「朝市コンサート」 春爛漫
本日の「朝市コンサート」セットはマーチンギターをラインイン。
コンデンサーマイクをオフマイクぎみで歌とギター双方を拾っている。
ラインは補助的に。
このところギブソンギターが多かったから、原点帰り。...
慣れ親しんだ音色が心地いい。
来週のOil Cityライブでやりたい歌をいくつか集めてみた。
港の見える丘~僕の星から~函館物語~母のふるさと~永遠の絆~夢
と、つないだ一連の流れをひとりの爺さんがベンチに腰をおろし、うつむきがちに聴いてくれている。
一言もしゃべらずに、指先だけはこきざみにリズムをとっている。
みごとな白髪。同じくみごとな白髭。
でも手入れはされておらず、自然にまかせて伸び放題。
紺色のくたびれたジャンパーの袖口からから出ているしわしわの手は分厚く大きい。
リズムを刻む太い指先はイモムシのようだ。
赤銅色に焼けたしわくちゃの顔。
その奥のくぼんだ目の視線は床に落ちている。
床の向こうの遠くを見つめるともなく見つめているふうだ。
耳だけがこちらに向かってロックオン。
歌い終え一息つけると、爺さんのっそり立ち上がりすーっと消えていった。
爺さんの退場で1部を終了。
.
.
休憩中、前回に引き続き松本さんが来てくれた。
ありがたいものだ。
友人が来てくれると、ギアが1段上がる。
普段は市場の空気と同化するため、意識的に抑えぎみ。
スピードよりもトルクを重視している。
終盤、今日2回目の「夢」を歌ってると小さな女の子連れの若夫婦が通りかかる。
女の子と目が合う。興味深そうな目でこちらを見る。
その様子に気がついた母親がベンチに腰を下ろす。
女の子はにこにこしながら僕を見つめてくれる。僕も歌いながら微笑みかける。
その様子を母親はあたたかく見守っている。
ほのぼのとしたいい空気が流れる。
歌の内容もマッチしている。
こんな夢を見ました
あなたはとても若く
まだ幼い 小さな私を
あたたかく抱きしめて
春の光の中で
朝の風に吹かれて
愛すること 許すことの
意味を教えてくれた
長い時の 旅を終えて
今静かに眠りにつく
命をかけ 産んでくれた
その勇気を 忘れないと
さよなら ありがとう
二度と戻らぬ季節
朝の夢に 消える影が
後ろ手に手をふった(小田 専太郎 俊明)
歌詞の一節ごとに目に見えないキャッチボールが交わされる。
僕はこの親子にロックオン。
気がつけばギアはトップに入っている。
おだやかで静かながら、濃密な空間に。
そんな様子をちょっと引いた位置から眺めていた父親が二人に寄っていく。
最初はおずおずと、やがてにこにこと。
この空気感のままに最後は「あ・り・が・と・う・の歌」。
産んでくれて ありがとう
育ててくれて ありがとう
遊んでくれて ありがとう
叱ってくれて ありがとう
歌いながらいろんな思いが去来する。
この子にとって、今はあたりまえのことだろう。
でもいつかそう感じる時がくるだろう。
この若い夫婦もわが子を思うとき、それが自分達の親につながっていくことに気がつくことだろう。
家族の歴史のありがたさ。
それを感じることのしあわせ。
60歳を過ぎてから、僕は人生の一番いい季節をただよっているのかもしれない。
祖父母の代から始まって孫につながる親子五代の家族の歴史。
気の遠くなる時の流れの中で60代の僕は今ちょうどその中間ポジションにいる。
これは有難いことだと思う。
わずか数分の歌を歌いながら、僕はそこに60年という歳月と自分につながる家族の歴史を感じていた。
.
春爛漫。
心もあったまる今日の「朝市コンサート」だった。
「
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