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2014.08.13

サライ

サライという歌がある

谷村新司と加山雄三が歌い、24時間なんとかっていうテレビのテーマソングとして使われていた。
この番組、実はあまり好きではなかった。
谷村新司と加山雄三の歌もアンバランスに感じられたあまり興味がわかなかった。
僕がまだとんがりきっていた40代の頃だろうか。

最近あらためてちゃんと聴くチャンスがあった。
思わずほろっときてしまった。

夢を追いふるさとを捨てた若い日。
時を経て故郷に対する思いがたぎっていく。
そんな内容の歌詞だ。

長年自分のライブ・テーマにして取り上げてきた内容につながる。
そのことに初めて気付かされた。...

60代に入り、こちらの受け止め方も少しずつ変わってきたのだろう。
以前はアンバランスと感じていた二人の歌も悪くはないと感じるようになった。
胸の中に沈み込んでいく歌唱の谷村新司。
どこまでもあっけらかんと歌い飛ばす加山雄三。

ミスマッチであるとは思うが、それもまたヨシと感じる。

「サライ」の歌詞は「いつか帰る」という望郷と願いの歌だ。
(実際は帰れるかどうかわからないのだが…)

40年前、捨てて飛び出した故郷に明日帰る。
その旅は一時的なものだ。
現在越谷に根をおろし暮らしている自分。
帰るとはいえ旅人でしかない。
それでもあえて言おう。

  明日帰る

https://www.youtube.com/watch?v=rvpNeCazxZs
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       サライ

              谷村新司 詩  :  弾厚作 曲

遠い夢すてきれずに 故郷(ふるさと)をすてた
穏やかな春の陽射しが ゆれる小さな駅舎(えき)
別離(わかれ)より悲しみより 憧憬(あこがれ)はつよく
淋しさと背中合わせの ひとりきりの旅立ち

動き始めた 汽車の窓辺を
流れゆく景色だけを じっと見ていた
サクラ吹雪の サライの空は
哀しい程青く澄んで 胸が震えた

恋をして恋に破れ 眠れずに過ごす
アパートの窓ガラス越しに 見てた夜空の星
この街で夢追うなら もう少し強く
ならなけりゃ時の流れに 負けてしまいそうで

動き始めた 朝の街角
人の群れに埋もれながら 空を見上げた
サクラ吹雪の サライの空へ
流れてゆく白い雲に 胸が震えた

離れれば離れる程 なおさらにつのる
この想い忘れられずに ひらく古いアルバム
若い日の父と母に 包まれて過ぎた
やわらなか日々の暮らしを なぞりながら生きる

まぶたとじれば 浮かぶ景色が
迷いながらいつか帰る 愛の故郷(ふるさと)
サクラ吹雪の サライの空へ
いつか帰るその時まで 夢はすてない

サクラ吹雪の サライの空へ
いつか帰る いつか帰る きっと帰るから
いつか帰る いつか帰る きっと帰るから
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【追記】
室蘭(伊達紋別)の家を出て、函館まで汽車にゆられる。
連絡船に乗り込み内地に渡る。
3月の末だったと思う。
桜吹雪どころかまだ冬の香りが残る灰色のイメージだった。


青森から乗った夜行列車。
明け方、関東平野に近づくに連れ窓の外は色づき始める。
桜も咲 きほころび始めてたのを思い出す。


別れより、悲しみより、憧れが強かった。

20歳の春。
つい40年前のことだ。
あの時の気持ちは今でも忘れない。
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コメント

以前、僕は、定年になったら函館に帰りたいと思ってたんです。
ところが、今住んでる所は、西洋の港町ですが故郷のアサリ坂そっくりの通りで、歳とって惚けて来た影響もあるのか故郷に住んでる気分になっちゃってるんです。
霧笛の音は世界共通ですから、夜、ベッドで聞こえる港の音は子供の時と何も変わりません。
函館に帰る必要が無くなっちゃいました。

投稿: 赤蝮 | 2014.08.13 03:58

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