピアノを思いきり弾く。
ガランとした薄暗い講堂にベートーベンのピアノソナタ「月光」の流れる様子が脳裏に浮かぶ。

「卓上四季」の結びの一節がいい。
   ピアノ
   この箱は悲しみや苦しみは半分に、
   喜びは二倍、三倍にしてくれる不思議な箱です。

ゲレッパさんは万感の思いをこめて「卓上四季」を送ってくださったものと思われる。

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くしくも今日4月13日は父の27回目の命日だ。
本日は身辺整理をお休みにした。
身辺整理のはざまでフォーレのレクイエムを聴きながらこの文をしたためている。

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