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2014.01.01

60年を足早にふりかえる 3 「秋の時代」編 1 街角ライブの頃

【秋の時代 1】街角ライブの頃

「街角ライブ」は順風満帆とはいかなかった。
何千人と通り抜けるターミナル駅だったが、耳を傾けてくれる人は少なかった。
近くで屋台をやっている甘栗屋のおっちゃんや、夜遅くなって出没する客引きの中国人の姉さんたちには評判良かった。
でもほとんどの人は通り抜けていくだけだった。

コンコースにはあちこちで若者たちが歌っていた。
追っかけに取り囲まれながら盛大にやっている連中もいれば、一人暗く歌う若者や練習なのか本番なのかわからない若者も多かった。
中には傍若無人なふるまいをする輩も少なくなかった。
コンコースを行きかう人たちは厄介なものに関わらぬよう、避けるように通り過ぎて行った。

それまでの僕のライブはトークがひとつの生命線だった。
歌と歌をトークでつないで組曲のようにしてストーリーを紡いでいった。

街角ではそのやり方は一切通用しない。
1曲、1曲で完結させなければならない。
「表現力」が問われることになる。
「3分間のドラマ」として歌いきることができるかどうかが大切だと思った。

「継続は力」とはよく言ったものだ。
薄い反応に耐えながら毎週歌い続け、1年も過ぎたころから徐々に手応えを感じるようになった。


  若者に混じっておっさんが歌っている
  最初は不思議な感じがしてました
 
  柱の影からいつも聴いてました


そんな反応が増えていったのだ。

2年目に入るころには人だかりができるようになっていた。
常連さんも増え、ちょっとした風物詩のようになっていった。
4年目の頃にはオーディエンスが途切れることなく続き、毎回トイレタイムをとるのにも苦労するようになった。

しかしいいことはそうそうは続かない。

若者同士のトラブルやペルーのフォルクローレバンドとのいざこざなどがあいついだ。
警察による演奏中止が頻繁にかかるようになってきたのだ。
演奏の完全禁止は時間の問題だと思えた。

数年がかりでようやっと軌道に乗ってきた「街角ライブ」だった。
今ここで完全禁止にされると演奏の場を失うことになる。
今更ライブハウスで演奏する気にはなれなかった。


そんな時出会いがあった。
それも二つ同時に。

「街角ライブ」を見た越谷市場の組合長から市場で継続的なコンサートをやってほしいとオファーを受けたのだ。
もう一つはやはり演奏を見聞きした中小企業同友会の会長から、総会のアトラクションで歌ってほしいというオファーだった。


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