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2015.09.23

第4回 プール平音楽会

秋のひざしがやわらかい信州・蓼科プール平で行われる「プール平音楽会」。
回を重ねて今年で4年目になる。
僕は前回出演できなかったので今回が3回目となる。
今月はじめ八ヶ岳山麓で「森の音楽会」をやったばかり。9月は信州づく季節だ。

朝早く家を出て下仁田~内山峠~コスモス街道とドライブを楽しみながらプール平にはいった。

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途中蕎麦屋でゆっくりしたり道に迷ったりしながらの道中。会場の「銀のポスト」に到着したのは本番開始1時間前。僕の持ち込む機材を待って首を長くしていた出演者たちをやきもきさせてしまった(ごめん、ごめん)

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音楽会場は「銀のポスト」の古い和室。縁側のむこうは日本庭園。昔は郵便局だったが今は喫茶店となっている。主催のゼファーさんは幼少の頃この和室に一家で住んでいたご縁で音楽会に場を提供していただいている。

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セッティングを終えた客席にはお客様が三々五々と集まり始め、おだやかないい空気が流れている。1回目、2回目の音楽会はどこか緊張感漂っていた。初めての試みであり、音楽会が次につながっていくのかという不安感があったせいだろうか。4回目ともなると地元の方にも認知され始めたという安心感が芽生えてきたのかもしれない。
いい感じだなぁ

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こういう雰囲気が好きだ。

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音楽会のトップバッターはいつものごとく主催のゼファーさん。
先日「森の音楽会」でお会いしたばかり。とても落ちついたステージを展開する。以前は主催者としての緊張感のためか肩にバリバリ力が入っていた。いつものように原発や政治情勢をテーマにした歌が中心。中川五郎さんを彷彿とさせるステージは健在。

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2番手は専太郎さん。ブルースの弾き語りを聴かせてくる。関西ブルースの流れを汲む方。ブルースにアレンジしたキャンデーズナンバーで客席を湧かせる。これで自分の世界を展開していく。客席との距離感をつめるワザはみごと。

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3番手のミムさん。繊細なギター、これまた繊細なハイトーン。とにかく美しい音の世界を堪能させてくれる。どちらかというと泥くさい音楽の他の男性出演者(僕も含めてね)の中では異彩を放っている。気持ちいい!酔えます。(そういえば本職は信州の自酒・真澄を作ってらっしゃる。人を酔わすのが天性かも)

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4番手。信州のシンガーソング・イラストレーター。中山(界屋)昭さん。界屋も「森の音楽会」常連メンバー。彼もそこはかとなく客席の空気と同化していくワザがステキだ。天性のものがあるのかもしれないがそれ以上に研究や鍛錬を積み重ねているんだろうな。今回は界屋節で歌う水前寺清子に思わず笑ってしまった。

Haluka


5番手のHALUKAさんとは初めてお会いする。骨のある歌い手さんだなと感じた。もっとじっくり聞きたいと思ったけど、25分はあっという間。(音楽会が終わったあと出演者だけの音楽会が「宿舎」で行われたが、よねやまさんと組んだ演奏はHALUKAさんの個性とヒラメキを感じさせてもらった)

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そして6番手。らんぶりんまっくさん、Noboちゃん、青ちゃんのユニット。昨年解散した中町ランブラーズの元メンバーたち。さすがに息のあった演奏を聴かせてくれる。彼らはいろんな歌を自分たちの解釈で作り替えて歌う。オールドフォークソングのスタイルを踏襲している。僕とかなり近いところに位置するユニット。今回は青ちゃんのコーラスも入る。泥くさい歌の中に女性のハーモニーは掃き溜めに鶴(失礼!)。新鮮な印象だった。

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7番手はよねやまたかこさん。やはり骨のある歌い手さん。自作曲の「戦争をしない国」は秀逸。森の音楽会でゼファーさんがカバーしたのを聴いていたが、やはり産みの親にはオリジナルの説得力がある。(ゼファーさんの解釈による歌もゼファー「らしさ」を感じる)。よねやまさんはギターだけではなくコンサルティーノというアコーデオンとハモニカのアイノコのような古い楽器を弾かれる。これも魅力的な音だった。

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Martin



ラストバッターはMartin古池。実は直前までどんなステージにするか直前まで迷っていた。
ここまで出演してきた人たちはみな個性的で、それぞれの世界を25分という短い時間に凝縮してきた。僕はあえて個性を出さないことで場の空気になじみ同化していくことが多い。それにはある程度をかけてじんわりと空気を作っていく必要がある。自分にはこのやり方が一番自然。個性を消すことが結果的に自分のステージ個性につながる。
僕がラストバッターを託されたのは、単に最年長であるということではないだろう。個々の個性的なステージの集合としてだけではなく、一つの音楽会としてまとめるということがラストバッターの役割。主催のゼファーが僕に託したのはそんなことではないかと思う。(勝手にそう思ってるだけなのかもしれないが)
となるとじんわりと空気を作っていくのはなじまない。またそれだけの時間もない。お客さんたちと瞬間的につながることが必要。またいろんな世代や客層の方々に普遍的なテーマや選曲である必要がある。それにはどうしたらよいのかということが「迷い」のワケだった。

ラス前のよねやまさんのステージを聴きながら一気に結論を出した。
よねやまさんは個性的であり、かつメッセージ色の強いステージを展開している。やわらかい歌声や女性の持つたおやかさというオブラートにくるまれており、それがむしろメッセージ性を際立たせている。

  メッセージ色はいったん消そう
  最後に自己主張としてでははなく、問いかけとしてメッセージを込めよう
  それには瞬間的にお客さんとの距離を詰めてしまおう

これが結論だった。

よねやまさんのステージが終わる。
僕を呼ぶ声が聞こえる。

  まぁちんさぁーん!
  あれっ、いないぞ

ひとこきゅうおいて、客席の後ろから歌いながら現れる。
歌は「なんとなく なんとなく」
歌いながらお客さんと視線を合わせ、笑いかける。
笑顔を返してくれるお客さんたち。

ステージに到着。歌は終盤にさしかかっている。
できるだけ視線の位置を近づけようと思い、ステージに置いてあったカホンに腰を下ろす。
お客さんに語りかけるように身を乗りだして静かに歌う。

  なんとなぁく なんとなぁく
  なんとなぁく しあわせ…

柔和な顔を返してくれるお客さんたち。
ごあいさつは個人的な話。今日プール平に来るまでの道のり。下仁田で見た曼珠沙華の美しさ。内山峠を超えてコスモス街道に咲き誇る秋桜の見事さ。
秋の花の歌をテーマに3曲ばかり。

  1.追伸 (グレープ)
  2.曼珠沙華 (山口百恵)
  3.秋桜 (山口百恵=さだまさし風に)

最後の歌は戦争について問いかけを。
1962年。終戦後およそ15年目の夏。安保条約が締結されて2年。
日本には各地に米軍基地があり、進駐軍とともにやってきたアメリカの商売人たちもいた。彼らは日本で一旗揚げて国に帰るつもりでいた。
ところが必ずしも皆がそうであったわけではなく、心ならずも帰国できずに日本に骨を埋めた人たちもいた。
ステラおばさんは(おそらく)米軍基地のそばでバーをやっていて、いつか国のテネシーに帰ることを夢見ていた。
可愛がられていたジョージ少年(多分日本人)は大人になり、日本の土となったステラおばさんのことを思い、歌うテネシーワルツ。
ここにもひとつの戦争の哀しさがある。
敗戦国・日本は原爆を落とされ、沖縄や本土に空襲を受け多くの「民間人」は命を落とした。
でも反面で中国大陸や太平洋の島々では加害者でもあった。
私たちは戦争知らない子供たちです。私たちは被害者の子供で、加害者の子供でもあるわけで…。
戦争は勝った側にも負けた側にもかならず傷跡を残します。
日本は70年にわたって国是としてそんな戦争を放棄してきた。
今日ミムさんは歌いました。「目には目を、歯には歯をではなんの解決になりはしない」
先般成立した「法案」の意味。あらためて考えたい。
そんな思いを込めて

  4.青い瞳のステラ 1962年夏 ~ テネシーワルツ(8ビートアレンジ→3拍子)

ラストバッターの役割を果たせたかどうかは分からないが、無事に歌い終えることができた。

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最後は全員登場で「上を向いて歩こう」を歌い無事幕を下ろすことができた。

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「銀のポスト」珈琲はコクがあってうまい。この砂糖をかじりながら飲むとさらにうまい。

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