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2019.09.26

カントと散歩

 

オレはなぜ歩くのかな。

時間にすれば走れば1時間。自転車なら40分。速歩きなら2時間。
距離にすると多分10キロ~15キロくらい。

なのに3時間、時には5時間もかけて歩くのが好きだ。

好きな音楽を流しながら、ぼんやりとまるでカタツムリのように。
いい景色に出会ったらシャッターを切り、いい雰囲気の小径をみつけたら分け入る道草だらけの散歩。

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思い出せば子供の頃から「道草を喰む」のが好きだったようだ。
幼稚園の頃、チョウチョを追いかけてあらぬ方へ行ってしまい捜索されることが度々あったらしい。
小学生、中学生の頃は「遠征」と称して市内あちこちを歩き回りあれこれ首を突っ込んでいた。
一カ所に留まりじっとしていられない、落ち着きのない子供だった。

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高校生の頃授業で習ったカント。
カントおじさんは毎日決まった時間を歩いていたそうだ。
歩きながら思索をしながら形而上学をまとめたそうだ。

憧れた。
あいもかわらず落ち着きのない自分に歩きながら思索を重ねるカントの挿絵が心に焼きついた。
形而上学がなんたるかはさっぱりわからなかったが「歩きつつ、思索する」ことがカッコイイと思った。
自分の散歩のイメージはカントおじさんが原型になっているように思う。

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大人になり30代半ばから走るようになった。
年一度のフルマラソンを走るために毎日ひたすら走った。
好きなトレーニングはLSD。(Long Slow Distance)
ゆっくりと長い距離を走る練習だ。
走りながらいろんな思いが交錯し、時にはランナーズハイになったりもした。
カントの「思索散歩」が「走禅」に形を変えた。(「走禅」とは当時のランニング指導者・山西哲郎さんが使った言葉だったと記憶している)

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サッカーで負傷したアキレス腱の古傷と膝の負傷で走るのをやめたのは40代半ば。
再び歩き始めた。
ランナーズハイのようなイッチャウことはないが、物思いをするには歩くことの方が適していた。
本格化していた音楽ライブのイメージ作りに散歩はもってこいだった。
カントおじさんのような哲学的思索には縁遠かったけれど、様々なイメージを膨らませる散歩が定着した。

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50代半ばに転職をした。
精神的にハードなストレスのかかる仕事だった。
一日の大半が電話を介しての交渉ごと。そんな毎日が続いた。
心の平穏を保つ必要があった。
人とちゃんと接するために、一人になり自分の中に沈潜する時がなければやっていけなかった。
なにも考えずぼんやりと歩くことがいつしか習慣となった。

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60代半ば、その仕事も定年退職となり「ありあまる時間」を過ごせる幸せを感じている。
(実際にはありあまってはおらず、なにやかやと落ち着きなく忙しく過ごしてはいるが)
歩きまわることが日々の暮らしの柱になっている。(時に自転車や水泳に変わるのだが)

なにも考えずぼんやり歩くことが今の自分には一番合っている。
ぼんやり歩きながらも心の中には様々なイメージが去来する。
心の奥深くからぷくぷくと浮かんでは消えていくあぶくのようなものだ。
でもこのあぶくがいい。

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カントおじさんは「思索散歩」が「形而上学」として形をなした。
残念ながら僕の「あぶく散歩」からは人様に役立つようなものは生まれそうにない。
でも自分の充足感や納得感を得るためには欠かせない習慣なんだろうと思う

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2019.09.22

新規企画 『喫茶店JUNE たそがれ歌声音楽会』をたちあげました

喫茶店JUNEの新企画。『たそがれ歌声音楽会』を立ち上げました。

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以前からマスター・純さんとあたためてきました。
毎月の定例ライブ『日曜昼下がりライブ』は僕が一方的に歌う形。
『たそがれ歌声音楽会』は夕暮れ時にみんなで歌う参加型の音楽会。

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音楽の楽しみ方は様々あります。
聴く楽しみもあれば、歌う楽しみもあり。

『日曜昼下がりライブ』では僕の歌に逢わせて常連の皆さんは一緒に口ずさんでくれます。
ライブが終わった後は連れだってカラオケに歌いに行くということもあります。
その様子を見て参加者が主役となり歌う音楽会を立ち上げることになりました。

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第1回目は10月10日(木)17:00~19:00。

水先案内人:Martin古池

参加費:1000円(1ドリンク付き)

喫茶店JUNE  東部スカイツリーライン・獨協大学前 東口 徒歩3分

        地図

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興味おありの方は是非ともいらしてくださいな。

 

June20191010  

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2019.09.21

歌うに歌う『お好み焼きの三貴ライブ』

数年ぶりにいらしたお客様一団。
かつて僕の歌を聴きながら大泣きされたSさんとその同級生の皆さん。
僕もそのときの情景を昨日のことのように思い浮かべることができる。
そのSさん、数年前に大病を患い、長い入院とリハビリ生活が続いているとのこと。
最近体調も少しずつ回復され、三貴ライブを楽しみに来てくださったとのこと。
これは気合いが入らぬわけがない。
いつもよりも早く始め、途中小休止を挟んでびっちり3時間。
大いに歌う。
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Sさんは無理ができないので先にお帰りになったが、同級生の皆さんからもリクエストを頂戴する。
最後まで同じテンションを貫く。
この一団、僕より一回り下だけれどフォークソング好きの方々。
そちら系の唄が多くなる。
たとえば「かぐや姫」のカバーを歌うのは本当に久しぶり。
それでも一定の精度できっちり歌い切れるのは、過去それだけ多くの方々からリクエストを頂戴してきたということなんだろう。
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通常営業中のお好み焼き屋さんでのライブでは毎回選曲が難しい。
「ライブ」といっても「自己表現の場」ではない。
「お客様に気持ちよくご飲食していただくためのスパイス的な演奏」
これが通常営業中のライブの位置づけ。
(その意味では「喫茶店JUNEライブ」や「朝市コンサート」なども同様)
まずはお客様が聴きたいと思う唄を優先的に選ぶ。
さらに自分が今歌いたい唄を加えていく。
このバランスが難しい。
客層は毎回全く違うので、このバランスも毎回変わってくる。
その時々のお客様の構成でも当然変わってくる。(積極的に聴いてくださる客なのか。好感を持って聞き流して下る客なのか。はたまた演奏に無関心の客なのか)
毎回手探りで歌い進めていく。
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今宵はラグビーワールドカップ初戦の放映時間と重なったためかどうかわからないが、
お客様の数はあまり多くはないし、賑やか過ぎということでもない。
好感を持って聴いてくださる方が多かったのでやりやすかった。
Sさんご一行様のお好みの選曲が3割。ポピュラリティのある唄を3割。残り4割が自分の今歌いた唄。
通常営業中のライブとしては理想的な状態。
『お好み焼きの三貴ライブ』での「3:3:4」はいわば黄金分割比。
いい調子で突っ走り、歌い抜ける。
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実は、
演奏に不安をかかえて臨んだ本日のライブ。
このところの練習で歌もギターも思い通りにできない状態が続いていた。
力が入ってしまいで音が堅すぎると感じていた。
力を抜こうとすると逆に気の抜けた出音になってしまう。
どう修整して良いかわからぬまま臨んだのだ。
ところが、
それはまったくの杞憂だった。
ライブが始まった瞬間、喉がぱっと開き体の力がすっと抜けるように感じる。
内心思わず「え? うそっ!」と思った。
そう思った瞬間、急に力がみなぎり自信が湧き出てくる。
ゲンキンなものでそうなると演奏が進むほどに調子が上がってくる。
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あらためて思いました。
「100回の練習よりも、1回の本番」
これに勝る練習はないな。

 

 

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2019.09.13

定点撮影 世代を超えて Part.2 (3世代編)

Photo_20190913112501 60年ほど前、父は僕たち兄弟の写真を撮ってくれた。

毎週日曜日の朝カトリック元町教会へ通うのが我が家の習慣だった。

教会に至る道すがら日銀の官舎を抜け、公民館の脇の石垣の小路での撮影だ。

この小路を抜けると護国神社の広く長い坂道に出る。

小路から大通りに出る時のちょっとした恐れとわくわく感の交差する場所。

父の(そして僕の)好みそうな道だ。

父のカメラは当時出回ったオリンパスペンだったと思う。ハーフサイズのカメラだ。
(このカメラは後年僕が譲り受け、長年使い続けた)

 

 

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30年の時が流れ、僕は父親になった。

子供たちを連れて初めて札幌の実家に帰った。

その際函館に立ち寄り、子供のころ過ごした場所を歩いた。

自分の歩いた道を我が子らにも体感させたかった。

そこには函館青柳町の生家から元町教会への道も含まれていた。

公民館の石垣を歩き、父の撮った弟との写真の場所でシャッターを切った。

オリンパスのOM-30というカメラだった。

このカメラはオリンパスペンが退役後初めて買った一眼レフカメラだった。
(このカメラは後に沢登りをしている時、岩に落とし破損した)

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さらに30年の時が流れた。

子供たちも独立しそれぞれに家庭をもうけた。

今回父と母の納骨のため長男一家を伴って函館に帰った。

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「あの場所で写真を撮らなきゃな」

長男はそう切り出した。

子供だった僕がやがて父親になったように、長男もまた子供から父親に成長していた。

長男もまた子供たちに自分の歩いた道を体感させたいという思いがあったのだろうと思う。

カメラはオリンパス・ペンライト。

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60年の間に3世代の定点撮影をすることができた。

これらの写真は僕にとって大切な宝であり、子供たちそして孫たちへのメッセージでもある。

君たちの故郷は埼玉県越谷の蒲生だ。

でも君たちの中には北海道の、函館の「DNA」が刻み込まれていることを忘れないでほしい。

それは同時に明治時代、愛知県知多半島から入植したご先祖様から脈々と引き継がれてきた「DNA」だということを。

 

 

 

過去の記事「定点撮影 世代を超えて」

 

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2019.09.11

父母の納骨を終えて

 

今年3月に帰天した母、27年前に帰天した父の納骨。
やっと執り行うことができた。
二人は母が長年過ごした函館「旭が丘の家」の共同墓地に眠っている。
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66年前に父・信夫と母・郁がなした我が家のことを、僕は「オリジナル古池ファミリー」と呼んできた。
両親の納骨をもって「オリジナル古池ファミリー」の歴史は終わる。
両親の魂は天に帰り、躰は地に帰る。
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納骨の司式司祭・助川神父様が読む福音書は「一粒の麦」の項だった。
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  本当にはっきりとあなた方に告げる。
  一粒の小麦は地に落ちて死ななければ,
  それはそのままで残る。
  しかしそれが死ぬなら,たくさんの実を生み出す。
   (ヨハネによる福音書12章24節)
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助川神父は27年前、父の葬儀ミサでもこの項を朗読してくれた。
父と母の手向けには何よりであり、その心配りに深く感謝する。
そしてあらためて「一粒の麦」の意味を吟味させられる。
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父の残した膨大な数の文章を遺稿集「一粒の麦」として家族の手でまとめたのは父の逝った翌年だった。
子供たちが手分けして文章を編纂した。
表紙の題字は母が毛筆で手書きした。
「オリジナル古池ファミリー」による共同作業だった。
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「一粒の麦」の後書きに僕はこのように記している。
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(父の文章は大別して結婚前の青年期と、退職前後の晩年期に集中している。
 我々が共に暮らした30年もの間は筆を折っていた。
 実生活という「道草人生」の狭間で父は実体験を積み重ね、あがきつつも心のひだに多くのことを刻み込んでいた時期だったと思える)
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  文章としては『空白の時代』だったが、
  その『空白』こそが意味あるものだったように思えてならない。
  その『空白の時』の父の心情を読みたかった。
  しかし『空白』であるからこそ意味があり、
  『空白』であるが故に様々なメッセージが込められているように思う。
  無言のメッセージを投げかけながら父はニヤリと笑っているような気がする。
  「俺の空白は俺が埋めてきた。
   おまえの空白はおまえ自身が埋めるもんだ」
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この作業を通して父の「生き方~死に方」について思いを馳せていた。
自分の受け継ぐべきことについて思いを深くしていた。
父に投げかけられた宿題はいまだ続いている。
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時は流れ母も旅立った。
晩年の母は寡黙であった。
命の炎を少しずつともしながら、体力と気力は徐々に失われていった。
口を開くのもゆるくない状態が長らく続いていた。
それでも時折見せる「生」への強い意欲が、母の人生を象徴していたように思う。
決してあきらめない人だった。
登校前に毎朝母から聞かされた言葉が今なお耳から離れない。
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  アンタっ!
  がんばんなさいよっ!
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信夫と郁の「オリジナル古池ファミリー」の歴史は幕を下ろした。
蒔かれた「一粒の麦」は残された子供たちによる新たなる「オリジナル古池ファミリー」の中で育っていると思いたい。
そしてさらに次の代の「オリジナル古池ファミリー」へとつながっていくことを願って。

 

 


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2019.09.03

おーるどたいむ de ライブ 2019年夏の陣

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「おーるどたいむ de ライブ」は年に4回、季節ごとにやらせていただいている独演会。

4半期ごとの近況報告的な色彩が強いライブで、その時々の出来事や感じていることを季節の歌にのせてお届けしている。

前回は母の帰天とそれに伴う函館通いの日々をテーマにした。

今回は6月に定年退職をし「終わった人」になったこと。

7月から始まった「人生浪人」の暮らしの中で感じていることを中心に歌った。

特に自分のルーツである北海道を7月にひとり旅し、そこで感じたことをテーマに2時間強の独演会となった。

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1部は夏の流行歌(昭和40年代編)。

「おーるどたいむライブ」のお客様は同年代の方が多い。少年少女のころあるいは思春期のころにお茶の間に流れていた流行歌は体にしみついている。そんな歌をお届けした。

少年時代
真赤な太陽
恋の季節~別れの季節
恋のバカンス
天使の誘惑
砂に消えた涙~砂に書いたラブレター
夜空を仰いで
夏の終わりのハーモニー(ツカサ君とともに)

多くを語る必要もないおなじみの歌ばかりだ。2部ではいろいろおしゃべりしたいことがあったので、1部はトークは少なくして一気にかけぬけるつもりだった。

ところが皆様おなじみのこういう歌だ。1曲ごとにおしゃべりが弾む。予定外の歌も何曲かはさむ。意に反して結構しゃべてしまった。

2部のラインナップは次の通り

夏草のように
蚊の歌~ハエ・ハエ・ハエ
父さんの昔はなし(私の子供たちへをからめて)
道連れは南風
足寄より
汽車ぽっぽ~Old Black Choo Choo
退職の日
さとうきび畑(フルバージョン)
テネシームーン(リクエスト)
落陽
街(玲子ママのハンマーダルシマー、文代さんのプサルタリーと共演)
カントリーロード(アンコール)

小テーマがいくつかあった。

①退職をし「高齢者」の仲間入りをしたけど.....。

年をとったら家の中で落ち着いていろよと誰かが言うよ
ところがおいらは落ち着きもなく はやらぬ歌を今日も歌ってる
(「夏草のように」影法師)

それは変わらないだろうなという心境吐露。

②子供たち、孫たちへ伝えたいこと

③先月訪れた北海道ひとり旅のこと。

高校生のころ過ごした室蘭は「鉄の町」と言われているが、実は炭鉱町から運ばれてきた石炭の積出港でもあった。
また鉄鋼業を支えてきた人々は廃坑になった炭鉱労働者たちが室蘭に移ってきた人たちがたくさんいた。
そんな思いがあり数日間をかけて炭鉱町の数々をめぐってきた。また日本海側の石炭積出港だった増毛(マシケ)などにも足をのばした。
住む人もいない荒れ果てた炭住にたたずみ、過ぎし日のことに思いをめぐらせた。
石炭を運んできた蒸気機関車の最後の運転は室蘭~岩見沢。昭和50年12月。僕は昭和48年までこの蒸気機関車に乗り通学していた。
自分のルーツを探る北海道ひとり旅をして感じたことを歌に託した。

④8月も終わりになった。この季節避けることのできないテーマ、「戦争と私」は毎年必ず触れるテーマだ。

『さとうきび畑』を1曲のみフルバージョンでじっくり歌う。沖縄空襲で父を失った娘の歌だ。
僕の父は学徒出陣で帝国海軍の人間魚雷「回天」の乗務員だったという。出艇前に戦争が終わり、僕はこの世に生を受けることができた。
生を受けた僕はやがて子をなし、孫に恵まれ、「生」を次世代につなぐことができた。
「生きている君たちに父さんが残してやれるものはなんだろうか」
そんな思いを秘めて歌う。

みな独立した小テーマではある。でも僕の中ではそれぞれが折り重なり連関して一つのテーマに収束していく。

おそらくはそれは「生きる」ということなんだろうと思う。

今回の「おーるどたいむ de ライブ」はいつも通りのライブでありながらも、ひとつの一里塚という性格を帯びていたと思える。

おかげさまでライブにはたくさんの方が足を運んでくださった。

時におしゃべりを交わし、時に笑い、時に一緒に口ずさみながら同じ時間、同じ空間を共にしてくださった。

皆様に心から感謝をしたい。

 

 

 

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朝市コンサート 記録

「朝市コンサート」
本日も恙なく終了しました。
ひところの殺人的暑さもも落ち着き、快適に歌い抜けることができました。

今晩の「おーるどたいむライブ」の予行演習も兼ねて全曲歌いました。
あ、市場という場所柄『蚊の歌』、『ハエ・ハエ・ハエ』は割愛😓

1部~2部合わせてトーク抜きで80分。いいところかな?
問題はおしゃべりがどれくらいになるか、予想が…。。。
今回は定年退職、北海道ひとり旅と話題に事欠かなくてね。

市場で歌って手応えを感じたのは汽車の歌、3部作でした。
汽車ぽっぽ~Old Black Choo Choo~退職の日。

特にOld black choo chooは高石さんの訳詞をベースにして、日本最後の営業運転についてつけ加えました。

おいらの最後の旅は北の国
室蘭から岩見沢の冬の道
雪をかき分けて走るおいら
最後のお勤めなのさ昭和50年

昭和48年まで毎日室蘭本線に乗って通学していた記憶。
この夏の炭鉱町巡り旅で見た古い駅舎。
そんなことが頭をよぎり気合いが入ります。

この歌、やぎたこが原語で軽快に歌ってます。城田じゅんじさんは淡々と歌ってます。どちらも好きなアレンジ。
でも僕は雪をかき分け、あえぎながら峠を登るイメージが強くて。

なんだ坂 こんな坂
なんだ坂 こんな坂
トンネル 鉄橋
トントントントン
トンネル 鉄橋
トントントントン
トンネル トンネル
トントントントンと
登りゆく

そんなイメージで歌うことにしてます。

そして『退職の日』。

公園のD51は退職した後
ほんのわずかばかりの
レールをもらって
もう動かなくなった

幕を下ろした蒸気機関車と30年前に退職した父親の姿と自分とを重ね合わせて歌いました。
おそらくこの組み合わせで『退職の日』を歌えるのは、今夜の「おーるどたいむライブ」が最後だろうなと思いながら。

「朝市コンサート」での予行演習。
歌やギターの精度を上げるといった技術的なものではなく、むしろ気持ちの部分を今一度確かめるものになりました。

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「喫茶店JUNE 日曜昼下がりライブ」を終えて。

「喫茶店JUNE 日曜昼下がりライブ」を終えて。

先週末の「おーるどたいむ de ライブ」の余韻が残っていました。
あえて1部は同じプログラムをやりました。(おーるどたいむでは割愛した歌も含めて)
というのは「おーるどたいむライブ」では課題を残してしまったと感じていたためです。
息継ぎ前の声の処理が甘かったと感じていました。なんとなくふにゃっとした語尾になっていたような気がして。ライブの流れの中で勢いを求めてそうなっていた部分もあります。
同時に最初の音を活舌よくしっかり出すことに意識が向きすぎていたようで、音の摘み方に甘さが出ていました。

実は「おーるどたいむライブ」にはJUNEのマスターとお店の常連Tさんが見えていました。同じ歌、同じプログラムで聴いていただき「違い」を感じてもらえればと思いました。

歌い方はライブ会場、ライブの性格によって多少違いが出てきます。加えて修正具合も併せて聴いてもらえればと思いました。(どう感じてくれたかは不明ですが、演ずる側としては明らかな違いを出したかった)

「通常営業中の喫茶店ライブ」なので場の空気と同化することが求められます。そのため少し抑え気味のステージになります。その分演奏の細部にまで気を配ることもできます。
お客様の空気、自分の演奏を点検しながら歌うという感じでしょうか。(おーるどたいむライブではライブとしてのダイナミクスを優先させました)

結果は自分としては修正され、悪くはなかったかなと思っていますが、はたして・・・。

2部はうってかわりのっけからお客様のリクエストにお応えしながらの展開となりました。
また1部では昭和40年代の夏歌がメインでしたが、2部は30年代の歌を中心に。
お客様の年齢層が僕よりも少々先輩ということもあり、三橋美智也さんや北島三郎さんの歌も織り込みながら「昭和の歌」をたっぷりと。

「昭和の香り漂う喫茶店で、昭和をほうふつさせる歌の数々」がここでのライブのコンセプト。
思いっきり昭和を歌いました。
そして最後はお約束のカントリーソングを。

いつものことながらお客様方とのおしゃべりを軸に大いにノセていただきました。

そうそう、途中偶然うら若いお嬢さんが一人ご来店。
「悲しい酒」やら「舟歌」やら「夕焼けとんび」やらはご存じないだろうなぁ。ちょっと心配になりましたが、軌道修正は難しいところまで流れが来ていたのでそのまま走ります。
聞くと新潟からの一人旅の最中。偶然来られたとのこと。
知らない歌ばかりだけど、ライブの雰囲気がとても楽しかったとのことでひと安心。

他の常連さん方は連れだってカラオケに向かいました。
聴いているうちに歌いたくなったとのことでした。

さて、10月の「喫茶店JUNE 日曜昼下がりライブ」はお休みをいただきます。第一日曜日が「Live in 清津峡」と重なるためです。

そのかわりではないけれど、10月10日(水)17:00~19:00に「たそがれ歌声音楽会」をスタートさせます。
これはお客様参加型の「みんなで歌おう昭和の歌を」というコンセプトの新企画です。
6月来、マスターとあたためてきた新企画です。
詳細はまたご連絡します。

中身の濃い、楽しい「喫茶店JUNE 日曜昼下がりライブ」となりました。

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小松崎健+ほりおみわ+三好紅 ライブ@おーるどたいむ

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小松崎健+ほりおみわ+三好紅のお三方によるライブを聴きにおーるどたいむに行った。
小松崎さんの演奏をいろんな人たちとのコラボで聴いてきたが、この組み合わせは初めて。

ほりおみわさんの歌に健さんのハンマーダルシマーと紅さんのビオラがどう絡んでいくのか。楽しみにしていた。みわさんも紅(ハナ)さんも演奏を聴くのは初めて。予想もつかないから、音源を聴くなどの下調べはあえてしなかった。初めて耳にし、その場でどう感じるか。それが楽しみだった。


みわさんの歌にはとても共感できた。
歌の内容はもちろんだが、それを声にして表現していく歌唱の手法が素晴らしい。
時に突き抜けるような硬質な声。
時にささやくような声。(ささやくのだが声に密度がある)
ピアニシモからフォルテシモに瞬時に持っていくなめらかさ。
それらの歌唱を支える圧倒的な滑舌。
時々聞かせてくれるホーミーの心地よい倍音。
すっかりファンになってしまった。

そして紅さんのビオラが柔らかく、優しく下支えしている。
最初紅さんは遠慮がちに弾いているように感じた。どのようにからもうかとためらっているのかなと思っていた。ライブ後厚かましくもその点をうかがうとためらっていたというのではなくみわさんの歌とのバランスを探っていたとのことだった。
常時活動を共にしているユニットではなくワンタイムユニット。探りを入れながら最も気持ちのいい音を探し当てていく技はさすがだなと思った。
自己主張の強いバイオリンやフィドルと違って包み込むような懐の深さがビオラの魅力なんだろうな。紅さんはそういう音作りのためにガット弦にこだわり、弓にこだわっているとのことだった。

そして健さん。さすがでした。
みわさんの歌に寄り添うように、優しくきらびやかに必要な音を入れていく。心地よかった。
何よりすごいなと思ったのはみわさんがピアニシモから徐々にフォルテシモに持っていく時にハンマーダルシマーの打弦の強さが絶妙なバランス。完全に一体化している感じ。バックに紅さんの柔らかい低音が流れているわけで、えもいわれぬ一体感。

いいライブを聴かせてもらいました。
前々日同じおーるどたいむで僕も「独演会」をやりました。
それとの対比をしながら、いろいろ学ばせてもらうことの多いライブでした 。

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2019.09.02

2019年09月 ライブ・コンサート予定

09月01日(日) 喫茶店JUNE 日曜昼下がりライブ

 

時 間  15:00~17:00
場 所  tea room ジュン(喫茶店JUNE)
      東武スカイツリーライン 獨協大学前 東口
出 演  Martin古池
木戸銭  ご飲食のみ

 

★昭和の香り漂う喫茶店で、
 昭和を彷彿とさせる歌の数々をお楽しみください。

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09月04日(水) ちゃぶ音 オープンマイク 

時 間  19:30~
場 所  音楽居酒屋『ちゃぶ音』
      千葉県 柏市 旭町3-3-15 ユーハッチビル1F
       柏駅 西口 徒歩8分
       地図:https://r.gnavi.co.jp/hkerbba30000/map/
       04-7100-0530

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09月14日(土) 朝市コンサート

 

時 間  08:00~10:00
場 所  越谷市場 景品交換所そば
出 演  Martin古池

 

★越谷の台所で歌います。
 「街角ライブ」の雰囲気をお楽しみください

 

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09月15日(日) みんなで歌おう・弾こうフォークソング

時 間  14:00~17:00
場 所  Live cafe おーるどたいむ
      東武スカイツリーライン 北越谷 東口 徒歩10分

★体にしみこむフォークソングを中心に歌う歌声音楽会。
 参加される方々のおしゃべりが生命線(?)の井戸端音楽会でもあります。
 Martin古池は水先案内人を務めさせていただきます。

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09月20日(金) お好み焼きの三貴ライブ

時 間  20:30~23:00
場 所  お好み焼きの三貴
      東武スカイツリーライン 新越谷 東口
      武蔵野線 南越谷 南口
出 演  Martin古池
木戸銭  ご飲食のみ

 

★通常営業中のライブです。
 お酒と食事のお供にMartin古池の歌をお楽しみください。

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09月28日(土) 朝市コンサート

 

時 間  08:00~10:00
場 所  越谷市場 景品交換所そば
出 演  Martin古池

★越谷の台所で歌います。
 「街角ライブ」の雰囲気をお楽しみください

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09月29日(日) それいゆフェスタ @函館・旭が丘の家

時 間  10:00~15:00の中で1時間程度の予定
場 所  函館・旭が丘の家
      地図:http://www.asahigaoka.jp/map/map.html
      社会福祉法人 函館カリタスの園
          北海道函館市旭岡町78
          
TEL (0138) 50-2121

 

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