« 「朝市コンサート」 音楽実験の場 | トップページ | 「喫茶店JUNE たそがれ歌声音楽会」の唄本作り »

2019.11.12

「へたくそ親父のギター弾き語り」のこと

2007年。
クサレ縁のキャンプ仲間、しばちゃんは「へたくそ親父のギター弾き語り」(通称「へた親」)という音楽コミュニティを立ち上げた。
もう一昔も前のことになる。

.

その頃は今と違い演奏する場がまだ少ない頃だった。

ギターなどの弾き語りをしたいがライブハウスなどでは敷居が高い。
ノルマもある。
そんなこと気にせず発表できる場所があればありがたい。
ギターは弾いているがへたくそだ。
たとえへたくそでも仲間同士で音楽を楽しみたい。

そんな人達を対象にしたコミュニティだった。
日常的にはネット(mixi)への書き込みで情報や状況を共有する形だった。
同時に時折オフ会を開催し、発表の場として親交をあたためた。
一堂に会し、刺激を与え合うオフ会は楽しかった。
メンバーは初心者も多かったが、達者な人もまたいた。

.

「へた親」の活動は5~6年も続いただろうか。
しばちゃん(通称・隊長)の仕事が多忙になったこと。
ライブバーなどが林立し、気軽に演奏できる場が増えてきたこと。
メンバーの技量が上がってきたこと。
それらが重なり、残念ながら現在は休眠状態になっている。
メンバーの多くはそれぞれの場で地道に演奏活動を続けている。
「へた親」の役割はすでに果たせたのかもしれない。

.

僕にとって「へた親」はとても大きな存在だった。
音楽を通して様々なつながりができ、楽しさを共有できる数少ない場だった。

 

それまで僕は長年ひとりでライブ活動をしてきた。
幸いなことにいろんなご縁が重なり、演奏の場に困ることはなかった。
ほとんどのライブは「独演会」の形だった。
ライブ活動を通してお客様とのやりとりの中で育てていただいてきた。

でも「独演会」では音楽の楽しみを共有することはできない。
自分の出す音はお客様のフィルターを通して自分に帰ってくる。
お客様からいい反応を返していただくためにした準備はいったんそこで終わる。
「自己完結」とも云える。
少しでも納得のいくライブにするため、結構ストイックに準備をする。
でもライブを終えた後、その楽しみを共有する仲間はいない。
ライブ活動とは基本的にそういうものだとは今も思っている。

 

.

「へた親」に参加した時、しばちゃんを応援する気持ちが強かった。
クサレ縁の彼の作ったコミュニティに自分の経験を活かしてもらえればいいくらいの気持ちだった。
でも実際に「へた親」の活動をするうちに「音を楽しむこと」の幅広さや、「楽しさを共有すること」のありがたみを感じるようになった。
「音楽ライブ活動は孤独な営み」ではあるがけっしてそれだけではないということが身にしみた。

「へた親」での経験は自分の独演会ライブにも反映されているようにも思う。
歌とおしゃべりが織りなす「井戸端音楽会」的なライブスタイルは「へた親」での経験で鍛えられたように思う。

.

今度の「おーるどたいむ de ライブ」では友人たちの作った唄を歌うという特集を組む予定だ。
「へた親」の友人たちの唄もやらせていただこうと思っている。
共に同じ時間を過ごした友への感謝の気持ちを込めて。

.

.

★「へた親」に関する他の記事★

 

 

|

« 「朝市コンサート」 音楽実験の場 | トップページ | 「喫茶店JUNE たそがれ歌声音楽会」の唄本作り »

へたくそ親父のギター弾き語り」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「朝市コンサート」 音楽実験の場 | トップページ | 「喫茶店JUNE たそがれ歌声音楽会」の唄本作り »