「街角ライブ」事始め
前の記事で「通常営業中のライブ」について書かせてもらいました。
今現在の自分のライブスタイルです。
偶然そこに居合わせた人たちを前にして歌わせてもらう。
彼らはそこで音楽演奏があるなどとは思いもせず、たまたまその場にいた。
できることならばサプライズと思ってもらえ、かつ楽しんでもらいたい。
そんなスタイルです。
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そういうスタイルを模索し始めたのはちょうど10年前、2002年の秋でした。
新越谷の駅コンコースで始めた「街角ライブ」がいわば事始めでした。
それまでの自分は十数年もの間、ライブハウス「ぶどうの木」でソロライブをやってきました。
「ぶどうの木」が店をたたんでからの数年は越谷市内のスナックやホールを借りてライブを続けていました。
(同時並行で「オカリナアンサンブル・かざぐるま」での活動もやってましたが、それはまた別の機会にでも)
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固定客(常連さん)も増え、実に楽しく演奏をさせてもらいました。
常連さんに楽しんでもらうためには毎回工夫する必要がありました。
ストーリー仕立ての構成にしたり、「フォーク寄席」と称してお客さんとのやり取りの中でアドリブ的に舞台を作っていくことに挑戦していました。
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毎回毎回が刺激的でとても楽しかった。
ところがそんなことをくりかえすうちに、疑問がムクムクと頭をもたげはじめたのです。
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お客さんに守られてるからこそできるスタイルじゃないのかこのまま同じやり方を続けても本当の力などつかないんじゃないか初めて聴く人に納得してもらえなきゃしょうがない
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この思いはライブを重ねるたびに膨らんでいったのです。
スナックやホールを借りるようになってからは、集客やお店との交渉事にすっかり疲れてしまったという事情もありました。
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このままじゃダメだライブを楽しめなくなりそうだ今何かを始めなきゃ、この先新しい挑戦はできなくなるんじゃないか
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五十路の坂道が遠くに見え始めた頃です。
焦りにも似た思いにかられ、街に出ました。
自分の原点に立ち返ろうと思ったのです。
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「自分の原点」
それは今でいう「路上ライブ」でした。
演奏する場などなかった若いころ、駅や公園で歌っていました。
(新宿駅西口広場の「フォークゲリラ」に刺激を受けていたということもありました)
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「街角ライブ」
きびしい世界でした。
目の前を何百もの人が行きかっているにも関わらず、足を止めてくれる人はごくごく一握り。
力の無さを思い知らされました。
いかにお客さんに守られてきたかということを思い知らされました。
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ライブハウスではまとまった時間の中で全体として舞台を評価してもらえます。
路上では1曲1曲が勝負です。
1曲勝負ができるほどの力がなかった。
歌唱力や演奏力などの表現力だけではありません。
レパートリーの幅の狭さ、偏った選曲。
それまでやってきたことを根こそぎ覆される思いでした。
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昨今その頃のことをやたら思い出します。
10年がたち、還暦の坂道が見え始めたせいでしょうか。
この先自分がどんなやり方で歌っていくのか。
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「街角ライブ」自体をやることは少なくなりました。
それは「朝市コンサート」や「三貴ライブ」「JUNEライブ」などに形を変え、
同じ立ち位置で続けています。
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この10年を基礎にしつつ、試行錯誤を続けていくんだろう。
そんな予感はあります。
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10年という区切りに当時書いた文章をあらためて読み直してみるのも悪くはないな。
そう思いリンクを貼りました。
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「温故知新」
「古きを訪ね新しきを知る」
今を、明日を生きるため、過去に遡ることも時には必要なことかも。
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