技術の伝承 ある印刷職人の復帰
5年前まで奥さんと二人でA美術を営んでいた彼は
現役時代は優れた印刷職人でした
特色インキを作るのがうまいAさんに、
僕は絶対的信頼をおいていました
さまざまな事情から廃業してから5年
Aさんはシルバー人材センターで仕事をしていました
先日N印刷の工場長からこんな依頼が
どこかに腕のいい、特色を練れる職人がいないかね
御社のOBにでも…
すぐにAさんの顔が浮かびました
でも、すぐに打ち消しました
だめだよな…
5年間のブランクもあるし
もう、印刷の仕事をしたいとは思わんだろうしな
ところが、その翌日Aさんから電話が
古池ちゃん
久しぶりに一杯やろうよ
話したいこともあるしさ
仕事のことだと直感した僕はすかさず切り出しました
Aさんさ
あんた、もう1回印刷やらないかい
本格的に機械をまわせとは言わないよ
あんたの特色を練る腕を活かしてみないかい
Aさんは驚いたような声で
なんで、そんなにタイミングよく
そんな話しをするんだい?
驚いたね
実はシルバーセンターの仕事は月に15日
ヒマでしょうがないんだ
なにか仕事のいい話でもないかと思って電話したんだ
さっそくN印刷の工場長に連絡をして下打ち合わせ
何度かの予備折衝の末、今日AさんとN印刷との初顔合わせとなったしだいです
ここ数年、腕のいいベテラン職人が次々と引退しています
彼らはみな、自分の腕1本でたたき上げてきた連中です
けれど、デジタル化、機械化という時代の波にさらわれて働き場所を失ってきた連中です
印刷機は自動化が進み、経験年数が1年に満たなくとも印刷可能な時代になりつつあります
そんな波に乗り切れなかった腕1本で生きてきた職人たちは
次々と廃業、引退に追い込まれてきたのです
ところが!
業界全体に皮肉な現象が起きているのです
誰でも回せる印刷機が普及するにつれ、オペレータのスキルや質がどんどん落ちてきたのです
普段は何事もなく印刷ができていても、
ひとたびトラブルが起きたりすると、自力で対処できるオペレータが激減しているのです
また、特色(スペシャルカラー)を作れる人間も激減しています
(通常の印刷インキは標準色とよばれる、決まった色で印刷します。標準色で再現できない色を特色とよびます)
N印刷に限らず、どこの会社も特色が練れる職人の不在に悩んでいる
そこで、Aさんのようなかつてのスペシャリストがふたたび脚光を浴びつつあるのです
戦力として期待されるというよりも、むしろ次代にワザと経験を伝える
伝道師的な役割で
順調に話しが決まり、N印刷を後にしたAさんに僕は思わずこう言っていました
Aさん
あんたの技術を若手に伝えて
業界に恩返しをしてやってよ
心の中ではつぶやいていました
あと何年かしたら…
俺もそんな役回りになるんだから
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