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2010.09.08

八ヶ岳 「小さな山小屋音楽会」 森の中の上質な時間・空間をめざして

ホームと思えるライブが僕にはいくつかある

この八ヶ岳の森の中でくりひろげられる音楽会もそのひとつだ

ここで歌う時、僕はすべてのしがらみから開放され自由になれる

その時歌いたい歌を心のままに演ずることができる

語りたいことを心のおもむくままに語ることができる

何をどうやってもここでは許される

お客さんの中核は「あすなろ山の会」の長老たち

70歳をとうに過ぎた長老たちは僕の演奏をしわくちゃの表情で聴いてくれる

それだけではない

思いもかけぬところで、思いもかけぬチャチャを入れてくる

1曲ごとにやりとりがあり、そのやりとりに触発されて次の歌が決まることも多い

時にはひとつの歌をきっかけに討論会のようにすらなる
(元60年安保の闘志や元官僚、元大学教授など一家言ある多彩なメンバーがそろっているのだ)

時に暴走することもある

しかし僕の投げるボールにいちいち食らいついてくれる「最高のお客さん」たち

彼らに見守られ、いじられながら僕は流れに身をまかす

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先週末、「小さな山小屋音楽会」が開かれた

今回の出演者は3人だった

Martin古池
Charleyさん
時田さん

地元のCharleyさんは昨年に引き続きの出演

1年間の間に数々の場を経験されてきたと見える

歌の説得力が昨年を凌駕している!

特に2部で歌った一連の長渕のカバーは胸にズシッと来るものがあった

なんといってもChaleyさんは本当に楽しそうに、顔をくしゃくしゃにして歌う

この表情が僕は大好きだ

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初参加の時田さんはChaleyさんの音楽仲間

僕と同じ年だ

ご自身の歩んでこられた道のりを語りながら、とつとつと歌う時田さんに僕は惹きつけられた

  いい歌い手にまためぐりあえた

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僕は今年もシナリオなしで臨んだ

歌い進むにつれ客席とのおしゃべりもはずみ、なんとなく次の歌を決めていった

こういういきあたりばったりが楽しい

テーマだのモチーフだのしちめんどうくさいことは一切考えなかった

譜面をざっくりとテーブルの上に置き、あとは客席から引き出されるままに歌うことができた

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日のまだ高い午後3時に始まった「小さな山小屋音楽会」が終わったのは8時過ぎだった

昨年に引き続き、今年もしっとりとしたいい音楽会になったと思う

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今回音楽会の名前を変えたのにはワケがある

12回(13年)続いてきた「森の音楽祭」のスタイルを昨年から変えたのだ

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13年前、第1回目の時は山小屋はまだ建っていなかった

森の斜面の木を数本伐採し、そこにコンパネを敷いてステージにした

出演者は3組だった

オカリナ・アンサンブル かざぐるま
地元のフォルクローレバンド ピミエンタ
Martin古池

お客さんは「あすなろ山の会」のメンバーを中心に十数人だった

質素だが暖かい音楽会だった

しかし、この地を開墾して「自分たちの手で山小屋を建てる」という夢に燃えていた

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以来毎年9月の最初の土曜日に音楽会を開いてきた

山小屋建設の進捗状況を1年ごとに確かめてきた

音楽祭も年々参加者が増え盛大なものになっていった

ビミエンタの山本棟梁が地元のミュージシャンたちにも声をかけ出演者が増えた

僕も関東の音楽仲間たちとともに八ヶ岳に向かった

いつからかPA装置を導入し、大音量で十数組の出演者が熱演をくりひろげた

お客さんは地元の住人や小屋の利用者などにまで広がっていった

「あすなろ山の会」のメンバーはホスト役に徹した

事前の準備
当日の進行
豚汁を作り、
炭火で焼き鳥を焼く

やることはいくらでもあった

営利目的を一切排除し、ボランティア的に音楽祭を企画、実行する

若い世代の協力も得て運営されるようになり、「森の音楽祭」は年毎に肥大化していった

おそらく素人の集団が企画・運営しうる極限にまで、音楽祭は成長したと思われる

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第10回 森の音楽祭はその意味で最高の盛り上がりのうちに幕を閉じた

しかし、反面で音楽祭のあり方に疑問も持ち上がってきた

今のやり方は当初の目的から外れてはいないか?
森の中で上質な時間に身をまかすこじんまりとした音楽会にしたかったんじゃないのか
今の音楽祭は商業的色彩の強い音楽イベントやライブの模倣になってはいないか
音楽祭を支えている「あすなろ」のメンバーも高齢になり、支えきれなくなってきた

「森の音楽祭」は1年中断され、仕切り直しの冷却期間とされた

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昨年、「森の音楽祭」は「森の音楽会」として再開された

心がけたことは、「森の中の上質な時間・空間」を大切にする

演奏者とオーディエンスが相互通行できる形にする

巷で言われる「ライブ」の形にはこだわらない

参加者全員が等しく楽しめるものにする
(誰かがホスト役になるということではなく、参加者全員で作っていく)

こじんまりとした音楽会は、楽しくもしっとりとしたいい時間になった

小屋作りを目指した第1回目の雰囲気を出来上がった小屋のテラスで再現することができた

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今年、12回目となる「森の音楽祭」は「小さな山小屋音楽会」に名前を変えた

山小屋作りの一環として始まった音楽会なんだから、この名前こそが本来の姿を表していると思う

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音楽会としての発展っていったい何なのか?

この2年いつも問いかけてきた課題である

最初の10回は定着させ、さらに大きくなることが目標だった

素人集団が最大限の挑戦をさせてもらったと思う
当時出演してくれたミュージシャンの皆さん、
集まってくれたお客さんには心から感謝したい

でも身の丈を超えてしまった

等身大の音楽会、始まった時のような不慣れでもピュアだった音楽会に立ち返りたい

小さくても深さを増していく音楽会として続けていきたい

それこそがこれからの発展の形だと思う

森の中の小さな山小屋で上質な時間と空間を作り出していく

それは演奏者と聴衆とで作り上げていく「井戸端ライブ」のようなものだと思う。

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あと何年、この音楽会が続けられるかはわからない

でも続けられる限り、最後の最後まで続ける覚悟をかため、音楽会に終止符を打った

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【参考】 

  ★森の音楽祭の過去の記事 (「街角の歌芸人」より)

【Charleyさんのブログから関連記事】

  ★Martin古池

  ★山男たちの描いた絵

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