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2014.02.02

【知らなかった話 4】 父の戦争体験

父は海軍で、人間魚雷の乗組員でした。

そのことは人づてに聞いてはいましたが、父の口からはついに聞くことがありませんでした。

父と戦争についての話はけっこうしたんですがね。

とうとう最後まで特攻隊員であったことを聞けずじまいでした。

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実は長年父と議論を積み重ねてきた自分としては父が特攻隊員だったことがどうしても考えられませんでした。

陸軍の部隊長として青島で戦死した兄を持ちながら、
父は若いころから自由主義的な思想の持ち主だったようです。

戦時下、学徒出陣が喧伝された頃、父は函館中学(今の中部高校)の学生でした。

周囲が「学生たるものお国のために参戦すべし」というような議論が巻き起こり、大勢を占めていました。

学生はペンをとるべし
武器に非ず

そう主張した父は教師たちにぼこぼこに殴られたと聞きます。

戦争中、俺にとっての「人生劇場」だった

後に父はそう述懐しています。

その父が翌年亜細亜大学に進学し、インドネシア語を専攻します。

ところが学業半ばで海軍の特攻部隊の一員になる。

僕にはその変遷がどうしても理解できませんでした。

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敗戦が近くて国内に若者がいなくなった頃
残ってるのは志願しなかった学生だけ
そんな若者を国は洗いざらい徴兵して
お父さんもその一人だったわけ
だから自分で選ぶことなんてできなかった
お父さんはむしろ戦後の日本のために
学生が何をしなければならないかってことを考えてた
だから考え方としては首尾一貫してと私は思うよ
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俺が昔反戦運動やってた頃
オヤジに特攻隊は犬死だったみたいなことを言ったんだ
そしたらものすごく悲しげな顔して言われたことあるよ
「一面的なものの見方はするもんでない」って
その時「聞けわだつみの声」を渡されたんだわ
その頃はまだ俺も若かったからピンとこなかったんだけどね
でも当時の自分と同じ年頃の人たちが、
死と向き合ってもがいていたことは伝わったな

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学業半ばで心ならずも戦争にとられた父。

しかも国家のために自らの命を差し出すことを余儀なくされる特攻隊。

そこで自分の生と死に向き合わざるをえなかった

それは己の「死」に意味を持たせなければとうてい受け入れがたい思いだったろう。

自分を納得させる理由が国家だったなのか。

いやそうは思えない。

母と話しながらふと浮かんできた父の言葉ある。

俺の友は「お母さん!」と言って死んでいった

おそらく死んでいった友の言葉を借りてその当時の自分の思いを託したのではないか。

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若き日の父。函館中学時代か。

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