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2009.09.28

デスペ・ライブ with ミツダイ  〔10年まえのライブの再現をめざして〕

3回目になる「デスペ・ライブ」の競演はミツダイ

今年に入ってから目覚しい活躍ぶりをみせるミツダイ
ぜひとも一緒にやりたかった

このところ30分程度の枠の中でライブを数多くこなしてきたミツダイだが、長い時間のステージでの彼らを久しぶりに観たかった

で、1時間の枠を自由に演出してもらうように依頼した

快く受けてくれたがハードルはいささか高かったかもしれない

 ①普段の倍の時間を演出する
 ②見知らぬお客様に演奏する
  (しかも酔っ払ってチャチャを入れる軍団が目前に陣取っていた)


いつもよりも緊張した面持ちの二人

それでも演奏はいつものようにきれいなハーモニーを聴かせてくれた

お客様にしてみると初めて聴くオリジナルを中心に1時間突っ走った

中盤にはさんだコブクロやH2Oの歌が効果的に効き、オリジナルの良さを強調していた

さわやかで心地のよいステージだった





********************************






さわやかミツダイの後はMartin古池のステージ

今回は45分×2ステージをもくろんでいた




どうしてもやりたいことがあった

それは10年以上も前に越谷の「ぶどうの木」というライブハウスでやっていたライブの再現だ

当時の僕は「ぶどうの木」のレギュラーとして活動していた。
今の自分とはちょっと結びつかないようなステージを展開していた

自己主張とメッセージ色が極めて強いものだった

当時相棒だったペケさんが突然蒸発し、一人でライブを切り盛りしなければならないという事情もあった

若さゆえの思い込みの強さも当然あった




テーマを決めて物語を組む
それに応じた歌を選曲(作曲)し、芝居でつなぐ

そんなスタイルでライブをやっていた

中島みゆき姉さんの「夜会」を意識していたこともあり
かっちりとシナリオを決めてそれを演じようとした




当時ライブ会場は緊張感で張りつめていた
お客様は目を丸くして(?)ステージを見つめていた
まるで毒気に当てられたように

演じ手の僕の一方通行のライブだった


その後さまざまな紆余曲折を経た
一方通行のライブスタイルの問題点や狭さが浮彫りになっていった

お客様の数はジリ貧になり、コアなMartinファンだけが残った

それでもテーマを決めてのステージを続けていた




そんなある日、「ぶどうの木」は経営不振のため店をたたんだ





試行錯誤の末、僕は街角に立った

たえず流れる人の群れに向かって歌い続ける

でも「ぶどうの木」でやっていたスタイルはまったく通用しなかった

「演奏者の一方通行では通用しない」という事実を突きつけられた




そこから演奏者とお客様との相互通行のライブをめざしはじめた


今の僕のライブスタイルはそういう事情があって作り上げてきたものだ
今ではお客様とのやり取りでライブを作っていくというスタイルがすっかりイタについている



でも…
なにか忘れ物をしてきたような気持ちが心の奥底に沈められていた
そしてなにかの折にクツクツッと心の表層に顔をのぞかせていた


「ぶどうの木」閉店という外的な力のために
それまでやってきたスタイルをそこに置き去りにせざるを得なかった

そんな気がしてならなかった


もう一度だけ、あのスタイルでやらなきゃならない
置き去りにしてきたものに、
ちゃんと決着をつけ、引導を渡さねばならない


ずっとそう思い続けてきた


今回のデスペライブで
「あのころのスタイル」を再現し、
「あのころの自分」に引導を渡すことにした





テーマは「ボタンをかけちがえた男と女の別れの情景」


互いに心の中では求め合っていながら、
小さな勘違いと思い込みが膨らんでやがて大きな誤解に発展
気がついたら手の届かないところまで来てしまった

そんな物語だ


1部はこの物語を10曲の歌とMCと芝居で進めることにした

  I'll Hold You In My Heart (オープニング)

  街風便り
  交差点
  追伸
  1冊の本
  ひまわり
  坂の上の2階
  坂道で
  季節の中に埋もれて
  愛されてますか
  ダスティン・ホフマンになれなかったよ



思い通りに演奏できたかと問われると、???ではある

MCと芝居に照れが出た

10年ぶりということもあるが、それ以上にお客様の変化にあった

今目の前にいる客様は10年前のコアな人たちではない
今の自分のスタイルしか知らない人たちだ

その人たちに「あのころのスタイル」を演じてもよいものなのか?


そんなためらいが急に生まれてきたのだ



結局「芝居」を封印してしまった
(男と女の独白を演じるはずだったが部分的にしかできなかった)


それでも、1部のスタイルに「戸惑い、恥ずかしくてもそもそしてしまった」という感想を後でいただいた
(毒気に当てられた?)




1部のエンディング「ダスティン・ホフマン~」を歌いながら言いきかせていた


  これでよかったんだ
  「あのころのスタイル」は完全には再現できなかった
  でも、それは今の自分のスタイルではもうありえないんだ
  それを確認できただけで目的を達したと思うべきだ


  ♪ダースティン・ホフマンになれーなかったよ~~~♪


最後のフレーズを歌い終え、一人うなずいた


  これでいい
  これで「あのころ」に引導を渡せた





2部はまるで憑き物が落ちたような気持ちで臨むことができた
もちろん今の自分のスタイルで

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デスペラード・ライブ」カテゴリの記事

コメント

今回のライブも充実したいいライブでした。
やはりデスペラードステージは、適度な狭さがまたいいスペースで、弾き語りの箱として
いい感じですね。

古池さんがスタート前に「昔やってたスタイルのライブを再現する」ということで、
やや聞き手側の自分も構えてしまったこともあって、想像してたものと若干のズレがありましたが(曲のエピソードなどからの濃いMCでつないでゆく形をイメージしていた)、それが逆に今のスタイルの自然さを確認できた気がします。
ただ、あの第一部のステージの中で客席側にいて感じた、まわりの反応があって、
それは聞き手の「曲への集中力」はあったということです。
中には違う人もいただろうけれど、自分には少なくとも普段の生活でそんな真剣に音楽に聴き入ることの少ないと思われる人たちが、演奏された曲をバックに自己対話しているかのようにも見えたということです。

使い古しの慣用句になりますが、今の時代は物語や感動があふれて過剰状態でもあるのだと思います。また、ある方向では共同共感に飢えている反面で、個人固有へ細分化(極私的)された局面もある。
歌ということでいえば「みんなでひとつの歌を聞き、歌った時代」から、
「それぞれの歌を聴き、歌う(発信する)刹那的現在」なのだと思う。
「詩を書きたい、書いてます、本にしたい」という人は山のようにいるが、
「詩を読んでます、買っています、売っています」という人は想像以上に少ない。
詩を歌に置き換えても似たような状態なのではないでしょうか?

古池さんが目の前のステージで提示された物語の中へ入り込むということは、
聞き手の個人差がでるのは必然だと思う。でもそれは聞き手を選ぶというか、聞き手とのあいだにひとつの壁を作ってしまうことにつながるから、自分のような人間から見ると逆に古池さんらしくないのではないか。「来る者拒まず」が古池さん本来の人間性だと思っています。
だから、理想主義の立場で見れば、若かりし頃の昔のスタイルに決別するということになるのだろうけれども、現実主義の立場から見れば本来の自分を取り戻していった過程であるという表現ができる。むしろ自然体であり、いわゆる「自分探し」の自分に近づいたのだと。
古池さん自身の「決別したもの」は、本当は古池さんのパーソナリティーとは違った、
避けられなかった時代への追従とか、時代が作らせたある青春の模倣形のようにも思えてきました。たとえ、納得のいく出来ばえで数名の絶賛があったとしても、元来天邪鬼な自分は「それは本当の古池さんじゃない」と言うと思います。
濃い弾き語りライブというのは、逆に今の若い人たちの目にはどのように映っているのでしょうか、そこのところは定かでないのですが・・・
集中力を場に作る新しい「濃さ」というものを、無理のない普段のライブの延長で古池さんならできると考えています。あの一部のあとだと、逆に今回の二部が薄く感じられました。

追伸

デスペラードとは反対の改札口を出た朝霞駅前に、本田美奈子さんの慰霊碑を見る。
大体内容はわかっていたので、遠目に見ただけで感極まるものがあり、夕暮れどきも
手伝って胸に込み上げるものがあり、そんな滲んだ視線の先からミツダイの若い二人が
現れた。

駅までの帰り道で「お月見どろぼう」の歌の話になり、ミツ(ザッキー?)君が「(曲の感じが)エルビス・プレスリーみたいですね」といった感性に、オールドファンとしては嬉しく思った。
そしてまた、古池さんの音楽のルーツはカントリーなんだという再認識と、
朝霞はナッシュビルのような町なのかという馬鹿な妄想をしてほくそ笑んだりする。
ミツダイとは改札で別れ、反対側のホームから彼らの乗った上り電車の後姿を見送ると、
この路線に大学受験で乗った時のこと、会社に入社してからの深夜残業の日々のこと、
明日の日曜日のことを考えた。そして、ギターを弾かなくなった日々で失ったものは「決してそんなに大きなものではない」という自信のような確信があった。
日付の変わった部屋に帰るとすぐに、やや消化不良のように今日のライブで気がかりになっていた「蘇州夜曲」のコードをアレンジしながらの採譜をしていた。

投稿: MATSUMURA | 2009.10.02 20:57

MATSUMURA君

コメントありがとう
本質をえぐってるね


これからLive in 清津峡に出発です

帰ったらまた書きます

投稿: Martin古池 | 2009.10.03 09:23

MATSUMURA君

コメントを読んでいていろんな言葉が浮かんできました

テーゼ、アンチテーゼ
対立物の統一
水平思考
歴史はラセン階段なり


君の言うように僕が幼い頃から持っている性格
は「来る者は拒まず」だと思います
それが本質だといえばそうなのかもしれません

でも人間、たえず同じ状態ではなく
ひとつの行動に倒して必ずリアクションが伴うものです

人を受け入れようとするところから始まったとしても、その反作用(アンチテーゼ)として人を拒絶し自身を全面に出すということもついて回るものです


それは日常的に繰り返すものであり、たとえば10年というスパンで繰り返すものでもあります

たとえば前の10年で良しとしたものを否定することを水平思考といいます

人は日常的な作用、反作用をくりかえしながら長いスパンの水平思考を行うものだと思います

自分の中に対立したものが同居していて、作用、反作用に応じてどれかが強まり、どれかが弱まる

さらに長いスパンで観ると対立物が自分の中に統一されて内在しているのです

僕はそんな捉え方をしています


僕が音楽を始めたのは少年期を過ぎ思春期~青春期でした

それまで自分をはぐんだものに疑問を投げかけるまさに水平思考の時期でした

やっていた音楽は反体制的なメッセージフォークでした
それは自分の中に植え付けられた体制的なものをも否定しようとするものでした

10年続いたこの時期を抜け出し、その時期を総括し始めたのは30を過ぎてからでした
次の水平思考=作用の時期です

穏和で家庭的な歌を好んで歌った時期が10年続きました

MATSUMURA君が僕のライブを聴き始めたのは次の10年だったと思います

この時期僕はただ演奏するだけのありきたりのライブに満足できず、ライブ全体を通してなにがしかの意味を持たせようとしていました

シングルレコードを並べるだけのベスト版ライブではなく、LPレコード=コンセプトアルバムのようなライブをしたかったんです

やはりこの時期が10年ほど続きました
「ぶどうの木」でライブを頻繁にやっていた時期です


「ぶどうの木」が閉店し、街に出たのが今の僕です

ここで様々な現実の洗礼を受けました
そして今「街角の歌芸人」をめざしています

20代、40代が反作用の時期だとすると、今はまさに作用の時期

本来の自分の姿勢に近い時期なのかもしれません


コンセプトライブを追求した時期は「ぶどうの木」の閉店であっけなく終わりを告げました

自分の意志に反してね

だからこそ、自分にとって自然な今のライブを続けながらも、心の中にシコリのように残っていたんだと思います

あの「コンセプトライブ」が本来の自分の姿ではないということは内心判っていました

でも何らかの形で決着をつけ引導を渡さなければ次に進めないという思いがあった

それを今回試みたのです

今回のテーマは過去にやったものと同じでした
選曲も用意したシナリオも

でも、デスペラードで「今のお客様」を前にして、同じように演じることは全くできませんでした

できないが故に今の自分を再確認できたともいえます
再確認できたがゆえに「コンセプトライブ」に引導を渡せた


まだまだ語り足りないのですが、きりがないので(笑)ひとまずやめます


自分の信じた道を否定し続けながら来た僕ですが、反作用として否定した過去は肯定につながるという気がします

否定するがゆえに肯定にたどり着くといいましょうか(笑)


でもね
不思議なもので自ら否定した過去は形を変えて今に反映しているように思います


歴史は繰り返す
ラセン階段の如く

投稿: Martin古池 | 2009.10.08 16:00

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