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2006.04.12

雨の日のつれづれに…

雨が好きか?
   …と問われれば…
好きとは答えられない
でも傘を持ち歩くことはめったにない
多少の雨ならば、濡れて歩くことを選んでしまう。

濡れても平気なのか?
    …と問われれば…
濡れることはやっぱり…不快ではある

それでも傘を持ち歩く気には なかなかなれない。

どうしてかと自問自答…
結局は傘を持つのが面倒なんだろう

まず手がふさがれてしまう。
なによりも、これが不快なんだと思う。
もの心がつく頃からザックが基本アイテムになっている。
かばんなどを手に持ち歩く習慣がないのだ。
両の腕はいついかなるときもあけておきたい。

それでも…
傘をさして歩いているときはまだいい。
たとえば濡れた傘を閉じて、電車に乗り込むときのどうしようもない気分。
電車に乗り込んだ後、行き場のない傘を所在なげに持っている時間
これがどうにも苦痛!
なんとなく情けない気分になる。

ついうっかり傘を手すりに引っかけようもんなら、
まず間違いなく置き忘れてしまう。
こうして無くした傘は 何十本じゃすまない
置き忘れるたびに苦い思いを味わう
またやっちゃったよ…

それが嫌で、ますます傘を持たずに家を出てしまう。

こうして、傘を持たないのが当たり前になってしまった。
最近思うようになったのは、雨にもいろいろあるってことだ。

  濡れてもいい雨
  濡れるべき雨
  濡れちゃやばい雨

濡れてもいい雨ってのは、
本当は濡れたくないけどまあしょうがないかって雨。
これがほとんどかな。
傘を持ち歩かないいじょう、これは覚悟しなければ。

濡れるべき雨。
これは一年でも数えるほどしかないけれど、たまにある。
気温がある程度高く
濡れて歩いているだけで雨や空気の湿った匂いを感じられるような日が。
ちょうど今朝の雨はそんなだった。
大げさに言うと、
自分が自然の一部と感じられたり、
生きていると実感したり
そんな雨だ。

春雨じゃ 濡れていこう…

濡れちゃやばい雨!
これは言うまでもなく豪雨、強風のたぐい。
10分歩くだけで、ぬれねずみになってしまう…
ザックの中まですべてずぶ濡れ…
傘が登場するのはこんな時

若いころは嫌いじゃなかった…
大雨の中をぬれねずみになって歩くのが…
降りつける雨に顔を上げ、肩をいからして歩く!
ああ、俺は今生きてるんだ!

そんな感覚が好きだった。

いつからだろう。
土砂降りを避けるようになったのは…

ぬらしちゃまずい持ち物が増えたのが一因だろう。
携帯電話やノートパソコンのたぐい。

身体ひとつで歩いた頃は、こんなには土砂降りを恐れなかった。
ザックの中身だって濡れたら干せばすむものばかりだった。

守るべきものを抱えると、人は保守的になるという。
時々、若いころよりも保守的になっている自分を感じることがある。
保守的っていうのは、自分に対して臆病で守りに入るということだ。

自分を戒める。

  人間放っておけば、自然に保守的になる。
  だから意識して生きなければいけない
  臆病になることはしょうがない
  でも自分自身に対して守りに入るな

戒めのため、
時にはすべてを捨てて
土砂降りの雨の中を歩かなけりゃいけないな!

雨のつれづれに、そんなことを思っていた。

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コメント

最近決算業務で土日抜きの多忙を極めておりますので、
久し振りにコメントを深夜に入れて見ます(笑)・・・。

保守的っていうのは、自分に対して臆病で守りに入るということでもないですヨ。

開幕投手に指名された「天皇・金田正一」は、前夜も満足に眠れず、
当日も口が渇いて震えも襲ったそうですから・・・。
堂々とふてぶてしいまでのステージをこなした越路吹雪も御承知のとおり、
舞台ウラでは岩谷時子に抱きしめてもらうほどだったらしいし、
植村直巳も冒険家というものの、小心でむしろ臆病な人だったようですから・・・。

・・・それから、古池さんの、この「つれづれ」の文章を離れた視線で
外枠から表現する行為が、「現代詩」になる原石だと自分は考えています。

というわけで、昔書いた一篇を「雨」つながりということで、置いていきます。


『雨フリ』

何本も買ったビニール傘を
行く先々に置き忘れて
雨の降る中を
歩いて行く奴がいる
思いつきの「雨」の流行り歌を
知っている8小節だけを歌いながら
予報で止まないと言われた雨が
この時節には妙なほど陽気で
温かい雨が降っている

濡れないことも忘れて
晴れた日の想像だけで
風で疑問符のように曲がった
雨だれに
傘さえ買わなくなってしまった奴が
頭から雫さえ垂らしながら
ゆっくりと歩いて行く
本当は出かける行き先なんて
どこもないないのに


投稿: MATSUMURA | 2006.04.13 00:11

MATSUMURAクン

久々のコメントありがとう。

もしかしたら、
人が感じている印象はどうかわかりませんが
僕も臆病な男かもしれませんね。
臆病であることを恥とは感じていないしね。
たとえ臆病であっても、次の一歩を踏み出せればそれでいいのかな…
僕が最も恐れているのは、
自分の心に対して守りに入ること

話は変わりますが、
「外枠から表現する」って手法は理解できます。
数ある現象を表現していく中で、表現しない本質が見えてくるって感じですかね?

投稿: Martin 古池 | 2006.04.13 20:00

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