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2020.04.10

【身辺整理 その3】古い手紙

 

身辺整理も佳境に入り、手紙の整理に没頭している。
高校時代(昭和45年~48年)に何人もの友人たちと膨大な手紙のやりとりをしている。
それらが大きな段ボールにびっしり詰まっている。
自分ではすっかり忘れていたものだが、両親が保管していたものだ。母の死後そっくり持ち帰り、我が家の納戸で眠っていた。
そのまま捨てるのも忍びなく、目を通している。


僕は高校1年の途中で函館東高校から室蘭東高校に転校した。
だから手紙の相手は函館時代の友人たちが主だ。

そんな中で中学時代からの「親友」のひとり・やっちゃんからの手紙が質量ともにとてつもないものだった。
彼は函館中部高校の生徒会長として制服廃止運動に関わった。
僕もまた室蘭東高校の生徒会長をやっており、いろいろ難しい事々も多かった。

時代は70年安保闘争に「敗北」したものの、学生運動の余波がいまだ残るころだった。同時に「三無主義」という言葉が言われるようになったころだった。

僕たちの立ち位置は微妙に違っていた。
彼は学校改革をめざして積極的に動いていた。
僕は前年までの「左翼的生徒会」に対して批判的で、「一人の百歩より、百人の一歩」という立場だった。
立ち位置の違いはあったが、ともに生徒の思い、意思に立とうという点で共通していた。

情報交換や意見交換の手紙が行き交っていた。
レポート用紙数枚に小さな文字でびっちり書き連ねられた手紙の数々。
そのほかにも「人生如何に生くべきか」など青春時代を送る若者の屈託だらけの心情が吐露されている。
(この命題は初老を迎えた昨今も変わらず己に問いかけているものだ)

そんな手紙の中に「高石ともやとナターシャセブン」の函館労音での公演案内が紛れ込んでいた。
昭和44年、やっちゃんに誘われ僕は初めて高石さんのリサイタルを観に行った。場所は同じ函館労音会館だった。
僕の音楽の方向性が定まった出来事だった。
道に迷い、屈託だらけの青春時代にひとつの灯りを感じていた。

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