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2006.07.07

七夕

ここ数年、子供のころの習慣や思い出が心をよぎるようになった

正確に言うと、自分の子供が幼い頃もそんなことが多かった
自分の子供と自分が子供だったころを重ね合わせて思い出していたのだろう
30代~40代の頃だ
人生の「夏の時代」だった

50代 「秋の時代」に入った
子供も成長し、それぞれの「春の時代」を満喫している
こちらは父親の顔から、男の顔に再び戻っている
自分の原体験への回帰の気分が高まっている

古きを訪ねて、新しきを知る
温故知新ってやつだ

子供のころの原風景を何度も何度も思い出し…
反芻している

今日は七夕さん

生まれ育った北海道の函館では、
この日、子供たちは日が暮れると集まり
徒党を組んで町内を練り歩く
手にはちょうちんや手作りのカンテラを持ち
闇の中をドキドキ、ワクワクしながら1軒1軒練り歩く

竹に短冊 七夕まつり
おおいはいやよ
ろうそく1本 ちょうだいな
くれなきゃ かっちゃくぞ!!

まるで何かの呪文のように歌いながら
ローソクをもらって歩く

そんな風習が今でも残っている

もっとも最近はずいぶんと様子が変わってきたそうだ

ろうそくの変わりにお菓子をもらうようになったり、
七夕まつりへの参加を拒む家が増えたり
親の引率のもとにちょうちん行列が行なわれたり…

ご先祖様の霊の通り道をろうそくの炎で照らすという本来の意味が風化したり
団地などでは、函館あたりでも核家族化が進んでいるのかもしれない…

そして何より、物騒な事件があまりにも頻繁に起こるこのご時世

子供たちだけで、夜の町を徘徊させるのは危険と感じるのは
無理からぬことか…

昔は…
年の違う子供たちが一緒に夜の町を歩くことが
子供たちの教育にもなっていたような気がする
僕たちは人と人の関係をそこで覚え、
闇への畏れを(そして憧れを)感じとっていった

大人たちは、僕たちを遠くから見守っているようだった
子供のいる家はもちろん、子供のいない家も
ろうそくをもらいに訪ねてくる子供たちと顔を見合わせることで見守ってくれていた

いわば、子供たちは地域に育てられていたように思う

地域での関係が希薄になっているのは都会だけではなくなっている
そう感じさせる事件があまりにも多い昨今

だからこそ、七夕のささやかな風習がいつまでも続いていってほしい

そんな願いを込めながら、
今年も歌おう

竹に短冊 七夕まつり
おおいはいやよ
ローソク1本ちょうだいな
くれなきゃ カッチャグゾ

【七夕に関連する記事】

①七夕の歌 (竹に短冊 七夕まつり…が聞けます)

②2005年の七夕の記事

③2004年の七夕の記事

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