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2016.07.15

いざ、お好み焼きの三貴ライブ

本日これから「お好み焼きの三貴ライブ」。

仕事を終え、帰宅し準備をしている。~
準備と言っても今日のギターを選び、譜面を用意し、珈琲で一服。
それだけのこと。
淡々と過ごす時間が最大の準備。

ふと思い出した。
三貴ライブを始めて12年。
最初の数年は大量の譜面を用意していた。譜面バッグに目一杯。おそらく700~800曲分は用意したと思う。

お客さんからのリクエストにお応えすることをいつも想定していたからだ。
始めたばかりのライブで何が飛び出すのか想像がつかなかった不安感もあった。
なによりも数年続けてきた「街角ライブ」の延長として三貴ライブをとらえていたことが大きかった。

ライブハウスなどでの演奏をやめ、街に飛び出し不特定多数の人に聴いてもらう。そのためにはどんな状況にでも対応できるようにしておく必要が「街角ライブ」にはあった。
「三貴ライブ」や「朝市コンサート」も同じ発想で臨んでいた。

「三貴ライブ」がちょっと厳しかったのは街角や市場と違って逃げ場がないことだった。
演奏する僕にも逃げ場はないし、たまたま居合わせたお客さんもまた逃げ場がない閉ざされた空間だった。
(もちろん今も同じだが)
絶対に失敗は許されないと思っていた。

そのストレスのあまり「三貴ライブ」に出かける30分ほど前から、毎回胃が痛くなり、吐き気がして逃げ出したくなっていた。

   今ならまだ逃げられる

今回用意した譜面はその当時に比べると1割以下だ。
膨大な数の歌の歌詞をすべて覚えたというわけではない。
むしろ年と共に物忘れが激しくなっている。覚えるより忘れる方が多いくらいだ。

たぶん昔に比べ、閉ざされた場と共存するすべを覚えたためかもしれない。
その結果、以前に比べ今時分が歌いたい歌がやれるようになってきた。

12年の間に客層がずいぶん変わったということもある。
初期の頃多かった同年代は姿を消し、今の若者が主流になっている。
彼らの好む歌ははなからできやしない。


   まず、オレの世代の歌を聴いてけれや


そんな気持ちになっている。

なんにしろ自分にとっては大切なレギュラーライブ。
今なりのアプローチで全力投球するしかない。

珈琲をすすりながらそんなことを考えていた。

いざゆかん!
お好み焼きの三貴ライブ。

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