函館日記 2015 夏

2015.08.15

潮見中学・還暦(+1)同期会

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数年前からこの話はあった。

みなと祭りや、世界芸術祭(モグフェス)に合わせて数人の同級生が帰函し、顔を合わせるたびに還暦で同期会をしたいという話になった。
昨年の還暦合わせて当初企画しようとしたが、いかんせん卒業後45年たち同期生たちがどこに住んでいるのかもわからない。
残念ながら昨年は実現しなかった。

在函の数名が幹事となり所在を確かめるところから準備が始まった。
その甲斐あり、卒業後45年にして65人の同期生が集まった。(全体の四分の一ほどだ)

45年ぶりの友人たちも多い。
中学時代の面影を探しながら手探りの会話がおもしろい。

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20代の頃思うところあり、それ以前の友人たちとの連絡を一切断ったことがある。
過去の自分との決別をめざし、書きためた日記もすべて燃やしてしまった。
若さゆえの決断だった。

30代になりふたたび過去とのつながりを回復しようと思ったが、いったん切れた縁を再び結ぶことは難しいことだった。
実家が札幌に移り、函館に行くことも少なかったため、小中学校の友達とつながることはその後20年絶えてなかった。
(高校時代を過ごした室蘭の友人とのつながりを回復することはできた)

函館の友人とほそぼそながら繋がり始めたのは50代に入ってからだ。
母が札幌を引き払い函館に帰ったためだった。

(2006年に友との再会を果たした時の記録)

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おそらく一生会うことはないだろうと思っていた友との再会。
それを果たすことができた今回の同期会。
一度は故郷を捨てた僕にとっては特別の意味があった。
この先3年ごとに同期会は開催される予定だ。
可能な限り出席したい。
強くそう思う。

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サッカー部と野球部の悪友・ポン友たちと

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2015.08.13

介護について  陣中見舞いの旅に思う

この夏も長期間に渡って函館に帰省した。
中学校の「還暦同期会」が開催され、それに合わせての帰省だった。

とはいいながら、帰函の最大の目的は特養に入っている母の陣中見舞い。
母は介護度が進み、自らの意思と力では日常的な動作するおぼつかない状態だ。
ほとんどの動作に介護(介助)が必要な母に僕のできることはほとんど無い。
時々顔を見せて、母の昔話や口につきあうのが関の山だ。
「陣中見舞い」以外のなにものでもない。

帰函のたびにケアマネージャーと母の現状報告を受け、当面の介護プランについて打ち合わせをする。
母の現状をつかむために欠かすことのできない打ち合わせだ。

今回はこれまでとは違う観点から介護について話し合うことができた。
この1年間、介護のほとんどは日常動作のサポートをどうするかという視点で話をしてきた。
ほとんど時間をベッドの上で横になって過ごす毎日。
食事や排便、風呂、レクリエーションの時のみ車椅子で移動するという母の毎日。
日常動作をよりスムーズに介護をするために何をなすべきか
そういう視点になるのは極めて当然だった。

母が通常の老人ホームから特養に移ってちょうど1年になる。
当初は思い通りに動けぬ苛立ちが強かった。
介助も痒いところに手が届かぬもどかしさを訴えていた。
手探りを続けながら、今では介助の受け方も自然な動作になりつつある。

あらたな課題が浮かび上がってきた。
「知的欲求」であり「心」の問題だ。
もともと「知的欲求」の強い母は、長年新聞を欠かさず読んでいた。
また多くの蔵書に囲まれて暮らしてきた。
ここ2~3年、身体が思うようにならず新聞や本を読むことができなくなった。
痛みと筋力の大幅な低下により、手に本を持って保持することができなくなったのだ。

ただただ寝て、食べて、過ぎていく日々のくりかえし。
それは体力や筋力のみならず心までも徐々に蝕んでいく。
積極的になにかをしようという意欲も萎えていく。
唯一の外的刺激は枕元のテレビ。
「くだらない民放なんか観たくない」とチャンネルはNHKに固定されたままだ。
NHKとて映像は次から次へと流れ去り、心にとどまることは無い。

そんな状況を少しでも改善しようとケアマネージャーも心を砕いている。
その視点から話し込んだ。

「心・知・体」をどうすればバランスよく保つことができるだろう。

これまでは「体」のケアに圧倒的な比率をさかざるをえなかった。
最終的には「心」が平安のうちに過ごせる状態にもっていきたい。
心の平安、すなわち満足感、納得感、充足感。
それを得るにはまず知的欲求を充たす必要がある。
自力で本が読めない体の状況では例えば「読み聞かせ」だったり、興味のある事柄に関する「ドリル」的なものだったりが有効かもしれない。
けれどマニュアル的にプログラムをこなしたとしてもそれを受け入れることはまず無いだろう。
その前提には人と人の関わりから来る、信頼、共感、共鳴ということがなければならない。
つまりプログラムに魂を込めるということだ。
それを為しうるのは関わる人でしかない。

ケアマネージャーはこれまでよりもサシで母と時間を過ごすようにするとのことだ。
むろん限られた人材、限られた時間の中でのこと、徐々にしかできないだろう。
それでも意識的にそういう時間を作ることで、いずれ短い時間だとしても質や密度の高い時間になるものと思われる。

「旭ヶ丘の家」の創設者、フィリッポ・グロード神父は老人ホームを「姥捨山」にしてはいけないという強い理想に燃えていた。
たとえ年老い、力は萎えたとしてもそこにいるのは長きに渡って生き抜いてきたひとりの人間であることにかわりはない。
いやむしろ年老いたからこそ感じられる幸せがあるはずだ。
我々後に続く世代はその幸せの手助けをすることが人として課せられた使命のように感じる。

今回のケアマネージャーとの話し合いに「旭ヶ丘の家」のそんな理念を感じることができた。
必ずしても理念通りにことが進むわけではない。
むしろ限られた人材や定められた介護保険の予算の枠での中では、理念を達成することは困難なことであろうと思う。

それでも我々は理念を信じ、それを堅持することが大切なんだと思う。
理念の無いケアには魂がやどることはなく、魂が宿らぬ以上ケアは形ばかりのもので終わってしまう。
それはすなわち「姥捨山」に通じるものだと言えば言い過ぎだろうか。

「年と共に子供に帰る」とはよく言われることだ。
ほんとかなと思ってしまう。
それは急激に老いていく老人を、若さのあるものたちが見て感じているだけの話ではないだろうか。
老人たちは自分の手で積み上げてきた人生の上で生きている。
子供に帰るのではなく「老成」していくんだと思う。
「老成」すなわち老いて何者かに成長していくということだろう。

「陣中見舞い」とは老成していく母のゆっくりした牛のような歩みを(それは自分自身との闘いでもある)応援することだろうと思う。
「もっと自身と闘え」
そうけしかけることだろうと思う。

僕にできる陣中見舞い。
それは「なにもしないこと」
ただ一緒にいて同じ時間を過ごすこと。
そして時々昔話や愚痴につきあうこと。

5泊6日の帰函。
僕はちゃんと陣中見舞いができただろうか。

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