筋書きのない音楽会
「筋書きのない音楽会」
デイサービス・さんすまいるで2カ月ごとにやっている歌声音楽会は、そんな言葉がとてもよく似合ってる。
今日もそんな思いを深くする音楽会になった。
70~80代のお馴染みの先達たちはいつも首を長くして、朝早くから僕を待ってくれている。
「明けましておめでとう❗今年初めてだよねぇ」
笑顔で迎えてくれる方々と軽口を交わしながら、準備にかかる。
もうこの時からすでに音楽会は始まっている。
会話の中から選曲のヒントをいただく。
「ああ、今日はこんな歌が歌いたいんだな。
じゃあこの歌を軸にしてあの歌につなげるか」
「久しぶりにみえたおじさん。北海道の炭鉱町出身だったな。月光仮面の歌が好きだった。じゃあ作詞の川内康範のことも話題にしよう。」
頭の中でイメージが広がっていく。
軽口の中からいくつかのミニストーリーができていく。
ストーリーに沿っていざ歌い始める。
思いがけない反応が返ってくる。
それにつられて軌道修正。
ひとつの道草がストーリーを思いがけない方向に導いてくれる。
一方で準備しながらわいていた別のストーリーに繋げていくのもまた楽しい。
繋ぎの歌を瞬時に決めて挟む。
方向はガラリと変わっていく。
それに乗っかるご老人たち。
ところがここでもまたまた思いがけない反応をしてくれる。
さらに道草が始まる。
お決まりのエンディングソングは「上を向いて歩こう」。
どんなに道草を喰っても最後はこの歌に収束するようにストーリーを展開していく面白さ。
一見するとなんの脈絡もない選曲。
例えばグループサウンズの歌の次はいきなりド演歌になったり、その後はシャンソンになったりする。
それでも底辺にはゆるやかなストーリーが流れている。
ストーリー=筋書きのないところから始まり、終わってみるとそこに一本の筋書きができている。
この筋書きは僕とご老人たちの間で生まれる「化学変化」によって作られていく。
こういうのをライブっていうんだなと思う。
その場で生まれ、その場で完結し、その場で消えていく。
作っていくのは一緒に歌い、一緒に語る参加者全員。
一方通行ではなく相互通行、いや全方向通行だ。
井戸端ライブの極致を今日も体験させてもらえた。
ちなみに今回いただいていた宿題。
「女の操」「女の道」も組み込むことができた。
次回の宿題は「スーダラ節」。
ちょっとハードルが高いな。
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