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2018.02.28

テネシー・ムーン

先日の「喫茶店JUNE 日曜昼下がりライブ」で1部の終わりに歌った「テネシー・ムーン」。

これまでキーをGにして少し張り気味で歌っていた。
通常営業中の喫茶店で歌うにはちょっとやかましいかなと思い、Eに落として歌った。
これが存外よくて。

旅に出た遠い地から、故郷に住む「君」への想いという内容の歌。元気に歌い飛ばすのもいいが、ウェットに歌うのもいい。

たぶんこの歌には望郷、青春への追憶、そして現在の己が生活といったいろんなものが絡まっているような気がする。
少なくとも僕はそんな収拾のつかないごたまぜの気分をこめている。

テネシー・ムーン

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2018.02.26

歌初め2018 想い・思い

「歌い初め 2018 思い、想い」Live at Again。

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主催のしばちゃん、風邪のため声が出なくて急遽トップバッターでピアノソロのみのプログラムに変更。
突然のアクシデントにもピアノに切り替えるしばちゃんはさすがだった。
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で、ライブ構成も変更して僕のソロステージをはさむ。
「雪三題」と題して雪にまつわる歌を歌う。
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その後をツカサが引き継ぎ、若さあふれる力強くも繊細な演奏。
就職祝に去年プレゼントしたギブソンJ35はキラキラと鳴っていた。
ツカサの歌も安定感を増し心地いい。
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休憩をはさんでエイぼん&Martin。
1年半ぶりの演奏だが、長年の蓄積のおかげでいい感じで仕上げることができた。
エイぼんの歌はあいかわらず艶っぽく、力強かった。
僕のハーモニーも表情を変化させながらかぶせることができた。
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最後は全員そろって「さよなら」。エイぼんと僕のメロディラインにツカサがかぶせるハーモニー。
要所要所にきらめくしばちゃんのピアノ。
直前の音合わせだけだったがよくまとまった。
20代、40代、60代の3世代競演ライブ。
会場を埋めてくださったたくさんのお客さんの笑顔もステキだった。
今年も気持ちのいいひとときとなった「歌い初めライブ」。
また来年も続けていきたい大切なライブだ。
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朝市コンサート

2月最後の「朝市コンサート」。
冬の歌は今回が最後かなと思っていたが、
思いのほかあったかい。出入り口から眺める陽射しも春を感じさせる。
こりゃ冬の歌どころじゃない。

今日は先日のAgainライブのおさらいを中心に1部。
エイぼんと同じキーで歌う。エイぼんとは4~5音違いだから、自分の歌いやすいキーから下げて歌うことになる。当然声を張れないから、張らない歌い方になる。張らずともきちんと歌えるかというのがポイントになる。深く静かに、だだっ広い市場で歌えるかだ。

50~60センチ離れたコンデンサーマイクでギターの音もろとも拾ってるから30~40メートル四方には聞こえてはいるはずだ。
でも市場の広さに不安になり、力が入ってしまうものだ。力が入れば強くは歌えても深くは歌えない。(ギターのピッキングも同様だ)
ピアニシモをちゃんと出すのは難しい。

不安になる自分との闘いがおさらいのテーマだった。
多少力が入るところもあったがおおむね良好。
普段はめったにやれぬこういう試み。なかなかおもしろく、勉強になる。

2部は逆に思い切り張って歌う。
高校生の頃慣れ親しんだフォークソングが多くなった。
高石友也(想い出の赤いヤッケ等)、吉田拓郎(青春の詩から)、井上陽水(氷の世界から)。

同じ年の漬け物屋さんが小躍りして喜んでくれた。
気分はすっかり高校生。学校祭での演奏シーンや幼い恋を思い出しながらの2部だった。

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〆の歌は「街」

この街が好きさ 君がいるから
この街が好きさ 君のほほえみあるから

このリフレーン。
いつもよりも自然に、いつもよりやさしい気持ちで歌えたのは我が町・越谷の台所、越谷市場のためだろうか。(実はこの歌、これまで市場では歌ったことがなかったのです)

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お好み焼きの三貴ライブ

めずらしくガランとした店内。
オリンピックにやられた❔今夜の「お好み焼きの三貴ライブ」。

お客様は子連れママ友三人衆。いや小さな子供たちも三人。元気でかしましい。そして生演奏に興味津々。

なにやら話し込むアベック。二人の世界に没入中。

二人の男性は仕事の話を延々とやっている。どうやら比較的若い方が親会社で年配の方は子会社という関係のようだ。

そしてニッカーポッカと作業着で身をかためたおにいちゃんときゃぴきゃぴねえちゃんのカップル。

くわえて常連・松村くん。

店内静かなり。
演奏も音量を下げ淡々と。

「今日は空気になろう」

そう決めて声も張らず、トークも入れずにおのれの存在を消すように歌う。

選曲は決めず思いのままに。
この1曲が全て、何十曲もの「3分間ドラマ」を積み重ね、まるで歌の玉手箱。

お好み焼き屋さんでお客様と共存するのにストーリー性は不要なのかもしれない。ただ1曲勝負あるのみ。

そう考えたらストーリーやテーマに縛られない分幅が出た。
普段出番のない歌や、20年ほど前「ぶどうの木」時代にやっていたちょっとマニアックな歌や自作曲まで飛び出した。

お客様からは目立った反応はない。これでいい。店の中の空気になって歌うとはこういうことだ。

ステージ席からは聴いていないようで聞いているのが手に取るように分かる。
ママ友三人衆も子会社のおじさんもチラチラこちらに視線を投げてくる。
子供たちはもっとストレート。
一番面白かったのはニッカーポッカのお兄ちゃん。にこりともせず、無論拍手など一切せずにじっとこちらをにらむように見つめている。
この視線は「うるせえ‼️やめろ‼️」というものではなく、じっくり聴いているもの。
お兄ちゃん、帰りがけに初めてニッと笑いかけてくれた。

子会社のおじさんも帰りがけに声をかけてくれる。
「よかったよぉ❗」
多分親会社の若いのに遠慮してたんだろう。

「これまで十数年、ここで古池さんの歌を聴いてきたけど、今日が一番良かったよ。
騒音の中で四苦八苦しながら何とかする古池さんもいいけどね。」

常連のMartin古池「評論家」、松村くんからはうれしい一言。彼はこの13年、通いつめてくれた。僕のいいところも、良くないところも全て体感している。「評論家」だけあって、耳に痛いこともつつみかくさず僕にぶつけてくる。
この一言は嬉しかった。

先月は喧騒の中で自分を見失い、失敗した。
今月は納得のいく「お好み焼きの三貴ライブ」となった。

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喫茶店JUNE 日曜昼下がりライブ

「喫茶店JUNE 日曜昼下がりライブ」 1519655451638.jpg 通常営業中の弾き語りライブの出だしは何度やっても緊張する。

どんなお客さんがいるか分からないからね。

お好み焼き屋さんのライブと違うのは、喫茶店の場合皆さんシラフ。

これはこれで難しいものだ。 今日はほぼ満卓。 1519655452503.jpg 常連のお客様も多いけど、初めての方も多い。

一番難しいシチュエーション。

常連さんに合わせて最初から飛ばすと初めての方々との間に溝ができる。

様子をうかがいながらそろりそろりと歌い始める。

常連さんからは拍手。

初めての方々はちょっと戸惑った様子でおずおずと拍手。

それでも悪い感触ではなかったので、このペースで2~3曲。 店内の空気があったまってくるのを感じる。 で、徐々に徐々に上げていく。

ここで頭にのって飛ばすと失敗する。 少しずつ波長を合わせていくこと20分。

ようやっと空気がかみあってくる。 ここからトークも歌もお客様に真っ向から切り込んでいく。

お客様との相互通行が始まる。 あとは思いのままにエンジン全開。

冬の歌、家族の歌、旅の歌、etc.etc

終わってみると最高の盛り上がりのうちに2時間が過ぎ去った。

帰りしな初めてのお客さん方も声をかけてくださる。

素敵な笑顔。 無事に、楽しくライブを終えることができた。

次回は3月25日(日) 14:00~16:00。 今度は春の歌になるかな。

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【ライブ動画】
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1部1 なんとなくなんとなく~落葉の物語~真冬の帰り道~青い瞳
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1部2 シクラメンのかほり~雪~終着駅
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1部3 津軽海峡冬景色~函館物語~浪漫鉄道
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1部4 竹田の子守唄~おじいさんの古時計~テネシー・ムーン
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2部1 少年時代~マイ・ボーイ~無縁坂
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2部2 旅人よ~どうぞこのまま~雪が降る
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2部3 さようなら~万里の河
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2部4 わが心のジョージア~カントリー・ロード~テネシー・ワルツ

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2018.02.22

【お知らせ】 喫茶店JUNE 日曜昼下がりライブ

今週日曜日は「喫茶店JUNE 日曜昼下がりライブ」。
今週は14:00スタートで16:00までです。

昭和の香り色濃い喫茶店で、昭和の香り漂う歌のかずかず。

通常営業中の弾き語りライブ。
お茶を飲みながら、食事をしながら、ビールでも飲みながら
まったりしにいらしてください。

今回は冬の歌をたくさん集めて歌うかと思っています。
冬の歌・歌い納め。
さて何がとびだすか。

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喫茶店JUNE(ティールーム ジュン)
 https://r.gnavi.co.jp/p0jfesdk0000/map/

2月25日(日) 14:00~16:00
弾き語り:Martin古池
木戸銭 :なし(ご注文をお願いいたします)

おすすめ珈琲はサイフォンで落とすハイブレンド。
コクがあっておいしいですよ)

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2018.02.15

【お知らせ】 歌初め2018 想う・思う ライブ at Again

2018_again

[こまぁしゃる]

「歌初め2018 ライブ at Again」

毎年恒例の歌初めライブを今度の日曜日の午後、武蔵小山のLive cafe Againでやります。
主催のしばちゃん(pa-la-la隊長)は照れ屋であまりライブ告知をしないし、若武者・ツカサにいたってはシャイニー・ボーイの極致。したがって面の皮が厚い僕が宣伝部長を勝手にやります。

このライブを始めて6~7年になります。
このライブの面白さは20代のツカサ、40代のしばちゃん、そして60代のエイぼん&Martin古池の3世代でやるところ。
人生の「春の時代」、「夏の時代」、そして「秋の時代」を生きる3組がそれぞれの世代の想いをのせて歌います。

夢と憧れを原動力とする「春の時代」の真っただ中にいる若武者・ツカサ。
生活することと生きることに全力を傾け「夏の時代」を全力疾走するしばちゃん。
「冬の時代」のとばくちで必死に「秋の時代」という今を大切に生きるジジ・ババコンビのエイぼん&Martin。

人は自分の「生まれ育った時代」という大きなくくりの中で、個々の体験を通して育っていきます。当然世代によって感じること・思うことに違いがあります。
でも反面、世代を超えた共通の想いというものもあるはずです。

このライブは世代間の闘争であるとともに、世代を越えた共感を目指しているような気がします。

もうひとつ、「人の縁の不思議さ」を感じさせられるライブでもあります。
出演者たちはほんの10年前は縁もゆかりもなかったのにちょっとした縁で毎年一緒にライブを続けています。

しばちゃんは「へたくそ親父のギター弾き語り(へた親)」の隊長。エイぼんも僕もそこで知り合い親しく付き合っています。
一方ツカサは中学生の頃、「Live in 清津峡」というキャンプ場での音楽会に参加し、そこで僕らおっさんたちの演奏を聴きギターを始めた若者。今では一番達者なプレイをするまでに育っています。(もっともツカサはブルーグラス界では有名なマンドリン奏者・健さんの血を引いているから当然といえば当然かな)

出会いは偶然。
でもその偶然も大切に育てればかけがえのないものに育っていくように思います。
そんな「人の縁」の産物、「歌初め2018 Againライブ」にお越しくださいませ。

以上「こまぁしゃる」でした。

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[歌初め2018 想う・思う」

2月18日(日) 13:30 開場 14:00 開演
Live cafe Again 
 (東急目黒線・武蔵小山駅 徒歩1分)
  http://www.cafe-again.co.jp/access.html
Charge 1500円+1オーダー
出演 :ツカサ :エイぼん&Martin :しば

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2018.02.12

やぎたこ 「We Shall Over Come」

「We Shall Over Come」

初めてこの歌を聞いたのは函館労音で開かれた「高石友也リサイタル」だった。
1969年。70年安保を控えたきな臭い年だった。
中学3年生、受験生だった僕は「安保」の何たるかもわからずに、雰囲気だけは社会変革に共鳴する早熟な小僧だった。

...

昨日に引き続き寒風の中をストックを携え、長い時間歩いた。
お供はやはり昨日と同じやぎだこの「We Shall Over Come」。
2枚組のこのアルバムを聴きながら、いろんな思いがわいては消えていった。そして深く考えた。

このアルバムの歴史的な意味は大きい。
日本のフォークソングの一つの源流を若きやぎたこがトレースしたこと。それを支えたのが源流の担い手だった「長老」の皆様。

彼らの織り成すフォークソングの世界は、フォーク第二世代の若き日の僕にはあこがれであり、お手本でもあった。
50年のあゆみ、それは音楽シーンの表舞台からは離れたところでひそかに、ゆっくりとはぐくまれてきたのだと思う。
やぎたこがその歩みをアルバムの共同制作を通して受け継ぐ営み。
僕はそこに大きな歴史的価値を感じる。
このアルバムとその作成過程に大いに共感・共鳴を覚える。

一方でひとつひとつの歌をじっくり聴きながら、僕はある種の違和感をも感じていた。
それはもし自分がこの歌を歌うとするならばどうやるのだろうかという問いかけからくるのだと思う。共感を覚えるものに対してむしろ距離を置くという、性癖というか習慣が僕には昔からある。たぶんひとつひとつの歌を咀嚼し、自分の中に落とし込み、なじませていくにはまだ時間がかかりそうだ。
違和感を感じさせてもらえるということはそこに引っかかるものがあるということだ。(良い意味で引っかかるということだ)

そんな思いを抱えながら聴き進め、アルバムは終盤にさしかかる。
そして流れてきた「We Shall Over Come」。
のどにためて歌うやなぎさんのアカペラソロで始まる1番。(やなぎさんの声、歌い方にアーロ・ガスリーをいつも感じる)
2番は透明でストレートな歌声の貴子さんにつながれていく。
そしてギターが入りオートハープが入り全員の歌声。まさに60年代のフォークフーテナニーを思い起こさせる。
そしてフェイドアウトで終わる。
そしてやなぎさんの「旅という生活 生活という旅」
まさにNGDBの「Will The Circle Be Unbroken」(永遠の絆)~「青春の光と影」をほうふつとさせるエンディング。

「We Shall Over Come」を聴きながらここでもまた考え込んでしまった。
かつてこの歌は「勝利を我らに」という邦題で歌われた。
70年安保を前にしていたあの頃、明確な闘争課題が当時の若者にはあった。安保闘争に限らず、ベトナム反戦運動、被差別部落問題etc.etc.と盛りだくさんだった。

「We Shall Over Come」はそんな中で歌われた。「勝利を我らに」というタイトルも違和感なく定着した。
しかし安保闘争の敗北、学生運動の衰退と過激化という流れの中で「何に対する勝利なのか」という疑問が僕の中に生まれた。
この歌を封印した。

アメリカの公民権運動やキング牧師のことは当時はよくわからなかった。ピート・シーガーがどういう状況下でこの歌を歌っていたのかもまたよく知らなかった。(北海道の田舎町・室蘭でそういう情報を得ることは至難の業だった)
つたない英語力では「We Shall Over Come」を「勝利を我らに」とは訳せなかった。そこにも違和感を覚えた。

のちに知ったことだがキング牧師は有名な演説の中で直接的な闘争課題について語ってはいない。むしろ人間として「あるべき姿」を目指したものだった。それが直接的闘争課題に拘泥する人たちからは非難を浴びた。
「We Shall Over Come」を今思う時、勝ち負けではない人類の理想を求めたキング牧師のことが思い出される。

あの時代から50年が過ぎた。今やぎたこがどんな思いでこの歌を選んだのか。
今度お会いした時にそんな話ができればうれしいのだが。

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2018.02.10

おだやかなり「朝市コンサート」

比較的おだやかで暖かい2月始めの「朝市コンサート」。

今回も松本さんが顔を出してくださる。
市場の客足はいまひとつ。

今回は「1曲勝負」を強く意識して臨んだ。
先日の「楽園たまぴオープンマイク」での反省、「1曲で3分間ドラマ」を表現することの大切さを再認識したためだ。
テーマ、曲調など一切考えず、1曲の独立性を意識した。
だから選曲は歌詞カードをあらかじめトランプのようにテンをきっておいた。カードをめくった時に出てきた歌をじっくりやるという感じだった。

もうひとつ、今日はストローク主体の演奏にした。指がかじかんでフィンガーピッキングが難しかろうと想定したため。(実際は暖かくフィンガーピッキングは問題なかったが)。

選んだギターはギブソン・サザンジャンボ。
単一指向性のコンデンサーマイクで右下からあおるようにボーカルもろとも拾う、最近お気に入りのやり方。ギター音量が大きいのでマイク位置をやや上に持ってきた。

トライしたのはバラード系の歌も分散和音にせず、ストロークで弾くこと。
スローテンポの歌をこれでやるのはけっこう難しい。つい走りぎみになったり、リズムが崩れたりしがちだ。

意識したのはまずはリズム。
4拍子の歌も表裏8拍子の体内リズムを感じながら弾いた。

次に意識したのは単調になるのを防ぐためアタックの強弱。それに伴ってピックを弦に当てる位置を拍ごとに変えるようにした。例えば1,2拍目はブリッジよりの硬い音で弱めに弾くが、3拍目はサウンドホールよりの部分を強く、そして4拍目で再びブリッジよりに。
これをキープするのは難しかったが、メリハリがついていい感じだった。
超スローテンポでしかも転調2回の「恋人たちのペイブメント」をこのやり方で最後までできた時は「やったぜ‼️」と思った。

失敗や反省を基に補正のための試みができたという点で今朝の「朝市コンサート」は大いに満足している。

来週金曜日の「お好み焼きの三貴ライブ」でさらに固めたい。
そして日曜日のスペシャルライブ「2018歌初め」になだれ込みたい。

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2018.02.07

雑感 オープンマイクに参加して

先日友人が主催するオープンマイクに参加した。

音楽好きが7~8人参加し、一人2曲ずつ弾き語っては交代するというものだった。

僕はこれまでオープンマイクに参加したことがあまりなかった。

自分のライブスタイルとはかなり違うため、参加することにためらいを感じてきたからだ。

僕のほとんどのライブはテーマやストーリーに沿って歌やトークを組み込んでいくスタイルだ。

事前の準備で起承転結をイメージし、本番では場に合わせて自由に崩していく。崩しはするが最後は「結」に結びつけていく。

1ステージはほぼ1時間ほど。これを1本もしくは2本やるのが普通だ。

30年ほど前からこんなやり方が僕のスタイルだった。

正直オープンマイクをなめてかかっていた。

ところがいざ参加してみると、この2曲を選べない。選んでもどう歌えばよいか戸惑ってしまったのだ。

2曲ではストーリーが組めない。起承転結で組むには4曲は必要。脈絡なく2曲を重ねるという発想が僕には希薄だった。

他の参加者たちは歌と歌の連関に気を配ることもなく、自由に好きな歌を歌っている。

僕にはその自由さを持ち合わせなかった。

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レコードに例えるとオープンマイクの2曲はEPレコード。A面、B面あるにせよ1曲ごとの勝負。

一方僕のはLPアルバムのコンセプト版。キメの歌もあればつなぎの歌もある。

オープンマイクで感じた戸惑いはつなぎの歌を入れる余地のない窮屈さだったように思う。

けれども視点を変えると、
EPレコード=オープンマイクでは「この1曲にすべてをかける」という意気込み、強い思いが問われるということなんだろうと思う。

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「歌は3分間のドラマ」とは昔から云われることだ。

1曲に込められた起承転結を歌いきることの大切さは言うまでもないことだ。

自分もそれは意識し心がけてきたことではある。

しかしながらオープンマイクで戸惑いを感じてしまったことからして、「1曲にかける」という意気込みに欠けていたような気がしてならない。

自分のスタイルに固執し、それに慣れ親しんでしまった結果、いつのまにか甘さが生まれてしまったような気がしている。

長年やってきたスタイルを変えることはこの先無いと思う。それは心血注いで築いてきたものだからさらに精度を高め、深めていくしかないと思う。

けれど一方で「1曲にかける」という意気込みのようなものも同様に鍛えていかなければならない。

それを思い出させてもらったオープンマイクだった。

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「喫茶いづみ」 鶴岡マスターのこと

「イケちゃんよぉ。
歌は語るがごとく。
語りは歌うがごとくだよぉ」

故・鶴岡昭二さんの口癖だった。...
鶴岡さんは今はない「喫茶いづみ」のマスター。歌もギターも語りも達者な人だった。

僕たちは店のはねた深夜、ジャムセッションをくりかえし「芸」をみがいた。あれは音楽というよりも「芸」だった。
いかにしてお客様と接点を作り、波長を重ねていくか。歌もギターも語りもそして仕草や表情までもそのための媒体だった。

「いづみ」で歌うということはコーヒーを飲みながらくつろぐお客様に受け入れられなければならないという大前提があった。無論一見のお客様も多かった。
お店によるお膳立てはなに一つない。すべてを自分で作り出すしかなかった。

まだ30をちょっと越えたばかりの僕には高いハードルだった。それは40過ぎの鶴岡マスターにしても同じだった。
僕たちの深夜のジャムセッションは高いハードルを越えるための稽古だった。

とはいえ天賦の才と場数を踏んでいるマスターの表現力や説得力は半端ではなかった。
僕は彼のステージに圧倒され、自分のステージに打ちのめされる日々だった。
鶴岡マスターに激しく反発し、そして嫉妬した。

鶴岡マスターが病に倒れ、この世を去って10年近くになる。
彼が旅立った年齢に僕もさしかかっている。

ふと思う。
自分の歌は往年のマスターの領域に達しているだろうか。
無論答えなど出ようはずもない。
でも多少なりともわかってきた。
「歌は語るがごとく…」の意味が。

語るがごとく歌いつつ、フレーズとフレーズ(語りと語り)の狭間に「情感」を漂わすこと。それが僕のめざしたい姿。
自然にそういう風に歌えるように、明日はなりたいものだ。

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越えようとしても絶対に超えられぬ壁のような存在だった。
卓越した表現力や説得力は圧倒的で絶対的だった。
それは「個性の違いがそれぞれの魅力」などというものを完全に凌駕していた。
「個性の違い」なんて言葉はあまっちょろい逃げ口上にすら思えた。まさに「天賦の才」っていうやつだ。かなわないと思った。

彼のようなあふれんばかりの天賦の才に少しでも食い下がるには努力しかないと思った。
挑戦と反省と努力。
鶴岡マスターのステージに打ちのめされる僕に出きることはただそれだけだった。

今に至る音楽に対する姿勢と試みはこの頃から始まった。
勢いだけで歌っていた10代~20代の頃から一歩踏み出すことができたのは、鶴岡マスターにノックアウトされたおかげだとしみじみ感じる。

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2018.02.04

2018年02月 ライブ・コンサート予定

02月03日(土)  さんすまいるコンサート

時 間   10:00~11:00
場 所   デイサービス さんすまいる
        東武スカイツリーライン 蒲生駅 西口 徒歩2分
        HP http://sansumairu-corp.hp.gogo.jp/pc/free4.html

2か月ごとの熟年歌声音楽会。音楽は演じるだけではなく、聴くだけのものでもない。
皆で歌い、語り合いながら共に楽しむものってことを教えられる音楽会です。

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2月10日(土)  朝市コンサート

時 間   8:30~10:30
場 所   越谷市場
         地 図   

越谷の台所「越谷市場」で毎月第2、第4土曜日

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02月16日(金)  お好み焼きの三貴ライブ 

時 間    20:00~23:00
場 所    お好み焼の三貴
         https://www.hotpepper.jp/strJ000181914/map/

通常営業中のライブです。ご自由にご飲食、おしゃべりをお楽しみください。
お供にMartin古池の歌をいかがですか。

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02月18日(日)  2018 うたはじめ Againライブ


時 間   13:30 開場  14:00  開演
場 所   ライブカフェ Again
        東急目黒線 武蔵小山駅そば
        地図→http://www.cafe-again.co.jp/access.html
出 演   ツカサ ・ エイぼん&Martin古池 ・柴ちゃん
木戸銭   1500円 (他にご注文もお願いいたします)

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2月24日(土)  朝市コンサート

時 間   8:30~10:30
場 所   越谷市場
         地 図   

越谷の台所「越谷市場」で毎月第2、第4土曜日

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2月24日(土)  歌おう! 弾こう! うたごえフォークソング

時 間    14:00~17:00
場 所    Live cafe おーるどたいむ
         水先案内人(司会&伴奏) Martin古池

壮年歌声音楽会
いい演奏を聴くのも音楽の楽しみ
好きな歌を歌うこともまた音楽の楽しみ
歌いたい人も楽器で参加の人も一緒に楽しくやりましょう!.

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02月25日(日)  喫茶店JUNE 日曜昼下がりライブ

時 間    14:00~16:00

場 所    tea room ジュン (喫茶店JUNE)
         https://r.gnavi.co.jp/p0jfesdk0000/map/
木戸銭    なし (ご飲食をお願いいたします)

昭和の香りただよう喫茶店で
昭和を感じる歌のかずかずを

通常営業中のライブです。お気軽にお運びください。

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筋書きのない音楽会

「筋書きのない音楽会」

デイサービス・さんすまいるで2カ月ごとにやっている歌声音楽会は、そんな言葉がとてもよく似合ってる。

今日もそんな思いを深くする音楽会になった。
70~80代のお馴染みの先達たちはいつも首を長くして、朝早くから僕を待ってくれている。

「明けましておめでとう❗今年初めてだよねぇ」

笑顔で迎えてくれる方々と軽口を交わしながら、準備にかかる。
もうこの時からすでに音楽会は始まっている。
会話の中から選曲のヒントをいただく。

「ああ、今日はこんな歌が歌いたいんだな。
じゃあこの歌を軸にしてあの歌につなげるか」
「久しぶりにみえたおじさん。北海道の炭鉱町出身だったな。月光仮面の歌が好きだった。じゃあ作詞の川内康範のことも話題にしよう。」

頭の中でイメージが広がっていく。
軽口の中からいくつかのミニストーリーができていく。

ストーリーに沿っていざ歌い始める。
思いがけない反応が返ってくる。
それにつられて軌道修正。
ひとつの道草がストーリーを思いがけない方向に導いてくれる。

一方で準備しながらわいていた別のストーリーに繋げていくのもまた楽しい。
繋ぎの歌を瞬時に決めて挟む。
方向はガラリと変わっていく。

それに乗っかるご老人たち。
ところがここでもまたまた思いがけない反応をしてくれる。
さらに道草が始まる。

お決まりのエンディングソングは「上を向いて歩こう」。
どんなに道草を喰っても最後はこの歌に収束するようにストーリーを展開していく面白さ。

一見するとなんの脈絡もない選曲。
例えばグループサウンズの歌の次はいきなりド演歌になったり、その後はシャンソンになったりする。
それでも底辺にはゆるやかなストーリーが流れている。

ストーリー=筋書きのないところから始まり、終わってみるとそこに一本の筋書きができている。
この筋書きは僕とご老人たちの間で生まれる「化学変化」によって作られていく。

こういうのをライブっていうんだなと思う。
その場で生まれ、その場で完結し、その場で消えていく。
作っていくのは一緒に歌い、一緒に語る参加者全員。
一方通行ではなく相互通行、いや全方向通行だ。

井戸端ライブの極致を今日も体験させてもらえた。

ちなみに今回いただいていた宿題。
「女の操」「女の道」も組み込むことができた。
次回の宿題は「スーダラ節」。
ちょっとハードルが高いな。

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