長年の夢かなう 「函館野外劇」を観る ~滅びゆくものの美学 そして再生へ
素晴らしかった。
函館市民によって作られ、函館市民によって準備され、函館市民によって演じられる創作劇。
五稜郭を舞台に函館(はごだぁでぃ)の歴史をふりかえる劇。
古くは縄文時代から始まり、アイヌが出現しさらに和人によって制圧されるいわば前史。
江戸時代高田屋嘉平によってロシアとの交易によって栄え、幕末のペリー来訪を皮切りに各国との通称で開国のきっかけになる。
国内的には江戸幕府が倒れ、明治維新となる。
旧幕府軍の榎本武揚や土方歳三らが函館に逃れ
五稜郭城を根城に箱館戦争を戦うが無念の敗戦。
劇のハイライト部分だ。
その後度重なる大火で壊滅的な打撃を受け、さらに第二次世界大戦。
戦争による空爆を経て終戦。
劇はここで終わる。
戦後の日本は市民一人一人の手で、さらに力を合わせて築いていこうという含み。
戦後70年、開通する北海道新幹線がその象徴とされた。
箱館戦争が劇のハイライトであり核心ではある。
でもこの劇のテーマは箱館戦争や大火、さらには戦争という困難に直面し、
そのたびに立ち上がってきた函館。
それはこれからも同じということだろうと思う。
さらにそれは一人一人の人生へのエールでもあるように感じた。
野外劇のテーマソング「星のまち Hakodate」(新井満)の歌詞の中に凝縮されている。
旅人よ あきらめないで
夢を信じて 美しい未来を作るため
おーおー函館
おーおー函館
明日に輝け
星の街 函館
劇中くりかえし歌われるこの歌だが、エンディングに出演者全員によって(そして観客によって)歌われた時は、自然に涙があふれだしてきた。
今回で27年目。
そして五稜郭築造150年の節目にやっとタイミングが合い観ることができた。
これまで野外劇の創始者、グロード神父に何度となく誘われていた。
いつかはと思いつつ、観ることがかなわなかった。
やっと念願かなった時にグロード神父はすでに旅立ってしまっていた。
野外劇を観ながら追悼の思いを込めていた。
もしも野外劇を一言で語れと言われたら・・・。
こんな言葉はどうだろうか
滅びゆく者の美学
そして再生へ
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野外劇の生い立ち http://www.yagaigeki.com/ashiato/
【野外劇の足跡】
1988年、世界的にも有名なフランスの「ル・ピディフ野外劇」から火種をもらい、
国の特別遺跡「五稜郭」を舞台に、
ダイナミックな函館地方の歴史を題材とする「NPO市民創作野外劇」の会の公演も
今年で25年目となった。
この間、多数の市民ボランティアが参加する国内最大規模の市民創作野外劇に成長し、
数々の受賞とともに「歴史とロマンの街・函館」にふさわしい地域文化活動と
新しい観光資源として全国的にも高く評価されている。
提唱者は、現在、全国にも有名な高齢者施設「旭ヶ岡の家」の理事長フィリップ・グロード神父である。
五稜郭商店街活性化へのアドバイスを求められた際、
「函館でも五稜郭のすばらしいロケーションを活かし、
函館地方のダイナミックな歴史をテーマに野外劇を始めてはどうか。
私の故郷では、古い古城と前庭の池をつかって
バンディの歴史を主題にした野外劇をスタートさせ、
地域おこしに大いに貢献している。
直接活性化策に結びつかなかったとしても、
五稜郭地区のイメージアップには役に立つはずだ」
と。
この提唱に商店街関係者をはじめ市民有志がル・ピディフ野外劇を視察して刺激を受け、
2年後の1988年夏、第一回目の市民創作野外劇が10回公演としてスタートしたのである。
この野外劇の特色は、五稜郭の優れたロケーションを舞台として活用できること、
また、題材が忠実に基づいており、観光客にも内容を容易に理解してもらえることである。
アイヌの時代に始まり、戦争や大火などの度重なる困難に見舞われながらも、
それを乗り越えてきた函館人のたくましさと
函館の発展にも力を尽くした高田屋嘉兵衛の活躍、
ペリー来航による開港と国際文化の波、
武田斐三郎による西洋式築城五稜郭の完成、
蝦夷共和国を夢みて戦った榎本武揚や土方歳三らの命かけて信念を貫こうとした姿や
歌人石川啄木などの
函館の街を精一杯生き抜いた人々の物語が10場面で繰り広げられる。
上演には、五稜郭の土手と土舞台、それに堀と堀の中につくられた特設舞台、堀を隔てた観客席(1,700席)前の5ヶ所を主な舞台として使用する。
この舞台は、土手から観客席からまで奥行き100m余り、幅80mと壮大であり、
このスケールを活用して、数頭の馬が各場面を盛り上げ、
箱館戦争では5門の大砲が火を噴き、新政府軍軍艦甲鉄も参戦している。
堀には高田屋嘉兵衛率いる多数の北前船から屋形船、北洋漁業で活躍した漁船が浮かび走るのである。
毎回出演者は500人を越える市民が参加しており、出演者はおよそ400人、演出スタッフ、衣装、受付などの裏方あわせて100人ほどである。
衣装は、1500着用意され、出演者はおおむね3役こなす。
これら各スタッフを含めて出演者は事務局の一部パートを除き、
すべてボランティアであり、これが最大の特徴である。
こうしたボランティア学習実験実践の場として高く評価されている。
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