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2007.10.10

街角ライブの記録 11 【2004年1月24日】

Martin Koike   風の便り vol.11

2004年1月24日


『街角ライヴ』を聴いてくれる人たち

★『街角ライヴ』の1曲目はいつも緊張する。誰一人オーディエンスがいないところから始めるのだから。最初の曲で道行く人を掴まなくてはならない。道行く人がハッとするような選曲をするべきなのだろう。それはわかっているのだが僕は大体地味でマニアックな歌かインストから始める。今日はインストで『北の国から』をオープニングにした。それもあんまり有名ではない『純のテーマ』『蛍のテーマ』をメインにして『北の国から』を間にはさんだ。雑踏の中ではフィンガーピッキングの繊細な音はかき消されてしまう。弾きながらほとんど誰も聞いていないと思いつつ、最後まで弾きとおす。

★そういう選曲をしてしまうのは、ライヴを始める時にあらかじめイメージしていた自分なりのストーリーとプログラムを完全演奏しようと思っているからだろうか。その日のライヴにかける自分の姿勢と心意気を自分自身で確認するために地味な曲を演奏するような気がする。地味な奴をやりながら気分がじわりじわりと高揚してくるのを待っている。同時にプログラムを再確認をするのに必要な儀式なのかもしれない。

★プログラムどおりにライヴが進行するということはまずない。「お客さん」は僕があらかじめ組み立てているストーリーなど知る由もない。何曲か聴いたあと、聞きたいと思っている歌をリクエストをしてくれる。こいつがくせもの。今までの曲の流れなどおかまいなし。ストーリーはいとも簡単に崩れ落ちてしまう。そうなるとあとは大リクエスト大会になる。リクエストに応えているうちにお客さんの反応がこちらに一歩踏み出してくるのを待つ。そうなったらこちらのもの。ふたたびプログラムに入れてあった歌をストーリー仕立てでやる。ストーリーに必要な歌を選曲してあるのだから、メジャーな曲ばかりとは限らない。むしろマイナーな歌のほうが多いし、時にはオリジナルも混ぜる。そういう世界に突入すると20分から30分はそれで行く。体外じっくりと聞いてもらえる。でも一定のところでプログラムから離れて有名どころをやる。そうするとふたたびリクエストが出てくる。僕の『街角ライブ』はそんなことの繰り返しだ。

★昔、北山修の何かの本に書いてあった。「音楽の演じ手と聞き手の間には厳然たる境界線がある」と。北山修がこれを書いたのはフォークソングが全盛の頃だ。ステージのシンガーと聴衆が一緒になってスィング・アウトしていた時代だ。ステージのこちらとあちらとが一緒のように思えた時代だった。(少なくとも聴衆の側には)その時代に北山が語ったこの言葉には考えさせられるものがある。僕もその時代の落とし子の一人で、歌を通してお客さんと一体化したいと願っている。でも実際にはお客さんが求めるものと僕が聞いてもらいたいものは必ずしも一致しないのが現実だ。

★お客さんの多くは歌を通して自分の青春を、あるいは若い日から今にいたるまでの心の遍歴を投影しているように思う。だからリクエストは圧倒的に『なごり雪』とか『22歳の別れ』などが多くなる。(この辺は若者たちからのリクエストも多い)僕も大好きな歌だから喜んで応える。でも反面で演じ手としての僕は今歌いたい歌というものがたくさんある。不遜な言い方をするとこの曲だけは何も言わずじっくりと聴いてくれ!と思う歌もある。

★歌を通した相互通行(キャッチボール)。『街角ライブ』全体を通して根幹となっている思いだ。でも4時間のうち30分はこちらからの一方通行にしてただ聴いてほしいとも思う。

(このページ続く・・・)

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