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2006.02.17

リヤカーマン・永瀬忠志さん…植村直己冒険賞に!

ゆっくり歩いて行こう。
ゆっくり歩いていれば
それだけ多くのことが心に刻まれる。
ゆっくり生きて行こう。
ゆっくり生きていれば
それだけ生きていることを
より感じながら生きていける。
だから・・・。
ゆっくり歩いて行こう。

■リヤカーマン語録

植村冒険賞に永瀬さん、リヤカー引いて世界1周分踏破  
冒険家の植村直己さんの業績を顕彰して設けられた2005年度「植村直己冒険賞」に
16日、大阪市の永瀬忠志さん(50)が選ばれた。

永瀬さんは1975年から30年をかけ、
リヤカーを引いてアフリカのサハラ砂漠横断を含む地球1周分の約4万107キロを踏破。
地球2周目に向け昨年は日本列島3000キロを歩いた。

(読売新聞)

こういう話を聞くと、胸が高鳴り、熱いものがこみあげてきます。

永瀬さんは昭和31年うまれ。

僕とほとんど同世代。

大学時代にリアカーを引っぱりながら日本全国縦断をしたそうです。

卒業後親の反対を押し切って、リアカー田吾作号とともにオーストラリアを歩ききりました。

3年後、今度はアフリカ大陸をめざします。

アフリカ大陸の横断に成功した後、サハラ砂漠でリアカーごと盗まれ…

着のみ着のままで帰国したそうです。

その後教員などをしながら「カタギ」の暮らしを始めますが…

33歳のとき見果てぬ夢を追いかけて、ふたたびサハラ砂漠へ!

以来、50歳を前にした今でもなお、

40000㌔の「時速5キロの旅」が続いています。

永瀬さんが初めて日本縦断の旅をはじめたころ…

僕は放浪者にあこがれていました。

ギター1本抱えて、旅して歩く人生。

そう、あのウディ・ガスリーのように…

あこがれは憬れのまま……

今から、さすらいの旅に出るなんてこと…

僕に…できるだろうか…

永瀬さんが今なお「時速5キロの旅」を続けていけるのは

若いころからそれを続けてきたからなんでしょうね

でも…続けるってったって…こりゃ大変なことだと思います。

経済的なこともあるだろうし…

社会の目ってのもあるだろうし…

なによりも自分との葛藤ってのがあったと思うんです

自分の人生を「時速5キロの旅」にかける永瀬さん。

今の夢は地球をもう1周分歩くことと、

自分の子供たちとともに歩くことだそうです。

永瀬さんに

心からの尊敬と憧憬をささげたいと思います。

そして…

ギター1本背負って旅して歩くっていう僕の夢…

いつか必ずかなえたいと思います。

歩かなければ、見えないものがある。
歩かなければ、わからないものがある。』

まだ会ったことのない人と出会い、
まだ見たことのない自然と出会い、
そして、自分でも知らなかった自分と出会う。

■リヤカーマン語録

永瀬さんについてのサイト
①→ZAKZAK
②→原田誉一の電脳掲示板

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