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2007.10.10

街角ライブの記録 7 【2003年11月12日】

Martin Koike 風の便り vol.7

2003年11月12日(火)

行田市長野中学 「かざぐるま」コンサート

2003年11月1日(土)


早朝、越谷を出発し行田市立長野中学校に到着したのは生徒たちが登校し始める頃だった。校長先生が以前『オカリナ・アンサンブル かざぐるま』の演奏を聞いたことがあり、いたく感動されたという。我々の演奏を自校の生徒たちにも聞かせたいという申し入れがあり、今回のコンサートの運びとなった。

学校での演奏は何度も経験しているが、今回はいつもより緊張していた。理由はいくつかある。ひとつは今回のコンサートの申し入れを僕が以前PTA会長をしていた越谷南中学の当時の校長、Y先生を通してきたこと。加えて以前演奏した時の話しが良かったと校長先生から言われ妙なプレッシャーがかかってしまった。もう一つの理由は数年間一緒に活動してきた吉田政美が声楽を勉強するため今回のコンサートを最後に活動休止すること。いずれにしろへたな演奏はできないと思っていた。

長野中学校の生徒たちは僕の目にはきわめて純朴に映った。元気のいい挨拶と、その後の恥ずかしげな照れ笑いの対比がなんともいえず好ましく映った。この年頃の子供たちは第2反抗期にさしかかっているわけだからいろいろあって当然だ。でも印象ではいい感じで反抗期を過ごしているように見えた。(そういえばY校長先生は反抗期ではなく自立期と言っていた)

緊張感で張りつめた状態のうちに演奏が始まる。他のメンバーも吉田のファイナル・ステージということで緊張しているように見えた。1曲目の『海の見える街』が無事終わり、肩の力が抜けた。生徒たちも初めて目にするオカリナのアンサンブルに興味を持ったようだ。ノリがいい。一気に数曲駆け抜けた。そして僕の出番。「かざぐるま」コンサートでは間に歌のコーナーを設けるのがお約束のようになっている。歌と歌をつなぐ僕のMCは大きなポイントになっている。特に今回は校長先生から期待されているだけにMCの内容には気を使った。

吉田の『僕が僕であるために』。若者の巣立ちを話した。今日を最後に巣立っていく吉田に対する思いに、中学生の「第2自立期」の話しをからめた内容。生徒だけではなく一緒に参加していた保護者にも語りかけた。コンサートのトークというよりもPTA会長時代にタイムスリップしたようで不思議な感覚だった。

そして『さとうきび畑』『涙そうそう』。沖縄について、戦争について語った。学校というシチュエーションで戦争について語ることは勇気がいる。チョット間違えると「政治的」ということになる。ただ生徒たちのおじいさんの世代は間違いなく戦争の渦の中で生きていたのだ。その一つの象徴として『沖縄』を語ることは歴史を伝えるという点で義務だろうと思った。僕らの両親の世代が「戦争知らない子供たち」に伝えてきた歴史を、「戦争知らない子供たち」を知らない子供たちに伝えるべき歴史の片鱗を歌に、MCに託した。

コンサートが終了し吉田と握手を交わす。彼は「俺、泣きそう」と言ったきりしばらく姿を消す。技術的な問題点をいくつか露呈したものの(いつものことではあるが)、全体としてはひきしまった良いコンサートだったと思う。吉田政美を送り出すコンサートとしては最高の舞台を与えてもらったように思う。長野中学校の先生たちや子供たち、そして企画や準備に携わったPTAのみなさん、そして声をかけてくださったY先生に感謝、感謝…。

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