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2017.06.18

老母のメンタルケアについて

去年の今頃函館に帰省の折に感じたことを別のところに書いていました。

忘備のために再掲載します。

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オレにできるメンタルケアって。

午前中から夕方にかけて母と過ごす。
母はほとんどベッドで横になっている。
車椅子に乗せられてしゃんとしているのはほんの一時。
食事やオヤツやトイレの時くらい。

今日は院内の「ボンジュール」というホールでソフトクリームを食べ、一昨年まで過ごしていた老人ホーム「レジダント」の友人を訪ねた。
(母の住む特養とレジダントはボンジュールを挟んで長い廊下でつながっている)

最近の母にとってはそれは日常とは違う特別な行為。
子供達が陣中見舞いに行った時の特別な楽しみ。
いわばそれはお祭りのようなものだ。
数ヵ月にいちど陣中見舞いの時くらいそのお祭りの手助けをしようと思う。

反面で違う声も聞こえてくる。
お祭りの手助けも大事だけど、日常のありのままの母のそばにいることはもっと大事じゃないのか、ってね。

それはずいぶん前(母がまだわずかな介助でレジダントで「自立」できている頃)から感じるところだった。
特別なことをするわけではない。とりたてて話しかけることでもない。
その時々でポツリポツリと話を聞いてやる程度のことがとても大事なことのように思える。

母は一日の大半をベッドの中で夢とうつつの狭間を行き来している。
眠っているかと思うと突然昔話を始める。
話半ばで気がつくと半分眠りに落ちている。
起きているときの母は頭脳明晰。
人の話のテンポが早く聞きとりにくい。その分反応も遅い。
脳裏にあるものはしっかりとしたイメージを結んでいるのだが、それを言葉に置き換えるのにとてつもなく時間がかかる。

今回僕は意識的にほとんどの時間、部屋の片隅でギターを静かに弾き続けていた。
昔の映画音楽等をスローなテンポで引き続けた。
ジャニー・ギター、鉄道員、マルセリーノ、ドクトルジバゴ、太陽がいっぱい、エデンの東、ブーべの恋人・・・
思いつく限りを弾き続けた。
母が起きていようが眠っていようがおかまいなしに。

突如として食いついてくる。

   懐かしいね。
   お父さんが昔持ってたレコードにみんな入ってたね

そこから話が少しずつ膨らんでいく。
膨らんだなと思うと、また眠りに落ちている。
今日はそんなことをずっとくりかえしていた。

こちらから積極的に働きかけるよりは母の胸の中にあるものに寄りそうという感じだろうか。
特養の狭い部屋の中の空気に自分の存在を同化させていくとでもいうんだろうか。
ごく静かな「井戸端ライブ」をやっているような錯覚を覚えた。

昔、父が言っていた言葉が不意に浮かんだ。
(その頃の僕は10代の終わりから20代にかけて、血気盛りだった。歌で世の中を変えたい。そう思っていた頃だった)

   おい雅彦
   歌で世の中を変えるってことは、人を変えるということだ。
   それはもしかしたら、とんでもない思い上がりではないのか
   オレはむしろ人の思いの代弁者たりたい
   代弁者とは人と自分の心が同調しなければ共感は得られない。
   共感を得られなければ代弁者にすらなれない
   代弁者になれなくてどうして人の世を変えられるってんだ

数年にわたる父との議論の本質はここにあったような気がする。

おいた母のメンタルケアも僕の目指す「井戸端ライブ」も根幹に
共存、共感、共鳴といったことがなきゃならないんじゃないか。

そんなことを今思っている。

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