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2010.06.07

憧れの街 YOKOHAMA

YOKOHAMAという言葉に弱い

あこがれにも似た響きの街

  YOKOHAMA



産まれ故郷のHAKODATEと同じ港町
でも函館よりずっときらびやかで明るい街

  ブルーライト横浜

函館の夜景も負けちゃいないぜって思うんだが、ずっと瀟洒な街

  YOKOHAMA




北海道から出てきた山猿が初めて恋をしたのはYOKOHAMAの娘だった

はぎれのいい言葉、洒落たファッション、スマートなたちふるまい

すべてがあこがれだった




「横浜」に来ると、僕はいつも軽いめまいを覚える

時間が過去に向かってワープしてしまう
二十歳の自分に戻ってしまう

僕の「二十歳の原点」
(故・高野悦子さんのこの本を知ってる人いるかなぁ)

それは学校のあった白山であり、あこがれの街YOKOHAMAだった


 「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」
                     (高野悦子)


「未熟で独り」の自分は横浜の娘に恋をした

それは学園紛争の残り火の中で生まれた淡い恋だった


太宰治を愛する娘だった

「二十歳の原点」や「青春の墓標」(奥浩平)の持つムードに支配されていたのは僕だった

若さゆえの孤独感、未熟感に抗いながら文学論を闘わし、革命論を論じた

自分自身になることに僕たちは必死だった



でも僕には分かっていた

彼女の暗い目の向こうには明るさに対する渇望があることを

その明るさはYOKOHAMAに象徴されていた

YOKOHAMAの持つ明るさに属しながらそれに背を向けていた彼女
でもいつかその明るい世界に帰っていくことを…
僕は分かっていた



ある日、彼女はこう切り出した


  古池君は
  多喜二の「党生活者」をどう評価するの?
  私はあの世界は受け入れられない


口ごもる僕をおきざりにして
彼女はYOKOHAMAの灯りの中に消えていった





あれから35年

時折訪れる横浜

人も街並みも変わってしまった横浜

僕にとっては今でもあこがれの街

  YOKOHAMA

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