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2019.09.13

定点撮影 世代を超えて Part.2 (3世代編)

Photo_20190913112501 60年ほど前、父は僕たち兄弟の写真を撮ってくれた。

毎週日曜日の朝カトリック元町教会へ通うのが我が家の習慣だった。

教会に至る道すがら日銀の官舎を抜け、公民館の脇の石垣の小路での撮影だ。

この小路を抜けると護国神社の広く長い坂道に出る。

小路から大通りに出る時のちょっとした恐れとわくわく感の交差する場所。

父の(そして僕の)好みそうな道だ。

父のカメラは当時出回ったオリンパスペンだったと思う。ハーフサイズのカメラだ。
(このカメラは後年僕が譲り受け、長年使い続けた)

 

 

34_20190913110901 Photo_20190913110901Photo_20190913110902.

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30年の時が流れ、僕は父親になった。

子供たちを連れて初めて札幌の実家に帰った。

その際函館に立ち寄り、子供のころ過ごした場所を歩いた。

自分の歩いた道を我が子らにも体感させたかった。

そこには函館青柳町の生家から元町教会への道も含まれていた。

公民館の石垣を歩き、父の撮った弟との写真の場所でシャッターを切った。

オリンパスのOM-30というカメラだった。

このカメラはオリンパスペンが退役後初めて買った一眼レフカメラだった。
(このカメラは後に沢登りをしている時、岩に落とし破損した)

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さらに30年の時が流れた。

子供たちも独立しそれぞれに家庭をもうけた。

今回父と母の納骨のため長男一家を伴って函館に帰った。

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「あの場所で写真を撮らなきゃな」

長男はそう切り出した。

子供だった僕がやがて父親になったように、長男もまた子供から父親に成長していた。

長男もまた子供たちに自分の歩いた道を体感させたいという思いがあったのだろうと思う。

カメラはオリンパス・ペンライト。

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60年の間に3世代の定点撮影をすることができた。

これらの写真は僕にとって大切な宝であり、子供たちそして孫たちへのメッセージでもある。

君たちの故郷は埼玉県越谷の蒲生だ。

でも君たちの中には北海道の、函館の「DNA」が刻み込まれていることを忘れないでほしい。

それは同時に明治時代、愛知県知多半島から入植したご先祖様から脈々と引き継がれてきた「DNA」だということを。

 

 

 

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