野幌の原生林を歩く
札幌の東のはずれから江別市にかけて広大な原生林がある
野幌の原生林だ
正式には野幌森林公園というらしい
僕の父は晩年の15年を野幌原生林のそば、厚別で母と二人で暮らしていた
ガンにおかされ、さらに心臓を患い数度に渡る手術をくりかえしていた頃は手術と手術のあいまにこの原生林を歩き回っていた
手術の間隔は半年~1年単位だった
次の手術を受けるための体力を作るため
さらにはガンと戦うためにひたすら歩いていたらしい
僕も最後の手術の前に父と一緒にここを歩いた
その頃は満足に歩けずヨタヨタとしていた
本人は一向に気にかけず、歩くことがガンに打ち克つすべと考えていたように思う
最後の手術を終えた後、僕は父の回復を願って原生林をすべて踏破した
半年後、父が危篤に陥った時も雪に埋もれた原生林を歩いた
あれから15年の年月が過ぎ去ろうとしている
5年ほど前に一人で暮らしていた母が厚別を引き払い函館に帰った
以来、僕が野幌原生林に足を踏み入れることはなかった
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福田先生の家を辞して原生林に着いた頃、すでに午後2時をまわっていた
5時半には暗くなるので歩ける時間はいいとこ3時間
父がここを歩きながら何を思ったか、ただそれを感じたかった
父がここに始めて足を踏み入れたのはおそらく今の僕と同じような年齢だったはずだ
まだ、元気で現役生活を送っていた頃だ
森林の中に足を踏み入れる
しかしこの日は10月末にしては暖かい
ゆっくり歩いているのに汗ばむほどだった
時々写真を撮りながらひたすら歩き続けた
背中のギターが重たい
瑞穂の池が目的地
池というにはあまりに大きな瑞穂の池だ
以前、父をサポートしながらこの池までやってきた
あの時と同じ道をたどっている
葉が落ちかかって空がやけにまぶしい
それでも両側から覆いかぶさる樹木は圧倒的だ
小一時間も歩いただろうか
急に目の前が開け、眼下に瑞穂の池が姿をあらわした
人はほとんどいない
池のほとりまで行き、ギターを取り出した
誰に聞かせるということもなく、思いつくままに弾く
いつか自然に「北の国から」のメロディに変わる
ふたたびアドリにもどり、さらに「北の国から」に
こんなことを30分もくりかえしていた
急に日がかげり風が吹いてきた
急いでギターをしまい、ふたたび森林の中に足を踏み入れた
来た時よりも少々ピッチを上げて帰りの体制に入った
来た道を引き返すのも芸がないのでぐるりと大回りする
結局ただ歩いただけで、何も感じることはできずに終わった
それでいいと思った
ただ歩いただけの数時間だったが、いつかその意味が分かる時がくるだろう
そのまま歩き続け、厚別の元実家の前を抜け、新札幌駅をめざした
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