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2006.08.26

自ら管抜き“尊厳死” 作家 吉村昭氏

“尊厳死”選んだ吉村昭さん、看病の長女に「死ぬよ」

 膵臓(すいぞう)がんで7月31日に亡くなった作家の吉村昭さん(写真、享年79歳)の最期は、自らの尊厳で選んだ覚悟の死だったことを24日、妻で作家の津村節子さん(78)が明らかにした。

 津村さんによると、吉村さんは死の前日の30日夜、点滴の管を自ら抜き、ついで首の静脈に埋め込まれたカテーテルポートも引き抜き、直後に看病していた長女に「死ぬよ」と告げたという。遺言状にも「延命治療はしない」と明記していた。

 家族は本人の意思を尊重して治療を継続せず、吉村さんはその数時間後に死去した。

 24日に吉村さんの生家近くの東京・日暮里のホテルで開かれた「お別れの会」の席上、600人の参列者を前に明らかにされた。作家の高井有一さんら4人の弔辞につづき、あいさつに立った津村さんによると、吉村さんは昨春、舌がんと宣告され、今年2月には膵臓全摘の手術を受けていた。

(読売新聞) - 8月25日3時17分更新

父が癌との闘病生活にあけくれていたころ、様々な本を読んでいた。

辻仁成の「函館物語」
五木寛之「青春の門」全編
瀬戸内寂聴

ほかにも何人かの作家の本が混じっていた
吉村昭の何冊かの本はその中にあった。

父は病院のベッドから弱々しく笑いながら僕に何冊かの本を手渡してくれた。

今オレが読んでる本だ
病気をすると人間勉強するもんだ
自分の置かれた状況とどう戦い、どう受け入れるか…
そいつが突きつけられるからだろうな
お前に今どう受け止められるかはわからんが
今、親父が読んでて
あれこれ考えていることなんだわ

直腸の全摘手術を終え、心臓のバイパス手術に向けて準備をしているころで
体力はかなり衰えていたが、気力はきわめて旺盛な時期だった。

僕は父の回復を信じる一方で、父の人生を受け継ぐ時は今だと感じていた。

ひたすら読みふけった。
父から手渡された吉村昭の小説は5~6冊読んだろうか

12年前の話だ。
今では話の内容もすっかり忘れた。
何を感じたかも思い出せない。

でも吉村昭の名前はしっかり心の中に刻印された。

父とほぼ同世代の吉村昭が癌で亡くなった。
7月31日のことだ。
そのニュースを聞いたときは

ああ…そうか

そう思っただけだった。

ところが、今日のニュースを読んで頭を石でなぐられたようなショックを受けた。

癌と戦っていた彼が、自らの意思で延命治療の管を抜き取ったという。

死の間際、人間として生涯を閉じることを選択した。

12年前…

父は医師に延命治療のためのチューブは不要とかけあっていた。

本人は最後まで生き残ることを信じていたのだから、
おそらくいよいよだめな時のことを想定しての話だったかもしれない。

実際の癌の進行は切羽詰っており、いつ逝ってもおかしくはない状況だった。

いや、もしかしたら父も内心では長くはないと気がついていたのかもしれない。
だから、せめて最後は人間として死に向き合い、それと戦い受け入れていこうとしたのかもしれない。

医師は最初は父の申し入れをかたくなに断ってきた。

何年もあなたとつきあってきて、
私はあなたの息子のような気持ちでいます
息子である以上、私はあなたに少しでも長く生きてほしい
医師としてもそれを受け入れることはできません

そういい続けてきた医師だった。

ある日僕はその医師と話し合った。

先生、
僕は子供として父を最後まで人間として生かしてほしいんです。
それが父の望みですし、
つらいけれど、
残された家族もみんな…
父に誇りを持って最後を迎えてほしいと思っているんです。

古池さんの闘病生活
私は誰よりも身近に見てきました。
生きようとする姿勢、
苦しい時ほど人に微笑みかける古池さん
まったく ええふりこきですよね
でもそれが古池さんの男の美学なんでしょうね
私は古池さんが本当に自分の父親のように思えるんです

翌日、父の身体から数本のチューブがはずされた。
残されたのは栄養補給のためのチューブと
酸素吸入器だけだった

そのことについては誰も何も言わなかった

数日後、父は二度泣いた。

最初は朝方だった。
白濁する意識の中で一瞬我をとりもどしたかのような意志を感じた。

二度目は夕方だった。
意識は完全に失われていた。
まるで絞りだすかのように吠え、涙を流した。

最初は人間としての最後の涙だった。
二度目は死に抗った動物としての涙だった。

僕にはそう思えた。

30分後、父は息を引き取った。

吉村昭氏が自らチューブを抜いたニュース
瞬間、父の死の間際が頭をかすめた。

病床にあった父が吉村氏の本を読み、
そこから何を汲み取り、何を考えていたのか…

わかったような気がした。

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