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2019.09.03

おーるどたいむ de ライブ 2019年夏の陣

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「おーるどたいむ de ライブ」は年に4回、季節ごとにやらせていただいている独演会。

4半期ごとの近況報告的な色彩が強いライブで、その時々の出来事や感じていることを季節の歌にのせてお届けしている。

前回は母の帰天とそれに伴う函館通いの日々をテーマにした。

今回は6月に定年退職をし「終わった人」になったこと。

7月から始まった「人生浪人」の暮らしの中で感じていることを中心に歌った。

特に自分のルーツである北海道を7月にひとり旅し、そこで感じたことをテーマに2時間強の独演会となった。

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1部は夏の流行歌(昭和40年代編)。

「おーるどたいむライブ」のお客様は同年代の方が多い。少年少女のころあるいは思春期のころにお茶の間に流れていた流行歌は体にしみついている。そんな歌をお届けした。

少年時代
真赤な太陽
恋の季節~別れの季節
恋のバカンス
天使の誘惑
砂に消えた涙~砂に書いたラブレター
夜空を仰いで
夏の終わりのハーモニー(ツカサ君とともに)

多くを語る必要もないおなじみの歌ばかりだ。2部ではいろいろおしゃべりしたいことがあったので、1部はトークは少なくして一気にかけぬけるつもりだった。

ところが皆様おなじみのこういう歌だ。1曲ごとにおしゃべりが弾む。予定外の歌も何曲かはさむ。意に反して結構しゃべてしまった。

2部のラインナップは次の通り

夏草のように
蚊の歌~ハエ・ハエ・ハエ
父さんの昔はなし(私の子供たちへをからめて)
道連れは南風
足寄より
汽車ぽっぽ~Old Black Choo Choo
退職の日
さとうきび畑(フルバージョン)
テネシームーン(リクエスト)
落陽
街(玲子ママのハンマーダルシマー、文代さんのプサルタリーと共演)
カントリーロード(アンコール)

小テーマがいくつかあった。

①退職をし「高齢者」の仲間入りをしたけど.....。

年をとったら家の中で落ち着いていろよと誰かが言うよ
ところがおいらは落ち着きもなく はやらぬ歌を今日も歌ってる
(「夏草のように」影法師)

それは変わらないだろうなという心境吐露。

②子供たち、孫たちへ伝えたいこと

③先月訪れた北海道ひとり旅のこと。

高校生のころ過ごした室蘭は「鉄の町」と言われているが、実は炭鉱町から運ばれてきた石炭の積出港でもあった。
また鉄鋼業を支えてきた人々は廃坑になった炭鉱労働者たちが室蘭に移ってきた人たちがたくさんいた。
そんな思いがあり数日間をかけて炭鉱町の数々をめぐってきた。また日本海側の石炭積出港だった増毛(マシケ)などにも足をのばした。
住む人もいない荒れ果てた炭住にたたずみ、過ぎし日のことに思いをめぐらせた。
石炭を運んできた蒸気機関車の最後の運転は室蘭~岩見沢。昭和50年12月。僕は昭和48年までこの蒸気機関車に乗り通学していた。
自分のルーツを探る北海道ひとり旅をして感じたことを歌に託した。

④8月も終わりになった。この季節避けることのできないテーマ、「戦争と私」は毎年必ず触れるテーマだ。

『さとうきび畑』を1曲のみフルバージョンでじっくり歌う。沖縄空襲で父を失った娘の歌だ。
僕の父は学徒出陣で帝国海軍の人間魚雷「回天」の乗務員だったという。出艇前に戦争が終わり、僕はこの世に生を受けることができた。
生を受けた僕はやがて子をなし、孫に恵まれ、「生」を次世代につなぐことができた。
「生きている君たちに父さんが残してやれるものはなんだろうか」
そんな思いを秘めて歌う。

みな独立した小テーマではある。でも僕の中ではそれぞれが折り重なり連関して一つのテーマに収束していく。

おそらくはそれは「生きる」ということなんだろうと思う。

今回の「おーるどたいむ de ライブ」はいつも通りのライブでありながらも、ひとつの一里塚という性格を帯びていたと思える。

おかげさまでライブにはたくさんの方が足を運んでくださった。

時におしゃべりを交わし、時に笑い、時に一緒に口ずさみながら同じ時間、同じ空間を共にしてくださった。

皆様に心から感謝をしたい。

 

 

 

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