父と子
先日、初めて孫・奏吾と二人きりで1日を過ごした。
孫との接し方、僕はそれまでは一歩引いたところにいた。
いいじいちゃんを演じていたともいえる。
ところが二人きりだとそうもいかない。
真正面から向き合う必要があり、そうである以上は甘い顔ばかりもしていられない。
「過激」に遊びまわり、時に叱る。
かつて自分が子供たちに接していたやり方が顔をのぞかす。
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子供たちが小学生まで、僕は親父の趣味嗜好を彼らに押しつけてきた。
サッカーしかり、山登りしかり、自転車しかり、そして音楽しかりだ。
過激に遊びまわった。
子供たちにしてみると楽しいひと時ばかりではなく、苦痛なこともあったろう。
同じ屋根の下で暮らしていたからこそできたことだ。
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孫は「スープの冷めない距離」に住んではいるが、別のかまどで暮らしている。
彼に僕のやり方で接するのはなんとなく気が引ける。
それは自分の子供たちには責任を持つ立場だったが、孫には責任を持てない立場だからかもしれない。
これが孫に対して一歩ひいた場所から接してきたワケかもしれない。
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僕の父もそうだった。
札幌と越谷、年に1回会えるかどうかというほど離れていたから余計そうだろう。
父は孫たちを可愛がってくれたが、やはり距離を置いていたのが僕にはわかった。
おそらく責任ある立場の親たる僕に対する配慮があったと思う。
子を諭すのは、そして子を叱るのは親の役目だから。
子を諭す僕を見つめながら、満足そうに笑っていた。
30年前に俺がおまえにしてきたことを
おまえが今時分の子供たちにしているのだよ
そう言いたげな顔だった。
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1日孫と向き合った晩、息子一家と食事をした。
僕はじいちゃんの顔と同時によみがえったオヤジの顔をにじませていたと思う。
回転寿司屋で食事をしながら、少しワルサした奏吾。
間髪を入れずに
それはダメだっ!
と言った息子と僕。
同時に同じ口調で叱った息子と僕だった。
何ともおかしかった。
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