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2019.09.11

父母の納骨を終えて

 

今年3月に帰天した母、27年前に帰天した父の納骨。
やっと執り行うことができた。
二人は母が長年過ごした函館「旭が丘の家」の共同墓地に眠っている。
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66年前に父・信夫と母・郁がなした我が家のことを、僕は「オリジナル古池ファミリー」と呼んできた。
両親の納骨をもって「オリジナル古池ファミリー」の歴史は終わる。
両親の魂は天に帰り、躰は地に帰る。
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納骨の司式司祭・助川神父様が読む福音書は「一粒の麦」の項だった。
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  本当にはっきりとあなた方に告げる。
  一粒の小麦は地に落ちて死ななければ,
  それはそのままで残る。
  しかしそれが死ぬなら,たくさんの実を生み出す。
   (ヨハネによる福音書12章24節)
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助川神父は27年前、父の葬儀ミサでもこの項を朗読してくれた。
父と母の手向けには何よりであり、その心配りに深く感謝する。
そしてあらためて「一粒の麦」の意味を吟味させられる。
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父の残した膨大な数の文章を遺稿集「一粒の麦」として家族の手でまとめたのは父の逝った翌年だった。
子供たちが手分けして文章を編纂した。
表紙の題字は母が毛筆で手書きした。
「オリジナル古池ファミリー」による共同作業だった。
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「一粒の麦」の後書きに僕はこのように記している。
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(父の文章は大別して結婚前の青年期と、退職前後の晩年期に集中している。
 我々が共に暮らした30年もの間は筆を折っていた。
 実生活という「道草人生」の狭間で父は実体験を積み重ね、あがきつつも心のひだに多くのことを刻み込んでいた時期だったと思える)
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  文章としては『空白の時代』だったが、
  その『空白』こそが意味あるものだったように思えてならない。
  その『空白の時』の父の心情を読みたかった。
  しかし『空白』であるからこそ意味があり、
  『空白』であるが故に様々なメッセージが込められているように思う。
  無言のメッセージを投げかけながら父はニヤリと笑っているような気がする。
  「俺の空白は俺が埋めてきた。
   おまえの空白はおまえ自身が埋めるもんだ」
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この作業を通して父の「生き方~死に方」について思いを馳せていた。
自分の受け継ぐべきことについて思いを深くしていた。
父に投げかけられた宿題はいまだ続いている。
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時は流れ母も旅立った。
晩年の母は寡黙であった。
命の炎を少しずつともしながら、体力と気力は徐々に失われていった。
口を開くのもゆるくない状態が長らく続いていた。
それでも時折見せる「生」への強い意欲が、母の人生を象徴していたように思う。
決してあきらめない人だった。
登校前に毎朝母から聞かされた言葉が今なお耳から離れない。
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  アンタっ!
  がんばんなさいよっ!
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信夫と郁の「オリジナル古池ファミリー」の歴史は幕を下ろした。
蒔かれた「一粒の麦」は残された子供たちによる新たなる「オリジナル古池ファミリー」の中で育っていると思いたい。
そしてさらに次の代の「オリジナル古池ファミリー」へとつながっていくことを願って。

 

 


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